Fate/Zero ~Heavens Feel~   作:朽木青葉

12 / 24
会合

 現在、綺礼は怒りに震えていた。

 己が願いを踏みにじった衛宮切嗣を必ず亡き者にすると決意した矢先、その戦いへ横やりを入れられたから――ではない。

 未だ切嗣への怒りは収まらず、今すぐにでもあの男へ襲い掛かりたいが、それとこれとは話が別だ。父上の制止、それも教会の仕事となれば、綺礼は一切の不満を漏らさず、甘んじてその意向に従う。

 だから現在、綺礼がアインツベルン城の一室で頭を抱えているのは、

 

「――これはおいしい。アサシンの料理はどれも――アーチャー! それは私のだ!」

 

「お前の物は我の物! ――ところでどうだ、ライダー。我の酒は?」

 

「うむ、まさに格別。極上の酒だな、これは――坊主も飲んでみるか?」

 

「いや……ぼくは……。てゆうか、よく敵が出した酒を飲めるな、お前……」

 

「あら。この料理、本当においしい。ね、舞弥さん」

 

「ええ、マダム。食後のデザートが楽しみです」

 

「こちらのワインもなかなか。どうですかな、時臣くん」

 

「はい、神父。ライダーといったか。敵ながらいい趣味をしている」

 

「…………」

 

 ――この無秩序な現状にだった。

 何故こうなった……。

 若干既視感を覚える状況に頭を抱え、綺礼は数十分前のことを思い出す。

 

 

「――聖杯は汚染されている」

 

 そう告げた後、はじめに動いたのはやはり監督役の璃正だった。

 璃正は至るところに戦闘の爪痕を残す中庭の中心へ歩み出て、経典を説くように声を張り上げ、集まった彼らへ語った。 

 

「これは由々しき事態である。もしもこの情報が真実ならば聖杯戦争の存続さえ危ういだろう」

 

 璃正の言葉に綺礼を含む何人かの者がうなずいた。そのうちの1人である切嗣が問いかける。

 

「その情報の信憑性は?」

 

「当然低い。が、無視することもできん。その事実確認をアインツベルンへ依頼したいのだ。こと冬木の聖杯について、君たちは我々より詳しかろう。――あちらにいるアインツベルンのマスターと話をしても――」

 

「――父上」

 

 と、璃正が提案しようとしたその時、綺礼は遮るように声を上げ、空かさずこう指摘する。

 

「誠に遺憾ながら、あちらのホムンクルスでなく、こやつこそがセイバーのマスターです。どうやら、愚かにも謀っていた様子」

 

「――っ!」

 

 動揺する切嗣を見て、綺礼は自身の口角が緩むのを感じた。この男が苦悩する姿は、なかなかどうして面白い。

 そんな普段の息子らしくない表情を見て驚いたか、それとも捨て置けない情報を耳にしたためか、璃正は驚いた様に目を見開いた。

 

「なんと。それは本当かね?」

 

「……ああ、本当だ」

 

 シラを切るのは不可能と判断したのだろう。切嗣は顔を歪めながらも正直に答えた。

 そんな彼を見て、璃正も眉をひそめながら頷く。

 

「うむ……非常時につき、その件については何も言うまい。では、セイバーのマスターよ。我らはアインツベルンの者と話がしたい。よろしいか?」

 

 当然応じてくれるものだと璃正は思っただろう。

 しかし、

 

「…………」

 

 と、黙ったきり切嗣は首を縦に振らなかった。さらにその視線は監督役の璃正ではなく、綺礼の方を向いていた。

 教会の言いなりにはならない、という意思表示だろう。

 ――そうでなくては。

 綺礼もそれに答え、切嗣を鋭く睨む。

 璃正がそんな2人の事情を察してか、

 

「綺礼、今は一大事だ。少し――」

 

 と、息子窘めようとしたその時、彼らの目の前へ割って入る影があった。

 アサシンとセイバーだ。

 アサシンは中庭へ駆け込むと血相を変え叫んだ。

 

「――無事か!」

 

 よっぽど慌てていたのだろう。アーチャーや監督役、さらに敵である切嗣の目の前へ堂々と姿をさらし、叫ぶ。

 対するセイバーはアイリスフィールへ歩み寄り、肩を貸していた。

 そんな彼らを見て、綺礼はほくそ笑む。

 ――これは好都合。

 

「戻ったかアサシン。では、令呪を持って命ずる――」

 

 ――セイバーを討て。

 そう言おうとしたその時、

 

「――おおい! 余を抜きに集まりおって。何を騒いでおるのだ?」

 

「っ!」

 

 と、さらに2人の間へライダーが割って入り、綺礼は慌てて口を紡ぐ。

 武装した戦車で豪快に中庭へ突っ込むライダー。そんな彼に対し、中庭の面々は警戒した様子で身構えた。こうしてついに綺礼と切嗣だけでなく、璃正を含む全員が臨戦態勢に入ってしまう。

 まさに一触即発。

 話し合いどころではない。いつ一斉に4騎が激突してもおかしくない状況だった。誰かが少しでも不穏な動きを見せれば、一気にこの中庭は戦場と化すだろう。

 ――願ったり叶ったりである。

 そう笑い、綺礼は自ら戦いの火ぶたを切って落とそうと懐へ手を入れた、その時だ。

 

「――うわぁ、待て待て待て! いや、待ってください!」

 

 と、またも邪魔が入った。

 小さい影が場違いな悲鳴を上げ、慌てた様子で戦車から転げ落ちる。その様子にライダーを睨んでいた誰もが眉をひそめ、綺礼は心の中で舌打ちをした。

 そんな中、影、ウェイバーは必死な様子で中庭のマスターたちへ叫んだ。

 

「ぼ、ぼくたちは戦いに来たんじゃないんです!」

 

 必死な形相で訴えるウェイバー。 

 どうやら嘘ではないらしく、

 

「応よ」

 

 と、ライダーも短く頷き、何かを抱えながら戦車を下りた。

 酒樽だ。

 そのライダーの突拍子もない行動に誰もが首を傾げる中、彼らを代表し、セイバーが凛とした声で尋ねた。

 

「ライダー、貴様何をしに来た?」

 

「見てわからんか? 一献交わしに来たに決まっておるだろうが?」

 

「…………」

 

 平然と答えるライダーを見て、セイバーはうんざりした様子で嘆息した。ほかの者も同様だ。

 緊迫していた場の空気が一瞬にして緩んでいく。すっ呆けたライダーの態度を目にし、皆戦意を保てなくなったのである。

 最早、一戦交える空気ではない。

 ――余計なことを!

 と、綺礼が苦虫を噛み潰す中、アーチャーが楽し気に笑いながら告げた。

 

「ちょうど良いではないか。我はこの雑種と杯を交わすとしよう。時臣、その間に貴様らはその雑事を片付けておけ」

 

「おお、話が分かるではないか!」

 

 早くも意気投合する暴君たち。

 自由奔放な2人に呆れながらも、安心したように胸をなで下ろす璃正。

 このまま緊迫状態で4騎が対面しては、何が起こったか分からない。下手をすれば聖杯の中身を確認する前に聖杯戦争が終了してしまっていただろう。監督役としてはライダーの申し出はとてもありがたいものだったはずだ。

 この皮肉な現状に呆れたのか、璃正は苦笑しながら問う。

 

「時臣くん」

 

 その一言だけで時臣はすべてを察したらしく、悲痛な面持で頷いた。

 

「まあ、状況が状況ですから――」

 

「うむ、あい分かった。これより監督役権限を行使する。現時刻をもって、聖杯戦争は無期限休止とする」

 

 聖杯戦の休止。

 この突然の勧告を聞き、綺礼は歯がゆさから奥歯を噛みしめた。セイバー、切嗣、時臣も同様の様だ。こうなっては、監督役の前で今宵の決着をつけるのは不可能だろう。それどころか、このまま聖杯戦争が再開されない可能性さえある。

 そんな彼らは無視し、続けて璃正はアイリスフィールへ向け告げる。

 

「では、アインツべルンよ」

 

「ええ、こちらへ。どこかの代行者に少し荒らされてしまいましたが、大広間以外は無事ですので」

 

 と、城の中を手で示すアイリ。そこへ席を設けるつもりだろう。言葉には若干綺礼への棘が感じられたが、当の本人は素知らぬ顔を貫いた。

 そうして、重苦しい空気の中、皆が移動しようとしたその時、

 

「――じゃあ、俺も準備を手伝うよ」

 

 そう、その少年が提案したのだ。

 それがすべての始まりだった。

 

「――酒の席ならつまみが必要だろ?」

 

 

 ――こうして、今に至るのである。

 ライダーの酒と共に、アサシンの料理が部屋へ運ばれてきた途端、場の空気が一変した。

 欝々としていた面々が顔を上げ、食事を口にした途端笑みを浮かべる。挙句の果てにはこの体たらくである。

 この場には最早、話し合いの席にふさわしい厳粛な雰囲気はなく、その装いは会合というより宴のそれに近かった。

 厳格な聖職者である綺礼はこの現状に頭を抱える。

 ――そもそもサーヴァントとマスターが同じ食卓を囲う事自体がおかしいのだ。父上はともかく、わが師まで何故その事実に気づかない……。

 ちなみに当のアサシンは調理中で、まだ厨房に閉じこもっている。直接本人へ文句を言えない現状もまた、綺礼のイライラを加速させていた。

 さらに、この場の空気に馴染めずにいる人物が綺礼の他にもう1人。衛宮切嗣もまた、不愉快そうに眉をひそめていることにも腹が立つ。よりにもよって、あんな奴と同じリアクションを取ってしまうとはっ……。

 ――もう我慢ならん。

 そう綺礼が立ち上がろうとした、その時。

 

「ふふっ。派手にやったな。綺礼」

 

 と、隣の璃正が話しかけてきた。アインツベルン城に単独で侵入した件についてだろう。

 その瞬間、綺礼は自分の感情を殺し、厳格な聖職者の顔に戻って頭を下げる。

 

「……申し訳ありません。しかし――」

 

「よい。それより、腕は大丈夫か」

 

「……抜かりはありません。この場では簡素な術しか使えぬため、完治にまでは至りませんでしたが、傷は塞ぎました」

 

「そうか……」

 

 そう呟き、璃正は神妙な面持ちで俯いた。その普段の父らしからぬ様子に、綺礼は首を傾げる。

 それと同時に璃正はこう言った。

 

「……綺礼よ。不謹慎ではあるが、今宵のお前の激情を見て、正直私はほっとした」

 

「父上? しかしそれは――」

 

 監督役としてあるまじき発言に戸惑う綺礼。

 璃正は厳格な求道者だ。試練による信仰を良しとし、私利私欲による行動を何よりも嫌う。そのため、今回の綺礼の単独行動は璃正の最も嫌悪する類いのもののはずだった。

 綺礼の知っている璃正ならば、例え息子に対してだろうとこんな慰めの言葉はかけない。

 そんな彼の心境を察してか、璃正はこう続ける。

 

「分かっておる。であるから、これは監督役としてではなく、私個人としての言葉だ。ひと時の老いぼれの戯言だとでも思ってくれ。……ここ数年、確かにお前は良くやった。魔術の修練は欠かさず、信仰にもより一層腰を入れるようになっていたが……以前より、どこか空虚に見えてな」

 

「…………」

 

「――それが今宵、以前の、己が信仰を確かめるように激しく試練を求める、かつてのお前の面影を見た。私はそれがうれしい」

 

 微笑む璃正。対して、それを聞く綺礼の表情は暗い。

 確かに、璃正の言葉には覚えがあった。聖杯戦争へ本腰を入れられない空虚な自分にも、今回それを満たすために行動したことも。

 しかし――

 

「……しかし、それは……」

 

 醜悪だ……。

 綺礼は己が望みのためのみに今回動いた。

 我欲は不浄であり、愉悦は罪悪だ。

 聖職者として、到底容認できる行いではない。ましてや、私怨など……。

 そんな息子の心情を知ってか知らずか、璃正は表情から笑みを消し、厳しく自身の行動を自ら否定する綺礼へ言い放つ。

 

「――その通りだ。であるから深く悔い改めよ」

 

「…………」

 

 綺礼は何も返せない。 

 うなだれる綺礼を見て、璃正は反省したとでも思ったのか、満足げにほほ笑んだ。

 しかし、

 ――違うのです、父上。

 と、綺礼は強く拳を握る。

 自分は父が思っているような、立派な人間ではないのだと。

 だが璃正は、綺礼の葛藤には気づかず続けてこう言う。

 

「それに状況は苛烈を極めている。教会の意向によっては……」

 

「――っ! それは……」

 

 璃正の示唆した内容に、綺礼は顔を上げ、気を引き締め直す。

 教会は冬木の聖杯を認めない。それでも、これまで教会が聖杯戦争を容認してきたのは、一重に魔術協会との衝突を避けるためだ。僻地の聖杯より、協会との全面戦争になる危険を重要視したのである。

 しかし、今回もたらされた情報により、その均衡が崩れるかもしれない。

 教会は冬木の聖杯を認めない。今回の件をきっかけに、もしも教会が方針を改めれば――。

 

「……注意いたします」

 

「うむ」

 

 頷く綺礼を見て、璃正も厳格な態度で答える。

 話はそれだけのようだ。

 顔をのぞかせる自身の悪性と、父の求める正しき信仰に板挟みになり、綺礼は身動きが取れなくなってしまう。切嗣は憎い。しかし、その行動を父は、信仰深い自分は許せない。

 ――ならば私はっ……!

 しかし、いくら悩んだところで答えなどでないことだけは、綺礼も知っていた。

 そして、会話の終わった璃正は食器を置き、宴の終わりを告げた。

 

「――では。食事の途中だが、そろそろ始めようではないか諸君」

 

 監督役の一言と共に、食事をしていたマスターたちが顔を上げる。セイバーも関心があるのか璃正の方を向いていた。

 対してライダー、アーチャーは我関せず、と言った様子で目もくれなかった。

 2騎のことは構わず、璃正は懐から手紙のようなものを取り出し、続ける。

 

「この矢文が教会へ放たれたのは今朝のことだ。矢文には先に述べた通り、聖杯が汚染されている、という旨のことが書かれている」

 

「……『汚染』というのはどういった状態なのですか?」

 

 気持ちを切り替え、早速綺礼は疑問を璃正へぶつける。璃正の言葉を聞き、はじめに思ったのがそれだったからだ。

『汚染』ということは、少なくとも現在聖杯は健在なのだろう。機能も生きているはずだ。もし、聖杯自体が壊れ、機能を果たさなくなっていることを教えたいのなら、矢文の主は『失われた』または『故障した』と記すはずだ。そこをあえて『汚染』としたことには、何か意味があるはずである。

 綺礼の指摘に、璃正もゆっくりと頷く。

 

「うむ。この矢文の主によると、聖杯は前回の戦争、第三次聖杯戦争において異物が混ざり込み、本来の機能とは異なる働きをするようになった、と述べておる」

 

「なるほど……それで『汚染』ですか」

 

 納得し、そう呟いた後、綺礼は続けて問う。

 

「では、その異物というのは?」

 

「…………」

 

 綺礼の問いに対し、璃正は躊躇するようにそう一呼吸置いた後、その名を口にした。

 

「――『この世すべ(アンリ)ての悪(マユ)』――それが異物の名だ」

 

「――っ! 『この世すべての悪』ですって!」

 

 その名を聞いた途端、アイリスフィールは叫び、テーブルを叩いて身を乗り出した。それはアインツベルンにとって、余程衝撃的な内容だったようだ。

 彼女の他に時臣もその名を聞いて険しい表情で俯き、アーチャーとライダーが一瞬こちらへ意識を向けた。

 璃正も悲痛な面持ちで続ける。

 

「その通りだ、アインツベルン。これは前回、貴殿らが呼び出したサーヴァントの名だ。この情報が、この文を無下に扱えない要因でもある」

 

 璃正の言葉に、綺礼も黙って頷く。

 確かに、前回召喚されたサーヴァントの名を知っているということは、少なくともこの文を放った人物は聖杯戦争の関係者か、それに類する者なのだろう。聖杯戦争、それも何十年も昔の前回を知っている者となるとその数は少ない。

 アイリスフィールも動揺を隠せない様子で首を振る。

 

「ありえないわ……。だってあのサーヴァントは……」

 

「ああ。彼のものは神霊の名であるにも関わらず、並のサーヴァントよりも脆弱だった。そのため、そうそうに敗退したが……この者によると聖杯は、『この世すべての悪』敗退後、回収した際にその願いを受諾してしまったらしい」

 

「なっ……!」

 

 告げられた内容に、一同が一斉に息を飲む。

 続けて、皆を代表しアイリスフィールが叫んだ。

 

「それこそありえないわ! サーヴァントは消滅後、無色の魔力になって……まさかっ!」

 

 しかし、途中で何かを察したのか、彼女の表情が驚愕に染まる。

 

「そのまさかだ、アインツベルン。『この世すべての悪』は個の望みを持たぬ、ただ悪であれと他者に願われた英霊。つまり――」

 

「人の願いそのもの……そんなものが聖杯に取り込まれたら……」

 

 悲痛な面持で押し黙るアイリスフィール。その表情を見てすべてを察したのだろう。璃正も険しい顔で尋ねる。

 

「……もし、この者が言っていることがすべて正しかった場合、聖杯が汚染されている可能性は?」

 

「……高いわ。それもかなりの高確率……」

 

 アイリスフィールが告げた内容に、誰もが俯き黙る。

 そんな中、1人現状を把握できていないらしいウェイバーがおどおどしながら声を上げた。

 

「あ、あの。もしも本当に聖杯が汚染されてるとして、聖杯にはどんな影響があるんですか?」

 

 その問いに答えたのはアイリスフィールだった。

 

「影響なんてものじゃないわ……もし本当なら、聖杯は『この世すべての悪』に占拠されてしまってる。この後、誰が聖杯へ望みをかけても『この世すべての悪』の願いしか叶わない」

 

「てことはつまり、ぼくたちが争うまでもなく、聖杯はそいつの物ってこと?」

 

「…………」

 

 ウェイバーの言葉にアイリスフィールは黙って頷く。

 自然、皆の面持は暗い。綺礼も同じく俯いていた。

 もしも、本当ならトンデモないことだ。この第四次聖杯戦争は、元々勝者の決まっていた茶番だったということになりかねない。

 しかし、この情報を聞かされて、綺礼は聖杯戦争の存続とは別の言葉に衝撃を受けていた。

 それは――『この世すべての悪』。

 ただ悪であれと願われた、生まれながらにしての悪。もしも、そんなものが願いを受諾したというのなら、

 

「――『この世すべての悪』は、一体何を願ったのだ?」

 

 それは考えが思わず口に出てしまっただけの、ただの独り言だった。 

 しかし、それに答える者がいた――切嗣だ。

 

「決まっている――人類すべての呪いを持って――人類すべてを呪う事。それ以外に考えられない」

 

「もし、そんな願いが叶ったら……」

 

「ああ、人類はお終いだ」

 

 呟くアイリスフィールに切嗣は答え、拳を握りしめこう続ける。

 

「ぼくは『この世すべての悪』を――絶対に認めない」

 

 何か思い入れでもあるのだろうか、呟く切嗣の姿には鬼気迫るものがあった。

 対して、切嗣の言葉を聞きながら、綺礼は別のことを考えていた。

 ――『すべてを呪う』本当にそれが『この世すべての悪』の望みなのか、と。

 彼の願いを聖杯が叶えたのなら、必然的にすべての人間が呪われるはずだ。当然である。彼の者は、そうあるべきと望まれた英霊なのだから。

 しかし、それは『この世すべての悪』の在り方であって、願いではない。

 ただ、そういうものだったというだけだ。

 

 もし、そんな者がこの世に生まれ落ちたのだとすれば、『この世すべての悪』は果たして自身を――。

 

「アインツベルンよ。1つ質問をいいかね?」

 

 と、皆が再び黙る中、声を上げる者がいた。時臣だ。

 

「ええ、構わないわ」

 

 そう顔を上げるアイリスフィールへ時臣は問う。

 

「もし、仮に聖杯が汚染されているとして――根源の到達への支障は?」

 

「……ないわ。そもそも、願望器としての機能とそれはまったくの別物ですもの」

 

「なるほど。安心したよ」

 

 呟き、胸をなで下ろす時臣。

 現状は変わらぬはずなのに、1人安心した様子の時臣へ、アイリスフィールは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「……そんなことを聞いて、どうする気?」

 

「愚問だな。逆に――君たちは違うのかね?」

 

「…………」

 

 時臣は質問に対し、そう問い返す。

 アイリスフィールは答えない。

 しかし、それがどうしようもない答えだった。

 黙ったままの彼女に、時臣は呆れた様子でため息を吐く。

 

「やれやれ……まさか、アインツベルンともあろう者が千年の悲願を忘れたか」

 

「時臣くん! 今は――」

 

 恐れていた事態に璃正が声を上げたその時、

 

「――おっ、どうしたんだ? みんなして暗い顔で」

 

 と、ちょうど最後の調理を終えたらしいアサシンが奥から顔を出した。手の盆には食後の物と思われる見事な砂糖菓子が載せられている。

 目を輝かせるセイバーと舞弥。

 それを手際よく皆の前へ配り終えた後、アサシンはようやく空いていた自分の席に着いた。

 

「悪いな、待たせて」

 

「何、構わんさ。丁度あちらの些事も済んだらしい」

 

 謝るアサシンへ、ライダーは何でもないことの様に答える。

 そんな彼の様子に、ウェイバーは目を見開き叫んだ。

 

「待て待て待て! お前、さっきの話聞いてなかったのか!? 聖杯はもう――」

 

「ガラクタなのだろう? そんなこと知っとるわ」

 

 やはり、平然とそう答えるライダー。どうやらアーチャーも同様らしく、彼の言葉に黙って頷いていた。

 唖然とするウェイバーを無視し、代わりにライダーはこうアイリスフィールへ問う。

 

「時にアインツベルンとやら。もし、それが事実だとして、余の望み――受肉することは可能かの?」

 

「――っ!」

 

 ライダーの質問の意味することに驚きながらも、アイリスフィールは笑みを称えて答えた。

 

「ええ、大丈夫よ。元々アインツベルンの聖杯は『その』機能に特化したものだから」

 

「……そうか。安心したわい」

 

 本当に安心したように穏やかな笑みを浮かべるライダー。

 

「お前……」

 

 言葉が出ない様子のウェイバーへ一瞬笑いかけた後、ライダーは正面を向く。

 

「さあ、前座がちと長くなったが――」

 

 そうマスターたちの些事などこの男には関係ないのだ。

 例え、報酬がガラクタであろうと、果てが荒野であろうと、彼のやることは変わらず1つ――略奪。

 集まった豪傑たちへ向け、ライダーは言い放つ。

 

「――我らの問答を始めようぞ」

 

 征服王は高らかに、本当の宴の開催をここに宣言した。

 




 大変お待たせしてしまい申し訳ありません。12話、更新です。
 
 大人数が集まってるのを書くの、すごい難しい……。
 今回改めて、自分の実力不足を痛感しました。

 そんなこんなで本編は第二部突入。……いや、別段何かが変わるわけではないんですけどね。気分的に。
 ということで、初心を忘れず、これからも精進していく所存ですので、変わらず生暖かい目で見守ってやってください。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。