Fate/Zero ~Heavens Feel~ 作:朽木青葉
――アサシンの矢が放たれる少し前。
突然、バーサーカーと戦闘中のアーチャーへ念話が届いた。
『王よ。至急、お耳に入れたいことがございます』
と、いつも通り恭しい態度でアーチャーへ語る時臣。
それはあまりにもタイミングの悪い呼びかけだった。本来、王の戦闘中に進言などあってはならない。
通常のアーチャーなら呼びかけに応じないどころか、臣下としての時臣の在り方を疑うところだが、その礼を尽くした態度に免じ、今回だけは額にしわを寄せながらも呼びかけに応じる。
「なんだ、時臣。我は忙しい。要件なら手短に話せ」
当然、そう脳裏で時臣と話す間もバーサーカーへの攻撃は緩めない。会話の片手間に狂犬の相手をすることなど、英雄王にとっては造作もなかった。
確かにこのバーサーカーは強敵だ。生前はさぞ名のある騎士であったであろうことはこの短い戦闘の中だけでも伺える。優れた能力値に、狂化してなお失われない神業というべき逸脱した技術。通常のサーヴァントであれば、まずこの狂犬に敵うものはいないだろう。あの最優と名高いセイバーでさえ、五分五分の勝負を強いられるに違いない。
現にアーチャーも『王の財宝』をことごとく防がれ、攻めあぐねている。
――しかし、だからどうしたというのだ。
先のアサシン戦と同じだ。確かに『王の財宝』は防がれている。攻め手が限られているのも確かだ。
だが、条件はこれで五分。同じくバーサーカーもアーチャーの猛攻を防ぐので手一杯でその矛先はアーチャーには届かない。
どちらも決め手に欠ける状況。――しかし、アーチャーには無限に近い数の攻め手の用意がある。
この状況を無限に繰り返せるアーチャーと、体力またはマスターの魔力に限りのあるバーサーカーではその実力差は明らかだ。
アーチャーがこの戦闘に執着するのは、ただ単に目の前の狂犬が気にくわなかったから、それだけだ。元より勝負の勝敗などには興味はない。
何故なら――すでにアーチャーの勝利はゆるぎない事実なのだから。
――だが、それが分からない者もいた。
『はっ。その件につきまして、無礼とは承知で、我々からも僅かながらの援助をさせていただきます』
「援助、だと?」
時臣のあまりにも場違いな進言に、今度こそアーチャーは彼に対して機嫌を損ねる。
だが、愚かにも時臣はその口を閉ざさない。
『はい。アサシンを向かわせました』
「何?」
その言葉を聞いた途端、アーチャーは憤怒に燃やされていた美貌をさらに歪ませる。そして、戦闘中であるにも関わらず、目の前のバーサーカーから視線を外した。
眺めるのは時臣に告げられた方角。
目の前の狂犬など、もはやどうでも良かった。度重なる無礼を働こうとする下郎を睨み、アーチャーは呟いた。
「――贋作者め」
――そして、その異常に勘付いた者たちがいた。一人はセイバーだ。
混乱を極める戦場の中アーチャーの異変にいち早く気づいた。
いくらアーチャーが強力な英霊とはいえ、戦闘中に相手から視線を外すなど戦士としてあるまじき行為だ。特にこれはサーヴァント戦。相手がどんな隠し玉、宝具を持っているか分からない状況で注意を逸らすなど、愚策の極み。それほどの一大事がアーチャーの身に降りかかったと考えるのが妥当だろう。
そう感じたセイバーはすぐさま彼の視線を追い、遠く彼方へ目を向ける。
まさにその時、アーチャーの振り向いたその方角で――夜空に赤い星が瞬いた。
「――っ!!!」
直後、言葉には言い表せぬ予感が、悪寒となってセイバーの全身を刺激する。
(――この場にいてはマズいっ!)
同時にセイバーの未来予知じみた直感もそう告げていた。
5騎ものサーヴァントが密集するこの場では何が起こるかわからない。ならば、最も優先すべきはマスターの安全だ。
天性の直感と幾度となく死地を潜り抜けた経験からそう感じ取ったセイバーは、それを瞬時に行動へ移す。
その間、僅かコンマ数秒。
「――アイリスフィール!」
叫びながら、セイバーは魔力を放出し、ジェット機のような素早さでマスターの元へ駆けつける。
「捕まってください!」
「え?」
セイバーの突然の行動に呆けるアイリスフィール。
しかし、構わずセイバーは彼女を抱きかかえ、戦場に背を向け戦線を離脱した。
――そして、もう一人。
ライダーは戦慣れしたその広い視野から、アーチャーの不審な様子と、続けて血相を変えたセイバーの異変に勘付いた。
さらに直後、セイバーが自身のマスターを抱え戦線離脱したのを目の端で捉え、眉をひそめる。
「――こいつはマズいな」
そう呟いたと同時に、ライダーも手綱を引いて戦車をセイバーと同じく戦場から背を向けるように動かした。
そんなライダーを見て、ウェイバーが驚いたように声を上げた。
「おい! どうしたんだよライダー!」
その声色にはかつてない驚愕が伺えた。短い付き合いながらも、この行動が彼らしくないと感じ取ったのだろう。
マスターの視線に、ライダーも曖昧な表情で歯切れ悪く答える。
「いやな、坊主。あの戦場、どうにもきな臭――」
と、ライダーが説明しようと口を開いたその時――突如、世界から音が消えた。
――ランサーはアーチャーの異変には全く気づけなかった。
というのも、彼にとって乱入してきた3騎はただの邪魔者であり、興味の対象はセイバーただ一人だったからだ。
そのセイバーが突然、目の前の戦闘を放棄しマスターを連れて戦場を離れた。
「――っ! 待てっ、セイバー!」
そう叫びながら、ランサーも反射的に反転。その高い俊敏性を生かし、セイバーを追走する。
だが直後、
『――どこへ行く、ランサー』
と、マスターからの念話が入り、ランサーは足を止めた。
呼びかけた、ということはランサーのマスター、ケイネスはこの彼の行動を快く思っていないのだろう。瞬時にマスターの真意を読み取り、ランサーは奥歯をかみしめた。
その間にもセイバーはぐんぐんと離れていく。その背中を目で追い、歯がゆく思いながらもランサーはマスターの質問に答える。
「追撃を――」
だが、その言葉がケイネスに伝わることはなかった。
バーサーカーには問題を察知する理性も、それを回避する知能も残ってはいない。
しかし、それを補って余りある技術と、理性を失ってなおその技術を十全に扱えるスキルを持っていた。
アサシンの矢が放たれてすぐ、バーサーカーはわが身に降り注ごうとしている脅威を本能的に感じ取り、迫りくる脅威を正確に捉え、睨む。
その矢は音さえも追い抜き、一寸の狂いもなくまっすぐとこちらへ向かっていた。
本来なら認識することはもちろん、分かっていても防ぎようのない速度と威力を持った一撃。
しかし、――落とせる。
もしもバーサーカーに理性が残っていれば、そう確信し、ほくそ笑んでいただろう。
アーチャーの高速で射出される無数の宝具を空中で掴み、迎撃できるバーサーカーにとって、音速を超える矢を叩き落とすなど、造作もないことだった。
だが、
「――っ!」
迎撃態勢に入ったバーサーカーはあることに気づいたかのように、そう身震いする。
理由は一つ。こちらへ向かっている矢がこの場にいるどのサーヴァント――その誰にも命中しない位置に放たれていたからである。
このままバーサーカーが迎撃するまでもなく、矢は誰もいない空間に突き刺さる。
外したのか――そう安直に思うほど、この英霊は愚かではない。
理性の残っていた生前ならこう推測しただろう。
……矢の着弾点はこの場の中心。すべてのサーヴァントから一定の距離のある位置。逆に言えばすべてのサーヴァントに最も近い位置。そんな場所に狙撃される武器など1つしかない。――爆発物だ。
理性をなくしてなお、本能でそう感じ取ったバーサーカーは、アーチャー以外のサーヴァントで唯一、その矢の脅威を正確に読み取り、回避行動に入る。
――直後、その行動通り、目の前に降り立った矢が爆炎をまき散らし、すべてをのみ込んだ。
そして、
――事前に脅威を知らされた者。
――直感的に脅威を回避した者。
――状況を的確に読んだ者。
――己が目標を追撃した者。
――すべてを看破し、回避した者。
それぞれの思惑が僅か数秒の内に交差し――矢は炸裂した。
アーチャーはその様子を、爆炎の中でなお、悠然と眺め。
セイバーは爆炎の淵で抱きかかえたマスターと共に呆然と見つめ。
ライダーは爆炎に迫られ、マスターが悲鳴を上げながらも、その機動力を活かし間一髪で逃れ。
バーサーカーは完全に回避したそれにまるで興味がないかのように遠くを見つめ。
ランサーは、
「――なっ」
と、その矢の着弾に気づいた時にはすでに遅く――なす術もなく爆炎に飲み込まれた。
爆炎は一瞬にしてランサーの肉を焼き、炭化すると同時に彼の肉体は光の粒となって消えていく。
矢の爆裂で生まれた閃光が晴れたとき、そこには――アーチャー以外誰も残っていなかった。
こうして第4次聖杯戦争、第2戦目の狂乱は幕を下ろし――ランサーのサーヴァントが脱落した。
――ランサーが死んだ! この人でなし!
ということで、お待たせいたしました。5話更新+ランサー敗退です。
……どうしてこうなった。
多分、書いた本人が一番戸惑っています。キャラが勝手に動くっていうのも本当だったんだですね……。
ランサー、ケイネスファンの皆さん、本当に申し訳ありません(土下座)。
……いや、ホント。……どうしよう。