次回からは派手にドンパチする予定。
前回までの簡単なあらすじ(デュークモンside)
➀デュークモン、デスモンに搭載されたプログラムにて異次元にボッシュート
②ダスクモンに遭遇、協力してアクセスポイントを塞ぐアーマゲモンの魔の手から逃れ、リアルワールドへ
③クラゲが付いてきた! 集まってでっかい蜘蛛の化け物になった! けど瞬殺!
④クラゲがわらわら、始末しきれない! →加勢に入ったヴァルキリモンと無事接触。でも何故か自分はダークエリアに送られたことになっているし、データベースから自分のデータ削除されてるみたいだし、どうなってやがる!→ロイヤルナイツのせい・・・・・・?
一体どういうことなのか。
何が起きているのか。
ロイヤルナイツがその同胞を死したものとして、それどころか、元より存在せぬものとせしめたなど。
想像だにしない事態に対し、デュークモンより寧ろヴァルキリモンの方が動揺した様子だった。切羽詰まった様子で端末を握り直す。
「デュークモン様、直ちにデータ復旧作業に取りかかりましょう。ヴァルハラ宮のデータベースには直接赴かねば干渉出来ませぬが……此方だけならば、デュークモン様の三次元データを計測して、データベースに再登録することが可能です」
「うむ……」
デュークモンは暫し沈黙を守ったが、やがてゆっくりと頭を振った。
「いや、寧ろ――このままにしておいた方が良いのやも知れぬ。ドゥフトモンにも、経過を報告する必要はなかろう」
「――それは」
バイザーの下で一瞬瞠目したヴァルキリモンだったが、二秒ほど熟考したのち、この守護騎士の真意を悟る。
「それでは……貴方様が、ダークエリアに送られたのだということを装って?」
「然り。その方がかえってこのデュークモン、行動しやすくなろう」
デュークモンは首肯した。
「今や、森羅マッピングも純粋に我々だけのものとは断言出来まい。ヴァルハラ宮の深部が乗っ取られているやも知れぬし、認めがたいが――同胞に背信者がいないとも限らぬ。更には――可能性としては考慮に値せぬだろうが、あれのテクノロジーを外部に売り渡し、誰そに複製させたとしたらどうであろうか」
彼の言葉は中程から、喉から血を絞り出すような凄惨な響きを帯びていた。性善説の信奉者であることを五感で理解させる程に。
ヴァルキリモンは、この紅蓮の外套はためかす騎士の言わんとするところを理解した。
ドルモンをリアルワールドに送り込むルートが漏洩していたのも、ロードナイトモンが殉職したのも、情報の横流しがあったからではなく、最初から全て位置を特定され、動きを追われていたからだという可能性が否めないのだと。
然るに、導き出される結論は一つ。
「従って、このデュークモンが“存在していない”のならば、好都合。行動を追跡される危険性は目に見えて減少する」
「それは、確かに……」
ヴァルキリモンは何ともいえぬ表情で項垂れて見せた。
デュークモンがそうした恩恵に預かれるのならば、それに越したことはないが、手放しに受容できる状況では決してない。
これがロイヤルナイツの仕業だとして、デュークモンを「存在していない」ことに仕立て上げて、一体何者が得をしようというのだろう。ロイヤルナイツ此処間の微妙な緊張関係というものを把握し切っているわけではない、それも専らリアルワールドに身を寄せている補佐役に過ぎない彼にとって、この問題は難解に過ぎた。
そして、本来清廉であらねばならぬはずの守護の座がこれ程胡乱に成り果ててしまっている現状に、憂いを覚えるばかりだった。ロイヤルナイツは束ねた矢のように鏃の向かう先を揃えなければならない。地方の自警団などとはわけが違う。聖騎士は電脳世界の安定という大義に身命を賭す、滅私奉公の徒たることを永久に宿命付けられた、純然たる守護の権化でなくてはならない。
そのあり方を、拙し宿世、神の呪縛と憐憫の情を抱く者が居るのだとしても、逃れることは許されない。
問題の中心にある当のデュークモンはしかし、それ程悲観的には考えていないようだった。
「案外これは、敵の仕業ではないのやも知れぬぞ」
思いがけず肯定的な発言に、ヴァルキリモンは少なからず当惑した。
「――と仰いますのは?」
「現状を吟味してみれば、我々にとっては利点しかないのだ。専ら、このデュークモンの動きを追跡し、亡き者にせんと目論むのは――敵の方であろう。丁度デスモンがそうであったようにな。このデュークモンを不穏分子として注視する意図を持っているのでもない限り、我々の味方が動向を逐一監視するのに労力を割いたりはせぬはずだ」
「つまり、デュークモン様の情報がデータベースから抹消されることによって、不利益を被るであろう対象は、デュークモン様の動向を把握しておきたい敵でしかない、と」
「左様。大方それで正しいのではなかろうか」
「成る程……そういった考えはありませんでした」
聖騎士集団に対して、あたかも融通が利かず、奇策の一つも弄しないような堅苦しい印象を抱いていたが、その謬見は修正されねばならないようだ。ヴァルキリモンは押し黙って内省した。
そうした彼の胸中を見抜いてか、デュークモンが宥めるように言い足した。
「うむ、普通の神経ならばやらぬこと。然れど、我々には割合搦め手を好む者がいるのでな」
それが一体何者を指した言葉なのか、ヴァルキリモンには皆目見当も付かなかった。しかし、デュークモンを見やるに、思い当たる数名の候補を密やかに数え上げているようであった。
「いえ……しかし、報告をしたのはドゥフトモン様です。これがドゥフトモン様の仕業かどうかまでは分かりかねますが、いくら何でも、事の次第について説明はされるのではないでしょうか」
「当人と口裏を合わせているのであろう。我々が今し方推測したことが的を射ているにせよ、当人が何も語らぬのであれば、それは尚も単なる推測に過ぎぬ。よそに話して聞かせた所で情報漏洩には成り得ぬからな。それはさておき、ヴァルキリモン――」
「はっ」
名を呼ばれた鳥人はしゃんと背筋を伸ばし直し、右拳を左の胸に押し当てる姿勢を取った。改めて、聖騎士の補佐たる者としての立場を、敬礼を以て明示せしめる。
「これは、如何なる状況なのか」
ヴァルキリモンが、佐伯から説明を受けた通りに話す。
「アクセスポイントを起点として、何者かがデジタルとリアルの境界を穿孔しているようです。その実態及び目的は正確に把握出来かねますが……膨大なデータ量で構成された生命体であることは間違いありません」
――膨大なデータ量で構成された生命体。
デュークモンの脳裏を、粘稠な闇に覆い被さる、巨大な蜘蛛のおぞましい姿がよぎった。
あまり思い起こしたくないそれに、彼の黄玉の瞳に翳りが差す。やはり、あれはあの時ダスクモン共々黙って見逃してくれたわけではなかったのだ。
そして、空間が穿孔されているのではないか、という嫌な予感は当たっていた。
「サー・佐伯が、補修作業にあたってくれています。それが済むまでの間は、どうしても流入してくるあのアンノウンを倒し続けなければなりません。今現在は落ち着いているようですが、補修が完了するまでは警戒を解けません」
「不毛なことこの上ないが……やむを得ぬか」
不本意そうにグラムの先端を地面から持ち上げるデュークモンであったが、ヴァルキリモンが手を下に降ろすような動作でそれを止めた。
そして、決定的な一言を投げかけた。
「いいえ、此処は一つ――ドルモンのテイマー殿に任せてみましょう」
デュークモンの瞳孔が拡大する。唐突に話に上ったその言葉はあまりに重大で、彼が面食らうには充分だった。
眼前の純白の鳥人が意味する所は一つだった。
ドルモンは無事にリアルワールドに逃げおおせた。
そして間を置かず、テイマーが発見された。
盲亀浮木の奇跡の衝撃が、情報処理機構を激しく打擲して痺れさせる。
デュークモンはただただ言葉をおうむ返しにする他なかった。
「ドルモンの――テイマー、だと?」
「はい」
ヴァルキリモンの声には淀みがなく、その芯には抑えきれぬ欣喜すら通っていた。
「先日、その者と話を付けて参りました。洞察力に長け、正義感の強い芯の通った方で、まさしくテイマーに相応しいように思われました――が。実戦経験がないに等しいのがいずれ隘路となりましょう。よもやそれが黄泉への隘路でないとも限りませぬ」
電脳の生命にとって、命あっての実戦経験は積みがたい。しかし、生き延びる為には積み続けなければならない。
如何に温厚で争いを好まぬ性格の持ち主であっても、それは仮面に過ぎない。血を血で洗う、片方が息絶えるまで終わりを迎えない生存競争こそを渇望する闘争本能が、紳士淑女の仮面を剥ぎ取ったその下に必ずその醜貌を潜めている。
殺るか、殺られるか。詰まるところその0と1の両極端しか持たぬデジタルモンスターにとって、実戦経験とは一度毎に命を失うやも知れぬ賭けを繰り返すことによってしか積み重ねられない。
だから、相手を選ぶのは重要だ。
ドルモンは必ず最後まで生き延びなければならぬ、救世主の胚芽だ。故に、勝てる算段のある勝負を選び続けなければならない。
成長期と幼年期程度では話にならないが、それは一般的な話だ。今や、相手は単なる幼年期ではない。漏水のようにリアライズし、集合して変異を遂げる、進化の法則を破壊する異分子だ。
予行訓練としては、最適な相手と言えよう。
デュークモンは納得した様子でいらえた。
「確かに、あやつらは見積もったところせいぜい幼年期……単体ならばドルモンが遅れを取ることはあるまい」
しかしあくまで、単体ならばというだけの話だ。
「――だが、相食むことによって進化するという、型破りな力を持っている。このデュークモンが相対せしときは、完全体にまで到達したのだ」
「!? それは……」
ヴァルキリモンは息を飲んで狼狽えた。
先刻、此処に転送される前――佐伯の元で目にしたものが思い起こされる。
“ヘイムダル”の視野――レーダー範囲内に出現した、完全体相当の存在がリアライズしたことを示す電脳核の反応。
究極体相当の反応が付近に出現した瞬間から間を置かず、儚く消失したその反応。
幼年期のみならず、完全体までもがリアライズしてきたのだとばかり思っていたが、あれはそういう事だったのかと得心すると同時に、叩き付けられた事実に表情が歪んだ。
どうあっても、早急に次元の虫食いを修復してもらわねばならないようだ。
増援が大挙して押し寄せて来て、敵が強大になり過ぎるその前に。
「ふむ……迅速な各個撃破が要求されますね」
「テイマー殿には、前もって情報を渡しておいた方が良かろうな」
デュークモンの意見は尤もだった。
しかしヴァルキリモンは、龍輝の能力に一切を賭けることを躊躇わなかった。
これは確実に勝てる賭けなのだと、半ば盲目的ですらある答えが組み上がっていた。
「いいえ、その必要はないかと。サー・龍輝はデビドラモンを倒した功績がおありです」
「! 何と、デビドラモンを?」
デュークモンが再び瞳孔を拡大させる番だった。
「複眼の悪魔」と綽名される、邪悪さを焼き付けられたデータの凝りでしかないかの邪竜は、ともすれば成熟期でも無抵抗になぶられるダークエリアの傑物だ。
血塗られた邪眼の輝きにねぶられたなら四肢の自由を奪われ、夜闇を映した長尾の先端には、鋼鉄をも容易く穿孔する鉤爪が仕込まれている。その巨躯を四枚の翼を持って軽々と浮かせて烈空し、獲物を確実に仕留めるのだ。
間違っても、成長期に太刀打ちできる相手ではない。
それを、倒したなど。
「わたしとて、その現場は直接見ておりません。しかし、デジヴァイスの力に借りたとはいえ――あのデビドラモンを目前にして、よくぞ逃亡しなかったものと思います。サー・龍輝も、ドルモンも」
「うむ。ダークエリアに巣くう魔性は、心魂の底まで凍てつかせる邪の波動を放つ。あれらにまみえて尚勇邁たり得るとは・・・・・・」
デュークモンは衷心より頷き、尚も驚愕に満ちた声音でささめいた。
普通、逃げられるものなら逃げる。
尤も、それはダークエリアの徒に相対した時に限らない。
押しつけられた十字架を背負わずにいいのならば、打ち棄てておくのみ。
誰かが背負わねばならぬならば、行き会わせた他者に押しつけて逃げるのみ。
況してそれが、己の安住していた常識を、根底から崩壊せしめる破滅的因子との邂逅ならば尚のこと。
リアルビーイング達は皆、異形の存在など夢物語の住民で、現実に姿を現すことなど有り得ないと無意識のうちに思い込んでいる。
物語は、己がそれよりも高次元にあって俯瞰出来る立ち位置にいるときのみに楽しめるものだ。
それが現実のものであろうとき、もはやそれは娯楽として享受できる代物ではない。
首筋を滑る白刃でしかない。
栄誉あるテイマーに選定された者とて、心根は恐怖で凍えるばかりだったかも知れない。
しかし、敢えてひしゃげる程の十字架を背負う道を進んだ。
剥き出しの首筋に、白刃をあてがわれることを厭わなかった。
それが喩え、“ノルンの予言書”に記された通りの行動でしかないとしても――。
天地開闢以来、一度たりとも姿を見せていない空白の座の主。
充分期待して良い胆力と知力の持ち主のようだ。
デュークモンの言葉は、純然たる希望に満ちたものだった。
「是非とも、お目通りしたい」
ヴァルキリモンも然りとばかりに同意した。早く本家本元のロイヤルナイツに引き合わせたいのか、何処ともなくせわしない雰囲気を漂わせながら。
「既にサー・龍輝に連絡は付けておきました。そう遠くない場所にお住まいですから、来て頂けるかと思います。僭越ながら、試すような真似をしたこともお許しになってくれるかと――」
唐突に、言葉が切れた。
弾指のうちに、純白の鳥人はクロスボウを構え直している。
そして矢筒から一本抜き取り、番える。それは残像しか追えぬ速度で成された。遥か古代より幾千回と繰り返してきたかのような、芸術的ですらある流麗な動作で。
デュークモンと会話をしながらも、自身の構成データを削り取って抜かりなく矢筒の中身を補充しておいたのだった。
番えられた矢の向く先は、遥か目下。
雪上に再び何処からともなく染み出すように現れた海月の化生を、漆黒のバイザーの下の双眸は逃さなかった。
忌々しげに舌打ちをし、呪詛を吐く。
「この畜生が……!性懲りもなく……!」
まさに神速、矢が烈空した。
鏃は雪の白を透かしてたゆたう半透明のゲルの中心――即ち深紅の単眼の瞳孔を、あやまたず貫く。
――筈だった。
血走った眼を貫いたのは、矢ではなかった。
究極体二体の極限まで錬磨されたセンサーは、真にとどめを刺したものの正体を、瞬きよりも短い時の内に捉えた。
それは赤く炸裂したエネルギー弾だった。
騎士達は極自然に、既に冷え切った大気に掻き消されたその軌跡を追った。
10メートルばかり先。
赤い屋根の三階建て住宅の前に立つ、一本の電柱の下。
自分達が立っている場所からはちょうど影になっている、その位置。
狙撃手はそこに潜んでいる――或いはいた――らしい。
姿が見えないのだ。
周囲の風景と同化しているのか、既にその場を去ったのか。
研ぎ澄ませた感覚器を以てしても、それは判然としなかった。
今は感知範囲外にいるのか。
視線を戻すと、半透明の体は二進数の屑に変じ、冷気の如く流れ出して跡形もなく消滅していた。
半瞬遅れて、薄く雪の積もった地面に矢が突き刺さり、跡を追うように風塵さながらに霧消した。
「今のはもしや、件のテイマー――龍輝殿か?」
「いいえ、違うようです」
問い掛けに、やや呆然とした面持ちで、ヴァルキリモンがクロスボウを背負い直しながら頭を振った。
ドルモンの
先程短時間だけ感知出来たのは、あのような、一般的成長期にありがちな、気配がだだ漏れの波動ではない。
脈動の性質からいって、狙撃手も成長期ではあろうと推測できる。
成熟期ほど強力ではない。だが、幼年期にしては堅固過ぎるのだ。
そして何より、その脈動は非常に抑制されている。気配を殺し、張り巡らされたセンサーを擦り抜け、敵を意識外にて闇に葬送する。ただそのために研ぎ澄まされたような印象すら受ける。
ヴァルキリモンは一つの恐ろしい仮説を立てるに至った。
――暗殺者だろうか。
「これは――ドルモンではありません」
提示された回答に、デュークモンは眉根を寄せた。
「……我々の他に何者かがいるということか」
「そうなります」
生残するロイヤルナイツの中に背信者がいるという強い疑惑。
何者かがデジタルとリアルの境界を破らんとしている非常事態。
そして――自分達の与り知らぬ何者かが、このリアルワールドに身を潜めているという事実。
情報処理機構を覆い尽くす暗雲を追い散らすことなど、究極体の力を以てしても到底出来そうになかった。