Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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決戦 後編

 柳洞寺を背に、無限の財を持つ黄金のサーヴァントは悠然と佇む。戦場でさえ不敵な笑みを絶やさないその風格は、正に玉座に君臨する絶対王者。

 対するは2人の騎士。

 お互いがお互いを庇うようにして並び立ち、今――

 

「――はっ!」

 

 青衣の騎士が踏み込んだ。

 疾風怒濤。セイバーがアーチャー目がけ、戦場を一直線に駆ける。

 すでに風の鞘は解放されている。自身の持ちうるすべての魔力を総動員し、疾走する様は正にジェット機。

 だが、迎え撃つは英雄王。易々と接近など許さない。

 

「――ふん」

 

 そう僅かに顎で示すだけで、背後の空間が歪み、あらゆる宝具が顔を覗く。

 砲門の数は更に増え、100、200……数えることさえ煩わしい。そのいくつかには、セイバーに対して有効な竜殺しの宝具があることも見て取れる。

 例えセイバーでもこれだけの数の一斉掃射を浴びれば、ひとたまりもない。

 だから、

 

「――投影(トレース)開始(オン)

 

 彼女の道を作ることが後方支援(アサシン)の役割だ。

 アサシンでさえ、固有結界なしにこれだけの数を複製することは不可能だ。今のアサシンの余力では、10か20がやっとだろう。

 だが――2人にはそれで十分だった。

 

「――やれ」

 

 英雄王の号令と共に、降り注ぐ宝具の雨。

 直撃すれば肉片さえ残らぬ破壊の渦の中を――

 

「やぁぁぁあ――!」

 

 セイバーは一直線に駆ける。

 ――回避する必要はない。

 セイバーはただ、自身へと降りかかる剣のみを薙ぎ払い、速度を落とさず最短距離を走る。

 当然、それでは躱しきれない。

 撃ち損ねたいくつもの宝具がセイバーの頭上に迫る。

 だが――

 

「はっ――!」

 

 その全てを、アサシンの贋作が迎撃する――!

 アイコンタクトすらいらない。

 2人の呼吸が自然に会う。

 アサシンならば――

 セイバーならば――

 まるでその思考が伝播している様に、お互いがお互いの能力を最大限に引き出す、完璧なコンビネーション。

 無数の宝具をものともせず、今セイバーがアーチャーへと迫る。

 だが、

 

「――天の鎖よ!」

 

 それでもなお、有利なのはアーチャーだ。

 神さえも縛る鎖が蛇の様に伸び、宝具の雨を切り抜けたセイバーを狙う。

 

「くっ――!」

 

 これにはたまらず、彼女も歩みを止めた。

 天の鎖だけは投影出来ない。この武器に対してのみは、セイバーだけで対応しなければならない。

 だが、その間にも宝具の雨は降り止まない。――『王の財宝』へ対処している僅かな隙を、天の鎖が襲う。

 聖剣と投影を駆使し、『王の財宝』と渡り合った2人。しかし、そこへ『天の鎖』が加わり、再び戦況が傾いた。

 2人の力を合わせてなお、アーチャーの手数には届かない。

 だが――

 

「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 この手にも、更なる1手が秘められている。

 

「――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 セイバーへ『天の鎖』を向け、僅かにアサシンから意識を外していたアーチャー。

 その一瞬の隙を突き、アサシンの狙撃がアーチャーを襲う。

 必殺の矢は宝具の雨を掻い潜り、英雄王の脳天へ一寸の狂いもなく突き刺さる。

 その刹那、

 

「っ――――」

 

 アーチャーはいくつもの盾を出現させ、寸前のところでそれを凌いだ。

 アサシンが持ちうる最強の矢でさえ、英雄王の装甲は貫けない。

 しかし、――これで一瞬動きが止まった。

 ――その隙を見逃すセイバーではない。

 

「――アーチャー覚悟!」

 

 『天の鎖』が止まった、その一瞬の隙を突き、セイバーが迫る。

 そして、

 

「っ――!」

 

 遂に、セイバーの剣が英雄王へと届いた。

 黄金の鎧に、初めて出来た一閃の傷。

 その傷に対し、アーチャーは――

 

「――――はははははははっ!」

 

 と、心底楽しそうに笑い声を上げた。

 

「こうでなければな! セイバー!!」 

 

 同時に――英雄王を中心に、強烈な風が吹き荒れる。

 

「くっ――」

 

 このチャンスを逃すまいとその場へ踏みとどまったセイバーだが、攻撃の手は止まってしまった。

 そして――

 

「喜べ! 貴様らはこの我手ずから理を示してやろう!」

 

 笑うアーチャーの手に握られるは、1本の剣。

 いや『剣』と呼ぶにはあまりに歪な、3つの円錐が連なった形をした『それ』。

 それを見て、アサシンは我が目を疑った。

 ――読め、ない……?

 今まで、それが剣であるのならばどんなモノだって読み取れたというのに。その剣は、構造さえ読み取れなかった。

 ――あれはマズい……!

 アサシンの直感がそう悲鳴を上げる。

 だから、声の限り叫んだ。

 

「――避けろ! セイバー!」

 

 だが、すでに遅い。

 

「さあ目覚めろ『エア』よ。お前に相応しい舞台が整った!」

 

 轟、と風が唸りをあげて、アーチャーの剣から膨大な魔力がほとばしる。

 烈風を巻き上げ旋回する神の剣が、再び創世の奇跡を演ずるに及んで、黄金の英雄王はこう然と声を張り宣言した。

 

「いざ仰げ――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 天が絶叫し、地が震撼する。

 そして――全てを切断する光が走った。

 

 

 凄まじい魔力の奔流に大気が震えている。 

 間近で凄まじい戦闘が繰り広げられていると知覚しながら、ウェイバーはなす術もなく、膝を付いていた。

 ――こうしてはいられないことは分かってる。

 でも、今は少しだけ、別れたばかりの我が王へと思いを馳せ、涙する。

 そんな少年の思いを踏みにじるように――彼の前に暗い影が姿を見せる。

 

「――やはり、しくじりおったか」

 

 影が言葉を発する。

 しかし、『それ』は最早人の姿をしていなかった。

 ――蟲である。蟲の集合体が、力なくひざを折るウェイバーへと近づき笑う。

 

「だが、まだ貴様にも利用価値がある――儂の身体となれ、ライダーのマスターよ」

 

「ヒィ――」

 

 恐ろしさのあまり喉が引きつる。

 ――勝てない。

 力量を測るまでもなく、本能で理解した。ウェイバーではこの老人に勝つことは出来ない。

 ――殺される。

 そう覚悟し、――大切な人の言葉を思い出した。

 

「……ふざけるな」

 

 ――殺される。

 けれど決して屈しないと、震える足に鞭を打ち、『それ』を睨みながら立ち上がる。

 

「ぼくはあの方に生きろと命じられた……」

 

 ――だから。

 

「お前なんかに、殺されてたまるか!」

 

 胸を張り、声を張り上げて宣言する。

 それが今の彼にできる精一杯の抵抗だった。

 それに何を思ったか、蟲は意地汚い笑みを浮かべる。

 

「カッカッカ、そうかそうか! 何と健気な! うむ、確かに儂もこのような少年の命を奪うのは些か心苦しい。では、

 ――――――死ね」

 

 蟲が、一斉にウェイバーへと押し寄せる。

 ――抗えない。

 けれど、視線だけは外さず、最後までその敵を睨み――

 

「――いや、お前の相手は俺だ」

 

 如何な奇跡か、両者の間に割って入る影があった。

 その影に蟲が殺気を迸らせる。

 

「今更お前が何の様じゃ――雁夜」

 

 蟲の翁の前に、かつての傀儡が立ちはだかった。

 

 

 ――決戦前夜。

 

「――俺も戦場へ連れて行ってくれ」

 

 そう頼んだのは、他でもない雁夜自身だった。

 アサシンは反対したし、切嗣も渋い顔をした。普段は仏頂面な桜でさえ、不安そうに眉をひそめている。

 それでも雁夜は引かなかった。

 どうしても、自分で決着をつけなければいけないのだと。

 そして、

 

「今更お前が何の様じゃ――雁夜」

 

 その相手が今、目の前にいる。

 ――少年の叫び声を聞き、駆け付けたのが幸いだった。

 勝てないことは分かってる。

 役に立たないことも承知の上だ。

 きっと雁夜は無残に破れ、意味のない死を迎えるだろう。

 それでも――覚悟を決めて、告げる。

 

「決着をつけにきた――臓硯」

 

 かつての支配者へ向け、自分の意志で。

 ――傀儡は叛逆を告げる。

 

 

 激闘を終え、切嗣は死にゆく時臣の元へ歩み寄る。

 まだ僅かに息はあったが、それも長くは持たないだろう。

 近づく切嗣に対し、時臣が口を開く。

 

「……見事だった。最後に、君と魔術戦を行えたことを……誇りに思う……」

 

「…………」

 

 死に瀕してなお、己が風格を些かも損なわない時臣。

 普段ならば、殺した相手など意にも留めない切嗣だが……。

 

「……何か、言い残すことは?」

 

 ――きっと、あの不思議なサーヴァントに当てられてしまったのだろう。最後にそう尋ねた。

 その言葉に、時臣は驚いた様子で目を見開いたあと――

 

「……ない。……すべて……すでに託した……」

 

 迷いなく、首を振った。

 そして、眠るように瞳を閉じる。

 

「……では……あとのこと……は……まか……」

 

 そして、最後まで優雅に、時臣はその生涯に幕を下ろした。

 

「…………」

 

 その最期を見届け、切嗣は視線を移す。

 ――死に瀕するもう1人。アイリスフィールの横たわる壇上を。

 

「……あ――キリツグ、だ――」

 

 ……まだ息があったのは奇跡だろう。

 まるで霞を掴もうとするかのように心許ない手つきで、彼女はそっと切嗣の頬に指先で触れる。

 ただそれだけの動作さえ、今の彼女には精一杯の大義なのだと――冷え切った指の弱弱しい痙攣が、有り体に告げている。

 

「――夢じゃないのね。本当に――また、逢いに来てくれたのね――」

 

「ああ。そうだよ」

 

 思いのほか容易に、声は出せた。

 『助けに』ではなく『逢いに』と言うあたり、彼女も分かっているのだろう。

 ――もう、彼女は助からない。

 

「私はね……幸せだよ……」

 

 それでもアイリスフィールは切嗣の頬を撫で、慈しむように囁きかける。

 

「恋をして……愛されて……夫と、娘と、9年も……あなたは、全てを与えてくれた……私には望むべくもなかった、この世の幸せのすべてを……」

 

「……すまない。色々な約束を、果たせなかった」

 

 語り聞かせた。常冬の城で。外の世界には何があるのを。咲き乱れる花について。輝く海について。

 いつか城の外に連れ出して、それらすべてを見せてやると誓った。

 今にして思えば、なんと無責任な約定だったことか。

 

「ううん……いいの……もう」

 

 だが、不実な誓いを咎めることなく、アイリスフィールは微笑んだ。

 

「私が取りこぼした幸せがあるなら……残りは全部、イリヤにあげて。あなたの娘に――私たちの、大切なイリヤに」

 

 そこで切嗣は理解した。滅びを間近に控えながら、なおも気丈に笑えるアイリスフィールの強さ――その源流がどこにあるのかを。

 

「いつかイリヤを、この国に連れてきてあげて」

 

 祈りを子に託すとき、母親には恐れるものなど何もない。

 だからこそ彼女は笑える。怖じけることなく粛々と、自らの末路を歩んでいける。

 ……その願いだけは、裏切ってはならない。

 

「あの子に、私が見られなかったものを全部……見せてあげて。サクラの花を、夏の雲を……」

 

「……わかった」

 

 だから、切嗣は頷いた。

 聖杯を求める機械ではなく、『衛宮切嗣』というヒトとして。

 その言葉に、アイリスフィールは安堵した様子で微笑み、

 

「ありがとう――あなた」

 

 静かに息を引き取った。

 ――体が崩れる。

 同時に、アイリスフィールだった外装が溶け、中から聖杯と『全て遠き理想郷』が姿を見せた。

 

「…………」

 

 その2つを切嗣は大切に大切に抱きかかえ――――

 

「――――舞弥か」

 

 応答のあった無線機を手に取った。

 ――――まだ戦闘は終わっていない。

 度重なる魔術の行使により、体はボロボロ。今にも意識を失いそうだが――未だこの身には、果たすべき使命が残っている。

 

「……ああ、分かった」

 

 あらかじめ打ち合わせていたその相図を耳にし、コンテンダーを引き抜き、

 

 ――――聖杯へ向け、発砲する。

 

 サーヴァント以外が聖杯へ干渉することはできない。

 それは切嗣も承知の上だ。

 だというのに、発砲と同時に――

 

「――――ギィ!」

 

 という、蟲の悲鳴が聖杯から響く。

 同時に、手のひら大の醜い蟲が、聖杯の中から這って出る。

 その蟲こそ紛れもなく――臓硯の本体そのものだった。

 

「――何故じゃ! ――――何故じゃ何故じゃ何故じゃ!!!」

 

 打ち抜かれた臓硯は、断末魔の叫びを上げる。

 

「――何故儂の本体がここにいると……」

 

「簡単だ」

 

 死に行く500年の妄執に、切嗣は冷めた目で吐き捨てた。

 

「お前が聖杯を目の前に、この場を離れるわけがない。本体が隠れ潜むのならば、ここより他はないと思っていた」

 

「ぐ……」

 

 追い詰められた臓硯は言葉を失う。

 ――綺礼によって肉体と霊体を殺しつくされ、

 ――今、その体を起源弾が打ち抜いた。

 更に、

 

「舞弥から報告は受けている。間桐雁夜へ向け、乗り換えの魔術行使中だったらしいな」

 

 その僅かな隙に、切嗣の弾丸が突き刺さった。

 ならば――弱り切った蟲に最早なす術はないだろう。

 

「……儂は……死ねぬ……死ね…………」

 

 最後まで執念の言葉を残し、

 ――今度こそ、蟲の長は地上からその姿を消した。

 

「終わったか……」

 

 そして、切嗣自身もそう短く呟き、

 

「…………ぐっ……」

 

 切嗣もまた、血を吐きながら倒れ込む。

 限界を超えた魔術行使。

 蓄積された疲労。

 とうに、切嗣の体は限界だった。

 そうして、かつて自身の妻であったそれを抱きかかえ、これまでの生涯に思いを馳せる。

 

「――――」

 

 ――シャーレイ。

 ――ナタリア。

 ――アイリ。

 救えなかった命は数知れず。

 奪った命は更に多く。

 すべてを賭して歩んだ道の――――最果てがここだった。

 ……誰もいない。

 ……何もない。

 ――――ならば、衛宮切嗣が生きている意味はない。

 

「―――――――」

 

 それでも、

 ――残された願いがあった。

 ――託された望みがあった。

 ならば――――――

 

「………………」

 

 1度も振り返らず、歩き続けた。

 その足を止め、瞳を閉じる。

 ――――――衛宮切嗣の戦いは、ここに終結した。

 

 

「――いざ仰げ――――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 天が絶叫し、地が震撼する。

 そして――全てを切断する光が走った。

 その刹那――――

 

「っ――――I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

アサシンは呪文を唱え、離れた彼女を庇う最強の盾を出現させる。

 

「――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 花弁を広げ、セイバーを包むアイアス。

 ――だが、そんなものは気休めにもならない。

 ――乖離剣。

 アーチャーの手にした正体不明の剣は風を断ち、盾諸共2人を吹き飛ばし――――

 

「…………ガッ!」

 

 ―――地に落ちる。

 衝撃を殺しきれず、何十メートルと吹き飛んで、背中から地面に落ちた。

 辛うじて意識があるのは幸運というより他にない。

 

「くっ…………」

 

 と、アサシンは瓦礫の中から這いあがり、現状を確認する。

 ――信じられなかった。

 柳洞寺が、ただの1撃で瓦礫と化している。威力だけでいえばセイバーの聖剣と同等か――それ以上の破壊の権化。

 その宝剣を手に、瓦礫の上に黄金のサーヴァントは悠然と佇む。

 

「――――」

 

 されど――この身はまだ動く。

 セイバーも……無事だ。アサシンと同じく地に膝を折っているものの、未だその闘気は衰えていない。

 ならば――まだ終わってなどいない。

 

「はっ! 上手く避けたか!」

 

 と、そんな2人を見下ろしながら英雄王は愉快そうに笑う。

 アサシンも決して折れないという意志を伝えるように、その敵を睨む。

 ――だが、

 

「しかし、セイバーめ。聖剣を抜かなかったところを見るに――存外あの男に苦戦したかな」

 

「っ――――」

 

 続いて残念そうに告げたその言葉に、我が耳を疑った。

 思わずセイバーの方へ視線を向けると、そこには表情を凍らせる彼女の姿がある。

 

「くっ――」

 

 図星なのだろう、そうセイバーも歯噛みする。

 その反応でアサシンも理解した。

 ――セイバーはすでに1度、宝具を開放したのだ。ならば、打てるのは残り1度。

 しかし、あの乖離剣に対抗できるのは彼女の聖剣を置いて他にない。

 ――勝負あった。

 

「…………」

 

 不屈の闘志が、その覆らぬ現実によって一瞬の内に瓦解する。

 それをアーチャーも察したのだろう。

 

「……ここまでか。やはり雑種は雑種だったな」

 

 そう呟き、英雄王は1歩踏み込む。

 ――再び、乖離剣が回転を始める。

 あれを打たせてはならない。

 

「ぐっ……」

 

 思いはセイバーも同じなのだろう。

 2人とも、痛む体にむち打ち、立ち上がろうとする。

 だが、

 

天地剥離す(エヌマ)――――」

 

 無慈悲にも、再び剣が振るわれる。

 ――負ける。

 このままでは負ける。

 しかし、『約束された勝利の剣』は放てない。

 解放すれば最後、セイバーは消えていなくなる。

 それでも――――

 

「……アサシン」

 

 アーチャーの宝具が炸裂する間際、そうセイバーが淡く微笑んだ。

 ――覚悟を決めた。

 そう告げる微笑み。

 その笑みに対し、アサシンは――

 

「――――■■■■■(エクス)

 

 ――天へと掲げられる剣。

 そして、

 

「――――開闢の星(エリシュ)!」

 

■■■■(カリバー)――――!」

 

 裁定の剣は再び謳い、聖剣は戦場にて煌めいた。

 

 黒と白。

 荒れ狂う閃光と灼熱。

 頂点に位置する剣たちは激しくぶつかり、

 そして――――――

 

 

「――――――ふん」

 

 アーチャーはその結果を目撃し、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 彼の目の前にいるのは、

 

 ――――地に伏せたアサシンただ1人。

 

 ……それだけだ。

 他に人影はない。

 理由は明白だろう。

 ――セイバーは最後の聖剣を開放し、その姿を消したのだ。

 あの光は紛れもなくセイバーの聖剣だった。

 その担い手がここにいないのならば、必然あれが彼女の最後の煌めきだったのだろう。

 そう結論付け、再び鼻を鳴らす。

 

「贋作者を庇い消滅するとは、馬鹿な女だ。――だが、その決意も無駄であったな」

 

 ――再び、乖離剣が起動する。

 慈悲はない。

 戦場にて、勝者は常に1人だ。

 

「――ではな、雑種」

 

 倒れるアサシンを見下し、審判を下そうと剣を上げる。

 その時――――

 

 ――――上空へ跳躍し、身を隠していたセイバーが眼前へと迫る!

 

「何っ!」

 

 消滅したはずの彼女の奇襲にさしもの英雄王も我が目を疑った。

 ――ありえない。

 この場において『エア』を凌げるモノはセイバーの聖剣より他になく、聖剣が放たれた以上彼女が生存していることは不可能だ。

 その矛盾に、思わず思考が凍る。

 だが、防具を身に纏っていないセイバーの姿を見て、ようやくすべてを理解した。

 先ほど、乖離剣と打ち合った光は、紛れもなくセイバーの聖剣だと判断した。

 ――しかし、それは偽物(フェイク)

 あれは――――

 

 ――――アサシンの投影した贋作だ。

 

「ぬぅぅぅ……! おのれ、この我が見誤るなど――――!」

 

 憤怒にその顔を染めるも――もう遅い。

 アーチャーが狙いを変えるよりも早く、青い衣は天より舞い降り――――

 

約束された(エクス)――――」

 

「セイバーァァアアアアアアアアアア――――!!!!!!!!」

 

勝利の剣(カリバー)――――――――!」

 

 ――黄金の剣を振りぬいた。

 

 その刃が、今――――原初の英霊を両断する―――――!!!

 

 そして、

 

「……………………」

 

 体制を立て直す力も、今はないか。

 セイバーは剣を下げたまま顔を上げず、

 アーチャーは切り裂かれたまま、自身を打倒した騎士の姿だけを見た。

 

「――――――、」

 

 そうして、最後に息を漏らした。

 だらりと下げた腕をあげ、目前の騎士を確かめるように、彼女の頬を指でなぞる。

 

「――憎らしい女だ。最後まで、この我に歯向かうか」

 

 英雄王の存在が薄れていく。

 

「だが、許そう。手に入らぬからこそ、美しいものもある」

 

 指が滑る。

 上がっていた腕が、力なく地に落ちる。

 

「ふん――ならばこそ、我がおまえに敗れるのは必定だったか」

 

 不機嫌に舌を鳴らす。

 そうして、最後に。

 

「ではな騎士王。それに贋作者――――いや、中々に愉しかったぞ」

 

 口元に皮肉気な笑みを作り、黄金の騎士はかき消えた。

 

 

「――――」

 

 そして、セイバーもまた戦いの終わりを迎えようとしていた。

 

「――これで終わり。私の戦いは、ここまでです」

 

 あの1撃にすべての力を使い切ったのだ。

 彼女の体も、英雄王同様、淡く薄れていく。

 

「……セイ……バー」

 

 そんな彼女を引き留めるように、意識を取り戻したアサシンは呟く。

 セイバーはそんな彼へほほ笑みかけた。

 

「――契約は完了していませんが、とりあえず我々の勝利です」

 

 そうして最後の時がやってくる。

 ――3度目の別れ。

 けれど、後悔はない。

 ――再び巡り合えたこの奇跡に。

 ――必然的に訪れたこの別れに。

 

「…………」

 

 薄れゆく、彼女の姿をただ黙って見守った。

 セイバーも思いは同じなのだろう――

 

「では、先に行きます」

 

 透過しながら、騎士王はまるで少女の様な笑みを浮かべ、

 

「――――あとのことは頼みました」

 

 そうして潔く、一陣の風のように。

 聖杯を求めた1人の王は、英雄王の後を追うように、運命の丘へと旅立った。

 

 

 こうして、兵たちはあるべきところへ帰り、

 彼らの聖杯戦争は終結した――――

 

 

 だが、

 

 

 ――――――衛宮士郎(アサシン)の戦いは終わらない。

 

 

「――――」

 

 再び立ち上がったアサシンは、大空洞を目指していた。

 あの時のように体が痛い。

 魔力はほとんど使い果たした。

 気を抜くと、現界を保てず消えてしまいそうだ。

 

「――――――」

 

 ……体が熱い。

 気力だけで仮初の体を維持する。

 ――その終わりは、とうに決まっていたことだ。

 サーヴァントはこの世のモノではない。

 衛宮士郎は、この世界に留まれない。

 

「――――――――」

 

 ……それでも、アサシンは歩いた。

 まだ、その身にはやるべきことが残されている。

 ……あともう少し。

 聖杯を壊せば、全てが終わる。

 残るサーヴァントは己のみ。

 行く手を阻む英霊はいない。

 されど――――

 

「は――――、あ――――」

 

 影が揺らめく。

 大聖杯と呼ばれるクレーターの前。

 赤黒い炎に照らされて、

 

 ――――その男は立っていた。

 

「――――言峰、綺礼」

 

「ああ。お互い、かろうじて生き延びているようだな、アサシン」

 

 強い意志に満ちた声。

 ――動揺はない。

 いつの日かと同じだ。

 その男は、宿命のようにアサシンの前に立ちはだかった。

 

 ――何のつもりだ。

 などとは訊かない。

 

 彼が『言峰綺礼』である以上、この衝突は必定だ。

 

 だから、

 

「令呪を以って命ずる――自害しろ、アサシン」

 

「――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 粛々と、お互いがお互いの行動を牽制する。

 令呪を掲げる綺礼に対し、アサシンは契約破りの短剣を自身へと突き刺す。

 ――これで、もうアサシンは綺礼のサーヴァントではなくなった。

 

 両者の目的は明白だ。

 

 綺礼の目的は、この呪いの誕生。

 『言峰綺礼』は『この世全ての悪』の誕生を祝福する。

 

 アサシンの目的は、呪いの阻止。

 『衛宮士郎』は『この世全ての悪』を拒絶する。

 

 ――亡き者の意思を尊重し、今を生きる綺礼と。

 ――亡き者の為に、その意思を踏みにじってでも救済を望んだアサシン。

 

 両者、絶対に退くことはない。

 ならば、

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言のまま、綺礼は拳を構え、アサシンは双剣を投影する。

 ――これが最後の投影だ。

 この一振りでアサシンの魔力はカラである。 

 これより先を投影しようとすればそれこそ、セイバーの様に自滅を覚悟しなければならない。

 ――だが、それは今ではない。

 自滅を覚悟するのは聖杯を前にした時のみ。

 パスも切った。あと1分も待たず、この身は消滅するだろう。

 故に、この男へ放てるのは正真正銘これが最後。

 

 ――綺礼もこれが最後の1撃だ。

 握る拳に武器はない。

 黒鍵はここへ来る前に使い尽した。

 あるのは、己の肉体のみ。

 だが、それでは些か以上、奴に劣る。

 相手は曲がりなりにもサーヴァント。両者の間には決して埋まらぬ実力差がある。

 故に――命を賭ける。

 握る拳へ――最後の令呪――自身の魔力――その生涯、全てを注ぎ込む。

 

 綺礼はアサシンを殺し、その望みを叶え。

 アサシンは綺礼を倒し、その望みを破壊する。

 

 賭けるものはお互いの命。

 許された余力は一合のみ。

 その一撃にすべてをのせ――

 

「「、は――――!」」

 

 2人同時に地を蹴った。

 

 剣を振りかぶるアサシンと、

 拳を叩きこむ綺礼。

 

 ――勝負は一瞬。

 

 拳と剣が交差し――

 

 そして―――――――

 

「――――」

 

 ―――――――僅かに早く、アサシンの剣が神父の腕を切り落とした。

 

 ……神父は動かない。

 腕を切り落された程度で止まる男ではない。

 だが、彼は失った自身の腕へと視線を落としたまま動く気配がない。

 それが何を意味するのか、言われなくても理解した。

 

「…………俺の勝ちだ、言峰」

 

 見据えたまま宣言する。

 神父は、1度だけ目蓋を閉じ、

 

「…………ああ。そして私の敗北だ」

 

 遠くを見つめたまま。

 そう、己に言い聞かせるように呟いた。

 ……ならば、最早言葉はいらない。

 

「……行け、アサシン。その体で何秒保つかは知らんが、目的があるのなら急ぐがいい」

 

 男は『あちら』の神父の様に。

 何事にも関心がないという声で告げる。

 

「――言峰」

 

「おまえが此度の聖杯戦争の勝者だ。

 聖杯を前にし、その責務を果たすがいい」

 

 聖杯戦争の勝者。

 その言葉の深い重みを持ちながらも、神父はやはり、変わらぬ声で言い捨てた。

 『こちら』の世界でさえ、いけすかない『衛宮士郎』の敵であり続ける。

 

「――ああ。散々振り回してくれたお礼だ。容赦なく、あんたの願いを破壊してくる」

 

 それでも――

 

「――――ありがとう、マスター」

 

 追い越しながら、共に戦場を賭けた綺礼へ感謝を伝えた。

 

「――――――、」

 

 その言葉に、その男は笑ったのか。

 だがその笑みを、確認する令呪(しかく)はもう、アサシンには残っていない。

 

「――――」

 

 静かに倒れる綺礼を踏み越え、――聖杯の前へ。

 

 呼吸をして、体に、動けるだけの酸素を入れる。

 喉は1度しか動かない。

 霊体を保つ魔力さえ残されていない。

 ――どんなに頑張っても。

 意識が、保てなくなってきた。

 

「――――」

 

 ――――行こう。

 最後の、一仕事だ。

 

「…………」

 

 ――その聖杯を目の前に彼女の横顔を思い出す。

 光に包まれた、その笑顔を。

 

 ――死なせない。

 

 ここまで来るのに、何人もの人の願いを踏みにじった。

 それでも、

 

 ――――死なせない。

 

 その幻影(きおく)に再び誓う。

 どちらかが犠牲にならなければいけないなら、それは……。

 

 ――――――死なせない!

 

 ――――だって俺はお兄ちゃんだ。なら、妹を守らなければ。

 

「イ――――リヤ!!!」

 

 だから、再び漆黒の聖剣を投影し、

 最後に。

 

「――――――じゃあな」

 

 と微笑って、この世界へ別れを告げた。

 

 

 空が、見える。

 

 何も残っていない。

 

 再びここへ戻ってきた。

 

 沈んでいく。

 

 彼女が救ってくれた命が、沈んでいく。

 

 だから――――

 

「…………ああ」

 

 ―――――再び、その手を、果てのない青空へと伸ばす。

 

 




 そして、永き冬は終わり、

 ――物語は、後日談へと進む。

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