Real-Matrix   作:とりりおん

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一週間以上空いてしまいましたが、第6話投稿です。


守護聖騎士と異形の魔王

 「何者だ!」

 

 黄金鎧の竜の鋭い一喝を合図に、ロイヤルナイツ二者は悲哀を即座にぬぐい去り、非情なる守護騎士と化す。

 マグナモンは両手を構え、デュークモンは尖鋭な円錐状の西洋槍を上に突き出し迎撃の態勢を取る。

 

 声の主の姿は全く確認出来ない。しかし、両者の電脳核(デジコア)波動感知センサーは、かの者がかつてない程強大な力を保持している事を各々に告げている。

 敵の属性は中立種の「データ」。推量するに、下手をすれば自分達ロイヤルナイツにも匹敵するかそれ以上の存在だろう。最大限の警戒線を張り巡らし、ロイヤルナイツは見えざる敵がどう出るかひとまず窺う。

 

 「クカカカカ……」

 

 おぞましい嗤い声が響き渡った。

 突如、二人の前方の虚空で黒雲が発生する。先程まで二人が眺めやっていた暗黒地帯の霧――あれが塊と化したような。

 間違いなく、これが強烈な電脳核(デジコア)の波動を発信している。

 一旦標的が視覚に訴える存在となったならば、話は簡単。目に見えるものを始末すればいい。しかし、ロイヤルナイツ二人は決して早まらない。敵が何の目的で来たのか、どういう情報を持っているのか、それを出来うる限り引き出すまでは相手をデリートしに掛からないのが、組織構成員の鉄則だ。

 

 「クカカ……ワタシヲ攻撃シナイデオイテクレルトハ、随分ト紳士ダナ、ろいやるないつ共。後悔スルコトニナルゾ……?」

 

 それを知ってか知らずか、黒雲はそう余裕に満ちた言葉を発する。

 黒雲は膨れあがりながらもくもくと変形し始めた――脚に、胴体に、腕に、翼に、そして頭部に。やがて一つの完成体を成す。

 ロイヤルナイツ二者は息を呑んだ。

 面妖な怪物だ--何に例えるべきかおよそ見当も付かない。ただ、そのあまりに特異な特徴を挙げるならば、ぎょろぎょろと光る巨大な黄色の目玉が頭部に一つという事だ。

 

 その姿にデュークモンは見覚えがあった。暗黒淵深くに蠢く魔性――その一体。彼をダークエリアへと立ち入らせてくれたとある者に説明を受けた事があるのだ。

 

 「デスモン……堕天せし魔王か……!」

 

 「クカカカ……如何ニモ。貴様トハ何処カデ遭ッタコトガアッタカナ」

 

 ダークエリアでな、とデュークモンは心中で答える。

 この異形の魔王は、元は高位天使の座にあった。それが、天に反逆せし行動を取って、闇に堕とされたのだ。しかし魔王でありながら悪行に手を染めず、あくまで中立の立場を取り続ける――「来たるべき時」に、その身を漆黒に変え、破壊神と化すまでは。

 そして、眼前に浮かぶこの魔王の(からだ)は――灰白色。

 

 「まさか貴様が……ロードナイトモンを手にかけたというのではあるまいな!?」

 

 だからドルモンが無事にリアルワールドに渡れた事なんぞ知っているのだな――マグナモンの激昂にも似た問い掛けに、単眼の堕天使はかろうじて聞き取れる程低い声で笑った。デスモンの笑い声は、乾ききった枯れ木がばきばきと折れるような音に酷似している。

 

 「ワタシデハナイ。『ワタシ以外ノ魔王』トダケ言ッテオコウ。実際ニコノ目デ見タ訳デハナイガナ……クカカカカ」

 

 「他の魔王だと……!?」

 

 マグナモンが咄嗟にデュークモンの顔を覗き込んだ。甲冑の騎士も目を合わせ、静かに首肯する。今や二者の思いは同じだ。

 間違いない。魔王連中ぐるみでロードナイトモンを抹殺し、ドルモンをも消去する計略を立てていたのだ――そう確信する。

 しかし、ドルモンが無事にリアルワールドへ転送されたという知らせで安心する余裕などない。どうやって自分達ロイヤルナイツの計画が実行される事を突き止めた? 新たな疑問が浮き彫りになる。それを聞いたところで、デスモンが素直に解答をくれるとも思えない。

 

 しかしどうしてもはっきりさせねばならないのは、デスモンが未だその身を漆黒に染めてはいない事についてだ。デュークモンは訊く。

 

 「デスモンよ、貴様は仮にもまだ中立の立場を保持しているはず……我らロイヤルナイツに敵対するも、他の魔王共に肩入れするも、あり得ぬとばかり思っていたが」

 

 「ソウダ、ワタシハ未ダ中立。シカシ、命令ナラバ本意ニアラズトモ実行スルノガだーくえりあノるーる……ククク」

 

 衝撃的な答えだった。デスモンが自分の意思で此処に来ているのではなく、何者かの命を受けているに過ぎない。命令ならば自分の立場をねじ曲げる事も厭わないのだ。そして、デスモンを上回る力を持っているであろう魔の者といえば、数える程しか存在しない。

 

 「誰の差し金だ」

 

 「ククク……貴様ラナラバ見当ガ付イテイルノデハナイカ」

 

 答えになっていない答えに、マグナモンは舌打ちをした。向こうに教える気は更々ないらしい。

 異形の魔王は地の底から響くような声で再び嗤い、守護騎士達の反応を嘲る様に楽しんでいる風だった。

 

 「ククク……ソンナ事ハ置イテオイテナ。ワタシガサル事ヲ知リ得タノハナ、『ぷれでじのーむ』ニ接続シタアル者カラ、カノでじもんガ生キテイルト聞イタカラダ」

 

 「……何と言ったか?」

 

 信じられず、問い直すデュークモンを嘲るようにデスモンが答えた。

 

 「クカカカカ……『ぷれでじのーむ』ト貴様ラガ呼ブモノニ接続シタアル者ガ、間接的ニアノでじもんガ生キテイルノヲ突キ止メタト言ッテイルノダ」

 

 デュークモンは雷に打たれたようになった。マグナモンも然り。しかし、受けた衝撃の度合いはデュークモンの方が遥かに大きかった。

 

 「プレデジノームに接続……それが出来るのは、このデュークモン以外には何者も居ないはず!」

 

 「クカカ、ソレハ貴様以外ノ『コノ次元ニ存在スル者』ガ、トイウ限リデハナ」

 

 「如何なる意味か!?」

 

 「マア、分カラヌノモ無理ハナイ。貴様ニハ記憶ガナイヨウダカラナ」

 

 「……?」

 

 まるで意味が分からない。この次元に存在する者? 自分に記憶がないから、その意味を理解できない? この異形の堕天使が何を言っているのか、デュークモンにはさっぱり理解できない。

 情報処理機構を錯綜させてしまった彼に、マグナモンが力強い声で言い聞かせる。

 

 「デュークモン、奴の言う事に惑わされるな。プレデジノームへのアクセス権を持つのは、お前以外にいる筈がない! それ故にお前はロイヤルナイツに所属しているのではないか!」

 

 真紅の外套なびかす騎士の双眸の淀みを消すには、十分過ぎる言葉だった。デュークモンは、あらゆる者に言い聞かすかの様に大音声(だいおんじょう)を張り上げた。

 

 「そう、このデュークモン以外にいる筈がない……こ奴ののたまうのは、戯言に過ぎぬ!」

 

 「ククク……マア良イ。冥土ノ土産トシテ心ニ留メテオクトイイ……クカカカカ」

 

 その台詞にデュークモンもマグナモンもきっと眉根を寄せる。この魔王がわざわざ現れた目的がたった今はっきりした。

 

 「でゅーくもん……貴様ガ生キテイルト後々面倒ナコトニナリカネナイ。ぷれでじのーむニ接続デキル貴様ガイレバナ」

 

 「それが魔王共の都合という事か」

 

 デュークモンが皮肉めいた語調で呟くのをさらりと無視し、デスモンはその不気味な単眼をマグナモンの方に向けた。

 

 「シカシ、折角ろいやるないつガ二体モイルノダ……マズハ、ソノ目障リナあーまー体風情ヲ片付ケテクレルトシヨウ」

 

 「何だと!?」

 

 マグナモンが烈火の如く逆上し、両眼を吊り上げた。

 彼はロイヤルナイツで唯一、「デジメンタル」と呼ばれる特殊な物体の作用によって力を得た「アーマー体」と呼ばれるデジモンだ。彼らの力はおしなべて、あって成熟期程度である。しかし、マグナモンは一線を画する力を持ち、だからこそデジタルワールドの守護騎士の一員となれた。だから、「所詮アーマー体」と十把一絡げに侮られるのが最も許しがたいのだ。

 

 「デュークモンに手を掛けさせるまでもない! この俺が貴様を葬り去ってやる!」

 

 「マグナモン……!」

 

 「デュークモンよ。お前が聖槍グラムを振り上げるにも及ばないぞ。奴は俺で十分だ!」

 

 心配そうに声を漏らすデュークモンにマグナモンは向き直り、ひたと彼を見据えた。その紅い瞳の輝きには、憤怒以外の強い心が確かに宿っていた。

 デュークモンはずっと構えていた槍をすっと降ろす。

 

 「……分かり申した」

 

 デュークモンはひとまずは静観すると決めた。ただでさえプライドの高い朋友がその傷ついたプライドを修復しようとしているのだ、他者が手を出したら彼の矜持は余計に傷つく。例え、これが相手の煽りで思うつぼに嵌まった状況だとしても、だ。

 それに、デュークモンはマグナモンが如何に強いか分かっている。信じ切った上での決断である。無論、彼がデリートの危険に晒された時は、一も二もなく、自分が出る所存ではあるが。

 

 「クカカカカ……貴様ニコノワタシガ倒セルカナ、あーまー体」

 

 デスモンが三本の黒爪を生やした両手を広げて見せると、その中央に頭部の単眼と同じくぎょろりと光る目玉が埋まっているのが明らかになる。

 

 「塵モ残サズ消エルガイイ!“デスアロー”!」

 

 デスモンの両掌の目がかっと光り、矢の如き光線がマグナモン向けてまさに矢継ぎ早に発射される。

 マグナモンは死の矢の雨を俊敏な動きで躱してゆく。的を外れた光線の矢は上空で打ち上げ花火のように爆ぜ、消滅する。

 しかし矢が黄金の鎧の肩を――そして腰をかすった時、その部分が砕かれ瞬く間に二進数の塵と化した。

 ロイヤルナイツ両者とも、唖然とする。

 

 「馬鹿な……堅固を誇る鎧が!?」

 

 「俺の……クロンデジゾイド製の鎧を破壊するだと!?」

 

 マグナモンには信じられなかった。最高強度を誇るクロンデジゾイド綱で拵えられた鎧は、生半可な攻撃ではかすり傷すら付けられない。デュークモンの纏う鎧も高純度のクロンデジゾイドで造形されているが、ロイヤルナイツの守りの要と渾名されるマグナモンのそれには硬度で及ばない。

 それが、かすっただけで部分的にとはいえ粉塵に帰されるとは。

 

 「ククク……ワタシノ死ヲ司ル矢ニ物ノ堅サハ問題トナラナイ。触レタ物全テヲ消シ去ルノミヨ。死ニタクナケレバ、セイゼイ逃ゲ回ッテ見セルコトダナ。あーまー体」

 

 「いい加減その呼び方はやめろ!」

 

 両掌からデスアローを乱射させつつ見下した態度を取る余裕のデスモンに、マグナモンは青筋を立てる。

 

 それにしても、相手方の攻勢が衰える様子がまるでない。こう躱し続けた所で、埒があかないのは明白だ。

 デスアローそれ自体を無効化する手立てを講じなければなるまい――

 デュークモンが固唾を呑んで閃光飛び交う空中の死地を見守る。

 

 尚もデスモンの掌から放たれる矢の雨に当たらぬよう、敏捷な動作で身を翻しながら、マグナモンは技を繰り出す隙を窺う。

 そしてその須臾を、マグナモンの紅い双眸は逃さなかった。自分の周囲を飛び交う死の矢が、全て一定以上の距離自分から離れる時を。

 

 「聖なる耀きよ、邪なる力より我を守りたまえ!」

 

 マグナモンが大喝し、力を解き放つと、全身から燦爛たる金光が放たれる。

 

 「“ライトオーラバリア”!」

 

 球状の燦然と輝く遮断膜が一瞬のうちに形成され、降り注ぐ死の矢の光線を全て水を弾くように消滅させる。

 バリアの内側に入り込んでしまったものは性質上消去出来ない。マグナモンは、全てのデスアローを締め出した形でバリアを繰り出せる時を狙っていたのだ。

 異形の魔王は単眼を思い切り歪め、矢の発射を中断して両手を握りしめた。

 

 「小癪ナ……我ガ“デスアロー”ガ通用セヌトハナ」

 

 デスモン自体の属性は「データ」だ。しかし、その技は破壊の「ウィルス」。聖なるワクチンの力により駆逐させる事が出来る。その原理によりマグナモンは我が身を守った。

 ロイヤルナイツで随一とも言える障壁形成能力。魔王相手であろうが、十二分に通用した瞬間だ。

 流石はマグナモン――と、デュークモンは無言で賞賛を送る。

 

 「今度はこちらの番だ――」

 

 マグナモンが光輝のバリアを解き、両手を水平に広げると、掌中に球形プラズマが生成された。

 雷霆を一所に収縮させたかの如きに目映い輝きを放つ。

 

 「“プラズマシュート”!」

 

 放り投げられたそれはデスモン目がけて一直線に飛び、真珠色の閃光が炸裂した。

 咄嗟に上空に飛び退ったデスモンだったが、完全には避けきれず、右半身の翼が焼失――いや、蒸発した。

 浮遊のバランスを崩した異形の魔王が、ぐらりと右側に傾く。禍々しい様相の翼は、飾り物ではないようだ。

 

 「よし、左翼ももぎ取ってしまえば、奴は地を這う虫も同然……」

 

 デュークモンがそう口にしたのも束の間。

 デスモンの背から黒霧が噴出し、もくもくと翼の形を取り――見る見るうちに、元通りに実体化した。

 目を見開くロイヤルナイツ二者。

 再生能力を持っているなど――デリートされてしまった薔薇輝石の朋友にも同様の力があった事を思い起こし、理由なき怒りに胸中を乱される。

 

 「クカカカカ……ソノ程度デワタシガ倒セルト思ッタカ。あーまー体。“デスアロー”ヲ防イダノハ褒メテヤルガナ……ククク」

 

 平衡状態を取り戻した魔王は、何事もなかったかのように宙に浮き、相変わらずのおぞましい嗤い声を上げた。

 




マグナモンのプラズマシュートは、アニメの全身からミサイルという設定ではなく、公式の設定を取りました。
デスモンの喋り方は完全に平仮名片仮名逆転で行こうと思ったのですが、技名を平仮名にするとまぬけな感じがすると思ったので、それはそのままにしておきました。

何かございましたらよろしくお願いします。

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