Fate/Zero ~Heavens Feel~ 作:朽木青葉
無数の宝具が宙を舞い、激しく火花を散らし深夜の遠坂邸を不気味に照らす。
2騎の戦闘は時臣の部屋から場所を移し、遠坂邸の庭園で行われていた。
庭園の中央に佇むアサシンをアーチャーはテラスの上から見下ろし、絶え間なくいくつもの宝具を振り下ろす。その数は両手で数え余るほどだ。
そのすべてが一撃必殺。この宝具の雨の中、並の英霊なら無事ではすむまい。
――つまり、言峰綺礼の呼んだ英霊は、並ではなかった。
戦闘が始まり数分が経つ。本来、刹那で決着のつく戦闘において、数分とは途方もなく長い時間である。
その長い戦いの中、アサシンは――傷1つ負わず、アーチャーの猛攻に耐え抜いていた。
時にアーチャーと同じ宝具を空中に出現させ、時に両手の双剣を持ってしてそれを打ち落とし、時に投擲でアーチャーの宝具の軌道をずらし、そのすべてを防ぎきる。
紙一重の防御。しかし、紙一枚分を隔て、アーチャーの攻撃はアサシンに届かない。ゆえに無傷。
平行線をたどる両者の攻防。
傍から見れば、優勢なのはアーチャーだ。アサシンはうまく攻撃を防いでいるものの、防戦で手一杯。対して、アーチャーは無限かと思われる膨大な宝具を持ってして、攻める手を緩めない。
しかし、それでも追い詰められているのはアサシンではなく、アーチャーの方だった。
紙一重であれ、淡々とアーチャーの攻撃を防ぐアサシンに対し、アーチャーは次第にその美貌を憤怒の色に染めていく。
ある時、痺れを切らしたアーチャーが声を張り上げ言い放った。
「贋作者風情が……。どこまで我の財を愚弄するか!」
同時に、背後の空間がさらに歪む。
どうやら、さらなる宝具を持ってしてアサシンを葬ろうという算段のようだ。その数、実に今までの倍。
流石のアサシンも、これほどの数を防ぎきることは不可能だろう。
――しかし、この攻撃の止んだわずかな隙をアサシンは見逃さなかった。
空かさずアサシンは、自身の手に合った双剣をアーチャー目がけ投擲する。
「――むっ」
アーチャーはその双剣を虫でも払うかのように『王の財宝』で難なく防ぎ、視線を目の前のアサシンに戻した。
すると、そこには先ほどまでと同じく両手に双剣――ではなく、弓を携えたアサシンの姿があった。
途端、アーチャーの表情から余裕が消える。
アサシンはアーチャーへまっすぐと弓を向け、そして――
「――っ!」
突如、アサシンが驚愕にその顔を歪めた。
間もなくアサシンは折角つがえた矢を弓から離し、アーチャーが見下ろす中、霊体化してその場を去ってしまった。
「……ふん」
拍子抜けする幕切れに、アーチャーも不愉快そうに鼻を鳴らし、遠坂邸の中へ戻っていく。
――それと入れ違いに、一人の男がテラスから飛び出した。
綺礼だ。
彼はそのまま逃げるように遠坂邸を飛び出し、どこかへと走り去る。
あとには、壁の一部に大穴の開いた遠坂邸だけが残された。
――この光景を使い魔を通し、見ている者たちがいた。
1人はウェイバー・ベルベット。ライダーを使役し、聖杯戦争に参加するマスターの1人だ。
「なんだ……あのサーヴァント……」
次元違いの戦闘を目の当たりにし、血の気を失いながらウェイバーは目を開けた。
そこはとある老夫婦の住む一軒家。ウェイバーはこの老夫婦に暗示をかけ、自身を孫と思わせることで滞在していた。
彼はその家の二階の寝室からネズミの使い魔を通し、遠坂邸を監視していたところ、偶然先ほどの戦闘を目撃したのである。
ウェイバーは興奮の冷めぬまま、隣で横になっている巨漢に駆け寄り、声をかける。
「おいライダー、進展だぞ。早速、遠坂邸でサーヴァント同士の戦闘だ」
しかし、ウェイバーがそう呼びかけても、ライダーと呼ばれた巨漢は床に寝そべったまま「ふうん」と、気のない相槌を打つだけで、振り向く素振りさえ見せなかった。
あんまりなその対応に、ウェイバーは顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「おい、分かってるのかよ! もう聖杯戦争は始まってるんだぞ!」
「ふうん」
「……おい」
逆上しかかったウェイバーが声を上擦らせると、ようやくライダーは、さも面倒くさそうに半身を捻って振り返った。
「あのなあ、2騎の小競り合いごときがなんだというのだ? 未だどちらも健在なのだろう?」
「こ、小競り合いってお前っ。サーヴァント同士の戦闘だぞ! 奴らの使った宝具を分析すれば正体だって――」
「そうか、では聞こう。どのような戦闘だった?」
「ぐっ――」
散々怒鳴り散らしていたウェイバーだったが、いざ聞かれると説明に困り、言葉を詰まらせてしまった。
それから断片的に少しずつ遠坂邸で起こったことをライダーに伝える。
いくつもの宝具を放る金ぴかなサーヴァント。その宝具を真似る双剣使いの弓兵。さらに、その戦闘のあと遠坂邸から飛び出したマスターと思しき男。
あまりにも出鱈目な2騎のサーヴァント。結局、いくら話し合っても両者の正体に見当をつけることさえ出来なかった。
自分から話を振ったのに収穫の得られず落ち込むウェイバーへ、ライダーは気にも留めない様子で言う。
「まあ、良いわ。正体なんぞ、いずれ相見えたときに知れるであろう」
「なっ――」
その聖杯戦争の常識から大きく逸脱したライダーの言動に、ウェイバーは言葉を失った。
「そ、そんなんでいいのかよ!」
「良い。むしろ心が躍る」
不敵な笑みを浮かべ、立ち上がるライダー。
「さあ、ではそろそろ外に楽しみを求めようか。――出陣だ坊主。支度せい」
「しゅ、出陣って……どこへ?」
「どこか適当に、そこいら辺へ」
「ふざけるなよ! ――待て待て待て! ここじゃまずい。家が吹っ飛ぶ!」
そして、二人のペアは、他陣営より少し早く、夜の街へ繰り出していった。
――さらにその戦闘は海を越え、あの男の耳にも伝わる。
「何っ、遠坂邸で動きがあった?」
舞弥からの緊急連絡を受け、切嗣は声を上げる。
彼は今まさにアインツベルン城から冬木へ赴こうと、準備をしている最中だった。
驚く切嗣に、舞弥は淡々と告げる。
「はい。先刻、遠坂邸にてサーヴァント2騎の戦闘が起こりました。映像を送りましたので確認を」
「分かった」
切嗣は短く答え、慌ただしく荷の中からノートパソコンを取り出し、起動する。
その間、舞弥へ疑問を投げかけた。
「いくらなんでも早すぎる……サーヴァントは揃っているのか?」
「ええ。同じく先刻、この戦闘と入れ違うようにして教会からすべてのサーヴァントが揃ったと通知がありました」
舞弥の報告に切嗣は苦虫を噛み潰しながら、送られてきた映像を見る。そこには激しくいくつもの宝具をぶつけ合う2人のサーヴァントの姿が映っていた。
切嗣は映像から目を離さず、スピーカー越しに舞弥へ尋ねる。
「……この展開、どう見る」
「素直に考えれば仲間割れでしょう。言峰綺礼は遠坂時臣の弟子であると同時に令呪も宿していたと聞きます。言峰はサーヴァントを召喚し、遠坂の寝首を掻こうとしたが、逆に返り討ちに合い慌てて逃走した」
「ああ、そう考えるのが自然だ……しかし、そうなると言峰が時臣のサーヴァントより後に遠坂邸を飛び出したのが気になるな……」
顎に手を当て、切嗣は冷静に映像を分析する。
仮に言峰綺礼が時臣を暗殺しようとしたのだとしたら、部屋へ戻っていったサーヴァントが出ていく綺礼を見逃すとは考えにくい。さらに切嗣は言峰綺礼に対し不信感を抱いており、容易な想定は命取りになりかねない、という一種の危機感を覚えていた。
しかし、不安要素は多いものの、2騎のサーヴァントを晒すメリットは双方になく、仲間割れ以外に考えられる動機がないのも現状だった。
熟考したあと、切嗣は一度結論を保留にし、再び舞弥へ尋ねる。
「言峰綺礼の動向は掴めているのか?」
「いえ、目下捜索中です」
「見つけ次第、すぐに報告しろ。僕もすぐそちらへ向かう」
「はい」
それからいくつかの確認事項と命令を下し、切嗣は通話を切った。
「しかし……」
と、切嗣は1人、送られてきた動画を再度眺めながら呟く。
「遠坂のサーヴァントと渡り合っていたあの英霊……一体、何者だ?」
そして、先の戦闘から間もなく、話題の中心の1人である言峰綺礼は遠坂邸から飛び出し、近くに建つある廃墟に足を運んでいた。
そこは第3次聖杯戦争の際、参加した名家が別荘として使用していたが、聖杯戦争終了後空き家となり、魔術協会が管理していたものだ。
綺礼が中に入ると、部屋のソファーには先にこちらへ到着していたアサシンが腰を下ろしていた。
彼を見るや、綺礼は不愉快そうに額にしわを寄せて尋ねる。
「大人しくしていたか、アサシン」
「……そりゃあ、令呪で縛られてるんだ。動きたくても動けない」
彼のその答えに、綺礼は満足し黙ってうなずく。
――あの時、アサシンが霊体化し姿を消したのは、ほかでもない綺礼の令呪の効果だった。
激化するサーヴァントの戦闘に頭を痛めていた時臣に、綺礼がこう進言したのである。
――私が令呪でアサシンを引かせ、私自身もここから飛び出し、姿を眩ませましょう。
――さすれば、この戦闘を見ていたマスターは我々が仲違いしたと勘違いし、この後秘密裏な協力関係が築きやすくなるはずです、と。
これ以上アーチャーの宝具を他に晒したくない時臣はこれを快諾し、綺礼はアサシンへ『近くの廃屋へ離脱し、待機せよ』と、令呪を持って命じたのだ。
この綺礼の咄嗟の機転は上手く功を奏したようだ。
目の前で不満げに大人しくするアサシンへ、綺礼は尋ねる。
「どうした、私の決定は不服だったか?」
しかし、この問いに対し、アサシンは綺礼の予想とは裏腹に、黙って首を横に振った。
「――いや、そんなこともないさ。あのまま戦ってたら、俺はあのサーヴァントにやられてた」
「……ほう」
殊勝な自分のサーヴァントに対し、綺礼は小さく声を漏らす。
だが、彼の意外な行動はそれだけではなかった。アサシンは綺礼へ向かって頭を下げたのだ。
「悪い、マスター。さっきのことは謝るよ。俺も召喚されてすぐだったから、少し頭に血が昇ってた」
さっきのこととは召喚された際のあの邪険な態度のことだろう。
第一印象とは違うアサシンの行動に、綺礼は動揺を隠せない。
「貴様……なんの真似だ……?」
どんなに大人しくしていようと、綺礼の中でのアサシンの印象は変わらない。
――見ているだけで意味もなくイライラする、気にくわない奴。
いくら頭を下げられようと、こいつとは決して相容れないと本能が告げている。むしろ、好意を寄せられれば寄せられるほど、それが鬱陶しく、綺礼の心をさらに刺激した。
それはアサシンとて同じはずだ。
しかし、アサシンはなおも親しみさえ感じられる口調で続ける。
「別に、深い意味はない。――と、そうだ。一応確認なんだが。あんた、この戦争には参加するんだよな?」
「――っ」
その問いに、綺礼はまるで急所を抉られたかのような衝撃を受ける。
なんてことはない。アサシンにしてみれば、ただの確認だったのだろう。
しかし、ここに至り、未だ聖杯にかける望みを見出せていない綺礼は動揺を隠すことができなかった。
それでもできる限り平静を装い、綺礼は答える。
「……愚問だ、答えるまでもないだろう。……それがどうかしたのか?」
「……いや、俺ももう英霊だからな。人まねだけど、恰好だけはしっかりしようかと思って」
と、アサシンは何か思いついたのか、動揺する綺礼は無視し、1人ソファーから立ち上がって一方的に語りだした。
「――契約をここに。これより俺はあんたの剣となり盾となろう。――あんたが道を踏み外さない限り――俺はあんたと共に戦おう」
そして、困惑するマスターへ、アサシンは悪戯を思いついた子供のように自嘲し、
「――喜んでくれ、マスター。あんたの願いはようやく叶う」
そう、神託を告げにきた天使のように言った。
その言葉は。
本人さえ気づいていない――忘れている――、言峰綺礼の本心だった。
――そして、各陣営。三者三様の思いを胸に、戦場へ赴く
……長い!
どうも、普段ショートショートばかり書いているせいか、5000字を超えると長いと感じてしまう貧乏性な作者です。
なので、この作品も1話5000字を目安にしているのですが……いやあ、書いてる内に分量が増えていくって都市伝説、本当だったんですね。