Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

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問答

「――我らの問答をはじめようぞ」

 

 堂々と宴の開催を宣言する征服王。

 ――しかし、そんな彼に早速異を唱える者が現れた。

 

「ふん、くだらない。ぼくは失礼させてもらう。舞弥」

 

 と、切嗣はライダーが声を上げた途端、冷めた表情で席を立つ。

 切嗣の言葉を聞いた舞弥も、一瞬名残惜しそうに食べかけのケーキを見た後、すぐに普段の表情へ戻り立ち上がった。

 ライダーはそんな彼らを呼び止めない。

 実際、マスターたちの会議は終わっている。不確定要素が多い中、情報は出尽くし、これ以上議論する余地はないだろう。ならば、魔術師としてここは退室するのが道理だ。休戦状態とはいえ、いまだ敵同士。無意味ななれ合いは命取りとなる。

 ほかの者も同じ意見なのだろう。皆黙って、2人の背中を見送った。

 ――ただ1人、

 

「待ってくれ!」

 

 アサシンを除いては。

 

「じい――セイバーのマスター!」

 

 アサシンは叫び、慌てて扉の前へ走った。

 まさか敵のサーヴァントに呼び止められるとは思っていなかったのだろう。切嗣は警戒した様子で振り返る。

 

「……なんだ」

 

「っ…………」

 

 睨まれ、アサシンは思わず歩みを止めてしまう。かつての憧れを目の前に俯き、言葉に詰まる。

 伝えたいことが沢山あった。話したいことなど、きっと1日では語り尽せない。

 10年後のこと。セイバーのこと。家族のこと。――約束のこと。様々な思いがこみ上げ、押し寄せる。

 この時代に召喚され、記憶を取り戻してからずっと切望していた再会。

 けれどきっとそれは――今じゃない。

 あらゆる思いを懸命に噛み殺し、長い沈黙の後やっとの思いでアサシンは口を開く。

 

「………………料理、どうだった?」

 

 結局、言葉に出たのはそんな他愛のない一言だけ。

 そして、また長い沈黙が流れた。

 アサシンの言葉の意図が分からず、困惑しているのだろう。疑り深そうに彼を睨む切嗣。

 それでも、

 

「……うまかった」

 

 と、しばらくの間の後、ぶっきら棒に答えてくれた。

 

「っ……!」

 

 その一言がアサシンにとってどれほどの奇跡だったか。きっと万の言葉を用いても語り尽せないだろう。

 再び黙ってしまうアサシンへ、切嗣は眉をひそめながら尋ねる。

 

「それがどうかしたか?」

 

「…………いいや。いいや、何も。……そうか。よかった……本当によかった」

 

 思わず俯き、そう繰り返すアサシン。

 しかし、感傷に浸っている場合ではない。不審そうに睨む切嗣へ顔を上げ、普段通りになるよう努めて言う。

 

「……厨房を貸してくれた礼にいくつか作り置いといたから、またよければ食べてくれ。それを伝えたかったんだ」

 

「…………」

 

 かなり無理のある取り繕いだが、何とか切嗣は納得してくれたようだ。警戒はそのままにアサシンから視線を外して、今度こそ部屋から出ていく。その時、続く舞弥が一瞬振り返り、アサシンへ頭を下げた。

 彼らをただ黙って見送り、アサシンも席へ戻る。

 その際、入れ替わるようにもう1人席を立つ者が現れた。時臣は立ちあがりながら、アーチャーへ声をかける。

 

「では私も――王よ」

 

「うむ。控えていろ、時臣。ここから先は王の会合だ」

 

 アーチャーもそれに素っ気なく応じ、会釈する時臣。

 こうしてまた1人、会場から姿を消した。

そんなマスターとサーヴァントたちを見てか、アイリスフィールは呆れた様子で呟いた。

 

「貴方たち、随分と呑気なのね……」

 

 それは当然の感想だろう。アサシンも同じ気持ちだ。聖杯戦争の存続さえ危うい中、あるかどうかも分からぬ聖杯について問答を繰り広げようというのだ。とても正気とは思えない。

 しかし、ため息を吐くアイリスフィールへセイバーが首を振る。

 

「いいえ、アイリスフィール。これは歴とした戦いです」

 

「戦い?」

 

「はい。……我も王、彼も王。それを弁えた上で酒を酌み交わすというのなら、それは剣に依らぬ『戦い』です」

 

 そんなセイバーの言葉が耳に届いたのか、征服王はにんまりと破顔して頷いた。

 

「フフン、解っておるではないか。剣を交わすのが憚れるなら杯を交わすまでのこと。騎士王、それにアーチャーよ、今宵は貴様らの『王の器』をとことん問い質してやるから覚悟しろ」

 

「面白い。受けて立つ」

 

 毅然として応じるセイバー。その横顔は、戦場に挑むのと変わらない凛烈さに冴えていた。

 しかし、彼らの堂々とした様子に、アイリスフィールはいまだ戸惑いを隠せない様子で尋ねる。

 

「えーと……そもそも聖杯はもう……」

 

「もちろん、分かっています。しかし、まだ汚染されていると決まったわけではないのでしょう?」

 

「え、ええ。それはそうだけど……」

 

「ならば、王としてここは引かないのが道理だ」

 

 困惑するアイリスフィールへ凛と答えるセイバー。どうやら、頑として譲る気はないらしい。

 ライダーも彼女の言葉に堂々と頷く。

 

「応よ。正体を疑っている間に財宝をかすめ取られたとあっては、笑い話にもならん。中身の分からん宝物庫を前にしてこそ、王の真価は問われようぞ。――これは聖杯を掴む正当さを問うべき聖杯問答。その中身なんぞは二の次よ。まずは貴様らがどれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん」

 

 こうして、聖杯問答は幕を開けた。

 はじめに口を開いたのはアーチャーだった。、問答を先導するライダーへアーチャーは異を唱えたのだ。

 ――そもそも、聖杯を『奪い合う』という前提からして理を外しているのだ、と。

 ――聖杯は我の所有物であり、それを勝手に持ち去ることは許さない、と。

 分かっていたことではあるが、どうやらアーチャーは本当に聖杯に興味がないらしい。ただ王として、宝物を盗人から守っているだけ。

 更にアーチャーはライダーへ向け、自らの軍門へ下れば聖杯程度下賜してやっても良い、とまで言い放った。もちろん、ライダーはそれを拒否したが、豪快に笑うその様子はまんざらでもなさそうだった。

 続いて語ったのはライダーだ。

 ライダーは聖杯をアーチャーの持ち物だと認めた上で、なおかつそれを力で奪うと豪語した。ライダーは征服王。彼の者の王道は『征服』……即ち『奪い』『侵す』に終始するのだから、と。

 そして、聖杯を手に入れた折には、受肉し、この世界に1個の命として根を下ろしたいのだと語った。

 アーチャーはそんなライダーを大層気に入った様子で、自らとの決戦を約束していた。アーチャーの言葉にライダーも愉快そうに笑いながら応じている。

 そうして互いに認め合いながら、なおも激しく競い合う2人の様子をアサシンはただ黙って見守った。元よりこれは『王の宴』。ただの偽物であるアサシンは問答に加わる資格さえない。そう自ら判断したためだ。

 だが、静かに聞きながらも、その心中は穏やかではなかった。

 唯、我意あるのみ――。

 確かに2騎の英霊が語った傍若無人な内容も王道だ。聖杯へかける望みもなんであろうと構わない。王としての責務を終えた彼らが死後どんな願いを抱こうと、それは彼らの自由だから。

 しかし、『王としての在り方』についてなら、話が別だ。

 自分1人が良ければ良い。そんな考えが、仮にも人々の上に立つものとして正しいはずがない。それは暴君の考えだ。

 そして、ここにきてもなお、酒宴に加わっておきながら、未だ1度として笑みを浮かべていない者がもう1人いることに、アサシンだけが気づいていた。

 そんな王のあり方をアサシンは――セイバーは――絶対に認めない。

 だからアサシンは期待を込めて、かつての相棒の姿を見守った。彼女ならきっと、完璧な答えを返してくれると信じて。――それが思い違いであるとも知らずに。

 ――結局、生前アサシンも気づけなかったのだ。

 ――胸に秘めた彼女の願いに。その過ちに。

 そして、

 

「なあ、ところでセイバー。そういえばまだ貴様の懐の内を聞かせてもらってないが」

 

 と、いよいよライダーはセイバーへそう水を向けた。

 彼女は決然と顔を上げ、真っ向から2騎の英霊を見据え――その間違いを口にした。

 

「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望器をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」

 

「な――――」

 

 予想だにしなかったセイバーの答えに、アサシンの顔が凍り付く。

 驚愕したのは彼だけではないらしく、しばし座が静まり返った。セイバーだけがその沈黙の意味を図りかねているらしく、戸惑ったように目を白黒させている。

 そんな彼女を見て、意識が白くなり、吐き気さえ覚えた。

 

「――なあ騎士王、もしかして余の聞き違いかもしれないが」

 

 と、はじめに声を上げたのはライダーだった。困惑した様子でセイバーへ問う。

 

「貴様はいま、『運命を変える』と言ったか? それは過去の歴史を覆すということか?」

 

「そうだ。たとえ奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能ならば、必ずや――」

 

 その先の言葉は、アサシンには聞こえなかった。

 意識が遠くなる。

必死に弁解するセイバーとライダーの罵倒が聞こえたような気がしたが、どうでも良い。

 ただ視界の端で、アーチャーが愉快そうに頬を吊り上げ、こちらを眺めているのだけが目についた。

 何もかもが景色と化す中、思い浮かべるのはあの時、あの洞窟にすべてを置いてきた、かつての彼女の姿。

 生前、セイバーのマスターであったはずなのに、彼女の間違えに気づけなかった。その自分の無力さに打ちのめされた。

 ――セイバーだけは……。

 彼女を蔑むように笑う、アーチャーの声を聞きながら頭を抱える。

 ――セイバーだけは、違うと信じていたのに……。

 無論、それはアサシンの勝手な思い込みだ。しかし、アサシンにとってセイバーは何よりも気高く、美しい存在だった。

 そのあり方を間違いだなんて思ってほしくはない。

 けれど、もう――今のアサシンには彼女の間違いを正すことは出来なかった。

 

「――故に貴様は生粋の『王』ではない。己の為ではなく、人の為の『王』という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん」

 

「私は……」

 

 気づけば、問答も終盤のようだった。

 言葉が出ないのか、セイバーは顔を歪め、言いよどんでいる。

 

「アサシン……」

 

 その時、セイバーと目が合った。彼女の顔はまるで、行き場をなくした迷子の様だ。

 ――やめてくれ。

 反射的に、アサシンもそう顔を歪める。

 しかし――言わなければならないだろう。

 

「アサシン、貴様はどう思う?」

 

 ライダーに問われ、アサシンは決心し顔を上げる。

 

「……残念だけど、セイバー。俺もお前の望みには頷けない」

 

 その願いは間違いだ。死者は蘇らない。起きたことは覆らない。

 過去を――セイバーの10年間を――なかったことに、嘘になんてしてはいけない。

 以前の士郎ならば、容赦なくセイバーの在り方をそう糾弾しただろう。

 しかし、

 

「けど――否定もできない」

 

「え――――」

 

 戸惑う彼女へ、アサシンは微笑みかける。

 

「セイバー。いつかきっと、お前を正しい道へ導いてくれる奴が現れる。――それは『今回』じゃないけど……きっと……」

 

「アサシン?」

 

 今までとは別種の戸惑いを見せるセイバー。

 そんなアサシンの様子に何かを察したのか、ライダーが声を上げる。

 

「アサシン、よもや貴様の願いも……」

 

「……ああ」

 

 険しい表情のライダーを真っすぐに見据え、頷く。

 言峰には悪いが、ここまでくれば後には引けない。

 自分はいくら悪と断罪されようと構わない。その願いも間違いだ。けれど、セイバーだけは。――彼女の在り方だけは穢させない。

 アサシンは堂々と、この部屋にいるすべての者へ立ち向かうように、こう切り出した。

 

「俺の願いはセイバーと同じ――歴史の改ざん――死の運命にある『家族』を救うこと。それだけだ。

 もともと俺は――その願いを叶える代償として、英霊になったんだから」

 

「なっ――!」

 

 アサシンの言葉に部屋がざわめき立つ。セイバーはそう声を上げ、綺礼は戸惑ったように目を丸くする。そんな中、事前に事情を知っていたアーチャーだけが、1人静かに笑っていた。

 その動揺は最もだ。彼らを代表し、ライダーがアサシンへ問いかける。

 

「何? じゃあ貴様、身内の命を救うためだけに英霊になったと?」

 

 征服王をしてさえ、にわかに信じられないと言いたげだ。

 しかし、アサシンは決然と頷いた。

 

「ああ、その通りだ。この身を英霊(サーヴァント)とする交換条件として、俺は聖杯を求めた」

 

 それはサーヴァントの常識から大きく外れた行為だった。

 皆が困惑する中、何かを察したらしいセイバーが、はっと声を上げる。

 

「アサシン……あなたまさか……」

 

 その予感は正しい。

 アサシンはかつての相棒へほほ笑みかける。

 

「ああ。だから『そういう意味でも』俺はセイバーと同じなんだ」

 

 ここまでくれば、もう隠し事は出来ない。

 アサシンは覚悟を決めて口を開く。

 

「俺の真名は『士郎』――今から10年後、第5次聖杯戦争に参加したマスターだ」

 

 そうして遂に、未来からの使者は己が真名を口にした。

 

 ――マスターたちの悲願。

 ――サーヴァントたちの願望。 

 ――聖杯の正体。

 様々な願いが交錯し、明かされ、ここ宴は終演した。

 ――ただ1人、

 

「私は……」

 

 悩める神父を置き去りにして。

 




 毎度のことながら大変お待たせして申し訳ありません。14話、更新です。

 問答をするといったな。――あれは嘘だ。
 ……やったねセイバー! 仲間が増えたよ!(すっとぼけ)

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