Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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食卓

 ――夢を見た。

 それは近くて遠い、こことは異なる歴史の記憶。

 

 これは言峰綺礼の記憶ではない。

綺礼とは正反対で、それゆえにどうしようもなくそっくりな、赤の他人の物語。

 しかしだからこそ――これは言峰綺礼の物語でもあるのだろう。

 

 そいつは、はじめから何も欲していなかった。

 欲することが出来なかった。

 欲することを許せなかった。

 そんな男の胸にあったのは、たった1つの約束だけ。

 男はその約束だけを支えに、毎日欠かすことなく鍛錬を続けた。

 

 ――体は剣で出来ている。

 

 目的も決意も情熱もないまま、鉄を打つように己を鍛え上げるその様子は、まさに剣そのものだった。

 事情を知らぬ者たちはそんな男を見て、勤勉だと褒めたたえた。

 

 ――それがどれほど常軌を逸した行いか、知ろうともせず。

 

 結局、男を真の意味で理解できる者は誰もいなかった。

 いつだって、男は剣の丘に1人だ。

 しかしそれでも、男は鍛錬を続けた。

 約束したから。

 少しでも、その約束に近づく事が出来ればあるいは、こんな自分でも、

 

 ――救われるかもしれない――

 

 そう信じたから。

 

 男は鉄を打ち続ける。

 ――それが救いから遠く離れた行いだと、気づきもせずに。

 

 そして…………。

 

「――おっ、目が覚めたか。おはよう、マスター」

 

 と、綺礼が目を開けるとすぐ、アサシンがそう挨拶してきた。綺礼はそれには答えず、黙って体を起こし、周囲を確認する。

 そこは数日前から2人が身を隠している廃屋の一室。綺礼はそこのソファーで横になっていた。寝るつもりはなかったのだが、どうやらいつのまにか意識が落ちてしまっていたらしい。たるんだ自分を思い、綺礼は苦笑いを浮かべる。

 今は聖杯戦争中。昨晩もサーヴァント1騎が脱落する大激戦があったばかりだ。いつ何時、敵が攻めてくるか分からない戦場で、悠長に惰眠を貪るなど本来あってはならない。少なくとも、代行者を務めていた頃の綺礼ならば、考えられなかった失態だろう。

 しかし、厳粛な綺礼にしては珍しく、昨日から聖杯戦争のみならず日課の鍛錬にさえ集中できずにいた。何故かすべての物事に対し、まったくやる気になれないのだ。彼が鍛錬を怠るなど、ここ数年なかったことである。

 ――だが、綺礼が脱力するのも無理はないだろう。

 何故なら、アサシンの声をしたキッチンへ目を向ければ、そこには――エプロンを身に着け3人分の朝食を作る、自身のサーヴァントの姿があるからだ。

 しかも、その手つきは妙に洗練されており、まったく淀みがない。下手をすれば、先の双剣よりも手に馴染んでいるのでは、とさえ思わせる板のつきようだ。

 そのサーヴァントとしてあるまじき姿に綺礼は白い眼を向けるも、対するアサシンは何を勘違いしたのかハキハキとした弾んだ声で答えた。

 

「待っててくれ、すぐにできるから」

 

 楽しそうな笑顔で答えるアサシンを見て、綺礼は思わずため息を吐く。

 実は彼のサーヴァントらしくない振る舞いは、今に始まったことではない。

 例えば、この廃屋。2人が身を隠した当初は所々床に穴が開き、雨漏りは当たり前、瓦礫と埃でとても人の住める環境ではなかったのだが、今ではすっかり片付けられ、遠坂邸さながらの立派な洋館へと姿を変えている。

 このプロも顔負けな片付けと建物の補修をやってのけたのが、他でもないアサシンである。彼は幽霊屋敷同然だったこの廃屋を、一晩で人の住める洋館へと変えて見せた。

 それだけではない。アサシンは召喚されてから初日を除いたほぼ毎日三食の食事、掃除に洗濯と、生活の雑務をすべてこなしているのである。

 同居するパートナーとしては大変優れているが、アサシンはサーヴァント。本業は戦闘だ。

 だから綺礼は呆れながらアサシンへ忠告する。

 

「……何度も言うが、お前が食事を作る必要はない。食事なら出前でも――」

 

「――ダメだ」

 

 と、その綺礼の忠告をアサシンは言葉の途中、それも早口で遮ってしまった。

 そして今度はアサシンが綺礼へ白い目を向ける。

 

「あんた、どうせまた泰山のマーボを頼む気だろ」

 

「無論だ。あれより優れた――」

 

「ダメだ」

 

「何故だ!」

 

 やはり即答するアサシンへ、綺礼は声を上げて抗議する。

 だが、ここはアサシンも譲れないらしくマスターである綺礼の要求を再度一蹴する。

 

「あんな辛いもの人間が食えるか。――いいから、おとなしく俺の料理を食べてくれ。それに、自炊の方が安上がりなんだぞ」

 

 ――主夫か、お前は。

 という突っ込みを寸前のところで飲み込み、頭を抱える綺礼。英霊としてあるまじき自分のサーヴァントと、好物を食べられぬ苦痛から2重の意味で頭が痛い。

 しかし、

 

 ――頭痛の種はこれだけではない。

 

「――そうだぞ、綺礼。臣下の貢物を黙って受け取るのもまた王の務めだ。いいか、贋作者。半端なものを出したらここら一帯吹き飛ばすからな。ハッハッハ」

 

 と、何故か綺礼の正面のソファーに腰を掛けるアーチャーがふんぞり返り、そう高笑いしていた。

 まるでここが我が家であるかの様にくつろぐアーチャーへ、綺礼は戸惑いながら問う。

 

「何故貴様がここにいる?」

 

「ん? 愚問だな。我が君臨するのに場所も時も関係なかろう」

 

「そういうことを尋ねているのではない……」

 

 自由奔放な2騎のサーヴァントに囲まれ、綺礼は再度頭を抱える。

 ――そもそも、何故こんなことになってしまったのか。

 力なくソファーへもたれかかり、天井を仰ぎ見ながら綺礼は昨晩のことを思い出す。

 

 

 ――昨晩、サーヴァントたちの戦闘を見届け、その様子をこの廃屋の地下に設置されている通信機で時臣に報告した綺礼。報告が終わった後、主に活動の拠点としているこの部屋へ戻るとそこには――戦闘を終えたばかりであるはずのアーチャーがソファーに座り、わが物顔でふんぞり返っていた。

 そのあまりに自然体な様子に、綺礼は一瞬部屋を間違えたのかと思ったほどである。

 まさか、先のアサシンの攻撃に機嫌を損ねたのでは――と、綺礼は戦慄したが、話を聞くとどうやら単純に暇を持て余していただけらしい。

 その後、同じく聖杯戦争に意義を見いだせていない綺礼はアーチャーと対談。アーチャーが愉悦の何たるかを綺礼へ説こうとしたその時、

 

「――あまり俺のマスターを誑かさないでくれ、アーチャー」

 

 と、ライダーをまいたらしいアサシンが帰宅し、会話に割り込んできた。

 二度ならず三度までも己の邪魔をされたアーチャーはアサシンと衝突し、再度ちょっとしたいざこざがあったのだが……思い出したくもないので割愛する。

 そこで綺礼は、勝手に暴れまわるサーヴァントに愛想を尽かし、2騎が激闘を繰り広げる中ソファーに横になり思慮にふけることにし――いつの間にか寝落ちしてしまった。

 そして、目を覚まし、今に至るのだが――。

 

「――贋作者。そこのビンを取れ」

 

「これか?」

 

「違う。醤油ではない。ソースの方だ」

 

 と、今朝になると何故かアーチャーとアサシンが和解していた。2人だけではない、部屋を見渡せば、昨晩の激闘の跡さえ綺麗に元通りになっている。

 ――訳が分からない。

 それが綺礼の本音だった。白昼夢でも見てしまったのかと再び頭を抱え、目の前で器用に箸を使って目玉焼きを食べるサーヴァントへ問う。

 

「――アーチャー」

 

「なんだ、綺礼」

 

「お前とアサシンは昨日衝突していなかったか? 何故同じ食卓を囲んでいる?」

 

「ああ、そんなことか」

 

 困惑する綺礼に対し、アーチャーは味噌汁を啜りながらつまらなそうに答える。

 

「どうということもない。対話の末、我がこの不埒物の現界を許可した、それだけのことだ」

 

 平然と告げるアーチャーの言葉に、綺礼は戦慄した。

 

「何っ、お前がこのアサシンを許したというのか!」

 

 食卓を叩きながら叫ぶ綺礼。食器が僅かに跳ねる中、なおもアーチャーは平然と答える。

 

「おうよ。はじめは我の財を盗み見る贋作者が一体どんな不埒物かと思っていたが――話を聞けばなかなかどうして面白いやつ。いつの時代も、身の程に余る大望を志す者は見ていて飽きぬ。せいぜい、その散りざまで我を興じさせよ、雑種」

 

 今までと打って変わり、そのあまりにも高いアサシンへの評価に流石の綺礼も驚きを隠せない。一体、彼が眠っている間に2人に何があったのか、勘繰らずにはいられなかった。

 対して、アーチャーの意味深な視線に、アサシンもたまらず声を上げる。

 

「――勘弁してくれ。あんたとやり合うのはもう懲り懲りだ」

 

 が、眉をひそめたのも一瞬。アサシンは間をあけず、続けてアーチャーへ問う。

 

「ところで、アーチャー。味はどうだ?」

 

 ……どうやらこの英霊にとって、戦闘よりも自身の料理の味の方が重要事項のようだ。

 アサシンの問いに、アーチャーもたくあんをかじりながら生真面目に答えた。

 

「うむ、凡俗な味だが悪くない。特別に我の口に入ることを許可しよう」

 

「そうか、よかった。――おかわりもあるぞ?」

 

「樽ごと持ってくるがよい」

 

「はいはい」

 

 と、アーチャーが茶碗を差し出し、アサシンがそれをよそる光景を見ながら、綺礼は思う。

 ――確かに味は悪くない。が、もっと刺激的な方が……いや、そうではない。

 危うく2騎に流されそうになった綺礼は拳を握りしめ、自身に喝を入れる。

 

「お前たちっ、分かっているのか! 今は聖杯戦争中なのだぞ!」

 

 猛抗議する綺礼。しかし、対する2騎の反応は冷たい。

 

「ふん。そんなこと言われなくとも分かっておるわ」

 

「そうそう。腹が減っては戦もできぬと言うし、休むことは大切だぞ、マスター」

 

「黙れ。そもそも、お前の仕事は食事の支度ではない。己が使命を見誤るな」

 

 綺礼の言葉に、アサシンも頭にきたのか、むっ、と顔をしかめ答える。

 

「もちろん忘れたわけじゃない。現に昨日ランサーを倒したろ」

 

「見誤るな、と言っている。我が師の優勝のサポート、そのため露払いがお前の役目だ。断じて敵サーヴァントを葬ることではない。火力ならばアーチャー1騎で事足りる。お前に求められているのは敵陣営の情報収集だ」

 

 見当違いなその言葉に綺礼は冷笑を浮かべると、アサシンも極まりが悪そうに頬を掻いた。

 

「そう言ってもな。俺、隠密なんてできないぞ?」

 

 眉をひそめるアサシン。その意見は最もだ。気配遮断スキルのほぼ使えないアサシンに隠密行動など期待できないだろう。

 しかし、綺礼に言わせればそれこそ見当違いもいいところである。

 

「元よりお前の低いステータスに期待などしてはいない。些細なことで構わん。サーヴァントのお前から見て、何か気づいた点はないか」

 

 綺礼と時臣がアサシンに価値を見出しているのは戦闘でも隠密行動でもない。アーチャーと違い『マスターの言うことを聞くサーヴァント』、ただその1点である。

 サーヴァントと人間はその構造からしてまったく別の生き物だ。サーヴァントというだけでその性能は規格外。それは身体能力に限った話ではない。

 例えば視力。サーヴァントは千里眼スキルを持たないアーチャー以外の者でさえ、遠く離れた物体を肉眼で捉えられる。それ以外にも敵サーヴァントの気配を感じとることなど、普通の魔術師には真似できない様々な芸当が可能だ。

 2人がアサシンに期待しているのも、そのようなサーヴァントの視点からしか見えない情報なのである。

 その綺礼の思惑をアサシンもくみ取ったようで、しばらく顎に手を当てた後、こう口にした。

 

「そうだな――そういえば、新都の方が少し妙だったな」

 

「というと」

 

「何というか……空気が甘ったるいっていうか……多分、誰かが魔術で何かしてるんだと思う」

 

「それはサーヴァントか?」

 

「いや、そこまでは……俺、魔術にはあんまり詳しくないし……」

 

 と、曖昧な言動だったが、これはかなり有力な情報だ。

 新都で活動している魔術師がいる。それも町中で堂々と。それだけで敵の手掛かりとしては十分である。裏を取るのは綺礼と時臣でも容易であろう。

 アサシンからもたらされた情報に満足し、早速綺礼が時臣に相談しようとしたその時、

 

「――ああ、それはキャスターの仕業だ、綺礼」

 

 と、突然アーチャーが口を挟み、あっさりとそう断言した。

 綺礼は慌てて、まだ食事を続けているアーチャーの方を振り返り尋ねる。

 

「キャスターだと?」

 

「応よ。今、奴はこの街の子供を攫って回っている。そこの雑種が感じたのは、その際用いた呪いの残り香であろうよ」

 

 綺礼が尋ねると、さらにアーチャーはそうスラスラと答えた。その様子だと、かなり以前からキャスターの存在に気づいていたのだろう。

 非協力的なアーチャーの振る舞いに眉をひそめる綺礼。

 

「……そんな貴重な情報、何故今まで黙っていた」

 

「教えてやる義理もなかろう。魔術師風情が何をしようと我の知ったことではないのでな」

 

 悪びれる様子もなく、淡々とアーチャーは答える。

 彼の、我関せず、な態度は今に始まったことではないので、綺礼はため息を吐きながらもその言葉を聞き流す。

 

「……いいだろう。キャスターの件は師に報告しておく――となると敗退したランサーを除き、これで全陣営の情報が出揃ったわけだな」

 

 と、丁度いい機会なので、綺礼はアサシンとアーチャーを交えながらここまでの情報を整理する。

 

 アインツベルンのセイバーに間桐のバーサーカー。外部の魔術師らしきライダーとキャスター。

 サーヴァントたちはいまだ情報が少なく、その実力のほとんどは未知数だ。そのため、今回は各陣営のマスターについて考察する。

 ライダーのマスターは見るからに2流。アーチボルトと関係のありそうな言動から、時計塔の関係者だと推測できる。

 魔術の隠匿を怠るところからキャスターのマスターも二流であろう。

 間桐のマスターも一度は家督を継ぐことを諦めた半端者であると聞いている。

 すると、ケイネスエルメロイが脱落した今、まともな魔術師が時臣とセイバーのマスターであるアインツベルンのホムンクルスだけとなるわけである。

 この事実を時臣が知れば、神聖な儀式にも関わらずいたわしい、とさぞ嘆く事だろう。

 だが、聖杯戦争に熱を燃やす時臣とは違い、綺礼はこうして2騎と情報共有をしながら虚無感を感じずにはいられなかった。

 なんてことはない。使命だなんだとアサシンへ当たるのはつまり、同じく意義を見失っている自分に腹が立ち、その八つ当たりをしていたのだ。

 この場には綺礼を含み、真の意味で聖杯戦争に真面目に取り組んでいるものはいないだろう。そう感じ、綺礼は1人苦笑いを浮かべる。

 ――が、そんな時、アサシンが声を上げた。

 

「ん? マスター。セイバーのところ間違ってるぞ」

 

「何?」

 

 指摘され、綺礼はセイバー陣営の部分を見返すが、どこも情報に誤りはない。

 しかし、アサシンは続けて言う。

 

「ほら、ここ。マスターのところだ」

 

「どこが間違っている? セイバーのマスターはあの銀髪の女だろう?」

 

「ん? 何言ってるんだマスター?」

 

 心底不思議そうに首を傾げるアサシン。

 そんな彼を見て、綺礼は――訳もなく戦慄した。意味も分からず全身に鳥肌が立つ。

 綺礼は自分の声が震えているのを自覚しながら、必死に平静を装いアサシンへ問う。

 

「待て、アサシン。セイバーのマスターはアインツベルンのホムンクルスではないのか?」

 

「なに言ってるんだ、マスター?」

 

 首を傾げながらアサシンは、その決定的な事実を平然と口にする。

 

「セイバーのマスターは――衛宮切嗣だろ?」

 

 ――雷に打たれたかと思った。それほど、その情報は衝撃であった。

 その情報の真偽は。何故、アサシンがそんなことを知っているのか。疑問は尽きないが、綺礼にとってそんな些細なことはどうでもいい。

 衛宮切嗣――その名前を聞いた途端、綺礼は、冷笑でも苦笑でもない、今までに浮かべたことのない種類の笑みを顔に浮かべる。

 その笑みの意味するところを、綺礼本人はまた気づくことが出来ない。

 しかし綺礼は、色あせていた目の前の景色が、唐突に鮮やかになるのを感じた。

 

 ――そして、アーチャーもまた密かに邪悪な笑みを浮かべ、悩める神父を楽しそうに見つめる。

 まるで、狡猾な蛇が獲物を品定めするかのように。




 ――ギルガメッシュが なかまに くわわった!
 (※背中を刺さないとは言っていない)

 ということで今回は息抜き回です。
 Fateといえば食事! ここまで殺伐としていたので、書いていて心が洗われるようでした。

 ――そして、まったく関係ないですが、個人的にギルは目玉焼きにソース派だと思うのです。

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