Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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邂逅

 冬木市街より西へ30キロ、そこには鬱蒼とした森林地帯がある。

 一見ただの原生林に見えるこの森は『アインツベルンの森』といい、森の奥には聖杯戦争の折、彼らが毎回拠点とする巨大な城が建てられていた。

 現在、その城の一室にセイバー、アイリ、舞弥が集まり、切嗣を中心に作戦会議を開いていた。

 切嗣はまず地図を開き、冬木に来るのが初めてなアイリへ各陣営や主要な龍脈の位置などの説明をする。長時間に及ぶ説明となったが、アイリはため息を吐きながらも最後までしっかりと聞いてくれた。

 

「――地勢についてはこんなところだが、何か質問は?」

 

 最後に切嗣が尋ねると、アイリは隣のセイバーのことを気遣った後、再度ため息を吐く。どうやら質問はなく、説明は十分に伝わったようだ。

 代わりに、アイリは切嗣へ今後の方針を尋ねた。

 

「で、今後の方針だけど……当分はキャスターを迎え撃つことに集中すればいいのかしら?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

 キャスターのことを思い出し、切嗣は眉をひそめながら答える。

 まったく傍迷惑な話があったものだ。まさかキャスターがセイバーをジャンヌダルクと勘違いして付け狙うとは……。切嗣にしてみれば、とんだ無駄足である。折角ランサーが脱落しセイバーの呪いが完治したというのに、キャスターという不確定要素がある限り、セイバーを矢面に立たせることができないなんて。

 セイバーを万全の状態で使うためにも、早急にキャスターを討伐する必要があった。

 再度作戦を確認するため、切嗣はアイリへほほ笑みかけながら口を開く。

 

「今回、ここの城を使うつもりはなかったが、状況が変わった。キャスターをおびき寄せるまでの間、僕らはここで籠城の構えを取る。アイリ、この森の結界の術式はもう把握できたかい」

 

「……ええ、大丈夫。結界の綻びも見当たらないし、警報も走査もちゃんと機能するけど……」

 

「よし。キャスターが森に侵入したらすぐセイバーを向かわせるんだ。この森ならセイバーの聖剣が街を焼く心配もない」

 

  キャスターの姿が見えたと同時にエクスカリバーを放ち、一撃で葬る。それが切嗣の作戦だった。

 アイリは戸惑った様子で横のセイバーをチラリと見た後、たどたどしく頷いた。

 

「え、ええ……分かったわ」

 

「マスター、それでは足りない。こちらから打って出るべきだ」

 

 と、直後誰かが異議を唱える声を上げた。

 しかし、切嗣は今まで通り聞こえなかった振りをし、セイバー以外の2人へ声をかける。

 

「――それじゃあ解散としよう。僕とアイリはしばらくこの城に留まってキャスターの襲来に備える。舞弥は街に戻って情報収集に当たってくれ、異変があったら逐一報告を」

 

「わかりました」

 

 切嗣の言葉に舞弥はよどみない返事を返し、席を立つ。切嗣自身も資料を片付け、その後に続いた。

 部屋を出て、切嗣は廊下で思わずため息を吐く。昨晩、ケイネスとやり合った疲れが溜まっているようだ。ケイネスは思いのほか強敵で、起源弾まで使用するギリギリの戦いだった。

 少し外の空気を吸おうと、切嗣は廊下を進み、前庭を眺められるテラスへ出て、夜の空を眺めながら考える。

 ……あと残り5騎。それですべてが終わる。

 しかし、いずれも強敵だ。ランサー1騎にさえ追い詰めらた。ケイネスの実力を考えると、あの場でアサシンにランサーがやられていなければ、セイバーはしばらく腕1本で戦わなければならなくなっていたかもしれない。

 しかし、ランサーのいない今も厳しい現状は変わらず、キャスターを倒せない限り、セイバーは他陣営より不利な立ち回りを余儀なくされる。

 仮にキャスターを落とせても後に控えるは4騎……気の遠くなるほど、長い戦いだ。

 と、そんなことを考えている時、背後からアイリが声をかけてきた。

 

「切嗣、あなたは――」

 

 セイバーのことだろう。口を開くアイリは不満そうに眉をひそめていた。

 しかし――ここが切嗣の限界だった。

 切嗣は口を開こうとするアイリを抱きすくめ、思わず弱音を漏らす。

 

「――もし僕が今ここで、何もかも放り出すと決めたら――アイリ、君は一緒に来てくれるか?」

 

 この先の長い戦いを思うと、そうせずにはいられなかったのだ。

 抱かれながら、アイリは困惑した様子で切嗣へ問う。

 

「イリヤは……城にいるあの子は、どうするの?」

 

「戻って、連れ戻す。邪魔する奴は殺す。それから先は――僕は、僕のすべてを僕らのためだけに費やす。君と、イリヤを護るためだけに、この命のすべてを」

 

 切嗣は、自身も自分が何を言っているのか分からないまま、必死にそう訴えた。

 アイリは何も答えない。

 切嗣は――弱くなった。

 彼は9年前の衛宮切嗣ではない。もう彼は失うものの何もない、ただ無慈悲に『正義』を執行するだけの存在ではないのだ。

 愛する人を見つけた。守らなければならない人たちが出来た。

 それが切嗣の心を追い詰めている。セイバーを受け入れる余裕がないほどに、ギリギリの瀬戸際まで。

 そんな切嗣の様子を察したのか、アイリは切嗣へ無意味な問いを投げる。

 

「逃げられるの? 私たち」

 

「逃げられる。今ならば、まだ」

 

 切嗣は即答する。

 しかし自分でも分かっていた。それは、

 

「――嘘」

 

 アイリは優しく、しかし残酷に指摘する。

 

「それは嘘よ。衛宮切嗣、あなたは決して逃げられない」

 

 分かってた――あの島の決意からすでに――切嗣の選択肢はとうの昔に失われている。

 衛宮切嗣は『正義の味方』ではない自分を許せない。もし、その道を外れるようなことがあれば、外れた自分を『正義の味方』としての自分が認めず、断罪するだろう。

 だが、それでも願わずにはいられなかった。

 もしも――僕が世界を敵にまわして、君とイリヤを護ることができたのなら。

 正義の味方な自分と、ただの1児の親としての自分に板挟みになり壊れそうになりながら、切嗣は必死にアイリへしがみつく。

 アイリもすべてを察したように、そんな切嗣のことを祈るように――

 

 と、そんな時、アイリが唐突に体を強張らせた。

 

 切嗣はすぐに事態を把握し、弱い自分を押しのけ、冷血な暗殺者としての仮面を被る。

 

「――早速かい?」

 

 尋ねると、アイリは黙ってうなずいた。

 ならば、うじうじしてなんていられない。切嗣は自分の意思を切り離し、引き金に手をかける。

 

「舞弥が発つ前で幸いだった。今なら総出で迎撃できる。――アイリ、遠見の水晶球を用意してくれ」

 

 切嗣の指示にアイリは悲しそうに頷き、テラスを後にした。

 

 そして、4人は再び部屋の一室に集合し、アイリを中心に水晶球を覗き込む。

 そこには森を行くキャスターと、そんな彼の周りを付いて歩く10人あまりの子供の姿が映っていた。

 子供たちの姿を見て、切嗣はキャスターの思惑を察し、やられた、と唇を噛む。

 

「人質……でしょうね。きっと」

 

 俯きながらそう漏らすアイリ。すると、案の定セイバーが声を上げ提案した。

 

「宝具を打てばあの子どもたちまで巻き込みます。私が直接出向いて救出を」

 

 胸を張るセイバーに対し、切嗣は何も言えない。

 これこそ、切嗣の恐れていた事態だった。間違いなくあれは罠だ。作戦としてはこのまま子ども諸共聖剣で塵に返すのが最も効率的で安全だろう。しかし、セイバーは絶対にそれを良しとはしない。切嗣が命令したところで聞きはしないだろう。実行するためには令呪を持って命ずるしかないが、流石にそれは惜しい。

 何にせよこれで最大の武器であるエクスカリバーは封じられてしまった。

 黙る切嗣の代わりにアイリがセイバーへ命令する。

 

「セイバー、キャスターを倒して」

 

「はい」

 

 セイバーは短くそうとだけ答え、城を飛び出した。

 すぐにセイバーはキャスターを捕捉し、戦闘が始まるだろう。そうなってしまえば、ただの人間である切嗣たちにできることは少ない。

 ――が、事態はさらに深刻化する。

 

「――っ!」

 

 と、セイバーが出撃して直後、アイリが再度体を強張らせたのだ。

 その行動が意味する不吉な予感に切嗣が眉をひそめると、アイリも苦しそうに顔を歪めながら答えた。

 

「ええ、あなたの予想通りよ。――どうやら新手が来たみたい」

 

 悪化するばかりの戦況に、切嗣はなす術もなく立ち尽くす。

 

 

 そして、その新手である綺礼とアサシンは、キャスターから少し遅れてアインツベルンの森に侵入した。

 走りながら、アサシンは綺礼へ問う。

「なあ、本当に行くのか?」

 

「無論だ」

 

 即答する綺礼を見て、アサシンはため息を吐く。

 しかし、アサシンが呆れるのも無理はないだろう。彼がこの森にやってきたのはつい先ほど、念話で呼び出されたこの場所へやってくると、綺礼は理由も告げずに走り出してしまったのだ。

 走りながら綺礼はようやくアサインへ行動の理由を話し始める。

 

「今からお前には、アインツベルン城に侵入してもらう」

 

「……正気か、あんた?」

 

 綺礼の言葉を聞いてすぐ、アサシンは思わず聞き返す。

 魔術師の拠点はサーヴァントさえ攻略困難な要塞である。そのため、マスターは自分の工房に籠り、外に出てきた敵を叩くというのが聖杯戦争のセオリー。魔術工房の攻略は最終手段だ。

 しかし、綺礼は躊躇なく頷いた。

 

「日中私が調査した所、市外には衛宮切嗣がいる可能性が極めて低いことが確認された」

 

「あんた、この半日そんなことしてたのか……」

 

 呆れるアサシンを無視し、綺礼続ける。

 

「よってこの森の城に伏している可能性が最も高い。そこを狙うのだ」

 

 平然と綺礼は言うが、とても正気の沙汰とは思えない。前からおかしな奴だとは思っていたが、今回ばかりは理解さえできず、たまらずアサシンは尋ねる。

 

「城に侵入してどうするのさ。セイバーとでも戦えばいいのか?」

 

「お前はそれで構わない」

 

「俺は? じゃああんたは?」

 

 アサシンの問いに綺礼は、こうはっきりと答えた。

 

「私は――衛宮切嗣に会う。会って問う」

 

「……は?」

 

 綺礼の答えを聞いて拍子抜けし、思わずそう声を上げてしまう。信じられず、アサシンは続けて尋ねる。

 

「……まさか、それだけか?」

 

「ああ、それこそが私の目的だ」

 

 綺礼は答えながら、進行方向を食い入るように見つめる。その様子はまるで、獲物を前にした猟犬のようだ。

 綺礼の様子にアサシンは、どうやら嘘ではないらしいと理解する。理解するが……まったく意味が分からない。

 綺礼の行動は例えるなら、臨戦態勢の城へ戦う気もないのに剣を携え、交渉へ行く、と言って突っ込むようなものだ。

 完全に支離滅裂。相手が応じるはずもなく、無駄に戦い逃げ帰るのがオチだろう。飛んで火にいる夏の虫とは正にこのことである。

 しかし、そこは本人も一応理解しているらしい。

 

「そんなことすれば――」

 

「ああ、殺し合いになるだろうな」

 

 と、尋ねるアサシンへ、綺礼は平然と頷き答えた。

 

「だが、それで構わない。生死のやり取りは口頭よりもなお雄弁に奴の在り方を語ることだろう」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「冗談にでも聞こえたか?」

 

 再度、真顔で答える綺礼。

 その顔を見て、アサシンはその言葉が本心なのだと否が応でも理解する。そして、自分がどう説得したところで絶対に綺礼が引かないことも。

 もし、このまま綺礼を切嗣に会わせてしまえば、本当に殺し合いになるだろう。2人が衝突すれば、どちらもただでは済むまい。そうなれば、アサシンの今後の計画にも支障をきたす。

 それだけは何としても避けなければいけなかった。アサシンとしては綺礼をこのまま行かせるわけにはいかない。力ずくでも止めなければ……止めなければいけないのだが、何故だかアサシンは綺礼を説得する気になれなかった。

 死地へと自ら赴く綺礼の表情はなんだか――少し前の自分に似ている――何となくそう思ったから。

 ――もしかしたら俺も、桜からこんな風に見られていたのかもしれない――そう思うと、何も言えなくなってしまった。

 そうして少し黙った後、代わりに綺礼へその理由を問う。

 

「……あんた、会って何を尋ねるんだ?」

 

「……戦う意味を」

 

「それは聖杯戦争か? それとも――」

 

「どちらもだ」

 

 尋ねるアサシンには目もくれず、綺礼は進行方向を一点に見つめ、己が内面を吐き出し始めた。

 

「衛宮切嗣は、間違いなく私と同類だ。死地へと赴く強迫観念。自滅的な行動原理。過去、『魔術師殺し』として活躍していた奴には、己が目的がなかったのではないか? その目的を追い求める巡礼の旅こそ、あの破壊活動だったのではないか? ならば、『魔術師殺し』としての活動をやめた奴は、その『答え』を得たのだ。己が生きる目的を。空虚な自分の生きる意味を。――私はそれを問いたい。問うて知りたいのだ」

 

 顔を歪め、息を吸うことさえ苦しそうに語る綺礼の様子は、まるで祈るように神へ問いかける聖職者の様だった。

 その言葉、告白を聞きアサシンは、納得してしまった。

 同時に、今まで感じていた違和感、その全てが払拭される。あっちの綺礼とこっちの綺礼が完全に重なった。

 ――答えを探す――それが、

 

「……それがあんたの望みなんだな」

 

 その答えを知っているかもしれない男がいる。ならば、どんなに説得しても無駄だろう。例え、その行為で命を落とそうと、いや落としてもなお、言峰綺礼は止まらない。

 ……しかし、悲しいことにその予想は――間違いだ。

 生前の衛宮切嗣を知っているアサシンは、綺礼の言葉を聞き、思わずこう呟いてしまう。

 

「――多分それは思い違いだと思うぞ」

 

「何?」

 

 アサシンの一言を聞き、森に来て初めて綺礼はアサシンの顔の方を振り返る。

 そして、訝しげに顔をしかめ、何かを尋ねようとした。

 

「やはりお前、何か――」

 

 が、ここで時間切れだ。

 

「――っ! マスター、森に誰かいる!」

 

 綺礼の言葉を遮り、アサシンは叫ぶ。綺礼も敵の気配を察したのか、進行方向へ視線を戻した。

 アサシンが捉えたのはまだここから数百メートル先、強化した視力で木の間を縫って、今まさに対面している2騎のサーヴァントを捉える。

 片方はセイバー。臨戦態勢のようで、見慣れた甲冑を身に着けている。対するは何かの本を手に持った大男。奇抜なその恰好を目にし、アサシンは眉をひそめる。

 

「あれはキャスターか?」

 

 走りながらさらに戦況を凝視すると、2騎のサーヴァント以外にも小さな人影が見えた。多分、子どもだろう。

 ――何故、戦場に子どもが?

 アサシンがそう首を傾げたその時、1人の子どもがセイバーにしがみつき、次の瞬間――爆散した。

 さらに爆散した子どもは魔物へと姿を変えセイバーを拘束する。

 ――キャスターの仕業だ。

 そう理解したアサシンはこみ上げてくる怒りをそのままに綺礼へ怒鳴る。

 

「あいつっ、人質を! マスター!」

 

 しかし、当の綺礼は眉1つ動かさず、むしろこの局面を喜ぶ様に言った。

 

「好都合だ。キャスターと共にセイバーを足止めしろ、アサシン」

 

 それはあの悪党に加勢しろという命令だ。それだけは聞き入れることができない。

 しかし、

 

「ふざけるなあいつは――」

 

「――命令だ」

 

「くっ……」

 

 アサシンはサーヴァント。令呪がある以上、マスターに逆らうことはできない。

 ここでごねたところで綺礼は命令を覆さないだろう。下手をすれば、また令呪を使って強行するかもしれない。

 言峰綺礼は止まらない。それはアサシンもよく分かっていることだった。

 しかし、アサシンにも譲れないことがある。

 その命令は――衛宮士郎として――聞き入れるわけにはいかない。

 

「……なら」

 

 と、代わりにアサシンは綺礼告げる。

 

「なら俺が1人でセイバーの足止めをする。――キャスターを倒した上で。それなら文句ねえんだな」

 

 1人で2騎のサーヴァントの相手をする。

 無謀な賭けを口にするアサシンを綺礼は鼻で笑う。

 

「……ふん、好きにしろ。セイバーさえ足止めできればそれでいい」

 

 が、止めはしなかった。

 ――それでいい。

 ならば、これ以上話すこともないだろう。

 2人はそのまま何も言わず、お互いの戦場へ赴いた。

 

 

 そして、今まさにキャスターと激闘を繰り広げているセイバーの戦況は――率直に言って、あまり良くなかった。

 実力差は明らかだ。一時、キャスターは人質を使いセイバーを罠にはめ、拘束することに成功していたが、それも一瞬。セイバーはまとわりつく怪異を歯牙にもかけず、魔力の放出だけで吹き飛ばした。

 その後もセイバーは並みいる怪物を一撃の元に粉砕し、次々と一刀両断にしていく。キャスターの怪異はセイバーの足止め程度にしかならない。

 しかし、セイバーがいくら切ってもキャスターの怪異――その数が減らないのだ。

 

「く……」

 

 悪くなるばかりの状況に、セイバーは思わず顔を歪める。

 キャスターの怪異はセイバーを足止めする程度にしかならない。しかし、もしもその怪異が無尽蔵ならば――きっと、あれがキャスターの宝具なのだろう――セイバーの刃は何百、何千もの怪異に阻まれ、キャスターに届かない。

 ならば、エクスカリバーですべてを塵に返せばよいのだが、あのキャスター、狂っているように見えて、なかなかどうして曲者のようだ。自覚があるかどうかは分からないが、キャスターは常に自分と切嗣たちのいる城が直線になる位置に陣取り、セイバーのエクスカリバーを封じている。今の位置から打てば、背後の城を巻き込みかねない。

 ――宝具さえ使えればこの程度……。

 と、その歯痒さからセイバーは唇を噛みしめるが、現状は変わらない。このままでは先にセイバーの魔力が尽きかねなかった。

 そんな時――突如、赤い閃光が怪異の群れを薙ぎ払った。

 正確無慈悲に放たれた剣の矢によって、一瞬セイバーとキャスターとの間の視界が晴れる。

 ――それだけで十分だった。

 この一瞬の隙を見逃すセイバーではない。すぐさま全力の魔力放出を行い、障害の消えた森をキャスター目がけ一直線に駆ける。そのスピードはまるでジェット機。

 肉の壁を越えられたキャスターにセイバーの聖剣を防ぐ手立てはなく、

 

「……覚悟はいいな。外道」

 

 セイバーの一太刀がキャスターの魔導書を腕ごと切り落とす。

 同時にキャスターは悲鳴を上げた。しかし、

 ――浅い!

 すぐにセイバーはそう悟る。が、それで十分であった。

 振り返るセイバーに対し、キャスターは残った片腕で落ちた魔導書を拾うも、その体は満身創痍。さらに2人の立ち位置は変わり、これで心置きなくセイバーは宝具を使用できる。

 チェックメイトだ。

 ――そうキャスターも悟ったのだろう。

 魔導書を拾い終わったキャスターは、痛みなど感じないかのような穏やかな微笑みを浮かべ、セイバーへ笑いかける。

 

「流石はジャンヌ。どうやら準備が足りなかったようですね。――邪魔者も現れたことですし、今宵はお開きといたしましょう」

 

「――っ! 待て!」

 

 霊体化して逃げようとするキャスターにそう叫び、セイバーは切りかかろうとするが、

 

「く……」

 

 未だ消えぬ怪異の群れに行く手を阻まれ、奥歯を噛みしめる。

 そして、怪異に気を取られている隙にキャスターの逃亡を許してしまった。キャスターが森から完全に消えたのか、間もなく怪異たちの姿も溶けてなくなってゆく。

 追いかけても無駄だろう。そう悟ったセイバーは代わりにある方向へ視線を向ける。

 あの正確な弓術。アーチャーが弓を使わぬこの場において、あんな芸当のできるサーヴァントは他におるまい。

 セイバーの予想は正しく、キャスターと入れ違うように先ほど怪異を薙ぎ払った英霊がその姿を見せる。

 

「アサシン」

 

 森から姿を現したアサシンを見つけて、セイバーはそう声を上げ、頭を下げる。

 

「すまない、助か――」

 

「礼を言うのは早いぞ、セイバー」

 

 しかし、感謝を口にするセイバーに対し、アサシンはそう首を振った。

 

「アサシン?」

 

 首を傾げるセイバーに、アサシンは苦しそうに顔を歪める。

 が、それも一瞬。まもなく、アサシンは決意の籠った表情でどこからともなく双剣を取り出し、こう宣言した。

 

「悪い。俺はお前を――ここで討つ」

 

 双剣を構えるアサシンの申し出に、セイバーは快く頷く。

 助けられた上に1対1の勝負を所望とは、ランサーとの闘いは邪魔をされたものの、これ以上ないほど堂々とした、文句のつけようのない宣戦布告だ。

 その申し出を無下にできる騎士王ではない。

 セイバーも剣を構え、叫ぶ。

 

「望むところだ。来い! アサシン!」

 

 

 ――時を同じく、場所はアインツベルン城。

 待ち望んだ邂逅に、綺礼は己が感情を制御することも忘れ、口角を吊り上げ呟く。

 

「衛宮、切嗣」

 

 対する切嗣は、最悪の事態、最悪のタイミングで登場した正体不明の宿敵に、顔を歪ませ叫んだ。

 

「言峰、綺礼っ!」

 

 

 こうして、サーヴァント、マスター。双方宿命の戦いが早くも切って落とされる。

 




 早くも対面してしまう両者。
 本意ではない決闘にしょんぼりする士郎対し、一騎打ちにノリノリなセイバー……。

???「王には人の気持ちが分からない」

ギル「せやな」
イスカ「せやろか」


追記 2015/12/06

 綺礼とアサシンの会話部分を一部修正しました。

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