Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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乱戦 前編

 ――キャスターが不気味な魔力を放つ少し前。教会の地下室でアサシンは璃正と対談していた。

 事情が事情だけに積もる話も多いが、アインツベルン城からこちらへ移動して、かれこれ丸1日。サーヴァントとはいえ薄暗い地下室に缶詰しっぱなしは流石に疲れる。

 

「……悪い、休憩させてくれ」

 

「ああ、構わんよ」

 

 アサシンが提案すると璃正は微笑みを浮かべながら承諾した。彼と同じく璃正も丸1日休んでいないはずだが、こちらを見守るその様子からはまるで疲れを感じられない。

 流石に外へは出してもらえないらしく、アサシンは椅子にもたれかかり、できる限りリラックスする。そうして休憩しながら、さりげなく周囲の気配を探った。

 この部屋には璃正とアサシンしかいないが、地上の出口付近には他に何人もの教会スタッフと思しき人間が控え、この地下室を監視しているのが気配で分かった。さらにこの地下室全体にも霊的加護がかけられている。アサシンにはあまり意味はないが、霊体化し、壁をすり抜けることを防ぐためだろう。

 自分の置かれている現状を再確認し、アサシンは思わずため息を吐いた。

 未来の英霊に話を聞きたいという要請だったが、これは実質監視を兼ねた監禁だろう。ここまで露骨ならば、呆れを通り越していっそ清々しい。

 もっとも、アサシンの素性を考えれば当然の措置だろう。アサシンの目的はこの第4次聖杯戦争を終わらせること。極論を言えば、大聖杯を破壊する、それだけでこの戦いは終結する。この監視は教会の決定が下る前にそんなことをされてはたまらないという判断だろう。

 ――少し派手に動き過ぎたか。

 と、一瞬アサシンの脳裏に後悔がよぎったが、すぐに首を振る。

 ――大丈夫だ。

 予想外の事態も多かったが、ここまで比較的順調に事は運んでいる。何より昨晩、他陣営の意思を確認できたことが大きかった。

 現在、アサシンは1人ではない。

 仮に自分が失敗しても、爺さんなら――

 

「――っ!」

 

 と、その時、不気味な魔力の流れを感知し、慌てて立ち上がる。

 璃正も感じたらしく、険しい顔つきで呟いた。

 

「これは……キャスターか……」

 

「――璃正さん!」

 

 アサシンが呼びかけると、璃正もその意思をくみ取り、渋々といった様子で頷いた。

 

「……仕方あるまい。アサシン、外の様子を頼む」

 

「ああ」

 

 短くそうとだけ答え、アサシンは地下室を飛び出した。

 直後、控えていたスタッフに囲まれかけるが、それを璃正が手で制すだけで止める。

 魔力の発生源は未遠川だ。教会からは距離があり、到着までかなりの時間を要するだろう。

 

「――クソッ」

 

 こんな時、霊体化できず、移動手段に乏しい自身の能力が恨めしい。

 ――間に合ってくれ。

 そう拳を握りしめ、アサシンは夕暮れの街を駆け出した。

 

 

「――やれやれ」

 

 と、アサシンが走り出したのを見送り、璃正はため息を零す。

 監視している手前、アサシンの前では気丈に振る舞っていたが、璃正も昨晩から不眠不休。若い頃ならばいざ知らず、老体には流石に堪えた。

 その上、このキャスターの暴走である。これほどの強大な魔力だ。事態の収拾はもちろん、隠ぺいするのも一苦労だろう。

 事後処理のことを思いうんざりしながらも、璃正は近くのスタッフたちへ手短に指示を伝える。

 そうして、すべての者へ指示を送り、祭壇で一息ついていた時のことだ。

 ――コツン。

 と、教会の入り口で、杖が床を叩く音がした。

 顔を上げると、そこには思わぬ来客の姿があり、驚きながらも慌てて居住まいを整える。

 

「これは間桐殿。此度はいかがなさいましたか?」

 

 その来客は間桐臓硯だった。聖杯戦争に合わせ、数年前から帰国しているとは聞いていたが、こうして顔を合わせるのは久方ぶりだった。

 比較的活発に活動しているアインツベルン、遠坂とは異なり、間桐は慎重派なことで有名だ。第4次聖杯戦争にも一応参加しているが、璃正の目から見て他の御3家よりも消極的、どちらか言えば様子見といった印象だった。

 そのため、当主である臓硯も帰国してから工房に籠りっきりで教会へも足を運ぶことはなかったのだが、今回はどんな用事だろう。

 そう思っていると、思考が顔に出ていたのか、臓硯は愉快そうに笑う。

 

「カカカッ。何、大したことはない。ちと、野暮用を小僧に任されての」

 

「野暮用、ですかな?」

 

「応よ」

 

 首を傾げる璃正へ臓硯は近づきながら頷いた。

 ――コツン。コツン。

 と、臓硯が歩くたび、杖の音が静まり返った教会に不気味に響く。

 そして、

 ――コツン。

 と、薄暗い中、お互いの顔がしっかり見える程度近づいたところで臓硯は立ち止まり、ニヤリと笑みを称え告げた。

 

「――神父殿にちと、ご退場願い申したくての」

 

 その言葉を合図に、突如臓硯の影が何倍にも膨れ上がる。

 臓硯の豹変に璃正はギョッと目を見張り、すぐさま臨戦態勢に入るもすでに遅く。

 教会は、無数の虫どもであふれ返った。

 

 

 ――そして、キャスターがその姿を変容させてしばらく経った頃。

 その怪魔を観察するように未遠川の上空を飛行する、1艘の『舟』があった。

 黄金とエメラルドで形成された、古代インドに伝わる飛行装置『ヴィマーナ』。アーチャーの操るその輝舟から地上の様子を見下ろし、時臣は冷静に戦況を分析する。

 キャスターの呼び出した怪魔の実力は多くの者の想像を絶していた。

 現在、最初に河へ到着したセイバーと続いて赴いたライダーが協力し、怪魔と戦闘を繰り広げているが、2騎の戦況は思わしくない。無尽蔵に回復する怪魔は一向にダメージを負う気配がなく、2人がかりでも足止めをするので精一杯といった様子だ。

 このまま怪魔を止めることが出来なければ、冬木は未曽有の大災害に見舞われることだろう。それは、なべて魔術は秘匿されるべし、という魔術師の鉄則を大きく脱した事態であり、遠坂の沽券を完膚なきまでに踏みにじるものだ。

 本来ならば絶対にあってはならない事態だが、同時に時臣はキャスターの狼藉を見て頬を緩ませる。

 ――これはチャンスだ。

 と、時臣の中の冷酷な魔術師としての血が告げていた。

 時臣にとって当面の敵はセイバー、ライダー、アサシンの3騎。まだアサシンの姿は見えないが、マスターが教会に所属している以上、アサシンもこのキャスター退治に参加するものと思われる。この敵対勢力すべてがキャスターに手を煩わせているという現状は、時臣にとって悪くない戦局だった。

 このまま3騎がキャスターに倒されるのならばそれで良し。仮に難なく討伐されたとしてもある程度3騎を消耗させられる上、未知数だったライダーの実力も観察できる。1番の懸念事項だった英雄王もキャスターへは消極的な様子。まさに時臣のためにあるかのような状況だ。

 このまま戦況を観察し、生き残った方をアーチャーと共に叩く。

 完璧な作戦だ。すべてうまく運べば、優勝へ一気に王手をかけられるだろう。

 

「ふっ……」

 

 と、時臣は勝利を確信し、優雅に空を仰いだ――その時だ。遥か高見を高速で飛翔する戦闘機が不穏な動きを見せた。

 

「あれは……」

 

 気づき、時臣はすかさず視覚を魔力で強化する。すると、いきなり機体の背面に出現し、装甲に張り付いたバーサーカーの姿が見えた。

 如何な芸当か、バーサーカーはそのまま戦闘機を自身の支配下に置き、アーチャーの輝舟目がけ突進にしてきた。

 

「――なっ!」

 

「ほほう、またしてもあの狂犬か。……面白い」

 

 驚く時臣に対し、アーチャーは初戦とはうって変わり、邪悪な笑みを浮かべてバーサーカーの挑戦を迎え入れた。

 動揺しながらも時臣はすぐさま地上へ視線を移し、バーサーカーのマスターを探す。

 その男はすぐに見つかった。今回は身を隠さず、高層マンションの屋上に単身佇んでいる。

 

「……王よ、私はマスターの相手を」

 

「良かろう。遊んでやるがいい」

 

「それでは、ご武運を」

 

 輝舟は滑るように移動し、目的の場所の上空で時臣は飛び降りた。80メートル程度の落下ならば、魔術師にとって恐れるものではない。

 髪1本乱さず優雅に着地し、時臣はその男を見て眉をひそめる。

 

「――変わり果てたな。間桐雁夜」

 

 時臣にとって、その男の在り様はとても直視できるものではなかった。身の丈に余る魔道へ手を伸ばした代償だろう。その姿にかつての面影はなく、骨の髄まで虫どもに侵されているのが傍目からでも分かった。

 ――ひとたび魔道を諦めながら、聖杯に未練を残し、そんな姿になってまで舞い戻るとは……。

 と、普段の時臣ならば小言を漏らしただろうが、今はそれどころではない。

 対して、雁夜もまたそんな彼をまるで親の仇かのような形相で睨み、叫んだ。

 

「――遠坂、時臣ィッ!!」

 

 同時に次々と背後に虫を呼び出していく雁夜。完全に臨戦態勢だ。

 相手の思わぬ行動に多少驚きながら、慌てて時臣は告げる。

 

「――っ! 待ちたまえっ、私は君と争うつもりはない。分かるだろう?」

 

 しかし、対して雁夜はまるでハトが豆鉄砲でも食らったかのように口をぽっかりと開け、呟いた。

 

「……は?」

 

 同様に、そんな彼を見て時臣も僅かに狼狽える。

 しかし、今はバーサーカーを引かせることの方が先決だ。時臣は構わず雁夜へ訴える。

 

「今すぐサーヴァントを引きたまえ。仲間割れをしている場合ではないことぐらい、君にも分かるだろう」

 

 イライラしつつも、相手を興奮させないようゆっくりと語り掛ける時臣。

 だが、時臣の言葉を聞き、雁夜は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「ふざけるな! 誰がお前なんかの仲間だ! 血迷ったか、時臣ィ!」

 

「何? 君こそ、何を言っているんだ?」

 

 訳が分からなかった。苛酷な修行に耐えられず、遂に精神に異常をきたしたのか、と懸念しつつ、時臣はその言葉を口にした。

 

「――私と君は、今朝同盟を結んだばかりだろう?」

 

「………………は?」

 

 今度こそ、両者の時間が凍り付く。

 お互いに状況が掴めず、戦場の真ん中で2人は立ち尽くした。

 

 

 水上にて、セイバーは怪魔の触手へ向け、その剣を振るう。

 誰の目から見ても劣勢な彼女だが、その表情に焦りはなく、むしろ余裕さえ感じられた。

 ライダーが到着してからしばらくの間、セイバーは聖剣を風の鞘で覆ったまま怪魔の実力を測っていた。まだ先の長い聖杯戦争、できれば魔力を温存しておきたいと思ったからだ。

 しかし、幾度となく切り付けても、瞬時にすべての傷を塞いでしまう怪魔の実力を見て取り、セイバーはようやく覚悟を決めた。

 ――これは宝具を使うより手はない、と。

 気づけば怪魔もかなり河岸に近づいてきている。このままでは市街地に乗り上げてしまうだろう。そうなってからでは手が出せない。実行に移すならば早い方が良い。

 

「おぉいセイバー! このままじゃ埒があかん!」

 

 と、セイバーが思案していると、ちょうどいいタイミングで頭上の戦車からライダーがそう声を上げた。

 セイバーはライダーへ向け、こう提案する。

 

「私に案がある! 1度退け!」

 

「ほう……よかろう!」

 

 強情なセイバーから一時撤退を言い出したのが意外だったのか、ライダーは神妙な面持ちで呟いた後、豪快に承諾。そのまま言う通りに戦車の向きを変えた。

 セイバーも彼に続き、キャスターの触手から逃げるように河岸へと上がり、待機していたマスターたちと合流する。

 4人が集まって早速、開口一番にライダーはセイバーへ尋ねた。

 

「して、その案とは?」

 

 時間が惜しいため、セイバーも聖剣をかざしながら単刀直入にこう告げる。

 

「何、簡単だ。私の聖剣であの外道を焼き払う」

 

 すると流石は征服王。それだけですべてを察したらしく、セイバーの手元へ視線を落としながら驚いたように目を見張った。

 

「なんと。よもやその聖剣『対軍』……いや『対城』か。昨晩の森で垣間見たときにもしやとも思ったが……流石は世に聞く騎士王の剣。伊達ではないのう」

 

 感心した様子でしげしげと聖剣を眺めるライダー。ウェイバーもその言葉でセイバーの実力を察したのか、唖然と立ち竦んでいる。

 セイバーはそんな彼らの視線を受け、一瞬誇らしげに胸を張った後、すぐに冷静に戻り話を続ける。

 

「だが威力が大きい分、周囲へ及ぶ被害も大きい。だから――」

 

「貴様の射程圏まで、余があのデカブツを誘導すればよいのだな?」

 

「ああ、頼めるか」

 

「愚問である。丁度いい、貴様に王とは何たるかを余の宝具をもって示して見せようぞ」

 

 悪戯っぽく頬を吊り上げるセイバーに対し、愉快そうに笑顔で応じるライダー。

 短いやり取りのみで、即時に方針を固める頼もしい2騎の様子に、マスターたちも安堵したように胸をなで下ろしている。

 そして、早速セイバーは『風王結界』を開帳した。豪風を巻き上げ、姿を現す黄金の剣。光り輝くその刀身を目にし、その誰もが息を飲む。

 

「勝てるわ……」

 

 アイリスフィールが歓喜に声を震わせ、4人が4人ともセイバーの勝利を確信した――その時、まるでその希望に水を差すかのようにおぞましい呪詛の咆哮が夜の空に轟き渡った。

 並々ならぬ魔力に反応し、セイバーは構えを解いて頭上を仰ぎ見る。するとそこには、先ほどまでアーチャーと死闘を繰り広げていたはずのバーサーカーがその向きを変え、こちらへ一直線に向かってくる姿が見えた。

 

「A――urrrrrrッ!!」

 

 バーサーカーは血も凍る叫びを上げ、突如騎士王へと牙をむく。

 さらに後方へ目を向ければ、バーサーカーを追うように向きを変えるアーチャーの輝舟の姿も見えた。

 

「――血迷ったか? 狂犬めがッ!」

 

 無下に扱われた怒りからか、アーチャーはそう怒声を上げ、追撃を加えようとバーサーカーの背後まで肉薄する。

 しかし、その判断が仇となってしまった。

 直後、バーサーカーの機体下面から灼熱の火球が放たれる。

 

「何ッ!?」

 

 予期せぬ反撃に咄嗟の対応が間に合わなかったのだろう。燃え盛る火球の真っ只中にヴィマーナは突っ込み、そのまま錐もみとともに河面へと激突した。

 さらにバーサーカーの進撃は止まらない。

 セイバーは咄嗟にマスターたちを巻き込むまいとその場を離れ、河岸を駆けだした。

 しかし、やはりバーサーカーを引きはがすことは叶わず、戦闘機のバルカン機関砲がセイバー目がけ火を噴いた。

 セイバーは自身の魔力で加速しながら、その攻撃を何とか避ける。

 魔力放出によりジェット機並みのスピードを出せるセイバーだが、流石に宝具の力を帯びた弾丸は対処し難い。その上、この河岸は見晴らしがよく、弾丸を遮る物もない。

 

「くっ……」

 

 回避に手一杯なセイバーは戦闘機と並走しながら奥歯を噛みしめた。折角怪魔討伐の活路を見出したというのに、このままではキャスターへ宝具を放つことができない。

 それどころか、バーサーカーの戦術はセイバーの手の内を知り尽くしているかのように周到だ。1度でも立ち止まり、空の戦闘機へ狙いを定められればセイバーにも勝機はあるが、バーサーカーは絶え間なく弾丸を浴びせることでそれを許さない。

 もちろん、機関銃ごときに遅れを取るセイバーではないが、同時にバーサーカーは彼女の反撃を許さない。

 戦況はいつまでも平行線。このままでは無為に時間が過ぎるだけだ。そして、こうしている間にも、怪魔は刻一刻と市街地へ近づいている。

 ――このままではッ!

 セイバーはその歯痒さから一瞬苛立ち、たたらを踏む。

 しかし、その焦りが仇となった。

 バーサーカーはセイバーの足が止まったその一瞬の隙を見逃さず、彼女の進行方向を先読み、辺り一帯へバルカン機関砲を放ったのだ。

 

「――なっ!」

 

 セイバーは寸前で自らの過ちに気づき、叫びながら回避しようとするもすでに遅く。無数の弾丸は彼女を囲むように降り注ぐ。

 そして、回避不可の鉄の雨が彼女を襲った。

 セイバーとて、宝具の力を得た弾丸は一発でも当たれば致命傷だ。加えて、現在セイバーに弾丸を防ぐ手立てはない。

 ――ここまでか……。

 万策尽き、流石のセイバーもそう諦めかけたその時、

 

「――I am the bone(体は剣で) of my sword(出来ている)

 

 詠唱とともに、セイバーへ駆け寄る影があった。

 その人物は赤い聖骸布をはためかせ、彼女と弾丸の間に割って入る。

 そして、鉄の雨がセイバーへ直撃する刹那、彼は左腕を上げ告げた。

 それはあの弓兵が持つ最強の盾。

 あらゆる投擲武具に対し、無敵とされる結界宝具。

 その真名は――

 

「――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 叫びとともに、4枚の花弁が展開した。

 激突する弾丸と盾。

 しかし、弾丸はその花弁の1枚さえ砕けず、呆気なく凌がれる。

 寸前のところで横やりを入れられた怒りをぶつけるように咆哮するバーサーカーと、突然の出来事に唖然とするセイバー。

 そんな彼女へ背中を向けながら、その人物はこう告げた。

 

「悪い、セイバー。遅くなった」

 

 ぶっきら棒だがやさしさに満ちたその声色。

 彼女を守るようにして立ち塞がる、その背中を目に焼き付けながらセイバーは思わず笑顔を零した。

 

「いいえ、感謝します。アサシン。こうしてあなたに助けられるのは2度目ですね」

 

 そう彼はいつもセイバーの危機には駆け付け、彼女を守ってくれた。あの森でも、きっとあの問答でも。

 セイバーの言葉に一瞬アサシンの雰囲気が和らぐ。この位置からでは見えないが微笑んだのかもしれない。

 先日の恩もあるため、セイバーとしてはこのまま2人で語り合いたい気分だったが、残念ながら今はそれどころではないだろう。

 上空を見ればバーサーカーがまた旋回し、こちらへ向かってきていた。

 アサシンもそれを察知したのか、背中を向けたままセイバーへ告げる。

 

「行ってくれ。あいつは俺に任せろ」

 

「……はい。頼みます!」

 

 セイバーも短く答え、すぐに踝を返した。

 話したいことは山ほどあるが、そのためにも今は一刻も早くキャスターの元へ――

 

 

 セイバーが離れた後、アサシンは思わずその頬を緩ませる。

 

「まさか、またあいつと肩を並べることが出来るなんてな……」

 

 召喚当初にはそんなこと思いもしなかった。本当に、聖杯戦争は何が起こるか分からない。

 そして同時にこうも考えてしまう。

 もしも、このままセイバーとともにこちらで過ごすことが出来たなら――それは何と素敵で、甘い誘惑か。

 だが、アサシンは一瞬の間の後、その考えに自ら首を振る。

 ――それはあちらの彼女を裏切る行為だ。今の士郎にこちらのセイバーをどうこうする資格はない。

 

「――そういう意味では、少しお前にも同情はする」

 

 と、アサシンは迫りくるバーサーカーへ目を向ける。

 何故か彼女は気づいていない様子だが、高速で射出された宝具を素手で掴むほど洗練された武術。さらにあらゆるものを自らの武器とし、同時に自らの素性を隠すことのできる逸話を持つ英霊など、世界広しといえど彼の騎士1人だろう。また、彼ならば執念深く騎士王を狙う道理も通る。

 同じく彼女のことを知る身としては思うところもあったが、それとこれとは別問題だ。

 

「――投影(トレース)開始(オン)

 

 気持ちを切り替え、アサシンは弓を構えて戦闘態勢に入る。

 たとえ、あの名高い湖の騎士が相手だろうと、悪いがここを通すわけにはいかないのだ。

 そのために、まずはその厄介な戦闘機から降りてもらうことが先決だろう。

 よって投影するのは必中の魔剣。

 

「喰らいつけ――」

 

 呟きながら、アサシンは矢を引き絞る。

 魔力を数十秒チャージすれば威力を上げることができるが、今その時間はない。投影してすぐ、飛来するバーサーカーへと狙いを定め――放つ。

 

「――赤原猟犬(フルンディング)!」

 

 真名開放とともに矢は赤光となり、バーサーカーを襲った。

 その速度は音速を超え、戦闘機へと迫る。

 

「――っ!」

 

 だが流石と言うべきか、バーサーカーはその危険を瞬時に察し、急旋回。矢は戦闘機に当たらず、そのまま上空へと消える。

 本来ならばこれで手詰まり。どんなに強力な矢でも対象に当たらなければその威力は発揮しない。1度手元を離れた矢は直進しかできず、対象に着弾しなければ後は虚空に消えるのみである。

 しかし――。

 

「――無駄だ」

 

 その矢はそれだけでは終わらなかった。

 避けられて直後、直進しかできぬはずの矢はまるで意思を持つかのようにその向きを変え、旋回した戦闘機へ再び迫ったのだ。

 バーサーカーは、本来あり得ないはずの事態に驚いた様子を見せながらも、再び急旋回し、回避を試みる。しかし、それに合わせ、矢も再度方向を変え、3度戦闘機を追撃した。

 そう、それは放たれれば最後。着弾するまで目標を狙い続ける不可避の魔弾。

 たとえ音速を超える戦闘機であっても振り切ることは容易ではない。

 さらにバーサーカーが逃げてる隙に、アサシンは再度同じ魔剣を投影。今度は魔力を最大までチャージし、狙いすましたタイミングで放つ。

 戦闘機を挟み討つようにして迫る2本の魔弾。

 さしものバーサーカーもこれは振り切ることが出来なかったのか、矢は戦闘機に正面から着弾。空中で激しく爆発した。

 炎上しながら河へと墜落する戦闘機。

 だが、これで終わりだと思うほど、アサシンも間抜けではない。むしろ、戦いはこれからだろう。

 事実、寸前で霊体化し戦闘機から離脱したらしきバーサーカーはアサシンのすぐ近くに再び姿を現し、咆哮した。

 

「A――urrrrrrrrrrrrrrrrッ!!!」

 

 憎悪の叫びを上げるバーサーカー。

 戦闘中であるにも関わらず、その目にアサシンは映っておらず、狂戦士はひたすら彼女の消えた方向へと咆哮する。

 アサシンはその間に立ちはだかり、今度は双剣を構えた。

 あちらでは叶えられなかった、彼女の気高き姿を守るために。再びバーサーカーの前に立ち塞がる。

 形は違えど、両者とも騎士王のことを思い――今、2人の騎士が激突する。 




 今回もお待たせしてしまいました! 15話、ようやく更新です!

 毎回、次第次第に更新間隔が伸びてしまい、本当に申し訳ありません……。

 また、今回も懲りずに前編後編に分かれおり、次回の後編でキャスター戦に決着をつけられればなぁ、と思っています。
 色んな人が暗躍しだし、大変とッ散らかってますが、これからもどうぞよろしくお願いします。

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