Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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伽藍

 ――私は、何を……。

 河川での激闘が終わった頃、言峰綺礼は路地裏で1人当惑していた。

 彼の目の前には先ほどまで時臣が小競り合いを繰り広げていたビルと、その小競り合いの相手――間桐雁夜の姿がある。

 雁夜は綺礼の前で完全に気を失っており、仕留めるならば今が絶好の機会だろう。

 綺礼は時臣と臓硯の会話も、この路地裏から聞いていた。その会話から、時臣が完全に我ら教会と袂を分かち、臓硯と手を組んだことは明らかだ。

 ――ならば、令呪はすでにないものの、バーサーカーの魔力源たるこの男はここで始末しておくより他にないだろう。

 だというのに現在――綺礼は雁夜へ治療魔術を施していた。

 治療しながら、綺礼は自問する。

 ――私は一体、何をしているのか……。

 だが、問うまでもなく、その答えは明白だ。綺礼はすでに、己が欲望を完全に思い出してしまった。

 ――雁夜に死なれてほしくないのだ。少なくとも、今は。

 その醜く、矛盾しきった苦渋の姿を、もっと自分に見せてほしい。そう願わずにはいられない。

 しかし、そんな欲望は人として許されない。

 許されるべきではない、と自分に言い聞かせ、生涯を賭して、他の答えを探し続けた。探し続けて……。

 

「……うっ」

 

 ――また頭痛だ。

 ここ数年、何故かその先のことを考えようとすると原因不明の頭痛に苛まれる。しかし、自身の欲望を理解した今、その頭痛の原因にも見当はついた。

 結局、過去の綺礼も同じ結論に達したのだろう。――この性根はどう足掻いても矯正できぬ。と、いう結論に。そして、その事実を受け入れられず、無意識に記憶を封印した。

 

「……まったく。我ながら情けない」

 

 自身を偽ってまで生きながらえながら、再度同じ結論に達しても、なお足掻こうとする自分がいる。

 そう考えながら、綺礼はふと珍しく、父の璃正と語り合いたいと思った。決して綺礼の苦悩を理解しない父である。だが綺礼とて、思えばまだ1度として、真に胸襟を開いた上で父と向き合ったことはないのではないか。 

 思えば、アーチャーと×××以外の人間に、綺礼は自身のその胸の内を吐露したことがない。

 ならば、たとえ深く落胆させることになろうとも、父に相談すればあるいは、綺礼にまったく新しいものを提示してくれるのではあるまいか。

 そんな藁にもすがるような最後の希望を胸に抱いていると、

 

「――何してるんだ、アンタ」

 

 そう後ろから声をかけられた。

 ――考え事のあまり、接近する気配に気づかないとは、本当に焼きが回ったらしい。

 そう苦笑しながらも、綺礼は慌てて臨戦態勢に入り、黒鍵を手に構えながら振り返る。

 すると、そこには自身のサーヴァントであるアサシンが立っていた。

 

「……お前か」

 

 敵ではないことに、少なからず安堵する綺礼。河川での戦闘も終了したのだろう。かなり消耗しているが、無事帰還したアサシンへ対し、労いの言葉をかけようとしたその時、

 

「――っ!」

 

 異変に気づき、慌てて身構え直した。

 ――殺気だ。

 アサシンから、因縁の敵に向けるような、それこそ召喚してすぐの頃綺礼へ向けられていたような殺気が滲み出ている。

 ――今更何故?

 このサーヴァントとソリが合わないのは先刻承知の上だ。綺礼はアサシンが気に喰わないし、アサシンからもそんな綺礼を信用しつつ、妙な動きを起こせば即刻殺す、という静かなプレッシャーを感じていた。しかし、それでもこれまでは表向きマスターの顔を立てていたアサシン。

 ――それが、どうして今になって?

 首を傾げる綺礼へアサシンは問う。

 

「――答えろ。アンタがどうして間桐の人間を治療している」

 

 答えを間違えれば、2人とも殺す。と、無言のプレッシャーと共に告げている。

 

「……間桐?」

 

 アサシンの様子がおかしいのは、どうやら雁夜のせいらしい。

 アサシンは今にも、雁夜を殺してしまいそうな勢いだったが、綺礼としてはここでこの男を死なせてしまうのは惜しい。

 冷や汗をかきながらも、こう白を切る。

 

「……すでにこの男は間桐の人間ではない。先ほど、臓硯に令呪を奪われているのを目撃した。見ろ」

 

 と、綺礼はなくなっている雁夜の右腕を見せる。

 少し考えれば分かるような嘘だったが、アサシンが『間桐』に執着しているならば、この方便が時間稼ぎとして最適だと判断し、続けて言う。

 

「これでも私は一応、監督役の息子だからな。脱落したマスターの保護をしているだけだ」

 

 そう言って、綺礼は何食わぬ顔で治療に戻る。

 これが思ったよりも効果的だったらしい。

 

「っ――――そう……だったのか……」

 

 と、みるみる内にアサシンから殺気が抜けていく。更にその顔には、雁夜に対する同情の念まで浮かんでいた。

 そんなアサシンの反応に少しイラつきもしたが、どうやら上手く誤魔化せたらしい。

 ちょうど治療も終わり、綺礼は雁夜を担ぎながら告げる。

 

「私はこれからこの男を教会へ運ぶ。お前も父上のところへ戻れ」

 

 それだけ命令し、答えは聞かずにアサシンへ背を向ける。

 こいつの相手などしている暇はない。妙な邪魔が入ったが、今は一刻も早く父に会いに行きたかった。

 しかし、

 

「待ってくれ!」

 

 と、珍しく呼び止められる。

 内心で舌打ちしながら、綺礼は振り返る。

 

「何だ」

 

「……その男を教会へ運ぶのは、少し待ってくれないか?」

 

 尋ねると、そんな予想外の答えが返ってきた。

 面食らう綺礼に続けてアサシンは言う。

 

「そいつに……尋ねたいことがある……」

 

「……ほう」

 

 そう呟き、アサシンへ向き直る。その言葉に、少し興味を持ったのだ。

 短い付き合いだが、何故かこのアサシンのことは自分でも嫌になるくらい良く分かる。この男は基本、自身の欲望を口にしない。もし、口にするとしてもそれら自分の欲望ではなく、誰かのためになる欲望だ。徹底して、この男には自分がない。

 そこに嫌悪感を抱いていたが、今回、珍しくこの男は自分の欲望を口にした。

 更に、綺礼は寸前の自分の思考を思い出す。

 ――思えば、この男とも胸襟を割って話しておらんな……。

 藁にもすがる思いから、不意にそんなことを思った。

 だがら、

 

「――いいだろう」

 

 と、短く答えて背を向ける。

 その背に、本当に嬉しそうな声が返ってくる。

 

「本当か!?」

 

 ――それがどれほどの奇跡か綺礼は知らない。

 アサシンの声を聞き、フンと鼻を鳴らし歩き出す。

 

「早くしろ、置いて行くぞ」

 

「――ッ! ああ!」

 

 と、その後にアサシンも続いた。

 ――父上に会うのは、後日でも良かろう。

 そう、とりあえずは自らの煩悶を棚に上げ、綺礼たちは夜道へと消えていった。

 

 

 ――間桐雁夜は夢を見た。

 しかし、最早バーサーカーとのパスは微弱になってしまった今、これはかの騎士が見せていた悪夢ではない。

 見ているのは温かな光景。

 目の前には葵さんがいて、凛ちゃんがいて――桜ちゃんがいる。

 皆、いつの日かの様に微笑みあい、楽しそうに遊んでいる。

 そして、不意にこちらに気づき、3人は笑みを浮かべながらこう言うのだ。

 ――『雁夜お父さん』、と。

 ああ、なんて幸せな風景だろう。

 みんなが手を振り、自分のことを呼んでいる。

 雁夜もそれに手を振り返し、そちらへ歩み寄ろうとして、

 ――背後から何かに引き留められた。

 振り返るとそこには、もう1人の桜がいる。

 桜は蟲蔵で見せていたような感情のない顔で問う。

 

『行っちゃうの――――私を見捨てた癖に』

 

「なっ――ち、違う! 違うんだ、桜ちゃん!」

 

 雁夜は慌ててもう1人の桜に弁解しようとして、気がついた。

 ――桜だけではない。

 その背後には、何人もの人がいた。

 悲しそうに泣く凛。喪服を着て、遺影を携えた葵。そして、その遺影には――――。

 

「――――――あああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 と、悲鳴と共に目覚めたのは見知らぬ部屋の中だった。

 所々荒れた廃墟の様な部屋だったが、蟲蔵とは違い、どこか温かな印象がある。誰かがここで生活しているのだろう。そんな生活感のある温かさだ。耳を澄ませば、誰かの話し声も聞こえてくる。

 

「――俺の方はこんな所だ」

 

「なるほど、予想以上に状況は切迫しているな。まさか聖杯が奴らの手に落ちるとは……邪魔が入る前に儀式を完遂してしまうつもりだろう」

 

「ああ、だから――」

 

 ……何の話をしているのだろう?

 そう思い、周囲を確認しようと身をよじって気がついた。

 ――体が縛られている。

 

「――っ!」

 

 ようやく自分の置かれている事態に気づき、一気に寝ぼけていた思考が覚醒する。

 雁夜が縛られているのはベッドの上。病院で暴れる患者を拘束するように、ベッドと体を強引にベルトで繋ぎとめられている。

 同時に、気を失う寸前の記憶も呼びさまされた。

 バーサーカーを失い、屋上から突き落とされた自分。どういう訳か、身体にその傷は見当らないが、失った右腕だけは戻っていない。

 

「畜生……」

 

 惨めな現状に、雁夜は嗚咽を漏らす。

 ――と、そこへ歩み寄ってくる2つの影があった。あの話していた2人だろう。

 

「おっ、目が覚めたか」

 

 その内の1人がそう顔を覗き込んでくる。

 

「――っ!」

 

 その人物の顔を見て、雁夜は自分の死を覚悟した。

 ――赤銅色の髪をした少年。

 曲がりなりにも、雁夜は聖杯戦争へ参加するマスターだ。その顔を知らぬはずがない。今回1のダークホース。謎の術を駆使して闘うサーヴァント、アサシンだ。

 ――ということは。

 続けて、雁夜はもう1人の人物の顔を確認する。そこには予想通り、アサシンのマスターである神父、言峰綺礼の姿があった。

 あろうことか雁夜は、敵陣営に拉致されてしまったのだ。

 ――お終いだ……。

 絶望する雁夜。きっとこれから雁夜はあらゆる拷問を受け、可能な限り情報を聞き出された後、無残に殺されるだろう。魔術師とはそういう生き物だ。

 ――ふざけるな。

 だからせめて、無力な自分でも彼らに一矢報いようと、雁夜は決して口を割らぬ決意を密かに固める。

 

「――悪い。暴れられたら困るから少し縛らせてもらった」

 

 と、アサシンは白々しい顔で前置きした後、早速雁夜へ尋ねてきた。

 

「目が覚めてすぐの所悪いけど、いくつかあんたに尋ねたいことがある。まず、間桐臓硯と手を切ったっていうのは本当か?」

 

「…………」

 

 雁夜は答えない。

 どころか、臓硯の名前が出たことにより、一層その顔を強張らせる。

 ――もしかしたら、こいつらも臓硯の手先なのかもしれない。ならば、尚更話すことはない、と。

 黙る雁夜にアサシンは困った様な表情を見せる。

 

「……やれやれ」

 

 と、そんなアサシンを見かねてか、綺礼の方が動いた。

 

「変われ。私がやる」

 

 そう言って、綺礼が雁夜の前へ歩み寄る。

 彼は神父らしからぬ邪な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「間桐雁夜だな。安心しろ、私たちは君の敵ではない」

 

「…………」

 

「ふん。口で言っても信じぬか……よかろう、ならば手始めにその拘束を解き、非礼を詫びよう。失礼をした」

 

「っ…………」

 

 綺礼の予想外な行動に、雁夜は一瞬息を飲む。

 だが、その言葉のあと、綺礼は本当に雁夜の拘束を解きにかかった。その行動にサーヴァントも不満はないのか、黙って見守っている。

 思わず――何故? と問いそうになった口を慌ててつぐんだ。ここで会話に参加しては相手の思う壺だ。

 そんな雁夜の反応に、綺礼は一瞬頬を吊り上げながら続けた。

 

「さて、お互い自己紹介は不要だろう。私は教会に所属する者だ。故に、傷ついた君を我々が保護した。――傷の具合はどうかね?」

 

 やさしい言葉をかけ、更なる慈悲を加える神父。雁夜は奥歯を噛みしめ、惑わされそうになる自分を叱咤する。

 ――保護とは嘘だ。教会が遠坂と手を組んでいることは調べがついていた。つまり、やはりこいつらは俺を騙そうとする敵なのだ。

 一層敵対心をあらわにする雁夜。

 しかし、そんな彼の心境を見越したかのように、綺礼は続けてこう言う。

 

「もちろん君の警戒も最もだ。――が、それはまったくの杞憂だ。遠坂と教会はとうに手を切っている」

 

「なっ! それは――っ!」

 

 ――本当か? と尋ねそうになり、唇を噛みしめた。

 雁夜が黙った後も、綺礼は変わらぬ調子でこれまでの経緯を語る。

 一昨日の会合のこと。汚染された聖杯のこと。意見を割った御三家のこと。それらの事実をまるで毒でも刷り込むように淡々と神父は雁夜へ語り聞かせた

 

「――以上がことのあらましだ。その結果、昨晩遠坂は教会と手を切り、間桐との同盟を結んだ。その件は君も知っているな?」

 

「…………」

 

「聖杯に目の眩んだ遠坂は、教会との契約を反故にし、我々へと牙をむいた。暴走した魔術師に聖杯は渡せない。教会としては、全力で遠坂の優勝を阻止する必要がある」

 

「…………」

 

 雁夜は答えない。しかし、その顔に最早拒絶の色はなく、当惑を強めていた。

 ――十分あり得る話だ。そう思った。

 この神父の話はすべて筋が通っている。それだけの異常事態なら、あの慎重派な臓硯が重い腰を上げたのも頷けた。

 しかし、この状況は雁夜にとってあまりよろしくない。このままでは臓硯との約束が果たせないからだ。臓硯自ら聖杯を取っ手は意味がない。聖杯と桜を交換するという条件だからだ。

 ――どうすれば……。

 目標を見失い、雁夜は頭を抱える。

 そこへ、

 

「――つまり、我々と君の利害は一致しているということだ」

 

「……えっ?」

 

 神父が天啓を告げるように微笑んだ。

 

「我々は奴らの優勝を阻止したい。君は奴らの野望を挫きたい。このように、現在我々は共通の敵と目的を持っている。

 間違えるな間桐雁夜――我々の敵は臓硯と遠坂だ」

 

「遠……坂……」

 

 神父の言葉に、雁夜は忘れかけていた積年の恨みを思い出す。

 ――そうだ。結局全部アイツのせいなんだ。桜ちゃんが苦しんでいるのも、俺がこんなことになったのも……。はじめからあいつさえいなければ……俺は……。

 激昂する雁夜へ綺礼も賛同するようにため息を吐く。

 

「心中お察しする。私も、一時はあの男に教えを乞うたが、何とも……理解に苦しむ男だった」

 

 語りながら綺礼は失笑した。余程、あの男に苦労させられたのだろう。

 共通の敵を持ったことに心躍らせながら、雁夜も神父に同意した。

 

「そうなんだ! あいつは人のことを道具だとしか思ってない! あいつは――」

 

「――しかし、現状我々があの男に対抗手段を持っていないことも事実だ」

 

「う――」

 

 目をそむけたくなる現実に、雁夜は言葉を詰まらせる。

 

「最強のサーヴァントを従えた遠坂時臣に、君からバーサーカーを強奪した間桐臓硯。それだけでも厄介この上ないというのに、更に聖杯までもが彼らの手に渡っている。現状では、我々の勝機はゼロだろう」

 

「く……」

 

 悔しいが、綺礼の言葉は全て真実だ。

 ――結局、勝つのはいつも時臣で。自分は何もできず、ただ指をくわえて見ているだけなのか。あの男に大切なものを取られて行くのを……。

 悔しさから唇を噛みしめる雁夜。

 しかし、そんな彼へ、神父はゆっくりと囁いた。

 

「――そこで君の力が必要になる」

 

「……俺の?」

 

 ――力が? こんな無力な、最早令呪さえない俺の力が……。

 

「ああ、勿論だとも。先ほど述べた通り、遠坂および間桐は優勝に先駆けて聖杯を手に入れてしまった。それだけはなんとしても奪還しなければならない。だが、魔術師の工房攻めはサーヴァントとて至難の業だ。――そこで君の出番だ」

 

「俺の……」

 

「知っている限りの情報を我々に提供して欲しい。どうか――君の力を貸してくれないか?」

 

 それは何と甘い誘惑だろう。

 

「俺は……」

 

 雁夜に――抗えるはずもなかった。

 

「俺で……良ければ……」

 

「協力、感謝する。間桐雁夜」

 

 差しのべられた神父の手を、雁夜は何の疑いもなく取った。

 そこに最早、出会ってすぐの警戒心はない。

 あるのは、――これで次こそは遠坂に目にモノを見せてやれる。という復讐心のみ。

 だが――

 

「……1つだけ、聞かせてくれ」

 

 と、目を血走らせる雁夜へ、今まで黙っていたアサシンが尋ねた。

 

「アンタは――何のために戦ってる?」

 

「はっ! そんなのは決まってる俺は時――」

 

 ――時臣を殺すため。そう言おうとして、寸前のところで口を噤んだ。

 何かが引っ掛かる。それはきっと、先ほどの見た夢のこと……。果たして本当に、間桐雁夜は時臣への復讐が目的だったか?

 アサシンの悲しそうな目線を浴びながら、今1度考える。

 ……考えて、あることを思い出す。

 

「俺……は。桜ちゃんのために……」

 

 声に出して、雁夜は束の間、忘れていた自身の始まりへと立ち返る。

 ……そうだ、それが初めの目的だった。何故、一時とはいえ、そんな大切なことを忘れてしまったのか?

 首を傾げる雁夜へ、アサシンは真剣な眼差しで今1度問う。

 

「本当だな?」

 

「……ああ。もちろんだ」

 

 今度はアサシンの目を見てしっかりと頷いた――はずだ。

 雁夜の言葉に納得したのか、アサシンは眉をひそめた後、

 

「……分かった」

 

 と、だけ短く答え、踝を返した。

 神父もそんな彼に続き、雁夜へ背を向けた。

 

「では、我々はこれで。また、食事時に訪ねよう。それまで、ゆっくり休むといい。作戦などはその時に」

 

「ああ、分かった」

 

「――協力、感謝する。間桐雁夜」

 

 そうして、おかしな2人組は雁夜のいる部屋から出ていった。

 

「……ふぅ」

 

 1人になった雁夜は、肩の力を抜き、ゆっくりと息を吐く。

 ――1時はどうなるかと思ったが、どうやら俺はついているらしい。まずは臓硯から聖杯と桜ちゃんを奪い。その後で……。

 

「――待ってろよ……時臣……」

 

 そう、見慣れない天井へ吐き捨てた。

 

 

「――これで分かっただろう?」

 

 部屋を出た後、いつもの居間で綺礼はアサシンへ語った。

 

「奴、間桐雁夜は自らの身しか案じていない。最愛の者の為と言いつつ、目的のためにその最愛の者が愛する男を殺すという矛盾に気づかない。どこまでも愚かな、同情の余地もない落後者だ」

 

「…………」

 

 アサシンは答えない。

 冷めきったその表情を眺めながら、綺礼は構わず話を続ける。

 

「仮に奴が目的を達成しても、決して奴の望んだ未来は訪れない。あの手の者に手を差し伸べたところで無意味だ――それでも行くのか?」

 

「――ああ」

 

 黙っていたアサシンは最後の問いかけにだけ小さく――しかしはっきりと頷いた。そこからは決して揺るがぬ意思と決意を感じさせる。

 救うだけ無意味だ。そんなことアサシンにも分かっているのだろう。

 しかし、分かっていてなお、アサシンは進むことをやめない。

 その行為に意味はなくとも、決して間違ってはいない、とでも言うように。

 

「……理解できんな」

 

 その思想とは決して相容れない。

 しかし、――無視もできない。

 ここまで散々振り回されてきたこの男の行動原理。

 理解できない。しかし、きっとこの男と言峰綺礼の根っこは同じものだ。

 ならば、――問わねばなるまい。

 あるいは、この男こそが衛宮切嗣さえ持ち得なかった、この生涯を通した問答への答えを持っているかもしれぬ。と、淡い期待を込めて。

 

「――重ねて忠告するぞ」

 

 そう、綺礼は最後の問答を開始した。

 

「今までの言動からお前の素性はある程度推察できる。お前は――衛宮切嗣の関係者だな?」

 

「っ――――!!!」

 

 余程驚いたのか、アサシンの表情が凍る。

 しかし、その驚きを綺礼は鼻で一蹴した。

 

「ふん、まさか気づかれていないとでも思っていたのか? あそこまで秘密を明かせば、お前を少しでも知っている奴ならば誰でも勘付く」

 

「……いつからだ?」

 

「確信を持ったのは先ほどだが、疑惑を抱いたのは一昨日。アインツベルンでのお前の暴露だ」

 

 彼の正体が未来のマスターだと分かれば、過去の言動から推測は簡単だった。

 セイバー陣営へ偏った知識。城で見せた衛宮切嗣への哀愁に、セイバーへの並々ならぬ肩入れ。ここまで情報が揃い、気づかない方がおかしい。

 その予想は当たっていた。

 

「……ああ、俺は『衛宮士郎』。衛宮切嗣の息子だ。養子だけどな」

 

「……やはりか」

 

 衛宮切嗣へは興味を失っているためか、本人からその言葉を聞いてもさしたる驚きはなかった。

 思いのほか素直に認めたことに若干落胆もしたが、これで納得がいった。

 アインツベルン城で切嗣が語った奴の胸の内から推察するに、こいつも同様の破綻者なのだろう。

  ――世界平和という名の戯言に取りつかれた愚か者。

 間桐雁夜と桜とやらを救出したいのも、その妄想によるものか――あるいは……。

 その淡い期待を込め、綺礼は決定的な事実を問う。

 

「だが、理解しているか?

 

 ――我々の『こちら』とお前の『そちら』は全くの別世界だぞ?」

 

 ――ここはお前のいる世界とは違う、と。

 アサシンが召喚された時点で、ここはアサシンの世界とは完全に分岐してしまっている。ここはアサシンの世界の過去でも何でもなく、ただの並行世界だ。

 ――故に、アサシンが何をしようと、アサシンの過去は変わらない。

 その言葉に対し、アサシンは、

 

「分かってる」

 

 と、変わらぬ口調ではっきり答えた。

 重ねて問う。

 

「こちらの人間はお前の知り合いによく似ているだけの別人だぞ。それでもか?」

 

「ああ、関係ない。困っている奴がいるなら助けるだけだ」

 

 その瞳に一切の迷いはない。

 親しい者を救うように、目の前の赤の他人へ手を差し伸べ続ける。――いや、親しい者さえ赤の他人だったのか。きっと、この男にとっては同じことなのだ。

 ――それがこの男の人生だったのだろう。

 

「……理解した」

 

 そう呟き、綺礼は落胆する。

 並行世界だからではなく、そう今まで生きてきたから救うのならば、こちらから言えることはもう何もない。

 ――結局この男も、綺礼と同じく、自分の性に抗えなかったということだ。

 ならば、本当にどうしようもない。

 ――結局、こいつもそちら側の人間か、と。

 正体を知り、切嗣同様アサシンへの興味は尽きた。

 やはり、この問題は父上に明かすより他にないだろう。

 これ以上こちらから尋ねたいことは何もない。

 

「……では好きにしろ。最低限マスターとしてお前に同行するが、私はこの件に関与はせん。私が行くのはあくまで、奪われた聖杯の奪還のためだ」

 

 綺礼はそれだけ吐き捨て、部屋を出ようと立ち上がる。

 そんな彼へ、何を勘違いしたのか、アサシンは頭を下げた。

 

「それで充分だ。――悪い、『言峰』」

 

「……ふん」

 

 ――本当に不愉快だ。

 鼻だけでそう答え、綺礼はアサシンへ背を向ける。

 ――だから、理解できていないのだ。と、廊下を歩きながら毒づいた。

 『言峰』とは――『あちら』の言峰のことだろう。

 その憤りながらも親しみさえ感じる信頼も、時折見せる理解者としての殺気も、すべて『私』ではなく、あちらの『言峰』に向けられているものだった。

 アサシンにとってこちらの綺礼は、ただの『マスター』だ。断じて、『言峰』などと呼ばれる男ではない。

 それを――

 

「……本当に理解しているか?」

 

 答えは返ってこない。

 その問いは、伽藍堂な廃墟に虚しく響くだけだった。

 




???「いっくよ~、マジックサーキットフルカウント。マーブル・ファンタズム!」

   ☆彡  ★彡  ☆彡  ★彡

☆次回予告☆
 
 アサシンの前に新たな敵が現れたの。その名も妖怪蟲爺。やだ、気持ち悪い……。私負けそう……。
 そこへ現れた意外な助っ人。綺礼!? その豆腐どうするの!?

 次回。間桐邸、突入

 次回も、あなたの心にマーブル・ファンタズム!

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