Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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集結

 間桐邸での激闘を経て、元の廃墟へと帰還した綺礼は、

 

「――――ふう」

 

 と、ため息を吐き、長かった1日へと思いを馳せていた。

 ――アサシンがバーサーカーを討ち取ってからは拍子抜けだった。

 サーヴァントを失った臓硯は雁夜や桜をあっさりと見捨て、退却。瀕死とはいえ、サーヴァントを相手どるのはリスクが大きいと判断したのだろう。自身の生命を第1とする臓硯らしい判断だ。

 しかし、作戦目的のアイリスフィールは発見できなかった。攫った後、別の場所へ移動した様だ。

 代わりに保護した雁夜と桜は現在、2人ともこの廃墟で匿っている。一時は魔力の枯渇により重症だった2人だが、今は一命を取り止めた。無論、体内の刻印虫はそのままだが、サーヴァントが消えた今、臓硯が直接手を下さない限り大事には至らないはずだ。

 アサシンは、今は疲れて眠っている。あの一瞬ですべての魔力を使い果たしたのだ、無理もない。一時は霊格を大きく損ない、現界に支障をきたすほどの重症だったがこちらもよく持ち堪えたものだ。……まったく無茶をする。

 ――父の遺体は、ここへ帰ってくる前に回収した。

 父の代わりとなる監督役は未だ訪れていない。度重なるイレギュラー。我ら教会が崇める聖杯の中身。それらの情報により、教会の上層部が混乱しているためだ。――というよりも、この混乱こそが璃正殺害の目的だったのだろう。

 そのため、現在は璃正の仕事を綺礼が代理として引き受けている。もっとも、父の部下たちは優秀だ。綺礼は指示だけを出し、主だった聖杯戦争の運営はスタッフに任せていた。

 そうして、事後処理に明け暮れること半日。再び戻ってきた綺礼本人は――

 

「――随分と、らしい面立ちになったではないか。綺礼」

 

 と、物思いに耽っている綺礼の前にある人物が姿を見せた。

 このタイミングでここを訪れる者など1人しかいない。敵地へ堂々と我が物顔で現界したそのサーヴァントに特に驚くこともなく、綺礼もゆったりと呟いた。

 

「ギルガメッシュか……。何をしにきた」

 

「ふん、愚問だな。我がどこに君臨しようと我の勝手だろう」

 

 相変わらず、横暴な態度で答えるアーチャー。

 その在り方が『らしい』と思い、綺礼は微笑する。

 そんな綺礼の顔を眺め、アーチャーも満足げに笑みを零した。

 

「その様子だと――満たされたか、綺礼よ」

 

 すべてを見透かした穏やかな目でアーチャーは問う。

 ……空恐ろしい。伝説上のギルガメッシュは未来さえ見通したというが、この男の前で隠し事は無意味だろう。

 ――これが、最後の問答だ。

 散々道を示してくれた恩もある。綺礼は素直にその答えを口にした。

 

「――いいや、まだだ。これでは足りん」

 

 数日前までとは違うすっきりとした――それでいて以前よりも激しさを増した静かな怒りを滾らせ、告白する。

 

「確かに――問い続けるだけの人生はようやく終焉を迎えた。進展としては大きいさ。

 ところがな、これがまったく何の解決にもなっていない」

 

 私は他人の不幸でしか幸福を感じられない。――ならば、生きている意味はない。

 その結論は変わらない。

 しかし――その答えは絶対に容認できない。

 己が死でそれを否定した、亡き妻の為にも。

 

「何故、私のような『悪』が生まれたのか。生まれてきたからには理由があるはずだ。だが、その意味とは何だ。

 私には答えが出せなかった。

 それでも――問わねばならん。探さねばならん。この命を燃やして、それを理解せねばならん」

 

 ――この世すべての悪。

 誰にも望まれぬモノ。ただ悪を為すためだけのモノ。そんなモノがこの世に存在する意味とは何だ。何故、誰にも望まれぬままこの世に生まれ落ちる。

 ――私には答えが見つからなかった。

 だが、あるいは聖杯ならば――

 残滓の様な微笑を称え、静かな覚悟を燃やす綺礼。

 その新たな境地を祝福するように、ギルガメッシュも頬を吊り上げた。

 

「どこまでも飽きさせぬ奴……それでいい。神すらも問い殺す貴様の求道は、このギルガメッシュが見届けてやる」

 

 そして、その黄金の右手を差し出した。

 

「では、無粋ながら再度尋ねよう――綺礼、我と来る気はないか?」

 

 ――我と来れば、最高の愉悦を用意するぞ、と。

 

「…………」

 

 綺礼は、そんな彼を静かに見据える。

 今、綺礼がアサシンを裏切りアーチャーと手を組めば、勝利は確実だ。

 更に、この世の娯楽すべてを知り尽くす彼の手引きならば、間違いなく綺礼は長年の悲願を達成することができるだろう。

 だから――もう、迷いはなかった。

 

「私は……………」

 

 神父はあっさりと、差し出されたその手を――

 

 

 遠坂邸にて、臓硯からその知らせを聞いた時臣は頭を抱えていた。

 ――聖杯奪還を目論んだと思われる、言峰綺礼、サーヴァントアサシン両名により、バーサーカーが敗退。臓硯は逃走し、結界の破られた間桐邸は放棄したという。

 アイリスフィールはここ、遠坂邸で保護しているため、聖杯こそ奪われなかったがこれで大きな戦力を失った。

 ――残りサーヴァントは4騎。小聖杯の起動だけならば、後1騎の生贄で事足りる。いよいよ聖杯戦争も大詰めだ。

 だが、根源の渦へ到達するためにはそれでは足りない。残りすべてのサーヴァントの生贄が必要だ。

 だというのに、時臣には戦力も時間も些か不足していた。

 璃正殺害から2日。流石に教会も勘付いただろう。ならば、援軍到達までもって残り3日。それ以上の時間稼ぎはできない。なんとしても、それまでに大聖杯を起動し、儀式を完遂せねばならない。

 焦る時臣。そこへ、

 

「――戻ったぞ、時臣」

 

 と、いつも通り唐突に、英雄王が帰還した。

 どんな事態に置かれていても、礼儀を忘れる時臣ではない。居住まいを整え立ち上がり、優雅に一礼する。

 そんな時臣を見て、アーチャーもゆっくりと頷いた。

 

「うむ、出迎えご苦労」

 

 その反応に、おや? と、眉を吊り上げる。

 常に横暴な態度なこのサーヴァントだが、今日に限っては上機嫌な様子だった。

 そもそも、よっぽどのことがない限り、ここへは足を運ばないアーチャーだ。きっと何か重要な要件でもあるのだろう。

 

「王よ、今宵はいかがなさいましたか?」

 

 そう思い尋ねると、アーチャーは鼻を鳴らしながら得意げに答えた。

 

「何、今更ながらこの宴に興味が湧いたのでな――ふん。本来ならば我1人でも十分すぎるが、余興は派手な方が良い。そこで、我手ずから新たな臣下を迎えてやった。感謝するがいい」

 

「おお! お心づかい感謝いたします!」 

 

 思ってもいなかった吉報に、時臣は声を上げて喜ぶ。

 あの自由奔放なアーチャーが、まさかこのような形で力を貸してくれるとは……。何にしても、この終盤戦での増援はまさに天の施しだった。

 

「してその人物は?」

 

「ああ、今にも顔を見せるだろう――それ」

 

 と、アーチャーはある方向を顎で示す。

 そして、現れた人物は――

 

 

 同時刻。武家屋敷にて衛宮切嗣もまた、頭を抱えていた。

 

「…………」

 

 ――アイリスフィールが攫われたのは、完全に切嗣の落ち度だった。

 もし、あの時切嗣が戦場へ集中し、アイリスフィールのことを万全の状態で監視できていれば……。

 あれからというもの、苦悩はより一層増している。

 アイリスフィールが連れ去られて2日。舞弥と不眠不休で行った捜索により、居場所までは突き止めた切嗣だったが――奪還作戦には踏み切れないでいた。

 アイリスフィールが囚われているのは難攻不落の遠坂邸。結界だけならば半日で突破できる自信があるが、その先にはあの黄金のサーヴァントが待ち受けている。そう易々と突入はできない。もし、強引に作戦へ踏み切ればこちらにも多大な被害が及ぶ。

 衛宮切嗣個人としては、今すぐにでもアイリスフィールを奪還したい。しかし『魔術師殺し』としての衛宮切嗣がその蛮行を許さない。

 ――戦略としてみれば、ここで彼女を切り捨てるのが最も効率的だ。

 

「――くそっ!」

 

 その結論に耐えられず、怒鳴りながら壁を叩く。

 ――いつもそうだ。

 本当に大切な人だった。愛してもいた。

 けれど、

 ――大衆のために、少数を切り捨てる。

 その結論に、切嗣は逆らえない。

 奴らの野望阻止のためにも、アイリスフィールをこの手で殺すしかないのだ。だが、それでも……、

 衛宮切嗣にとって大切なのは、踏み越えてきた過去の信念――シャーレイ、ナタリアか、

 新たに芽生えた愛おしい家族――アイリ、イリヤか。

 どちらが欠けても衛宮切嗣は成り立たない。

 しかし、どちらかしか選べない。

 

「っ…………」

 

 ――ぼくは一体どうすれば……。

 苦悩する切嗣。

 その時、

 ―――――カランコロン。と、結界の警報装置が響く。

 

「――――」

 

 侵入者だ。

 そう判断し、即座に切嗣は弱い自分を殺し、『魔術師殺し』へと思考をシフトする。

 雑念を消し、思考をクリアに。

 淡々と、侵入者の気配を探る。

 すると、それらしき気配はすぐに見つかった。

 ――玄関前に2人か。随分と余裕だな。

 堂々と正面玄関に待ち伏せる様子を見るに、警報装置も意図的に作動させたのだろう。

逃げも隠れもせずこちらを待ち構える2人組に対し、切嗣はほくそ笑む。

 ――片方はサーヴァントだが、あえて自分たちの位置を悟らせたということは、尋常な勝負を所望なのだろう……ふん、これほどやりやすい相手はいない。

 無論、挑発に乗る気はない。

 玄関前の廊下まで移動し、ライフルに備え付けの熱感知スコープで相手の正確な位置を目視。片方には魔術師特有の魔術回路の発熱が確認できる。そちらがマスターだろう。

 そう確認し、玄関越しのその位置から、

 

「――――」

 

 ――問答無用で発砲した。

 放たれた弾丸は音速を超え、容赦なく玄関の扉ごと敵マスターへ炸裂する。

 勢いよく上がる土煙。

 だが、仕留めることは叶わなかったらしい。

 銃弾を受けた敵は、何事もなかったかのように立ち込める土煙を払い、

 

「――こんばんは、衛宮切嗣」

 

 不意打ちを放った相手を歓迎するように、微笑した。

 その人物は、

 

「――言峰綺礼!?」

 

 予期せぬ宿敵の登場に、切嗣は思わず叫び声を上げる。

 精神的にも肉体的にも限界を迎えている切嗣の前に現れたのは、よりにもよって最大の敵。言峰綺礼その人だった。

 ――最悪だ。

 身構えながら、切嗣は心の中で歯噛みする。

 ――時臣かライダーのマスターだと早合点し、勝負を決めに行ったのが失策だった。この男のことだ、そこまで予測し、あえて切嗣をおびき寄せるため正面玄関に佇んでいたのだろう。そのこちらの心理を見透かした観察眼と強かな戦闘センスは、アインツベルン城での戦闘で嫌というほど味わっている。

 最も切嗣の嫌がるこのタイミングを狙って奇襲をかけてあたり、なんともこの男らしい。

 ――今の切嗣だけでは、この男には敵わない。

 だから切嗣はすぐに偵察へ出しているセイバーを呼び戻そうと、右手に力を込める。

 だが、

 

「――まあ、待て」

 

 と、信じられないことに綺礼は両手を広げ、宿敵へほほ笑みかけた。

 

「私たちは別に、お前と争いにここを訪れたわけではない」

 

 ――我々は、話し合いに来たのだ。と、戦闘の意思がないことを伝える。

 その信じられない宿敵の行動に、切嗣は絶句した。

 

「な……に……」

 

 ――ありえない。

 そう当惑する切嗣の表情が余程面白いのか、綺礼はより一層愉快そうに口角を吊り上げる。

 そして――かつての宿敵は右手を差し出し、その提案を口にしたのだ。

 

「――――手を組まないか、衛宮切嗣」

 

 

「――ああ、今にも顔を見せるだろう――それ」

 

 と、遠坂邸にてアーチャーは窓の外を顎で示す。

 その示す先は――部屋の窓の外だった。

 

「…………」

 

 ……何故、外を? と、嫌な予感がしつつも、時臣がそちらへ視線を向けた。

 ――まさにその時。

 

「――ゎゎゎわわわあああああ!!!!」

 

 外から少年の泣き叫ぶような声が部屋まで響き、

 ――突如、窓ガラスが吹き飛んだ。

 

「な――――っ!」

 

 驚きのあまり声が出ない。

 そんな時臣のことなどまったく構わず、土煙の中から少年を担ぎ、ある人物が姿を見せた。

 赤いマントをはためかせるその巨体はまぎれもなく、

 

「――征服王、イスカンダル! 今参った!」

 

 屋敷内に突っ込みながら、ライダーは堂々と名乗りを上げる。

 その腕の中では、担がれているマスターらしき少年が顔を青くし、時臣はあまりにも優雅でないその登場に唖然として言葉を失った。

 そんな中、波乱万丈な登場に気をよくしたのか、唯一愉快そうに顔を歪めているアーチャーへ、ライダーは歓迎するような――挑みかかるような――挑戦的な笑みを浮かべ、告げる。

 

「――で、誰が貴様の臣下になったって?」

 

 その視線は鋭く、正に仇敵へと向けられるそれである。

 が、2人の王は相克し、お互いがお互いを呑み込まんとせめぎ合いながら、今交わる。

 

 

 ――こうして舞台は整った。 

 

 宿敵たちは手を結び、最終局面の幕が上がる。

 




 ♪~ ♪~ ♪~

「――手を組まないか、衛宮切嗣」

「――僕は――世界を――救うから、だ!」

「……おじさん、うるさい」

「……あなた……イリヤ…………」

「――行ってらっしゃいませ、お父様」

「ああ、それでも――――俺が、イリヤを救う」

 次回「前夜・決戦前」

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