Fate/Zero ~Heavens Feel~ 作:朽木青葉
倉庫街は赤く燃え上がり、辺りは眩い光に包まれた。
まるで爆撃にでもあったかのような爆発と閃光。その様子は遠く離れた場所からも確認することができた。
そして、その矢を放った本人である士郎も、狙撃ポイントからその様子を伺う。『この腕の持ち主』の弓からその英霊の力と技術を一部引き出だして自身の視力を強化。離れた場所から爆心地の細部まで注視して、自身の矢が生み出した結果を冷静に分析した。
その結果、残ったサーヴァントの数を確認して士郎は思わずため息を吐く。
「倒せたのは1騎だけか……」
切り札の1つを切ったのだ、欲を言えばもう1騎くらいは落としておきたいというのが本音だった。
しかし、これは聖杯戦争。そうそううまくはいかない。
古今東西から時代に名を遺す英霊たちが集結するこの戦場。1騎1騎が一騎当千であり、その1騎でも落とせたこと自体、以前の士郎ならば考えられないほど大きな成果だ。
だが、
「……足りない」
それだけではダメなのだ。1騎では士郎の目標にはまるで届かない。
彼の願い――『聖杯戦争を終わらせる』ことにはまるで……。
と、その時、感傷にふけっていた士郎へ、綺礼からの念話が届いた。
彼は『衛宮士郎』から『サーヴァントアサシン』へと気持ちを切り替え、マスターの呼びかけに応じる。
『首尾はどうだ、アサシン』
その相変わらず癪に障る、しかし、あちらほど覇気のないマスターの声に、アサシンは一瞬苦笑いを浮かべながら報告をする。
「悪いマスター。バーサーカーは仕留め損ねた」
謝るアサシンへ、綺礼は淡々と答えた。
『構わん、目的は果たせた。撤退しろ、アサシン』
「追撃はいいのか?」
『深追いは禁物だ。それに――勘付かれた』
「――っ!」
マスターの忠告に、慌ててアサシンは戦場へ視線を戻す。
見ると、空中を猛スピードで駆ける何かがこちらへ近づいてきていた。――戦車だ。どうやら先の攻撃で、ライダーに位置がバレてしまったらしい。
視界を共有し、同じ光景を見ていたにも関わらず、マスターである綺礼はその接近に気づき、アサシンは見落としてしまっていた。
もしもこれが『あの英霊』ならば、ライダーの接近にいち早く気づくことができただろう。そもそも彼ならば、狙撃ポイントを敵に特定される、などという失態は演じないかもしれない。
英霊の力を手に入れたとはいえ、アサシンは元々ただの少年だ。戦闘経験において彼は『あの英霊』どころか、マスターである綺礼の足元にさえ及ばない。
アサシンは、自身の実力不足を痛感し、苦虫を噛み潰す。
「分かった。すぐ戻る」
『くれぐれもライダーに捕捉されるな』
「ああ」
短く答え、素早くそこから飛び降りるアサシン。
その時、最後にもう一度、今なお燃え上がる倉庫街――そこに凛と佇む少女の姿を目の端で捉え、夜に紛れて姿を消した。
「――チィ、見失ったわい」
と、アサシンを追って空中を駆けてきたライダーは悔しそうに呟いた。
同時にようやく静止した戦車の中で、ウェイバーは安堵のため息を吐いた後、自身のサーヴァントへ怒鳴った。
「――バカッ、突然走り出すな! 相手はあんな攻撃をするような奴だぞ。返り討ちにあったらどうするのさ!」
毎度毎度勝手な行動を取るライダーをそう叱るも、当の本人はキョトンとした顔で、逆に聞き返す。
「なにを言う。近づかんと顔も見れんだろう?」
「それが迂闊だって言ってんだよ!」
事実、彼らはあの正体不明のサーヴァントに危うく殺されかけた。もしもライダーが事前に後退していなければ。もしもライダーがこの戦車に乗っていなければ。あるいは、彼らもまたここで退場していたかもしれない。
結果的に無事ではあるが、あれだけの攻撃力を持つ相手へ姿も隠さず、一直線に近づいていくのは迂闊以外のなんでもなかった。
確かに勝手でどこか抜けている所のあるライダーだが、こと戦略において彼の右に出るものはいない。
短い付き合いだが、そう感じているウェイバーは彼らしくない失策に眉をひそめ、尋ねる。
「そもそも、どうしてあんな奴の顔を見ようとしたのさ? この前はお前、興味なさそうにしてただろ」
「……うむ、それがな。あの攻撃といい、あのサーヴァント、どうにも妙でな」
「妙ってなんだよ。確かにいろいろとおかしなサーヴァントだけど……」
と、ウェイバーは先ほど改めて肉眼で確認したアサシンの姿を思い描く。
まず目を引くのは、やはりその服装だ。どう見ても現代のTシャツとズボン。片腕に巻かれた聖骸布のみが異質ではあるが、そのまま街へ紛れ込んでも違和感のない装いは、逆に戦場では浮いている。
まさかあれが戦闘服ではないだろうが、着こなしを見る限り先のセイバーの様にただの変装だとも思えない。
そして、前回と今回の戦闘から伺えるその能力。近接戦闘においてあのアーチャーと互角に渡り合う卓越した剣術。アーチャー同様、宝具をいくつも出現させ、使い捨てていく戦闘スタイル。さらに今回見せた、超遠距離から放たれる爆散する矢。そのあまりにも多岐にわたる能力は、1騎につき宝具は1つというサーヴァントの原則から大きくかけ離れている。無論、ライダーやランサーの様に複数の宝具を所持していることも考えられるが、それにしてもアーチャーとアサシンの宝具はあまりにも規格外。まるで全貌が掴めなかった。
そして、ウェイバーとしては気になることがもう1つ――。
「……あのサーヴァント、僕と同い年くらいだったな」
思わずそう呟くと、その言葉に込められた悲壮感を感じ取ったのか、ライダーが首をかしげて尋ねる。
「それがどうかしたのか、坊主?」
「……いや」
と、一瞬漏らしそうになった弱音をのみ込み、ウェイバーは首を振った。
そして、胸の内だけで悶々と問う。
――あんな年で英霊になれた奴もいるのに……。
もちろん、死後英霊となったサーヴァントといまだ現世に生きる自分を比べること自体愚かなことである。そもそも、サーヴァントは最盛期の肉体で現界するため、その見た目と英霊になった年齢は関係がない。
しかし、頭ではそう分かっていても、ウェイバーはもどかしく感じでしまう。
同時に思い出すのは先ほどの倉庫街でケイネスへ放ったライダーの一言。
(――余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ)
ライダーはそうケイネスへ、彼よりウェイバーの方がマスターとして相応しいと言ってくれた。
それはとても誇らしく、同時に救われた気分になった。
しかし、ウェイバーがライダーの言うような勇者かといえば、そうではない。ウェイバーは成り行きでライダーの戦車に乗り込み、戦場に立ったに過ぎない。そこに彼自身の意思はない。
さらに、先の戦闘。ウェイバーは自分の力を世へ誇示するためにこの冬木の地へやってきた。だが、いざ戦闘が始まればウェイバーにできることは何もなく、成り行きを見守ることしかでなかった。
そして、――自分と同い年くらいのサーヴァントが、あのケイネスのランサーを落としてしまった。
ライダーに認めてもらえた喜びと、称賛には値しない自身のふがいなさに、ウェイバーは板挟みになって悶々と頭を抱える。
そんなマスターの様子に、ライダーは首を傾げながら呟く。
「ん? おかしな坊主よな。――まあ、何にせよ。今宵はここでお開きかの。キャスターの奴は来なかったが、これで役者は揃ったわい。ひとまず帰るぞ、坊主」
「ああ……」
ライダーの言葉に短くそう答え、空中で方向転換する戦車の中、ウェイバーはアサシンのいた場所を見送って思う。
――もし、あいつがサーヴァントでなくマスターだったら……。
と、ここまで考え、ようやくウェイバーは今回のライダーの行動を理解した。
――顔が見たかった。
ああ、確かに。何故だか自分も、あのサーヴァントと話がしてみたい。
そう思いながら、彼らは戦場を後にした。
そして、爆撃のあった倉庫街。
セイバーはアイリスフィールを抱え、爆心地付近の様子を警戒しながら伺う。
すべての飲み込んだ爆炎。その破壊力は絶対で、あのランサーさえあっけなく姿を消した。そんな圧倒的な暴力の渦の中、――アーチャーは爆炎など歯牙にもかけず、この場においてただ1人、爆心地付近に悠然と君臨していた。
――ありえない。
と、その姿を見てセイバーは戦慄する。
あの爆発は間違いなくAランク以上の対軍に相当する一撃だ。その一撃を直接受け、まったくの無傷なんて……。いかなる方法を使ったのか、セイバーでさえ想像もつかなかった。
――難敵の集まるこの戦場において、間違いなく奴が最強の敵だ。
そう確信し、セイバーは目の前のアーチャーを睨む。
対して、そのアーチャーは、
「――ふん、興が削がれた」
と、爆撃のあった戦場を一瞥し、つまらなそうに吐き捨てた。
そして、セイバーなど相手にもせず、そのまま霊体となってこの場から消えていく。さらに倉庫街を見渡すと、いつの間にかバーサーカーとライダーの姿もない。
どうやら危機は去ったようだ。そう確信し、セイバーはアイリスフィールから手を放し、尋ねる。
「アイリスフィール、無事でしたか?」
「ええ、なんとかね。ありがとう、セイバー」
「いえ、貴女を守るのが私の務めですから」
そう答えるセイバーにアイリスフィールも安心したように微笑みかける。
そして、セイバーの腕を気にした様子で尋ねた。
「セイバー、左腕はもう大丈夫なの?」
「はい、すでに呪いは解けています。どうやら先の攻撃でランサーは敗退したようです。――できれば、彼とは一対一で決着をつけたかったのですが……」
と、亡きランサーを思って、セイバーは下を向く。
だが、これは彼女たちにとって僥倖だ。正々堂々とした決着を望めなかったのは不本意だが、それと聖杯戦争は別問題である。
何にせよ、これで1つ大きな障害が取り除けたことになる。
その思いはアイリスフィールも同様らしく、完治したセイバーの左腕を見て安堵のため息を漏らしている。
そんな彼女へセイバーは言う。
「しかし、勝負はこれからです、アイリスフィール。今宵の局面は、これから始まる戦いの最初の一夜でしかありません」
「……そうね」
「いずれも劣らぬ強敵ぞろいでした。異なる時代から招き寄せられた英雄たち……ただの1人として尋常な敵はいない」
圧倒的な力をもつアーチャー。
その彼と互角に渡り合ったバーサーカー。
いまだ実力が未知数のライダー。
そして、正体不明のサーヴァント、アサシン。
これから始まる戦いを思い、静かに奮い立つセイバー。そんな彼女を眺めながら、アイリスフィールも静かに呟いた。
「これが……聖杯戦争」
聖杯へ至る道は険しく、これからも様々な困難が2人を襲うだろう。
――その予感は、すぐに現実のものとなる。
先の戦闘から間をあけず、自身の拠点へ帰ろうと国道を走る2人の前に、その者は姿を現した。
彼は、敵意を露わにする2人を歓迎するかのように不気味に笑って言う。
「――お迎えにあがりましたジャンヌよ」
こうして役者は揃い、戦況は早くも次の局面を迎える。
――さらに時を同じくして。
場所は倉庫街からすぐ近くの裏路地。倉庫街からここまで逃げおおしたランサーのマスター、ケイネスは、自身の拠点へ足を向けながら激しく毒づいた。
「――クソっ、ランサーめ!」
叫びながら近くの壁を力任せに殴る。
しかし、いくら嘆いたところで現状は変わらず、壁を殴るその手にはすでに令呪がない。
まさか自身がこの聖杯戦争最初の脱落者になるなど、ケイネスは夢にも思わなかった。時計塔のロードの1人としてこんな失態はあってはならない。
羞恥に顔を歪め、ケイネスは考える。
――なんとしても、新たなサーヴァントを用立てし、戦争に復帰しなければ。
そう、まだケイネスは完全に負けたわけではない。
1度サーヴァントを失ったマスターでも、戦闘続行の意思があり、マスター不在のサーヴァントがいれば、そのサーヴァントと再契約を結べるのである。
しかし、よほどのことがない限り、サーヴァントを残し、先にマスターが亡くなることはない。
そうなれば必然的に、自らの手でサーヴァントを出し抜き、そのマスターを殺すしかない。
幸運なことに、ケイネスには1組、狙えるマスターに心当たりがあった。
――ウェイバー・ベルベット。
ケイネスから聖遺物を奪った不埒物にして、聖杯戦争にふさわしくない2流のマスターだ。
「そうだ。そもそも奴が聖遺物を盗まなければ、この私があのイスカンダルを従えられたものを――」
ケイネスは悔しさから唇を噛みしめた。
――先の失態は私に非はない。ただ一重にランサーが弱すぎただけなのだ。
と、ケイネスは自身に言い聞かせる。
そうと決まればすぐに行動へ移さなければ。うかうかしているとソラウに何を言われるか分からない。なに、相手はあのウェイバー。出し抜くことなど造作も――。
と、ここまで考えたとき、突如、後方で発砲音が響いた。
同時に、ケイネスの月霊髄液が自動防御で弾丸を防ぐ。先の戦闘のおり、万が一にと警戒して展開していたものだ。ランサーを失ったショックで解除し忘れていたのが、今回は功を奏した。
立て続けに2発、3発と弾丸はケイネスへ向け放たれるが、そのすべてを月霊髄液は防ぎきる。
突然の狙撃に対し、ケイネスは慌てた様子も見せず、ゆっくりと振り返った。
相手の思惑は分かっている。聖杯戦争へ復帰を狙うケイネスを、その前に始末してしまおうという魂胆だろう。サーヴァントを失ったマスターを殺すのは、聖杯戦争の定石だ。
だから、ケイネスもその攻撃に慌てることなく、いまだ姿を見せない敵へ堂々と言い放つ。
「誰かね、無粋な真似を。貴様も聖杯戦争に参加する魔術師なら、姿を現し、尋常に立ち会ったらどうだ?」
その呼びかけに応じたわけではないだろう。
しかし、狙撃してきた敵は、ケイネスの言葉と同時に建物の陰から姿を現す。
その魔術師としてはあるまじき姿と装備に、ケイネスは眉をひそめながら尋ねた。
「貴様、何者だ?」
だか、その敵はその問いには答えず、手に持つ拳銃を静かに構える。
――そして、裏路地に銃声が響いた。
その後のケイネスの動向を知るものはいない。
またもお待たせしてしまいました、申し訳ございません。第六話、更新です。
これにてようやくすべてのサーヴァントが出揃いました!
揃う前にいなくなった奴が1人いますが……。
士郎の存在が良くも悪くも各陣営に影響を及ぼしており、奴自信の望みもようやくチラッと見えたり見えなかったり。
果たしてこの先どうなるのか! 自分にもわかりません!(ヤケクソ)
こんな感じですが、これからもどうかよろしくお願いいたします。