Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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決戦 中編

 ――戦車とバイクが戦場を駆ける。

 先行するのはセイバーだ。

 普段、戦闘中に身に纏う甲冑を応用し、魔力でバイクを強化しているセイバーはエンジンの限界性能さえ超え、疾走する。瞬間的なスピードのみなら、ライダーの戦車をはるかに凌ぐだろう。

 それでも――優勢なのはライダーだった。

 

「ほれほれ、どうした!」

 

 怒声と共に、雷鳴が響く。 

 ライダーの戦車から放たれる雷撃だ。

 稲妻はセイバーの後方、遥か頭上から。

 

「くっ―――」

 

 地を這うように走るセイバーは、上空から放たれたそれに歯噛みしつつ、寸前のところで回避する。

 だが、ライダーの猛攻は続く。

 速度では圧倒しているセイバーだが、それは地上での話。空を行くライダーは最短距離を突っ切り、逃げ惑うセイバーへ何度となく迫る。

 

「っ――! このままではこちらの機体が持たないっ――!」

 

 限界を超える疾走は、それだけバイクへ負荷をかける。攻撃を避けるため、複雑なドライブテクニックを駆使しているならば尚更だ。

 戦車に乗るライダーに対し、バイクを失うことは致命傷を意味する。

 

「その前に、なんとか奴から戦車を奪わなければ……!」

 

 しかし――『約束された勝利の剣』は使えない。

 燃費が悪すぎるのだ。1度の戦闘で撃てて2度。2度目の1撃を放った瞬間自分が消滅することを、セイバーは良く理解していた。

 つまり、安全に放てるのは1度のみ。

 だが、戦車を相手にその1撃を放つわけにはいかない。

 戦車のあとには彼の必殺宝具『王の軍勢』が控えているからだ。

 もし、仮にここで宝具を放てば、セイバーは『王の軍勢』への有効打を失ってしまう。

 

「どうすれば……!」

 

 ライダーが迫る。

 考えなければならない。

『約束された勝利の剣』なしで、あの戦車に打ち勝つ方法を――

 

 

 逃げ惑うセイバーを一方的に蹂躙するライダー。しかし、その心中は穏やかではなかった。

 制空権は大きなアドバンテージを生む。空から自由に奇襲をかけられる鳥に対し、地を這う獣はあまりにも無力だ。空を制する者が戦を制するといっても過言ではない。

 ――だがライダーは、それほど圧倒的有利な状況でなおセイバーを攻め切れていなかった。

 その事実に、ウェイバーも不安そうな声を上げた。

 

「……ライダー」

 

「分かっておる。そう弱弱しい声を上げるな」

 

 悔しいが空を制してなお、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』ではバイクへ跨るセイバーに些か劣る。

 だが――『王の軍勢』は使えない。

 彼女の『約束された勝利の剣』は『王の軍勢』を一瞬のうちに薙ぎ払うだけの破壊力を持っている。

 軍勢の過半数が消滅すると結界を維持できなくなるという欠点のある『王の軍勢』。もし仮に、2つの宝具が衝突した場合、勝算は5分といったところだろう。

 ――この1戦に勝利したとしても、次には英雄王との大一番が控えている。今、そんな大博打を打つことは出来ない。

 何としても、この『神威の車輪』のみで、セイバーを打ち倒すか、最悪でも『約束された勝利の剣』だけは引き出さなければならない。

 

「はっ――――!」

 

 手綱を操って先回りし、セイバーの頭上に位置する山林を破壊、瓦礫の雨を降らせる。

 時速400キロで走るセイバーにとって、落ちてくる木と石は正に死の散弾だ。その1つに当たっても命はない。

 だが、雪崩の様に押し寄せる落下物を前に――セイバーは一切減速しなかった。

 

「くっ――」

 

 と、苦虫を噛み潰しつつも、未来予知じみた直感と逸脱したドライブテクニックで次々と弾丸を紙一重で躱す。

 この圧倒的劣勢の中、バイクと自身の技量のみで『神威の車輪』と渡り合っているセイバー。

 その豪気にライダーは声を上げて笑う。

 

「ふははははっ! 上等! それでこそ誉れも貴き騎士の王!」

 

 ――そうこれは我慢比べ。

 切り札を先に切った方が負ける、壮大なチキンレースだ。

 ライダーも覚悟を決めて、握る手綱に一層の力を込める。

 

「さぁ、続けていくぞ――これならばどうだ!」

 

 ライダーが続けて放ったのは、路肩の法面を覆い固めるコンクリートブロック。

 幅も長さも2メートルは優に超える石の壁をセイバーへぶつける。

 これだけの物量ならば避けることは叶わず、撃墜にも『風王結界』では不足だろう。

 ――『約束された勝利の剣』を打つしかあるまい。

 そう内心でほくそ笑むが――そんな彼をあざ笑うかのようにセイバーは吼える。

 

「侮るなよ、征服王!」

 

 ――直後、ライダーは自身の失策に気づいた。

 セイバーはアクセルを踏み抜き、宝具を解放せず『風王結界』のまま、剣を大きく振りかぶる。

 

「はあぁぁぁッ!」

 

 気勢一喝。渾身の横なぎは、ライダーの見立てよりもはるかに強力だった。

 セイバーは数トンはあろうかというコンクリートの塊を、小石の様に打ち上げる。

 猛烈にスピンしながら再び虚空を舞ったコンクリート塊は、致命的な放物線を描き、ライダーへ迫る。

 

「わわわぁぁぁっ!」

 

 悲鳴を上げるウェイバーにライダーはキュプロスの剣を振りかざし、頭上の塊を睨む。

 

「せぃやあぁぁッ!!」

 

 力比べでは負けぬと、豪快に放った一閃はコンクリート塊を直撃。軌道は逸れ、戦車の背後へ突き刺さる。

 その僅かに生じた隙に――セイバーのバイクが咆哮を上げる。

 コンクリートを放つため高度を下げて先行していたライダーの戦車へ向け、セイバーのバイクが猛進する。

 ――それはライダーにとって、予期せぬ奇襲だった。

 コンクリート片を踏み抜き、セイバーのバイクが宙を舞う。相手の奇襲さえ利用した大ジャンプ。

 空を行くライダーを遂に、セイバーが捉えた。

 

「ライダーッ、覚悟!」

 

 振りかぶられた『風王結界』がライダーへ迫る。

 だが、

 

「――甘いわッ!」

 

 ライダーとて、負けるわけにはいかない。

 乾坤一擲。渾身の力を込め、銅の剣にて受けて立つ。

 ――セイバーも見誤ったのだ。騎手の英霊、その剣の腕前を。

 渾身の一撃を、見事銅の剣のみで受け止めきったライダー。

 

「くっ……」

 

 千載一遇のチャンスを逃した悔しさからか、セイバーがそう歯噛みする。

 ――今度はライダーの番だ。

 気づけば、柳洞寺の周りを1周したらしく、元の山門前まで戻ってきている。決着の地としてはこれ以上ないだろう。

 上空のライダー目がけ、跳躍したセイバーは物理法則に乗っ取り、現在落下している。

 ――いかに卓越した操縦技術を持っていても、着地の際は僅かに止まる。

 そこが勝機と手綱を構える。

 

「行くぞ、小僧ッ!」

 

「ああ! やれっ、ライダー!」

 

 ウェイバーも吠える。

 その鼓舞に答えるように、セイバーの落下点目がけ、その名を叫ぶ。

 

「彼方にこそ栄え在り――いざ征かん! 遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」

 

 ついに解き放たれる真名に、猛然と雷気を迸らせる神牛の戦車。

 ――長かったデッドヒートも遂に決着の時だ。

 

「AAAALaLaLaLaie!!」

 

 征服王の咆哮と共に、破壊の蹄がセイバーへと迫る――――

 

 

 開戦と同時に、臓硯は闇へと紛れた。

 今、綺礼は無数の蟲たちと終わりの見えない格闘戦を強いられている。

 無尽蔵に湧き、綺礼へ次から次へと襲い掛かってくる蟲たち。

 ――されど、この程度で綺礼は倒れない。

 

「ふ――っ」

 

 磨き上げた拳で、難なく蟲どもを粉砕していく。

 ――その姿は正に鬼神。

 過去、代行者として封印指定の魔術師共を狩っていた綺礼にとって、この程度の状況は逆境でさえなかった。

 更に、綺礼には臓硯を殺し尽すだけの策がある。如何に無尽蔵な肉体を持つ臓硯でも、その本体となる霊体を傷つけられれば、ひとたまりもあるまい。

 だが、そのためには本体を掌握する必要がある。

 そのため、現状手がないのも事実――。

 

「……さて、どうしたものか」

 

 迫りくる蟲を、毎秒数十匹の単位で殴り殺しつつ、次の1手を考える。

 ――綺礼では、この数の蟲を突破することは出来ない。

 純粋な物量の問題だ。現在の武装は黒鍵のみ。それもすでに残り6本。とてもではないが数が足りない。

 本来ならば1度退くか、このまま蟲が尽きるまで3日3晩付き合ってもいいが、今は時間がない。

 そもこうして綺礼を足止めすることこそ、臓硯の狙いだろう。

 ――サーヴァントがすべて消滅したとき、彼らの勝利が確定する。

 それまでに、綺礼たちは聖杯を破壊しなければならないのだ。

 ――つまりこれは、時間切れまでに臓硯を見つけ出せるか、という戦いだった。

 

「……ふむ」

 

 だから綺礼は――

 

「ふっ――――!」

 

 一息に手持ちの黒鍵、そのすべてを6方向へ向け、放った。

 

「ギ――――」

 

 直後、後方右45度から悲鳴が聞こえる。

 

「――そこか」

 

 空かさず、悲鳴の聞こえた方向へ跳躍。

 10メートルの間合いなど、綺礼にとって無に等しい。

 臓硯との間を一瞬にして詰め、その頭を『掌握』した。

 

「馬鹿な――」

 

 その超人芸にさしもの臓硯も絶句する。

 

「貴様、初めから儂の位置に気づいて――」

 

「いや、まったく見当もつかなかった」

 

「な――っ」

 

 きっぱりと断言する綺礼に臓硯は言葉を失う。

 

「ならば何故、黒鍵を――」

 

「なに、ただの勘だ。あのまま続けていても埒が明かないのでな。ならばいっそと試みたが――ふむ、試してみるものだな」

 

「っ――――」

 

 流石の臓硯もこれには言葉も出ない様子だ。

 例えそれが最も効率の良い策だと理解していても、戦場にて自らの身を守る切り札を一息に消費できる者がどれ程いるだろう。

 少なくとも――自身の延命を望む臓硯には見当もつかなかったはずだ。

 頭蓋を鷲掴みにされた哀れな老魔術師へ、無慈悲にも神父は詠唱を開始する。

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れ

うる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

 容赦などない。

 そのまま臓硯の身体を地面に叩きつけ、全身の骨を折る。

 

「打ち砕かれよ。

 敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に

従え。

 休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、

あらゆる重みを忘れさせる」

 

「は――そうか、ワシを殺すか! よかろう、好きにするがいい。だがそれで何が変わる。おまえの望みが叶うとでも思うておるのか!」

 

「装うなかれ。

 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あ

るものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

 耳も貸さない。

 死に際の戯言を――言峰綺礼の核心を――淡々と聞き流し、作業を続ける。

 

「ははは、はははは! なんと救いようのない男よ、本当に人並みの幸福とやらを求めているのか! そのようなもの、おぬしには絶対に『ない』、と理解しておるだろうに!」

 

 ――腕に力を込める。

 ぐちゃり、と更に潰れ、半分になった頭で老魔術師は最後の哄笑をあげる。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。

 永遠の命は、死の中でこそ与えられる。

 ――――許しはここに。受肉した私が誓う」

 

「そう、おまえには永遠にない。どれだけ焦がれ、願おうと――生まれ持った性には抗えん。

 この世の道理に溶け込めぬまま、静観者であり続けるがよい……!」

 

「――――“この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)”」

 

 ――消えていく哄笑。

 目には見える重み、人の瞳には映されないカタチが薄れていく。

 洗礼詠唱。

 彼らの聖典、『神の教え』は世界に固定化された魔術基盤の中でも、最大の対霊魔術とされる。

 肉の身より離れ、鎖狂いながらも世に迷う魂を『無に還す』摂理の鍵。

 それは大いなる慈悲を以って、500年を生きた老魔術師の妄念を昇華した。

 

 

 衛宮切嗣は暗殺者だ。

 相手にその存在を察知させず、1撃必殺で敵を葬る。そのため、正面から正々堂々と行う戦闘は、本来不得意としていた。

 『魔術師殺し』と呼ばれ恐れられている彼だが、だからこそ誰よりも魔術師のことを熟知している。彼らに銃器の類は通用しない。コストが安く、手軽に扱える近代兵器だが、未だ瞬間火力では魔力に劣るのだ。正面から戦った場合、こちらの勝ち筋は薄い。

 だから――先手必勝。

 切嗣は、初手から切り札であるコンテンダーを引き抜く。

 時臣も、切嗣が初手に最大火力をぶつけるのは読めているだろう。

 

「――Anfang(セット)

 

 と、秘蔵の宝石らしきものを構える。

 だが――それでいい。

 切嗣の礼装『起源弾』は対策されてこその必殺必滅。

 

「――sechs(6番)Sieben(7番)

 

 一息2つの宝石を炎の渦に変える時臣へ、コンテンダーを発砲する。

 弾丸は炎の渦へ着弾。瞬く間に、鉄の弾は飴細工のように溶かされる。

 ――だがこれで、時臣は切嗣の起源に触れた。

 触媒らしき遠坂の宝石が、音を立てて砕ける。

 それに合わせ『起源弾』が発動し、魔力が暴走。時臣の肉体と魔術回路も死滅される――はずだった。

 

「――Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)――」

 

 切嗣の礼装などまるで意に介さず、続けてステッキを振るう時臣に思わず瞠目する。

 

「っ――Time alter(固有時制御)――double accel(2倍速)!」

 

 蛇の様な軌道を描き迫る炎の鞭に対し、切嗣は脊髄反射で呪文を唱えた。

 間一髪、飛びのいた切嗣の鼻先を炎が焦がす。

 

「っ……!」

 

 思わぬ結果に驚愕しつつ、思考を巡らせる。

 ――不発の理由はすぐに検討がついた。

 視界に捉えたのは先ほど時臣が放ち、砕けた宝石の欠片。

 切嗣の『起源弾』は、相手の魔力量によって威力を上下させる礼装だ。――対して、遠坂の魔術特性は転換。力の蓄積。宝石にあらかじめ大量の魔力を仕込み、それを消費する形で魔術を使用している。魔力源が宝石である為、起源弾が発動するときには宝石内の魔力はなく、結果起源弾は不発に終わったのだ。

 

「くっ――」

 

 あまりに相性の悪い敵に、切嗣は歯噛みする。

 ともかく、これで初撃による必殺という目論見は完全に狂わされた。嫌が応にも次策を講じなければならないが……。

 

「――achtzehn(18番)neunzehn(19番)zwanzig(20番)――Es last frei(解放)Eilesalve(一斉射撃)

 

 その間にも、時臣の宝石魔術が迫る。

 

「っ――!」

 

 固有時制御を維持しつつ、その火の玉も何とか躱す。

 ――流石は時計塔でもトップクラスの魔術師と噂されるだけのことはある。あれほど短い詠唱で大魔術レベルの威力を誇るとは……正直見くびっていた。

 相性の問題も含め、重ね重ね暗殺できなかったことが悔やまれる。

 それでも――引くわけにはいかない。

 

「…………」

 

 コンテンダーを握る拳に力を込める。

 暗殺者は覚悟を決め、正面から魔術師へと挑む。

 

 

 遠坂時臣は、決して天才ではない。

 魔術の腕は1流とされているが、才能においてあのロードエルメロイと比べれば大きく劣る。

 それでも時臣が1流とされるのは一重に、血のにじむような努力の賜物だった。

 ――10の結果を求められれば、20の鍛錬を積み、それに挑む。それが凡才でありながら天才たちと肩を並べる、遠坂時臣の処方であった。

 今放っている宝石魔術もそうだ。

 生涯を賭し、術式を染み込ませステッキと、毎日欠かさず自らの魔力を込め続けた――『秘蔵の宝石』こそ、時臣の切り札だった。

 秘蔵の宝石はステッキと違い1度内部の魔力を放出してしまえば2度と使えなくなるが、その威力は折り紙付きだ。6個束ねて使用すれば、英霊にさえ届きうる可能性を秘めている。

 ――また、時臣本人は気づいていないが、この使い捨てるという点で、『起源弾』を無効化し、大きなアドバンテージを得ていた。

 それでも、油断はしない。

 

「――zwölf(12番)dreizehn(13番)vierzehn(14番)

 

 と、またも3つ同時に宝石を放り、純粋な魔力の弾丸として切嗣の後方へ放つ。

 ――狙いは逃げ道の封鎖。

 相手は暗殺者。距離を置かれては分が悪いと判断したのだ。

 その狙い通り、切嗣は魔弾を避けながらこちらへ迫る。

 ――同時に短機関銃のリズミカルな発砲音が響いた。

 科学の力で放たれる、鉄の雨が時臣を襲う。

 

「――ふん」

 

 だがそれはステッキを振りかざし発生させた炎の防御陣によって、難なく凌ぐ。

 短機関銃程度、時臣にとって脅威ではない。

 ――だが、それは切嗣とて織り込み済みだったのだろう。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(2倍速)!」

 

 再び、切嗣は呪文を唱え、銃弾を壁とし時臣に迫る。その手にはコンバットナイフが握られていた。

 倍速となった切嗣は瞬く間に距離を詰め、時臣の眼前へと詰め寄る。

 ――中距離戦は不利と判断し、格闘戦に持ち込んだか。

 その判断は正しい。だが――

 

Funf(5番)Drei(3番)Vier(4番)……!

 Der Riese(終局) und brennt(炎の剣) das ein Ende(相乗)――――!」

 

 それこそが時臣の狙いだった。

 禁呪である層状の詠唱と同時に時臣の右手には、絶対の破壊力を持つ炎の剣が握られる。

 ビル1つを倒壊させるほどの威力を誇る大魔術。自身の許容量を上回る捨て身の1撃。

 だが――

 

「――Time alter(固有時制御)――triple accel(3倍速)!」

 

 ――魔術師殺しは止まらない。

 変革される体内時間。

 再度加速した敵に炎の剣は目標を見失い、大空洞内に破壊の爪痕を残しながら消滅する。

 仕留め損なった時臣。

 そこへ――暗殺者の刃が迫る。

 

「ぐっ……!」

 

 こと殺人に置いて、切嗣が仕留め損なうはずもない。彼のナイフは時臣の腹部に深々と突き刺さり……。

 

「……st()……ark()!―――Gros zwei(強化)!」

 

「っ――!」

 

 咄嗟に肉体強化を発動。拳を振り回しながら、距離を取る。

 通常ならば即死の傷だが、ここが冬木の地であることが幸いした。霊脈が力を貸してくれるこの地で遠坂は死ににくい。

 それでも、自身の限界を超えた魔術行使に腹部の傷。時臣の体はボロボロだった。

 しかし、対する相手は未だ無傷。流石は魔術師殺しと、その実力の差を痛感する。

 ――宝石の残りは少ない。更に、もう体が魔術行使について来ず、次辺りは限界だろう。

 

「…………」

 

 ――ならば、これが最後と覚悟を決めよう。

 遠坂時臣。命を賭して、生涯最後の魔術行使に挑む。

 

 

「ぐっ……」

 

 切嗣は渾身の特攻を退けられ、苦虫を噛み潰していた。

 ――表面上は無傷なもののその実、体内はズタボロだ。

 それは限界を超えた加速の代償であり、今の1手で決められなかったのは痛恨のミスであった。

 ……固有時制御は残り1回が限界といったところか。

 激痛に耐えながら、切嗣は冷静に自身と相手の残存戦力を分析する。

 ……遠坂時臣も限界だ。次で決めに来るだろう。しかし、あの炎の剣並みの大魔術を行使されれば、こちらにはそれを防ぐ策がない。

 手詰まりだ。

 本来ならば、この時点で1度撤退し、策を練り直すのがいつもの切嗣である。

 ――しかし、今回は引くわけにはいかない。

 時臣の目を盗むつつ、祭壇の方へ視線を向ける。

 ここからでは見えないが、あそこには未だアイリが捕らえられているはずだ。

 ――どう足掻いても、彼女はここで死ぬ運命だ。

 だが、それでも……。

 

「――――」

 

 コンテンダーに弾丸を詰め、暗殺者も最後の戦場へ挑む。

 

 

「――Anfang(セット)

 

 ――詠唱している暇はない。

 持ちうるすべての宝石を、暗殺者へ放つ。

 

 

「――Time alter(固有時制御)――triple accel(3倍速)!」

 

 ――発動すれば、勝機はない。

 だから再び限界を超え、発動する前に弾丸を叩きこむ。

 

 

 無数の宝石が宙を舞い――

 ――弾丸が空を切る。

 両者の想いが交錯し、

 

 ――――ほんの僅かに早く、暗殺者の弾丸が魔術師の心臓を貫いた。

 

 

「――彼方にこそ栄え在り――いざ征かん! 遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」

 

 征服王の咆哮と共に、破壊の蹄がセイバーへと迫る――――

 その刹那、セイバーは落下しながら上空のライダーを見上げていた。

 ――神牛の戦車の速度は神速。着地時の硬直を狙われれば最後、セイバーに逃れる術はない。

 ライダーは初めからこれを狙っていたのだろう。

 だからこそ――この時をセイバーも待ち望んでいた。

 着地時を狙うということは言い換えれば――セイバーが着地するまで『ライダーの動きも止まる』ということだ。

 セイバーへと狙いを定め、上空で静止するライダーを睨み、

 

「――勝負だ、ライダー!」

 

 空中で自身のバイクを蹴り、上空へと跳躍した。

 

「っ――!」

 

 その予期せぬ行動に、一瞬ライダーが硬直する。

 だが、そこは流石の征服王。

 

「――AAAALaLaLaLaie!!」

 

 すぐに切り替え、そのままセイバーを引き落とさんと叫ぶ。

 同時に、

 

「――風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!」

 

 セイバーも風の鞘を解放した。

 圧縮していた空気の開放により、爆発的な推進力を得るセイバー。

 ――猛進によりセイバーを踏み倒さんとするライダーと、

 ――それよりも早く神牛を切り殺さんとするセイバー。

 交差する光と光。

 衝突する戦車と剣士。

 そして、

 

 

 青光はそのまま突き抜け、勝利を謳うように天上へ――

 ――赤光は敗北をつげるよう、勢いを失い奈落へと直下する。

 

 

 その光景を、ライダーは確かに見た。

 神牛が蹄を轟かせる刹那、僅かに早く剣の英霊が到達し、それを両断した。

 これで戦車を失った。

 ――勝敗は決まったのだ。

 

「ライダー……」

 

 地面へ着地した後、ライダーの腕に抱えられたウェイバーは蒼白の面持ちで彼を見上げる。

 そんな自身のマスターへ巨漢のサーヴァントは厳かな真顔で問うた。

 

「そういえば、ひとつ訊いておかねばならないことがあったのだ」

 

「……え?」

 

「ウェイバー・ベルベットよ。臣として余に仕える気はあるか?」

 

「っ――――!」

 

 その問いにウェイバーが総身で震える。

 勝敗は決した。ライダーは敗れ、ここに散るだろう。そんな彼に仕えるということは――そのままここでの死を意味する。

 それでも、ウェイバーは涙をこぼしながらも、決死の様子で即答した。

 

「あなたこそ――」

 

 いま初めて名を呼ばれた少年は、涙も拭わず胸を張る。

 

「――あなたこそ、ボクの王だ。あなたに仕える。あなたに尽くす。どうかボクを導いてほしい。同じ夢を見させてほしい」

 

 誓いの言葉に、覇道の王は微笑む。

 

「うむ、よかろう」

 

 その言葉と同時に、嬉しそうに破顔するウェイバー。

 そんな彼を――ライダーは突き放すように正面を向いた。

 その視線の先には、着地しこちらへ歩み寄る騎士王の姿がある。

 

「……え?」

 

 戸惑うウェイバーへライダーは告げる。

 

「夢を示すのが王たる余の務め。そして王の示した夢を見極め、後世に語り継ぐのが、臣たる貴様の務めである」

 

 征服王は断固と、だが朗らかに笑いながら勅命を下した。

 

「生きろ、ウェイバー。すべてを見届け、そして生き存えて語るのだ。貴様の王の在り方を、このイスカンダルの疾走を」

 

 ウェイバーは俯き、それきり顔を上げなかった。イスカンダルはそれを肯定と受け取った。言葉などは必要ない。今日より時の終わりまで、王の姿は臣を導き、臣はその記憶に忠ずるだろう。誓いの前には離別さえ意味を持たない。イスカンダルの旗下において、王と臣下を結ぶ絆は、時を超えて永遠なのだ。

 ライダーはウェイバーを巻き込まないよう、歩み出す。

 セイバーもその覚悟に答えるように向きを合わせた。

 

「集えよ、我が同胞! ――王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」

 

 吹き荒れるつむじ風。変転する風景に、駆け付ける臣下たち。

 ――お互い結果は見えている。

 それでも、征服王は高らかに雄叫びをあげる。

 

「敵はかの騎士王――相手にとって不足なし! いざ益荒男たちよ、ブリテンの王に我らが覇道を示そうぞ!」

 

『おおおおおおおおッ!!!』

 

 イスカンダルの雄叫びに、居並ぶ軍勢が喝采で点を突きあげる。

 沸き立つ荒波の如き大軍勢を前に、たった独りで対峙するセイバーは、だが微塵も狼狽を見せることなく、凛と気高く立ちはだかる。

 

「来るがいい、征服王。今こそ決着の時だ!」

 

 告げる騎士王は高らかに自らの剣を天へと掲げる。

 

約束された(エクス)――」

 

 ――光が集う。

 その遥かなる地を指し示し、ライダーも叫ぶ。

 

「――蹂躙せよ!」

 

『AAAAALaLaLaLaie!!』

 

 臣下たちも吼える。

 その怒涛の進撃へ――――

 

「――――勝利の剣(カリバー)!!」

 

 黄金の光が大地を染める。

 彗星のごとく放たれた金色の閃光が、あらゆるものを飲み込んだ。

 

 

 アサシンとアーチャーの戦いは詰将棋に似ている。

 ――結果は決まっている。

 

「はっ――!」

 

 繰り出される長刀に長刀を合わせる。

 お互いの剣を相殺し、大気に破片をまき散らす。

 そうして切り合うこと、数十手。

 互角にも見える千日手において優勢なのは――意外なことにアサシンだった。

 無限に等しい数の宝具を持つアーチャー。彼の弱点は彼本人があまり強くないことだ。

 しかし、だからと言って、本来は安直に接近戦へ持ち込むことはできない。アーチャーが放つ宝具はその1つ1つが不思議な能力を持っている。そのため、接近戦では無類の強さを発揮するセイバーでさえ、アーチャーと戦うときはその未知の能力を警戒しなければならず、彼の懐に踏み込むことは容易ではない。

 だが、この問題を――アサシンはクリアすることが出来る。

 

「おのれ、調子に――」

 

 相殺しながら、じわじわと接近してくるアサシンにアーチャーが歯噛みする。

 同時に、彼の背後に剣の柄が出現した。

 

「乗るなというのだ――――!!」

 

 剣が打ち出される――より早く、それが氷を作り出す剣と看破し、事前に同じ剣を投影、薙ぎ払う――!

 アサシンは体内の固有結界の効果により、一目で宝具の詳細を看破できる。彼を前に、未知の宝具は存在しない。

 故に、アサシンはアーチャーの宝具を恐れず、彼に接近することが出来る。

 だが、アーチャーとて負けてはいない。

 

「っ――!」

 

 対するアーチャーも同じく、アサシンの発動する魔術を事前に看破できる観察眼を持っている。

 アサシンが事前に待機させていたソードバレル。それが打ち出されるより早く、アーチャーの宝具がその贋作を弾く。

 ――すべての宝具を看破し、適材適所に対応するアサシンと、そのアサシンの行動すべてを看破し、先手を打つアーチャー。

 お互いがお互いの手札をすべて知った上で行われる剣戟。

 ――故に、結果は決まっている。

 

「はぁ―――はぁ、はぁ、はぁ―――は――――!」

 

 ――残り3歩。

 後退するアーチャーへ、ゆっくりとその間合いを詰める。

 ――頭を回せ。

 アーチャーとは違い、アサシンの魔力は無限ではない。

 チャンスは1度。

 体も心も立ち止まれば、ここで止まる。

 放たれる宝具を一瞬で看破し――

 その全てを投影し――

 ――叩き落としてなお、前に進む。

 

「ふっ、は――――!」

 

 剣戟が響き渡る。

 ――あと1歩。

 アーチャーはアサシンの1撃を捌ききれず、その宝具を相殺される。

 

「おのれ――――!」

 

 ギルガメッシュの腕が動く。

 ――それより早く、更に1歩。

 天に掲げるは、黒と白の双剣。

 

「はああァァァッ!!」

 

 高らかに咆哮し、干将莫邪を振り下ろす。

 ――その結果は決まっていた。

 時間が凍る。

 振り下ろされた双剣は、アーチャーの脳天に突き刺さる――

 

「――――天の鎖よ――――!」

 

 ――直前、現れた無数の鎖によって捕らえられた。

 ――結果は決まっていた。

 天の鎖――英雄王が蔵に有する秘中の秘。 

 その鎖だけは、看破しても複製することはできなかった。

 

「――まったく、次から次へと……」

 

 呟くが、不思議と悔いはない。

 分かっていたことだ――アサシンでは、英雄王には敵わない。

 

「……満足したか?」

 

「ああ……」

 

 アサシンでは、英雄王には敵わない。

 だが、

 

「――まだだ」

 

 アサシンの眼差しに何かを感じたのか、勝ち誇っていたアーチャーの表情が変わる。

 ――結局、時間稼ぎも満足に出来なかった。

 1人では、英雄王に敵わない。

 けれど、

 

「っ――――!」

 

 こちらの狙いに勘付いたアーチャーが動く。

 最早、アサシンに手はない。

 それでも――確信があった。

 彼女ならば――――

 

「――――来てくれセイバー……!」

 

 渾身の力を込め、かつての相棒の名を叫ぶ。

 剣が振り下ろされ――――

 

「なに……!?」

 

 それは、本当に。

 ――魔法のように、現れた。

 ぎいいいん、という音。

 アーチャーとの間に割って入り、振り下ろされた剣を打ち弾く。

 

「――――」

 

 声は出ない。

 アーチャーもまた、彼女の姿を見て、笑みを零す。

 

「来たか――セイバー」

 

 彼女はその問いには答えず、ゆっくりとこちらを振り返り、

 

「――どうにか間に合いましたね、アサシン」

 

 凛とした声でそう言った。

 まるでその姿はあの日の様に――

 

「――――――いや」

 

 首を振り、邪念を振り払う。

 

「助かった。ありがとう、セイバー」

 

「いえ、あなたには大きな借りがある。これくらい当然です」

 

 ライダーと戦闘を終えたばかりだろうに、まるで疲れの色を見せず、セイバーはそう微笑む。

 気高き光は今も変わらず、凛と眼前の敵を睨む。

 

「――決着といこうアーチャー。まさか英雄王ともあろう者が、2対1を卑怯と罵るな?」

 

「無論だ。この時を待ちわびたぞ、セイバー」

 

 数など問題ではないと、すべてをその手に収めた王に相応しい寛大な態度で立ちはだかる2人へ告げる。

 

「さあ、裁きの刻だ! この我手ずから理を示そう!」

 

 目の前に立ちはだかるは最強の敵。

 2人で挑んでも、未だ勝機は薄いだろう。

 それでも2人に不安も迷いもなかった。

 片や、この戦で出会った最高の友――

 片や、運命を誓ったかつての相棒――

 始めからそうであったかのように、お互いがお互いの背中を預け、

 

「行きましょう、アサシン」

 

「ああ――勝つぞ、セイバー」

 

 今、2人の騎士が並び立つ――――

 

 


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