Real-Matrix   作:とりりおん

17 / 25
お久しぶりです。実に……二ヶ月ぶりでしょうか。やっとスランプを脱して更新出来ました。
今回も長く、その上一場面しか書けませんでした。話が進むことを期待していた方、何卒ご容赦を……。


Matrix-2
聖なる疑惑と邪推


 一面が白い。理想の白だ。一切の可視光と穢れをにべもなく撥ね付けた、至高の純白だ。

 

 タイル同士の隙間や上方と下方の境界を示唆する野暮ったい存在は無い。有限な規模の建造物内にあるのだから果てしない筈はないのだが、白きこの空間は宇宙空間の如く視覚には捉えられる。球体表面を滑るように一方向へと流れる電子情報の光は回路を浮き彫りにし、失いそうになる方向感覚を繋ぎ止める。

 

 マグナモンは浮かんでいる。

 床から天井を突き抜け、空間の中央を貫くように存在する角柱の中に、彼は居る。――とはいえ、角柱は透明性が究極的に高く、絶対に視認できない。そしてその硬度は最大限精錬されたクロンデジゾイド鋼にも匹敵し、並の究極体どころか、それこそロイヤルナイツが暴れた所で傷一つ付かない。

 柱内には、微細な0と1の片々が大量に浮遊している。これらはマグナモンの穿たれ覗き穴のようになっていた脇腹の傷に流入して塞いだり、時折彼がアクセスするイグドラシルのデータベースの内容呼び出しに使用されたり、それなりに忙しい。

 

 

 マグナモンは今、眼を固く閉じている。

 視覚から入る情報量は非常に多い。これをシャットアウトするだけで情報処理機構への要らぬ負担を減らせるし、思考の海へ沈潜しやすくなる。それに、この自分以外の全てが白く一様な空間を長時間視ていたら、いくらロイヤルナイツでも気が狂いそうになる。かといって眼を閉じるのも癪だったりするのだが、こんな所に居なければならないのは、偏に治療のためである。

 

 

 (何て不便な体になってしまったんだ)

 

 

 マグナモンは思う。

 かつてロイヤルナイツには、至上の特権があった――「幾ら死んでも生き返る」という特権が。些細な負傷は勿論、重傷を負う事すら何の問題もなかった。体を張ってセキュリティ最高位の守護騎士としての責任を果たすことは義務でこそあれど、覚悟を伴うものではなかった。

 

 自分達の命はあまりにも安いものだった。それに引き換え、他のデジモン達の命の何と儚く尊かったことか。いや――今だって尊い。けれども、こうしてイグドラシルに見放され、「その他大勢」と同じ存在に成り下がってしまうまでは――ダークエリア行きを運命付けられているデジモンはそっと扱わねばならない壊れ物であり、ロイヤルナイツとはそれを繊細な手つきで管理する者である、という図式がはっきりしていた。必要とあらば少数の「壊れ物」を木っ端微塵に破壊して多数の「壊れ物」を守らねばならないとしても、繊細な心を失う理由はなかった。

 ロイヤルナイツは、剛胆さとデリケートさを兼ね備えた者の集団だとマグナモンは考えている。戦いに臨むには胆力を備えていなければならない。守ろうとする意思は愛に由来せねばならない。愛ではなく守護騎士としての義務に帰属させる方が妥当と言えようが、マグナモンはロイヤルナイツに名を連ねる聖騎士達の温かい心を信じていた。

 

 壊れ物になってしまった自分達は、その他大勢と同じく、繊細な心を以て慈しむべき存在になった。場合によっては、自分の命を優先して他の「壊れ物」が砕け散っていくのを容認しなければならない事もあった。いや――それは必然的であり続けた。

 ロイヤルナイツという組織は基本功利主義を立脚点とする。同じ壊れ物なら、より多くの壊れ物を守れる力を持つ方を選ぶ――即ち、必要とあらば自分だけ助かる方を選ばねばならなくなった。

 

 自分だけが助かる事を選び続ける事で、いつしか本当の腰抜けになってしまうのは怖かった。死してデータの屑になるより怖かった。騎士たる者は如何なる時も勇敢であらねばならぬ、と。

 だが冷静になってみると、自分は勇敢どころか無謀で、その上馬鹿以外の何物でもなかった。デスモンの挑発に乗せられ、まんまとその掌上で踊らされただけ。自分は素直に身を引き、デュークモン一人にデスモンを相手取らせれば良かったのだ――結局彼が異次元空間に転送されてしまう事になるのならば。デュークモンが全力で戦えば、無傷でデスモンを葬り去れた筈だ。「紅の聖騎士」は、自分より圧倒的に強いから。

 

 しかし、此処で首をもたげてくるものがある。「騎士の誇り」という奴だ。

 誇りに傷を付けられて、泣き寝入りする騎士など居ない。居たとしたら、そいつは騎士ではなくただの腰抜けだ。騎士ならば、決闘で相手を殺して名誉を回復する。他人に肩代わりをしてもらうなど、言語道断、恥だ。死んだ方がいい。

 聖騎士という存在に深く根を下ろしているこれは非常に面倒なものだ。功利主義という現実性を重んじながら、誇りという精神性に従わなければならない。私利を優先すれば独断と誹られ、滅私奉公すれば誇りを棄てたとなじられる。ならば自分はどうあればいいのか? ――分からなくなる。

 

 そういう時は決まって思うのだ。自分はもう、イグドラシルより――主より見放された身であり、居所を失い、行動原理も失ってしまった身ではないのかと。要はもう「騎士ではない」。譬え騎士道から外れようとも構わないし、功利主義に従わなくともそれは個人の思想問題なのでどうだっていい話だ。

 熟考せずともそれは自明な話なのに、依然としてロイヤルナイツの聖騎士達は――いや、聖騎士「だった」者達は――イグドラシルの命や加護無しでも変わりなくデジタルワールドの守護騎士としての活動を続けている。一般的に考えれば、それは己無くして、誰がデジタルワールドの安寧を守るのだ……という強い意志の力に他ならないだろう。しかし、マグナモンはこうも感じていた。「まるで全員、呪いに掛かっている様だ」と。勿論――自分も含めて。

 ちょうどその時だった。

 

 「――!」

 

 マグナモンの波動感知センサーが、電脳核(デジコア)の波動を捉えた。

 何者かが近くに来ている――と言うと大袈裟だが、近くに他のロイヤルナイツが来ているのだろう。センサーが感知したのは喩えるならばそよ風で髪がなびいた程度の微弱なものだが、近距離に対象が居るのは間違いない――というのも、ロイヤルナイツは全員自分の電脳核(デジコア)の波動を最小限に抑えられるのだ。この波動は、戦闘の際最も物を言う。強烈な波動は、敏感な相手に自分の位置をともすれば正確に知らしめてしまう事になるからである。

 

 やがてマグナモンの眼下の空間が陽炎の如く揺らぎ、侵入者の姿を露わにした。

 竜人だ。

 威風堂々たる体躯には透明感溢れる青碧の甲冑が纏われており、背には彼の身長と同程度の硬質の大翼が二枚生える。両手首にはめられた篭手のようなブレスレット、胸部を装飾するV字型の金属が印象深い。

 マグナモンは体の力を抜いた。

 

 「――アルフォースか」

 

 「マグナモン。容態はどうだ」

 

 黄金鎧の竜戦士は、心の中で訂正を入れた――「ロイヤルナイツは皆、呪縛されている」という私見についてだ。アルフォース――正しくはアルフォースブイドラモン、彼は別である。

 元々イグドラシルの命に従うこともそこそこに独断行動を幾度となく繰り返していたアルフォースブイドラモンは、イグドラシルによるロイヤルナイツの「解雇」の後も一切変わる事が無かった数少ない一人である。

 

 「かなりいい。あと半日もすれば全快だろうな」

 

 「そうか、そいつは良かった」

 

 青碧の竜人は、そう言って微笑んだようだった。マグナモンの中では、デュークモンの次に気が優しいと位置づけられている程柔和な聖騎士である――といっても、他のロイヤルナイツは我が強く棘のある連中ばかりである、という単純な事情があったりする。

 

 「ところでマグナモン、少しばかり話に引き留めてもいいか?」

 

 当のマグナモンにとっては有り難い話だった。こんな空間に一人で居続けたら、身体の方は治癒されても精神がおかしくなりそうだ。

 

 「ああ、願ってもない。なんだ?」

 

 「いや――下らない、というべきか、一笑に付されても仕方の無い話なのだがな。それでも構わないか?」

 

 「長い話なら尚良い」

 

 「そいつは有り難い。余程暇なのか――まあ、見て分かるがな」

 

 アルフォースブイドラモンは殆ど虚無の空間を眼だけを動かして一望し、微笑した。

 

 「イグドラシルの事なんだが……最初に訊こう。お前はあの『解雇事件』を、どう受け止めている?」

 

 黄金鎧の戦士は微かに眉根を寄せた。どんな話かと期待していたら、ついさっきまで自分が考えていた事と同じのようでげんなりしたのだ。もう少し明るい話題を所望していたのだが。

 

 「一般論と大差ない。その通り、『解雇された』のだと解している。イグドラシルのその後の、こう言っては何だが――怠慢ぶりを見ていると疑問だが、ともあれ俺達は切り捨てられたのだとしか言えんな」

 

 「ふ、そうだろうな。大概の奴は素直にそう感じるだろう。地位と共に確固たる存在意義も失い、途方に暮れ、その結果として過去という亡霊に捕らわれるのを選択する……という訳だ」

 

 マグナモンは微かに苛立ちを覚えた。何だって、こんな奥歯に物が挟まったような、ロイヤルナイツの存在意義を丸っきり否定したような言い方をするのだろうか。かの聖騎士の性格は決して悪いわけではないが――いや寧ろ良い方なのだが――時折こういう所が勘に障る。

 

 「つまりお前はどう考えているのだ?」

 

 「俺は……ロイヤルナイツは、イグドラシルにより『解放された』のだと思っているがな」

 

 紅玉色の瞳孔が不可抗力的に拡大する。想像だにしなかった台詞だ。

 

 「解放――だと?」

 

 「ああ。始めに言った通り、馬鹿馬鹿しいと思って聞いてくれて一向に構わない。この俺は、イグドラシルは己の騎士にかつて掛けた呪縛を解いたのだと思うな」

 

 「呪縛?」

 

 単語こそ同じだが、マグナモンにとって自分の言うそれとアルフォースブイドラモンの言うそれが全く違う意味合いである事は明らかだった。だが、アルフォースブイドラモンが意味する所はまるで想像が付かない。過去の地位に未だ縛り付けられている今のロイヤルナイツにこそ、呪縛が掛けられているというものではないのか。

 

 「安寧へ俺達を解放してくれたのだ、イグドラシルは。終わりなき任から解放し、生ける屍であった俺達を……死という安寧へと」

 

 「……馬鹿な」

 

 マグナモンは咄嗟に声を荒げた。

 

 「死が安寧であるなどと。そう愚直に信じ込む程、この俺は腰抜けではない!」

 

 「まあ、そう怒らないでくれ。繰り返すように、これは只の俺の『私見』に過ぎぬからな」

 

 温厚を通り越して呑気そうにそう語るアルフォースブイドラモンの声に、マグナモンはやや腰を砕かれた。

 

 「ふん……アルフォース、お前の言う事に誤謬が無いとして、だ。俺達以外に誰がデジタルワールドのサーバ安定性を保持するのだ? 誰が魔王の脅威から地上を守るのだ? 四聖獣も、三大天使も――天にまします御方は、実際的な働きは何一つしない……静観するだけだ。イグドラシルが我々を『解放』したという事は、同時にこのデジタルワールドを『見棄てた』という事に他ならぬぞ?」

 

 青碧の竜戦士は頷いたようだった。

 

 「そうだな。そして、俺はその通りやも知れんと思う」

 

 「この世界は、見限られたと……思うと?」

 

 自分で言っていて寒気のする台詞だとマグナモンは思った。何の抵抗も無い様子で、アルフォースブイドラモンはそれを肯んじる。

 

 「ああ。幾度となく魔王の脅威より光ある世界を守護してきた俺達であったが……その必要ももはや無い、という訳だろうな。それがどういう意味なのかは分からんが」

 

 その言葉に、マグナモンはロイヤルナイツの間では普遍的に信じられている事実――「ロイヤルナイツはセキュリティエージェントとして相応しくないから放逐された」――を含意していると思しき部分を見て取れなかった。

 

 「このデジタルワールドが――崩壊へと向かって行くのが神意に適うとでも? それは一体……どういう事なのだ?」

 

 アルフォースブイドラモンはゆっくりと頭を振った。

 

 「繰り返すようだが、分からん。あくまで俺の推論――邪推の延長だからな。考えるにしても……材料が足りなさ過ぎる」

 

 「邪推であって貰わねば困る。どうあってもデジタルワールドに終焉が訪れるというのであれば……『空白の席』の主を顕現させるという俺達の努力は、一切合切無駄という事になるからな」

 

 強い口調で言い切るマグナモンに、アルフォースブイドラモンも同感といった具合に強く首肯した。

 

 「全くだ。ロードナイトモンの死も、サー・佐伯の尽力も、見つかったらしい――とお前から聞いたんだったな――テイマーに、与えられる艱難辛苦(かんなんしんく)の日々も……無意味となってしまう」

 

 「ふん、例え話であっても、余りこういう物騒な話をするべきだとは思わぬな」

 

 それに対して青碧の竜戦士は両腕をがっちりと組み、如何にも威厳に溢れた様子で答えた。

 

 「予想や疑惑をひた隠しにしておく事こそ建設的ではないと思うがな。そうだ、この際もう一つ話をしておこう。ある意味、一番物騒な話かも知れんがな」

 

 「今度は何だというのだ」

 

 話をし始めた最初の頃に比べて、マグナモンは明らかに不機嫌さを口調に滲ませていた。

 

 「デュークモンについてだ」

 

 「デュークモン、だと?」

 

 マグナモンの声音に、驚愕の音調がやや混ざった。

 

 「ああ。奴こそ、疑惑を抱くべき者ではないだろうか」

 

 「……何を言っている?」

 

 マグナモンは両目を顰めた。あたかも、狂人を見るときのような目付きだ。

 青碧の竜戦士はそれには些かも気が付いていないようで、澄ました表情で今度は誘導尋問の如く問いを投げかける。否、それは問いというよりも「話題提示」に過ぎなかった。

 

 「ドルモンと……ロードナイトモンの件を覚えているだろう? どうして彼らがあの場所を通ると知られてしまった?」

 

 マグナモンは言い捨てた。非常に重要な事であるはずなのだが――何故かそれについて考えたくない。

 

 「……さあな」

 

 「お前も薄々感づいているのではないのか? 我らロイヤルナイツの中に、魔王との内通者がいる――かも知れないという事に」

 

 今やマグナモンは不快感を少しも隠そうとはしなかった。アルフォースブイドラモンの口調は穏やかでこそあれど、話の持っていき方には残酷さすら感じるのだ。譬うなら――トラウマの治療のために、過去の悪夢のような経験を記憶のヴェールを引っ剥がして当人の眼前に置くような。

 

 「それがデュークモンだとでも言いたいのか? たちの悪い戯れ言はいい加減に止めろ」

 

 「本当にたちが悪いのかどうか、俺の話を最後まで聞いてから判断してもらいたいものだが」

 

 「……」

 

 本来ならば「話せ」とでも言うべきなのかも知れないが、マグナモンは少し唸ってみせただけで無言でいた。話の続きを催促する気にもなれないし、そうしたら最期のような気すらしたのだ。

 言うべくもなく、アルフォースブイドラモンは勝手に話を進めた。

 

 「今回、お前は堕天せし魔王――デスモンと交戦したらしいが、奴の目的はデュークモンであったのにも関わらず、デュークモンは一切抗戦せず、お前が終始戦闘したというではないか」

 

 客観的な事実認識としては間違ってはいない――のだが、幾分悪意が含まれたような口振りにマグナモンは辟易した。

 

 「これに加えて、過去についても思いなしてもらいたい……つまり、ベルフェモンが最後に覚醒した時の事とを。あの時、実に我らの半数――6体が死地に赴いた、俺も含めてな。あの時、デュークモン……奴は最後まで参戦を渋った」

 

 「お前は詰まるところ何が言いたいのだ……アルフォース! デュークモンが自分の保身しか考えていない……とんだ野郎だとでも言いたいのか!?」

 

 次の瞬間、マグナモンの全身を悪寒が奔った。今、自分は何という事を口走ってしまったのだと。実際にそのような事は露も考えていないとしても、恐ろしい事だ。

 そしてもっと恐ろしい事に――アルフォースブイドラモンは口角の端を僅かに上げた。

 

 「全くその通りだ、マグナモン。加えて奴は素性が知れない。どうやら以前の記憶が無いそうだな。その上……ウィルス種である」

 

 「ふざけるな!」

 

 雷喝。

 流石の立派な風采を誇る青碧の竜戦士も、これには肩をびくりと震わせないわけにはいかなかった。反射的に頭上のマグナモンを見やると――両拳を握りしめ、全身を震わせながら次の怒号に向けて準備をしているようだった。今に限ってはその真紅の双眸は――デジモンに血液など流れていないが――まさしく血走っている。

 

 「その程度の差別的な、浅はかな理由で……デュークモンによりによって謀反の大罪を押しつけようとは! 見下げ果てたぞ、アルフォース!」

 

 マグナモンはわめいた。ウィルス種だから、データ種だからという理由で何者も差別してはならない。当たり前の中の当たり前だ。ロードナイトモンとデュークモンが良い模範であるし、寧ろワクチン種が自惚れず彼らに倣わねばならない程だ。

 また、「聖騎士」は何を以て「聖」と成すかと言うと――マグナモンはこう解している。聖なるものとは即ち神聖不可侵なものであり、物質世界よりも高次元に存在を占める。それと交信をして意を受け、或いはその聖なる存在の為に――つまりは高次元な目的の為に尽力する者こそが聖騎士である。よって、聖騎士自身の「物質的な」性質は何ら問題にはされない。無論、その細やかな素性についても、だ。

 そんなマグナモンの心中はいざ知らず、アルフォースブイドラモンは怒りの矛先を容易く回避すると同時に反撃した。

 

 「マグナモン、お前には二つ気を付けなければならない事がある。一つは、『激情は骨を腐らせる』という事だ。二つ目は――『他者を信用し過ぎるな』という事だ。お前は、そうだな――性格的に単純すぎる」

 

 「くっ!」

 

 完全に話を逸らされたが、全く以て正しい指摘である事がマグナモンには悔しすぎた。言いたい事は山程あるが、電脳核(デジコア)の情報処理機構は坩堝を掻き回したように混沌としている。こんな時ほど、自分が感情的で冷徹さに欠けるのが悲しい。

 一方のアルフォースブイドラモンは、既に踵を返して白い空間から出る寸前だった。

 

 「暇は潰せただろう? それでは、またな」

 

 「……っ」

 

 相変わらず穏やかな口調でそう告げ、アルフォースブイドラモンはその姿を揺らめく蜃気楼の如く掻き消した。

 マグナモンは黄金のアーマーの下で、ぎりりと歯を噛み締める。

 

 「何が『一笑に付されても仕方が無い』だ。ふざけた事をさんざん言い散らしやがって……!」

 

 姿が完全に視界から失せてしまったのを確認し、マグナモンは憎々しげに吐き捨てた。ぎりぎりと拳を握りしめる。この仕草は苛立ったときの癖であるのだが――今回は特に甚だしい。

 確かに「暇は潰せた」が、それ以上に胸糞悪い事この上なかった。奴は――アルフォースブイドラモンは、仲間を疑い、未来を諦めろとでも忠告しに来たのだろうか。

 既に0と1の血小板によって塞がれた脇腹の傷が、灼けるように熱い気がした。

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。