Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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乱戦 後編

 河岸にて対立するアサシンとバーサーカー。

 アサシンは双剣を構えながら、冷静にバーサーカーを分析した。

 現在、バーサーカーは無刀。その手には何もなく、ただ静かに佇みこちらの様子を伺っている。

 当然、有利なのはアサシンだ。常識的に考えて、無刀の相手が双剣使いに敵うはずもない。

 ――しかし、これは聖杯戦争。常識は通用しない。

 ここで気を緩めるほど、アサシンは愚かではなかった。

 その証拠にバーサーカーの鎧は未だ無傷。あれほど激しい空中戦を繰り広げた後にも関わらず、漆黒の鎧はその輝きを少しも失っていなかった。

 ――必殺の矢を2度も受け、傷1つ付いていない。

 その事実にアサシンは戦慄する。

 アサシンの投影した『赤原猟犬(フルンディング)』は射手が狙い続ける限り、目標を襲い続ける魔剣である。1度放たれれば、この矢を回避する術はない。万全の状態で放たれた『赤原猟犬』ならば、セイバーでさえ回避することは困難だろう。

 にもかかわらず、バーサーカーはその魔剣を無傷で退けた。

必中の矢の前に偶然はない。

 つまり――見切ったのだ、音速を超える魔剣を。その技量のみで。

 にわかに信じがたい事実だが――驚くには値しない。

 何故ならば彼の騎士こそ、エクスカリバーに並ぶ聖剣を持ち、剣技のみならばあの騎士王さえも凌駕すると言わしめる円卓最強の騎士、サー・ランスロットなのだ。

 丸腰とはいえ、一瞬の油断さえ許されない。

 しかし、現状がチャンスなのも事実だ。

 だから、

 

「はっ――!」

 

 ――ここは打って出る。

 双剣を携え、アサシンは疾走した。5メートルほどの間合いを一息で詰める。

 迫りくるアサシンに対し、バーサーカーは動かない。

 それでも、双剣を振り上げる一瞬までアサシンは慢心しない。

 完璧な間合いから、完璧なタイミングで、一切の妥協なく、アサシンは渾身の力を込めて2対の剣を打ち下ろした。

 ――会心の1撃だった。

 他でもない、振り下ろしたアサシン本人が自身の勝利を確信する。

 放たれた一閃は、仕損じることなくバーサーカーを2つに分かる。

 いや――――分ける、筈だった。

 

「な―――――」

 

 当惑からアサシンの息が漏れる。

 一体どうなっているのか……。

 双剣を振るった姿勢のまま、アサシンは呆然と目の前の敵を見た。

 

「――ばか、な」

 

 アサシンにさえ事態が掴めていない。

 渾身の力を込め、放った1撃。

 それが止まっている。

 敵を2分する寸前に、何かに斬撃を阻まれ停止している。

 

「――――――っ!!!」

 

 そして、状況を理解し、アサシンは言い様のない悪寒に襲われた。

 アサシンの双剣はバーサーカーによって止められていた。

 振り下ろされる寸前、2対の剣を持つアサシンの拳を――掴み取られていたのだ。

 ――あまりの衝撃に、アサシンの思考が凍る。

 もしもバーサーカーに理性があったのならばそんなアサシンを見て、こうほくそ笑んだだろう。

 

 ――侮ったな、アサシン。と。

 

 油断なく、万全を期してなお、まだ足りない。

 円卓最強の騎士、その宝具の名は『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。

 罠にはまり丸腰のまま戦いに挑む羽目となった彼の騎士が拾った枝のみで勝利したエピソードが宝具化したものである。

 ――つまり、彼は徒手での戦闘のプロフェッショナル。当然、無刀で双剣へ挑む際のノウハウも熟知していた。

 

「――Arrr!」

 

 更に、呆けるアサシンの鳩尾めがけ、バーサーカーの膝蹴りが迫る。

 白刃取りからノータイムで放たれる、鮮やかなカウンター。素手で双剣を止めた技巧が神業ならば、そのカウンターは鬼神の如し。

 

「……っっっ!!!」

 

 それを、間一髪で正気を取り戻し、後方へ飛びのくことでなんとかやり過ごす。

 だが、これで丸腰だった騎士は武装を手に入れてしまった。

 ――白兵戦ではバーサーカーに敵わない。

 他ならぬアサシン自身が、そのことをよく理解していた。武器を手にした彼を、近づかせるわけにはいかない。

 だからアサシンは再び自身も双剣を手に持ち、

 

「ふっ――!」

 

 ――それを投げた。

 ろくに狙いも定めていない苦し紛れの1投だが、なりふり構ってはいられない。

 着弾を確認するよりも早く、更に2度、合わせて3度、弾幕の様に干将莫邪を投擲する。

 闇雲に放ったため、命中したかどうかは怪しいが構わない。

 アサシンの狙いはバーサーカーの足止め。全力を注ぎ、跳躍から着地までのわずかな隙を埋め――ることさえ出来なかった。

 

「Arrrrrrrrrr!」

 

 ――前進していた。

 バーサーカーは咆哮しながら、まったく速度を落さず、アサシンの眼前に迫っている。

 

「くっ――」

 

 その事実にアサシンは畏怖し、強く奥歯を噛みしめる。

 奪った干将莫邪を振りかぶるバーサーカーに対して、死に体。手には新たに投影した双剣があるものの、それを振りかぶる余力は残されていない。

 だが、――振りかぶる必要はない。

 

「――来いっ!」

 

 アサシンの掛け声と共に、引かれ合う夫婦剣。

 撃ち落とされた干渉莫耶が巻き戻されるように、再び宙を舞う。

 完璧な奇襲だった。

 予期することさえ不可能なその1撃は、人間の反応速度で回避することは不可能だ。

 だから、

 

「――――」

 

 ――その1撃を、体を捻るだけで躱したその騎士は、とうに人間の限界を超えていた。

 続く2陣も構えた双剣に叩き落とされる。

 ――化け物。

 アサシンの目の前にいるのは、正に人智の究極たる怪物だった。

 しかし、――そうでなければ策を巡らせた意味がない。

 バーサーカーが2対の双剣を避けたのと同時に、アサシンは最後の干将莫邪へ魔力を込め、

 

「っ――――!」

 

 その爆弾を起動する。

 ――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 自身の宝具を爆弾へと変えるサーヴァント最大の禁じ手。

 自爆スイッチを押され、起爆寸前の干将莫邪は敵の背後に迫り、爆発――――

 

「――Arrrrr!」

 

 ――する寸前、バーサーカーが自身の双剣を投擲した。

 空中で双剣と双剣が激突し、お互いを弾く。

 バーサーカーへ迫っていた爆弾付きの干将莫邪も、その勢いを落とし、 

 ――直後、強烈な熱風が2人を包んだ。

 だが、

 

「――――」

 

 ――どちらも無傷。

 寸前で弾かれた干将莫邪は、ギリギリで射程圏から外れてしまった。

 

「な……………………っ」

 

 驚き、目を見張るアサシンをバーサーカーは静かに見据えている。

 理性はないものの、その瞳がアサシンの敗因を雄弁に語っていた。

 曰く、――その技は1度見た。

 湖の騎士を前に、2度目の奇襲など通用しない。

 

「っ――」

 

 ……届かなかった。

 狙撃は避けられ、決死の1刀は届かず、奇襲は悉く看破された。挙句、距離を取ることさえ叶わない。

 ――これが英霊。霊長のトップである究極の1。

 凡俗な魔術師が如何なる手段を用いようと決して届かぬ実力差に、アサシンは打ちのめされる。

 だが、それでもバーサーカーは止まらない。足元に転がる双剣を再び手に取り、こちらへと迫る。

 

「くっ――」

 

 ――勝敗は決した。

 それでも、思考停止しかける頭を無理やり動かし、再度双剣を投影。バーサーカーの太刀を受け、

 

「っ――――!?」

 

 その剣戟の重さに悲鳴を上げる。

 斬撃が、衝撃となって全身を駆け巡った。

 防御上手と自負するアサシンでさえ、音を上げるほどの1撃。

 ――だが、休むことなく、バーサーカーの猛攻は続く。

 

「ぐっ――――!」

 

 受けるたび、意識が一瞬刈り取られる。

 そうしてできた僅かな隙に、またバーサーカーの1撃が迫る。

 

「っ…………!」

 

 それを腕から流れる知識を総動員し、何とか防ぐ。

 ――しかし、それも一時凌ぎだ。

 1撃1撃を全身全霊で防ぐ危うい防御で、その場限りの命を繋ぐ。

 

「――Arrrrrrr!」

 

 それでも悪夢のような連撃が続く。

 顔を歪めるアサシンへ向け、幾度となくバーサーカーは1閃を放つ。

 

「がっ――!」

 

 ――このままではこちらが持たない……。

 10度目の斬撃を受け止め、たまらずアサシンは奥歯を噛みしめた。

 とうにアサシンの体は限界だった。

 ――『赤原猟犬』に『壊れた幻想』と、大技の連続ですでに魔力は残り僅か。手札もあらかた晒してしまい、策もない。

 このまま打ち合いを続ければ、後3度と待たず、アサシンはバーサーカーの目の前に膝を付くだろう。

 だから、

 

「がっ――――!」

 

 再度、アサシンは双剣でその猛攻を受け止めた。

 ――白兵戦ではバーサーカーに敵わない。

 バーサーカーもそれが分かっているのか、絶対にアサシンが離れることを許さない。

 己の有利な状況を作り、相手の得意分野を潰すのは戦いの鉄則だ。

 ――この間合いに誘い込まれた時点で、とうに勝敗はついていた。

 

「ぐっ――――」

 

 強襲を受け、遂に双剣が弾かれる。アサシンにはもう、剣を握る力さえ残されていない。

 ――これ以上受けても無駄だ。

 

「――っ、投影」

 

 ――だからもう1度、双剣を投影する。

 

「Arrrrrrrrrr!!!」

 

 間をあけず、バーサーカーの横なぎが迫る。

 ――最早、直撃を凌ぐだけで精一杯だった。

 1度受け流しただけで、双剣は軽い金属音と共に力なく宙を舞う。

 ――もう腕が上がらない。

 けれど、再び双剣をその手に取った。

 

「がはっ――――――!!」

 

 ――限界だ。次は受けられない。

 それでも受ける手だけは休めない。

 そうして、幾たびもアサシンの剣は宙を舞い――バーサーカーの猛攻を凌ぎ続けた。

 ――その行為に意味はない。

 バーサーカーに攻め手を許した時点で、アサシンに勝機はなかったのだ。

 故に結末は変わらない。

 初めから終わりは決まっており、勝負はすでについていた。

 次の1手か――長くて数十手先には、あらかじめ決められていたその結末が訪れる。

 だから、20手目にて、

 

「くっ…………」

 

 猛攻の前に遂に力尽き、膝を付くアサシン。

 そんな彼目がけ、バーサーカーは双剣を振り上げる。

 そして――バーサーカーの体の1部が光の粒となり、双剣を取りこぼした。

 

「………………」

 

 意外な幕引き。しかし、アサシンには驚く気力すら残されていない。ただ茫然と、薄れゆく眼前の敵を眺める。

 ――タイムリミット。バーサーカーが自身の力だけで戦う生前の騎士ではなく、マスターの魔力を以て現界するサーヴァントであるが故に伴う能力的限界。――マスターの魔力切れ。

 

「Ar…………」

 

 自身がバーサーカーであるが故に伴う制約に、湖の騎士はしばし名残惜しそうな沈黙を残し、一時退却した。

 

 

 ――同じ頃。

 高層マンションの屋上に佇む時臣は、目の前の男を見下ろしながら、呆れ顔で呟いた。

 

「……やれやれ、ようやくおとなしくなったか」

 

 見下ろされた男、間桐雁夜は、地に伏しながらも眼差しだけでそんな時臣のことを睨んでいる。

 

「と……時臣ィ………」

 

 しかし、そう呟く雁夜は顔面蒼白で、苦しそうにゼイゼイと肩で息をしていた。かなり苦しそうだが、体に目立った外傷はない。

 少し前まで時臣に向け、訳の分からない叫びを上げながら使役している蟲を放っていた彼だが、先ほど突然魔術行使を辞め、このようにその場へ倒れ込んでしまったのだった。

 原因は明白、

 

「……サーヴァント行使による魔力の枯渇、か」

 

 そう予測し、時臣は眼下の河川へと目を向ける。

 マスターの様子から察するに、バーサーカーはアーチャーとの空中戦を終えてからも地上で小競り合いを続けていたのだろう。そうして魔力が枯渇し、マスターである雁夜の方が音を上げた。

 ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカーの長期戦闘に加え、雁夜自身も時臣を相手に魔術戦を繰り広げていた。魔力切れを起こすのは無理のない話である。

 

「どちらにしろ、私としては好都合だ」

 

 これで雁夜との無益な争いも中断できた。何故かいちゃもんを付けられ、魔術戦になってしまったが、同盟関係の間桐のマスターを傷つけるわけにもいかず、困り果てていたのだ。

 魔力切れならば、今は現界できぬだけでバーサーカーも無事のはず。何とか両陣営損害を出さずに場を納められた。

 しかし、それにしても……。

 

「まったく……何故、君は私に牙をむいたのかね?」

 

 理解できず、再度時臣は雁夜に尋ねる。

 だが雁夜は、

 

「黙れ……桜……ちゃんを……俺は……」

 

 と、うわごとのように訳の分からないことを呟くばかり。

 

「やれやれ……」

 

 結局、訳は分からず仕舞いか……。

 そう時臣が頭を抱えていると、突如2人の前に黒い靄が現れた。

 

「っ――!」

 

「…………」

 

 突然の出来事に雁夜は、何事か、と目を丸くするが、時臣は慌てない。黙ったまま、その靄をもてなす様に頭を下げた。

 その魔術には見覚えがあった。

 靄は次第にその色を濃くし、ある人物の肉体を形作る。

 ある程度の形が浮き彫りになった所で、ようやく靄の正体を理解したか。雁夜がその人物を睨み、うめき声を上げる。

 

「――臓……硯……っ!」

 

 雁夜に呼ばれ、臓硯はさも愉快そうに笑った。

 

「かっかっか、らしい姿よの雁夜。――遠坂の小僧よ。今宵は儂の愚息が失礼をした」

 

 続いて、時臣へ頭を下げる臓硯。

 それを見て、ようやく話しの分かるお方が登場したか、と安堵し、時臣もそれに応じる。

 

「滅相もございません。急な提案した私にも非はあります。――改めまして、同盟の件、承諾していただき感謝いたします」

 

 そんな2人のやり取りに抗議の声を上げる者がいた。雁夜は地に伏しながらも声を張り上げる。

 

「おい、ジジイッ! 時臣の奴と手を組んだって本当なのか!」

 

 その息子としてはあるまじき暴言に時臣は眉をひそめるが、当の臓硯は気にせず上機嫌な様子で応じる。

 

「応よ。言っておらんかったか? 此度の聖杯戦争は何分イレギュラーが多いのでな。他の不確定要素を排除するまで、遠坂とは一時休戦じゃ」

 

「なっ――!」

 

 余程ショックだったのか、そう言葉を失う雁夜。

 そんな彼へ、時臣は勝利の笑みを浮かべる。

 

「そういうことだ。君も間桐の家の者ならば、これからは我々と協力したまえ」

 

 しかし、理解できぬことに雁夜はなおも叫び声を上げる。

 

「ふざけるな! 俺は絶対に認めないからな! 俺は――」

 

 だが、叫ぶ雁夜を見て、臓硯が呆れた様に語る。

 

「やれやれ。誰も貴様の意見など聞いておらんわ。これは決定じゃ。遠坂の小僧と協力しろ、雁夜。――まあ、小娘がどうなっても良いというなら話は別じゃがな」

 

「う――」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる臓硯に、雁夜は言葉を詰まらせる。

 時臣は一瞬『小娘』という言葉に眉をひそめたが、意味までは分からなかったため、大したことはないだろうと聞き流した。

 時臣からすれば、結論は明らかだ。戦略的にも魔術師的にも、ここは同盟を結ぶのが正しい判断だ。

 だというのに、雁夜は、

 

「俺は……俺は……」

 

 と、その後もぶつぶつの何かに葛藤するように悩んでいた。

 臓硯はそれをまるで極上の喜劇でも見るかのように楽しそうに見守っている。

 そして、

 

「俺は――――――っ!!!」

 

 と、雁夜は叫び、時臣には理解しがたい選択をした。

 

「――来い! バーサーカー!!!」

 

 雁夜の叫びと共に、漆黒の騎士が3人の前に現れる。

 時臣はそれを見て、驚愕の声を上げた。

 

「馬鹿な――!」

 

 雁夜の魔力はとっくに尽きていたはずだ。バーサーカーを現界させるほどの余力は残っていないはず――と、そこで気が付いた。

 雁夜の手の甲が赤く光っている――令呪だ。

 令呪の力を使って、無理やりバーサーカーを現界させたらしい。

 それを見て、臓硯が呆れ顔でため息を吐く。

 

「……やれやれ、バカ息子が。儂に牙をむくだけでなく、貴重な令呪まで1画無駄にしよって。だから貴様はダメなんじゃ」

 

 しかし、それに対し、雁夜はまるで聞く耳を持たず、狂ったように叫び散らす。

 

「うるせえっ! そうだ、はじめからこうすれば良かったんだ! 俺のバーサーカーは最強なんだ! お前も、時臣も、みんなぶっ殺してやる! ――やれっ! バーサーカー!」

 

「Arrrrrrrrrrrrr!!!」

 

 マスターの命令を受け、バーサーカーが咆哮する。

 ――マズい!

 と、それに時臣は焦り、手の甲へと力を込めた。

 現在、時臣にはサーヴァントに対抗する手段がない。それは臓硯とて同じだろう。

 ――今すぐ令呪で英雄王を……。

 そう身構えるが、対して臓硯は余裕な態度を崩さず、心底呆れた様子で首を振る。

 

「まったく。どこまで貴様は愚かなんじゃ――止まれ、バーサーカー」

 

 臓硯のその1言だけで、粗ぶっていたバーサーカーは制止し、また静かに姿を消した。

 頼みの綱のサーヴァントを失い、雁夜の顔から血の気が失せる。

 

「なん……で……だって、バーサーカーは俺の――」

 

「――馬鹿者が。お前のモノなわけあるまい。あれは初めから儂のじゃ。儂がお前の裏切る可能性を考慮しておらんとでも思ったか。そもそも、サーヴァントシステムと令呪を考案したのは誰だと思っておる」

 

 ――飼い犬には首輪を。

 魔術師としては当然の措置だ。

 その事実に顔を青くする雁夜へ、続き臓硯は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「――さて雁夜よ。儂に歯向かうと言うのならば、もうそれは必要あるまい」

 

 その言葉と同時に雁夜の体へ更なる異変が起こった。

 突如、彼の体内から何かが這い出てくるかのように、右腕が不気味に脈打ち始める。皮膚の下で虫が這っているかのような、身の毛もよだつ鼓動。

 

「なっ……!」

 

 その変調に、雁夜は悲鳴を上げた。

 ――だが、異変は止まらない。

 雁夜の右手が彼の意志とは関係なく、ぐねぐねと捻れ、

最後に、

 

――――――ぼとり

 

と、彼の腕は地に落ちた。

 

「ああああぁぁぁァァァ……オレノ……腕ガ……」

 

 あまりの激痛に最早声さえ出ないのか、雁夜は『それ』があった部位を押さえて蹲る。

 そんなかつての宿主など意に介さない様子で、落ちた右腕は蟲の様に、ひとりでに地を這い、臓硯の元と進む。

 臓硯はその様子をただ愉快そうに眺め、雁夜の右腕を自らの体内に取り込んだ。

 同時に――臓硯の右腕に赤く光る令呪が灯る。

 それを心底満足した様子で眺め、こう呟いた。

 

「――来い、バーサーカー」

 

 するとバーサーカーが再び現界し、臓硯の背後に付き従う。――まるで、初めから臓硯こそが真のマスターであったかのように。

 ――だが、それだけではない。

 同時に、更なる動きがあった。

 バーサーカーが現界した瞬間、再び雁夜が苦しそうに身じろぎし、その場に倒れ込んだのだ。

 

「っ……どうして……」

 

 雁夜自身にも理解できないのか、地に伏せながら目を丸くする。

 そんな彼を楽しそうに見下ろし、臓硯は答えた。

 

「かっかっか。当然、現界時の魔力供給は貴様持ちじゃ。ほれ、気合を入れぬと虫どもに喰われるぞ」

 

 令呪を持つマスター以外がサーヴァンの魔力供給を担う変則契約。――3人が知る由はないが、それはケイネス陣営も行っていた戦術だ。

 自らでサーヴァントを従えながら、雁夜の苦しむ姿も同時に見れるこの契約は、まさに臓硯には打ってつけのモノだったのだろう。

 

「臓硯……貴様……」

 

 その屈辱からか、雁夜は臓硯を睨む。しかし、その言葉に力はない。

 それで満足したのか、それとも飽きたのか、臓硯は笑みを消し、そんな彼へ吐き捨てる。

 

「さて、仕舞いじゃ。そこでしばらく頭を冷やせ――やれ」

 

 と、臓硯は短くバーサーカーへ命令し、地に伏せた雁夜を屋上から突き落とした。

 かつての使い魔に裏切られた雁夜は、なす術もなく奈落の底へ沈んでゆく。

 

「…………」

 

 その一連の騒動をただ黙って静観していた時臣は、落下していく雁夜を見てようやく声を上げた。

 

「その……よろしいのですか?」

 

 困惑ぎみの時臣の心中を察してか、臓硯は柔らかな様子で答えた。

 

「何、心配せずとも死んでおるまい。不出来な息子に少しお灸をすえてやっただけじゃ。殺しはせん」

 

 その言葉に時臣は、ほっと胸をなで下ろす。虫を寄生させる間桐の魔術系統は知っていたので、見た目は直視に耐えぬものだったが、あれはあれで教育の一環なのだろうと納得した。

 魔術師とは過酷な生き物。魔道を志す者にとって、あの程度珍しいことではないからだ。

 ――それに何をしでかすか分からない雁夜より、臓硯さんの方が取引しやすい。

 と、いった魔術師らしい打算的な思考で結論付ける。

 そうして、イレギュラーがあったものの気持ちを切り替え、同盟相手として臓硯へこう質問する。

 

「して、首尾は?」

 

「問題ない。先ほど、監督役の口は封じてやったわ」

 

 臓硯の言葉に満足し、時臣は頷いた。

 

「では、どうされますか? 第1目標は達成した今、英雄王も手負いですし、今宵はこれで――」

 

「――いや、それにはちと早かろう」

 

 撤退を提案する時臣に、臓硯は首を振る。

 

「と、いいますと」

 

 尋ねる時臣へ、臓硯は笑みを称え、次の1手を口にした。

 

「せっかくの宴じゃ。先ほどの不敬の詫びも兼ね――もう1仕事、この老いぼれが骨を折るとしよう」

 

 

 衛宮切嗣はスコープ越しに戦況を達観していた。

 先ほど、キャスターのマスターらしき男を狙撃したが、その顔は晴れない。昨晩のアインツベルン城で行われた会合。そこで知らされた事実が頭から離れないためだ。

 ――聖杯は汚染されている。

 ならば、切嗣の『恒久的世界平和』の願いも叶えることは出来ないだろう。

 昨晩は他マスターたちの手前、この世すべての悪を許さない。と、表面上強気な姿勢を崩さなかったが、その脳裏には後悔が染みついていた。

 無論、今は戦闘中、集中せねばならないことは分かっている。分かっているが、

 ――これが最後のチャンスだった……。

 気づけば、そんな悔いばかりが残る。

 

「……ん?」

 

 と、その時、不意に戦場を駆ける、自身のサーヴァントの姿が見えた。

 ――セイバーとて、状況は同じはずだ。

 召喚に応じてまで求めた聖杯は紛い物だった。

 しかし彼女は、切嗣のようにその事実に打ちのめされることはなく、今も戦場で剣を振るっている。

 その姿をただ眺めることしかできない切嗣は――

 

 

 アサシンに助けられたセイバーはキャスターの元へと駆けていた。

 アサシンに助けられた後、最速でキャスターの元へ戻ったセイバーだったが、少し遅かった様だ。

 岸辺目前にまで迫っている大海魔の姿を見て、思わず苦虫を噛みしめる。

 ――この位置から聖剣は放てない。

 もし、河岸近くにいる怪魔へと宝具を開放すれば、その余波を受け、街へ被害が出るだろう。それでは本末転倒だ。

 しかし、このままでは間もなく怪魔は陸へ上がり、それこそ手が付けられなくなる。

 八方ふさがりの状況にセイバーは思わず俯いた。

 ――私が……ふがいないばかりに……。

 無論、セイバーに非はない。

 しかし、それでも自分を責めずにはいられなかった。

 脳裏に過るのは、最後に見たブリテンの景色。騎士の亡骸で埋め尽くされたあの丘だ。

 ――私はまた……。

 

「――おおい! セイバー!」

 

 と、その時、上空からそう声をかけられ、セイバーは顔を上げた。見るとそこには変わらぬ調子でこちらへ手を振るライダーの姿がある。

 ライダーは戦車を操作し、セイバーに並走しながら笑う。

 

「何、辛気臭い顔しておる。早くせんか。貴様がおらぬと、あの化け物を討ち取れんであろう」

 

 ――まだ勝てる。と胸を張るライダーにセイバーは戸惑いながら尋ねる。

 

「だが、ライダー。ここからでは街に被害が――はっ! それとも貴様――」

 

「あのなぁ、そんなわけなかろう。言ったであろう――場なら余が用意する、と」

 

 胸を張るライダー。

 同時に、ライダーを中心に疾風が吹き荒れた。

 そこへ、

 

「――ふはははっ。狂犬に噛まれるとは。哀れよな、セイバー」

 

 と、どこから共なくセイバーをあざ笑う声まで聞こえてきた。

 これほど不愉快な笑い声を上げる者など1人しかいない。セイバーは声のした大橋の方を睨むと、予想通りこちらへ不敵な笑みを浮かべるその姿があった。

 

「アーチャーっ、貴様!」

 

 セイバーが声を上げると、ライダーも気づき、アーチャーの方を見る。

 ――まさかまた邪魔だてを? と、セイバーは身構えるが、そんな彼女には構わずライダーがアーチャーへ声をかける。

 

「おお、丁度良い。貴様にも尋ねたいことがあったのだ」

 

「何? 我に尋ねたいことだと?」

 

「応よ。それにセイバーもだ。問答の続きだ。――そも、王とは孤高なるや否や?」

 

 同時にライダーを取り巻く風が熱を持ち、その激しさを増す。

 乾いた風に目を細めながら、セイバーは――こんな時に何を、と眉をひそめる。

 対するアーチャーは口元を歪め失笑した。そんなことは問われるまでもない、という、無言の返事だろう。

 セイバーも突然の問いかけに戸惑いながらも、その返答には躊躇しなかった。

 

「王たらば……孤高であるしかない」

 

 それがセイバーの偽らざる解答だった。

 両者の返事を受け、ライダーは豪笑する。

 

「ダメだな! まったくもって解っておらん! そんな貴様らには、やはり余が今ここで、真の王たる者の姿を見せつけねばなるまいて!」

 

 と、ライダーは豪笑と共に、怪魔へ挑みかかるように立ち塞がる。

 すると、同時に目を見張る変化が起きた。

 ――吹き寄せた熱風が、現実を侵食し、覆す。

 夜の河川に有り得からざる怪異の中、距離と位置とは意味を失い、そこは熱砂の乾いた風こそが吹き抜けるべき場所へと変容していく。

 

「なっ、これは……ッ!」

 

 それを見て、セイバーを思わず驚愕の声を上げた。

 突如現れた砂漠の大地。現実を侵食する幻影は、固有結界という魔術の極限によって成せる業だった。

 ――しかし、ライダーは魔術師ではない。

 その疑問に答えるかの様に、ライダーは笑う。

 

「もちろん。余1人で出来ることではないさ。――これはかつて、我が軍勢が駆け抜けた大地。余と苦楽を共にした勇者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ」

 

 世界の変転に伴って、そこに巻き込まれた者たちは位置関係までも覆されていた。

 大橋の上に立っていたはずのアーチャーはセイバーとライダーの隣に。そして怪魔は、そんな3人の目の前、数10メートルほど先の砂漠の真ん中へ。どうやら、河岸で待機していたマスターたちも巻き込まれたらしく、3人の右辺後方、安全な場所で目を丸くしていた。

 ――しかし、それだけではなかった。

 誰もが目を見張り、ライダーの背後に立ち現れた蜃気楼の様な影を凝視する。1つではない。2つ、4つと倍々に数を増しながら隊伍を組んでいく朧な騎影。それらが次第に色と厚みとを備えていく。

 

「この世界、この景観をカタチにできるのは、これが我ら全員の心象であるからさ!」

 

 誰もが驚愕の眼差しで見守る中、続々とイスカンダルの周囲に実体化していく騎兵たち。さらに驚くことにその1騎1騎がサーヴァントだった。

 

「見よ、我が無双の軍勢を!」

 

 いま限りなく誇らしげに、高らかに、征服王は居並ぶ騎兵の隊列を両腕で振り示す。

 

「肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。

 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!!」

 ランクEX対軍宝具。独立サーヴァントの連続召喚。

 誰もが驚嘆に声もなかった。同じEXランクの超宝具を誇るアーチャーですら、この輝ける軍勢を鼻で嗤うことはしなかった。

 王の夢に賭け、王とともに駆けた英傑たち。

 死してなお果てることのなかったその忠義を、破格の宝具へと形を変えて具現させる征服王。

 セイバーはそれを見せつけられ、総身で震えた。ライダーの宝具の威力を畏怖したからではない。その宝具の在り方そのものが、騎士王としての彼女の誇り、その根幹を揺さぶるものだったから。

 かくも完璧な、絶大なる支持――

 宝具の域にまで達する臣下との絆――

 理想の王であり続けた騎士王の生涯において、最後まで彼女が手にし得なかったモノ――

 あまりの衝撃に放心するセイバー。

 同時に思い出すのはある騎士の言葉。

『王には、人の心が――』

 ――と、その時。ライダーが声をかけてきた。

 

「――さあ、余は示したぞ! 騎士王! 次は貴様の番だ!」

 

「な……?」

 

 セイバーはその言葉にハッとし、顔を上げるが、言葉の意味までは分からず首を傾げる。

 そんな間の抜けた顔をする彼女へ邪な笑みを送りながら、アーチャーも叱咤した。

 

「あまり我を待たせるな。――さあセイバーよ、魅せるがいい。お前の英霊としての輝きの真価、この我が見定めてやる」

 

「――ッ!」

 

 ここでようやく、セイバーは我に返る。

 ――言われるまでもない。と、いつもの調子に戻ったセイバーはアーチャーへ無言の一瞥を返すと、改めて己が敵へと視線を戻した。

 ライダーの宝具により、この場は街を背後にする河川から、何もない灼熱の砂漠へと姿を変えた。

 今、目の前の怪魔と自分の間を隔てる物はなにもなく、周囲の被害を気にする必要もない。

 そう、障害はすべて取り除かれた。――今こそ、決着の時だ。

 決意を新たに、セイバーは眼前の敵を睨む。

 同時に、ライダー同様、セイバーの周りに逆巻く風が吹き荒れる。

 ――確かに、ライダーの宝具は驚嘆に値する。その在り方も、生き様も、生前のセイバーには持ち得なかったモノだ。そこに負い目を感じなかったと言えば嘘になる。

 ――されど、彼女とて……。

 

「おお……」

 

 セイバーの剣に漲る光の密度を見て取り、誰もが感嘆の声を上げた。

 機は、満ちたり。

 柄を握りしめる両腕に渾身の力を込めて、騎士王は黄金の剣を振り上げる。

 光が集う。まるでその聖剣に照らし飾ることこそ至上の務めであるかのように、輝きはさらなる輝きを呼び集め、瞬く束ね上げていく。

 苛烈にして清浄なるその赫燿に、誰もが言葉を失った。

 かつて夜よりも暗き乱世の闇を、祓い照らした1騎の勇姿。

 ――ライダーの宝具が『絆』、すべての臣民の志の総算、臣下たちの夢を束ね、覇道を志すモノのならば、――セイバーはユメ。

 過去現在未来を通じ、戦場に散っていくすべての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊きユメ、

 ――『栄光』という名の祈りの結晶。

 その意思を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し、いま常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う。

 其は――

 

約束された(エクス)――勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 

 光が奔る。

 光が吼える。

 解き放たれた龍の因子に、加速された魔力は閃光と化し、渦巻き迸るその奔流が、夜の闇もろともに怪魔を呑み込んだ。

 

 

 すべてを焼き尽くす殲滅の光を、睥睨するアーチャーは、満面の笑みを浮かべていた。

 

「見届けたか征服王。あれがセイバーの輝きだ」

 

 そう傍らのライダーへと呼びかける。

 

「あれだけの光を魅せられてもなお、お前は奴を認めぬのか?」

 

 アーチャーの問いかけに、ライダーは鼻を鳴らす。だがその面持ちにあるのは侮蔑ではなく、何か悲壮なものを眺めるかのような沈鬱さだった。

 

「時代の民草の希望を一身に引き受けたが故の、あの威光――眩しいが故に痛々しいわ。あんなモノを背負わされたのが、ただの夢見る小娘だったと知ってはな」

 

 呟くと同時に、ライダーは固有結界を解く。

 その視線の先には、元の河川に戻ったその場で立ち尽くし、肩で息をするセイバーの姿があった。

 

「そんな娘が、蝶よ花よと愛でられることも、恋にこがれることもなく、『理想』などという呪いに憑かれた果ての姿がアレだ。痛ましくて見るに堪えぬ」

 

 そう、彼女は――圧倒的に1人だ。

 故に、ライダーは許せない。

 あれほどか弱い小娘に『理想』を押し付けて良しとした民たちも、それを受け入れてしまった彼女も――。

 

「――なればこそ、愛いではないか」

 

 しかし、征服王の憂い顔とは対照的に、アーチャーは淫らな微笑を浮かべ、己が欲望を隠そうともしない。

 

「……やはり貴様とは相容れぬな。バビロニアの英雄王」

 

「ほう? 今更になって察したか」

 

 その呼称に、アーチャーは改めて嬉しそうに破顔する。

 

「ならば如何とするライダー? その怒り、今すぐにでも武をもって示すか?」

 

「それができれば痛快であろうが、貴様を相手に戦となると、今宵の余は些か消耗しておる。――無論、見逃す手はないと突っかかって来るのならば相手せんわけにもいかんがな」

 

「構わぬ。逃亡を許すぞ征服王。お前は十全の状態で潰さねば、我の気も収まらぬ」

 

 悠然たるアーチャーの宣言に、ライダーは悪戯っぽく眉を上げた。

 

「んん? ははぁん。さては貴様もあの黒いのに撃ち落とされたダメージが残っておるな?」

 

「……我は挑発には死を以て遇するぞ」

 

 アーチャーの双眸が殺気に染まるのを見て、ライダーは笑いながら戦車に乗り込み距離を取る。

 

「次に持ち越しだ、英雄王。我らの対決は、即ち聖杯の覇者を決する大一番となることだろう」

 

 と、ライダーは不敵な笑みを浮かべ、自身のマスターが待つ河岸へと駆けて行った。

 

「果たして、どうかな……」

 

 ライダーの言葉に嘯きながら、英雄王はもう1度、セイバーへと視線を向ける。

 

「ヒトの領分を超えた悲願に手を伸ばす愚か者……その破滅を愛してやれるのは天上天下にただ1人、このギルガメッシュをおいて他にはいない。

 儚くも眩しき者よ。我が腕に抱かれるがいい。それが我の決定だ」

 

 そうして、アーチャーも微笑を称えながら、夜霧の中へと消えていった。

 

 

 ――だが、これだけでは終わらない。

 

「無事でしたか、アイリスフィール」

 

 と、戦いを終えたセイバーは彼女の元へと駆け寄った。

 アイリスフィールはそんなセイバーを笑顔で迎える。

 

「ええ、大丈夫よ。お疲れさま、セイバー」

 

 しかし、微笑みアイリスフィールに対し、セイバーの面持は暗い。

 

「申し訳ありません……私の不手際で、貴女に要らぬ危険を……」

 

 それは先ほどバーサーカーに襲われた件についてだろう。項垂れる彼女へアイリスフィールは首を振る。

 

「謝る必要はないわ。あなたのせいじゃないもの」

 

 だか、それでもセイバーは納得しない。

 

「いいえ、危ない所でした。もしもあそこでアサシンに助けられなければ、貴女も――」

 

 と、ここでセイバーは歩み寄ってくるある人物に気づき、顔を上げる。見知ったその顔にセイバーは僅かに安どの表情を見せた。

 

「アサシン!」

 

 呼びかけながら彼の方へ駆け寄った。アイリスフィールも彼には気を許しているのか、ほっとした様子でセイバーの後に続く。

 

「貴方も無事でしたか。すいません、先ほどは――」

 

 と、ここで笑顔を浮かべていたセイバーが急に表情を固め、目の前の彼を凝視する。

 彼はまぎれもなくアサシンだ。その容姿から服装まで、一寸違わず彼のそれである。

 しかし――違和感があった。何かがおかしいと彼女の直感が告げている。

 

「……アサシン?」

 

「…………」

 

 だから、セイバーはそう彼へ呼びかけたが、アサシンは答えない。

 その時、

 

「――セイバー!」 

 

 と叫び、近づいてくる者がいた。

 

「な――ッ!」

 

 その人物を見て、セイバーは驚愕する。

 何故なら、その人物もまた――アサシンだったのだ。

 後から駆けてきたアサシンが叫ぶ。

 

「セイバー違う! そいつは――」

 

「――ッ!」

 

 はっとし、慌てて身構えたが僅かに遅かった。

 初めにやってきたアサシン『だった』者は正体を現し、セイバーへと襲い掛かる。少ない動作で放たれた足払いをセイバーはまともに喰らってしまう。

 

「くっ、バーサーカー……」

 

 受け身を取りながら、うめき声を上げるセイバー。

 ――ぬかった。まさかバーサーカーに変装能力があったとは……。

 しかし、そこは腐っても騎士王。すぐに体勢を立て直し、それ以上の反撃は許さない。

 だが、――バーサーカーの狙いはセイバーではなかった。

 セイバーを地に伏した彼は、彼女へはわき目も振らず、その背後へと攻め入った。そこには突然始まったサーヴァント戦に目を白黒させて動けない、アイリスフィールの姿がある。

 

「しまった! アイリスフィール!」

 

 バーサーカーの狙いに気づき、セイバーは叫びながら地面を蹴るが、すでに遅い。アイリスフィールはバーサーカーに軽々と持ち上げられ、どこかへ走り去られてしまった。

 

「くっ……」

 

 と、セイバーは狂気の騎士の走り去った方向を睨む。

 激闘を勝ち抜いた余韻も冷めやらぬうちに、戦局は次の局面を迎えようとしていた。

 




 本当に、大変長い間お待たせいたしました。
『Fate/Zero ~Heavens Feel~』ようやく、投稿再開です!

 そして、ここからはラストまでノンストップ。
 毎日21時に1話ずつ投稿していきたいと思います。
 23話が本編ラストの予定なので、残り7話。所々文字数も多く、かなりの分量になってしまうと思いますが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

 ――イリヤ? い、いえ、知らない子ですね……。

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