ひたすら戦闘! という感じなので、つまらないかも知れません。
獣性剥き出しの咆哮が、焦土の大気をびりびりと震わせる。
強烈な雌黄に輝く両眼に、理性の色は見られない。
鋼鉄然とした足が地を踏みつける度地は割れ、その断末魔が響き渡る。
闊歩する蹂躙者は、身の丈7、8メートルはあろうかと思われる巨躯を誇る二足で屹立する竜だ。紺青を基調とした装甲で身を覆うためか、機械的だ。左手は五本指だが、右手にはその代わりに突き出た鋭利な槍先がぎらりと燦めく。
――コードネーム「BAN-TYO」を始末せよ。
電脳核に木霊し――聴覚を支配するのは、その強迫観念めいた命令、ただそれのみ。
誰が命令か? 何のため命令か? それは絶対なのか? 全てはとうに忘却の彼方だ。
それとも、これは自分の悲憤の叫びに他ならないのか?
撃墜された唯一のタンクドラモンという汚名を自分に着せた、憎い相手を殺したいという強い渇望からなのだろうか――?
いや、もはやそんな事にすら疑問を感じない。例え理性があったとしても、それは思考する方へではなく、己の凶行を助長する方に働くのみだから。
「ウィルス種の波動を感じる。つまり――この俺、サイバードラモンの除去対象という訳か」
突如眼前に出現した竜人の存在を両眼に映し取り、巨竜は足を止める。
背はせいぜいあって2メートル程度で、巨竜より遥かに小さい。全身の体表を黒いラバーで覆い、背からは所々ぼろぼろになった深紅の鋭い翼を生やす。
「完全体か、はたまた……いずれにせよ、デジタルワールドにとって脅威となる存在は――消し去るのみだ」
竜人――サイバードラモンは、青い装甲に身を包む巨竜を見上げ、口の端を吊り上げる。両腕を掲げる。
「データの屑と化すがいい!“イレイズクロー”!!!」
不可視の超振動波が空間の揺らぎとなっては放たれ、かすりでもしたもの全てを消し去らんと巨竜に襲いかかる。
しかし、装甲竜は背から四枚の白いバーニアエンジンの翼を噴射すると、上空に飛び上がり消滅の波動を完璧に避けた。
「ほう、躱すか。面白い!」
再び両腕からイレイズクローを放とうとサイバードラモンは構える。しかし、第二撃が繰り出される事は永久になかった。
――行く手を遮る者は、排除する。
次の瞬間、空中から地上へ突進してきた巨竜の右手の槍が、サイバードラモンを串刺しにしていた。
驚愕で、竜人の表情が硬直する。
「ばかな……俺の特殊ラバー装甲は、如何なる攻撃も防ぐはずなのに……」
その言葉も虚しく、巨竜が右手を胴体から引き抜くと、サイバードラモンの姿はたちまちデータの粉体と化して消え去ってしまった。
巨竜は今しがた塵芥のように抹殺した竜人の事は何も無かったように、ただただその双眸は遥か地平の彼方を望んでいる。
――コードネーム「BAN-TYO」を、始末せよ。
相変わらず彼を支配するのはかの言葉だ。それを実行するために前進する、邪魔する因子が出現すればそれを駆除する、そのアルゴリズムが全てだ。
青き装甲竜は忘れもしない。自分の身体を無残に切り裂いた銀の刀身、それを携える獅子の顔持つ獣人の風体。何であれ、その図像に一致するものを視界の果てに求め続けるのだ。究極的破壊の対象として――。
破壊音を立てて地を揺らしながら、巨竜は斜陽が照らす陸の果てへとそうとは知らず向かっていた。その先は終わりを見晴るかせない広大にして深淵な海――「ネットの海」の領域だ。水面が橙の光をきらきらと反射する様が遠方からでも眩しい。
巨竜は渚の様になった場所に足を踏み出すと、何の躊躇もなく――アルゴリズムがそうさせているのだろうが――水に入っていった。凄まじい飛沫が吹き上がり、派手に散っていく。
浅い海床の砂を踏みつけながら、尚も巨竜は前進する。水に浸かった脚の部分を視界に認め、辺りを遊泳していた小魚の類が蜘蛛の子を散らしたようにその場を去る。
――しかし、巨竜に嬉々として向かってくるものがあった。
水深の浅い部分に生息する何匹もの海竜――シードラモンがその長躯を空中に踊らせる。頭部は黄色の、胴体は浅黄色の鱗に覆われる。いわゆる手足は無く、水蛇に等しい。
彼らの目には一様に興奮の色が見える。獲物を発見して喜んでいるのだ。
間髪入れず、シードラモン達の口が大きく開かれ、凍気が吐き出される。一瞬にして大気の水分が凝結し、巨大な氷柱と化す。
「“アイスアロー”!!!」
一斉に槍を投擲する勢いで巨竜の胴体に矢が飛来する。その矢勢、鋼鉄をも貫かんばかりだ。
しかし、巨竜は大して意にも介さなかった。軽く左腕を捩るように振り回すと、飛んできた氷矢は小気味よい音を立てて砕け散ってしまった。
シードラモン達の顔に驚愕の表情が現れ、次いで恐怖の色が現れた。
ただ一体、業を煮やして正面から巨竜の装甲を貫かんと空中を真っ直ぐに突撃してくるものがあった――
――が、それも言うに及ばず愚かな事に過ぎない。
巨竜の右腕が神速で突き出され、シードラモンの開きかけた口から尾を一瞬で引き裂く。声すら上げる事も許されず、哀れな水竜は真っ二つになった体をさらけ出したまま虚空に消滅していった。
同族の酸鼻を極める姿を目に焼き付けるといよいよシードラモン達は恐れを成して、海中に潜りそのまま姿を消していった。
***
巨竜はシードラモン達を追う事はなく、ネットの海の深みへと歩みを進めてゆく。その方向に求める標的があるかどうかも分からぬままに。
やがて全身が水に浸かる程深い水域に差しかかる。
電脳海の水面の下は透明で、岩礁の存在、赤珊瑚に似たものの群が形作るテーブル、ゆらゆらと水流に身を任せる海藻がはっきり見える。巨竜が居るせいか、全く他の存在は見当たらないものの、穏やかな印象を受ける。
しかし――
突如、押し寄せてきた凄絶な波濤によって平穏は破られた。
それは巨竜の体躯をも遥かに超える高さで、水の壁のように迫り来る。
巨竜は背の翼を噴出させて天に逃げようとしたが、波を越えるには高さが足りなかった。あっという間に到達したそれに飲み込まれ、轟音と共に仰向けに海中に沈んでゆく。
それだけでは終わらなかった。何かが水流を起こしながら怒濤の勢いで巨竜の背の下を通ったと思えば、それが巨竜を乗せて高々と持ち上がり、より水深のある領域へと彼を投げ出したのだ。
激しい水飛沫を上げながら巨竜が海中に沈んだ時、彼が目にしたのは――
黄金の光沢を持つ金属に身を固めた、巨大な水竜――それも、シードラモンとは比べものにならぬ程の、全長は百メートルを優に超すであろうと思われる、そのうねる体躯だった。
「先程、シードラモン達が慌てて逃げて来るのを見たのでな。彼らが恐れを成すとはただ事ではない」
体勢を整え、水上へなんとか跳び上がった巨竜のすぐ目の前に、水竜の顔がぬっと現れる。金属で覆われ陽光を照り返す眩しい頭部は、その大きさだけで巨竜の全長を凌駕する。
「この近辺にシードラモンを害しうるだけの力を持つ者は、メガシードラモンや――この私、メタルシードラモンのみ。しかし我らが同族を害するなどあり得ぬ事。時に貴様――見ない姿だが、何処の者だ?」
巨竜を、赤く知性的な光を湛えた両眼が射るような眼差しを向ける。声は低く、敵意に満ち溢れている。
例の命令が果てしなく耳の中で鳴り続けていたが、メタルシードラモンの誰何ははっきりと彼に聞こえた。
しかし、それはその質問に答え得るという意味ではない。
目の前に立ちはだかる強大な敵、メタルシードラモン。巨竜の認識は、やはり相も変わらず――。
言葉を発さずにいる巨竜に対して、鋼鉄の水竜はあくまで冷徹な態度で言い放つ。
「――そうか、答えぬか。まあいい。いずれにせよ、我らの領海に無断で侵入し、あまつさえ危害まで加えんとしている輩を放逐する訳にはいかん。このメタルシードラモンが、討伐してくれる!」
メタルシードラモンの鼻先の大きく開いた砲身に見る見るうちにエネルギーが充填されていく。
「“アルティメットストリーム”!!!」
視界の一切が閃光の炸裂に包まれる。
小太陽の爆発もかくやというエネルギー弾は、巨竜の全身をその激流の中に飲み込んで尚、勢いを失う事なく空を水平に貫く。
しかしそれでは巨竜を完全に葬り去る事は叶わなかったようだ。
「ほう、我が必殺技を受けて消滅しないとは!」
感心した様子のメタルシードラモンの眼前で、目映い光の流れから不意に装甲を纏った青い巨躯が飛び出し、宙に舞い上がる。
その鎧は半分ほど損傷し、生身の体が剥き出しになっているが、どうやら深刻な損害ではないらしい。
――行く手を遮る者は、排除する。
右手の必殺の槍を構えると、そのまま重力に任せて水竜の鼻面へと突進する。
その加速度も相まって、槍は凄まじい力で金属を破壊せんとする。
だがしかし。
激しく金属の打ち鳴る音が響いたのみで、かすり傷すら付ける事は出来なかった。
無表情のまま、凍り付いたような巨竜の顔を見やって、メタルシードラモンは低く笑った。
「素晴らしい硬度だな。しかし、私のクロンデジゾイド合金製の体表には劣る」
クロンデジゾイド合金――クロンデジゾイドメタルと、生物体の融合であり、最高級の硬度と、滑らかさという両者の長所を併せ持つ存在だ。それを破壊しうる術は皆無に等しいだろう。
ならば、と巨竜は素早く槍を引き、その勢いで更に上空へと跳ぶと、今度は口をかっと大きく開く。
その喉の奥に渦巻くのは、光無き暗黒の波動だ。
天地鳴動。
大音声の哮りと共に巨大な闇が吐き出される。
空間が歪み押し潰され、夕映えの輝きが一瞬にして無明に飲まれる。
メタルシードラモンは瞬時に海中深くへと潜っていったが、闇の波動は海の底をも抉り出した。
金色の合金製の体表にばきばきとひびが入り、破片が剥がれ――更には、肉体を穿った。
やがて波動がおさまった時、明らかになるのは至る所に穴が空き、酷い様相を呈しているメタルシードラモンの巨躯だ。
「よもやクロンデジゾイド合金を剥がし取り、尚且つ我が肉体を抉るとは――」
水面に顔を出した彼は殆ど苦痛に耐え忍びながら、それでもなお不敵に言い放つ。
「だが、私をそれで倒したつもりにはなるなよ」
再びメタルシードラモンは猛スピードで水面下深く潜り、全身を塔のように巨竜に向かって突き上げる。
巨竜は素早く身を躱そうとしたが、到底猛進するメタルシードラモンの速さには及ばなかった。
間欠泉のように吹き上がった水を全身に浴びながらがばりと開いたメタルシードラモンの顎が迫る。そのまま鋭い歯列が全身を噛み千切らん勢いで巨竜を捕らえた。
メタルシードラモンの体が急降下し、海の深くに再度猛突撃する。其処で彼の口が乱暴に開かれ、巨竜を放り出す。
そして--音速で猛進してきたメタルシードラモンが、ほぼ無力な状態の巨竜を真正面から突き飛ばす。
空中より、俄然速い。
その余りの勢いにかろうじて残り身を覆っていた装甲が破砕し、0と1となって失せる。
巨竜は咆哮せんとするが、無論水中では声が出ない。ごぼごぼという苦しげな音となって水泡を起こしたに過ぎない。
そこに爆砕するは高エネルギー弾。とどめの一撃として、無情にもメタルシードラモンが放ったアルティメットストリームの激流を巨竜は今度こそ逃げる術もなく浴び続けた。
「なかなか強かったが――このメタルシードラモンと相まみえたのが運の尽きだったな」
鋼鉄の水竜の声が聞こえたような気がしたが、こんな間際にあっても相変わらず己の聴覚を支配するのは――
――コードネーム「BAN-TYO」を、始末せよ。
巨竜の電脳核に虚しく響き続ける声。それも、段々と薄れてゆく。
何処まで沈んでいくのか分からない。意識が遠のいてゆく。体からはデータの列が流出し続け、自分の姿を保っていられなくなる。
既に死んだものとして意識を向けていなかったメタルシードラモンは知りようもないが、やがて、体の殆どを失って小さい姿になってしまった竜の姿が、確かに海底の蒼へと消えていった。