Fate/Zero ~Heavens Feel~ 作:朽木青葉
「衛宮、切嗣」
「言峰、綺礼!」
2人はお互いの名前をそう呼び合う。どうやら自己紹介は不要のようだ。
場所は門を入ってすぐ、城内の大広間。城までたどり着いた綺礼はろくに隠密行動もとらず、堂々と正門から城に潜入したのである。綺礼はその1階から、2階の踊り場を見上げる。
その視線の先に、衛宮切嗣は待ち構えるようにして立っていた。
同じく綺礼の名を叫び、こちらを見下ろす切嗣を見て、綺礼は思わず笑みを浮かべる。
この時を待ちに待っていたのだ。自制など綺礼の頭にはもうなかった。
しかし、綺礼と違い、切嗣に話し合う意思がないようである。彼は腰の短機関銃に手をかける。
このままではアサシンの危惧した通り、問答を行う前に殺し合いになってしまうだろう。
だが――それでいい。
と、綺礼はほくそ笑み、己も懐から黒鍵を取り出し、構える。
元より尋常な話し合いを望めぬことは承知の上だ。
会えば殺し合いになる。ならば――殺し合いの中で、衛宮切嗣の本質を、探し求めていた答えを――見つけ出せばいい!
そして、城内で銃声が響いた。
逃げ場のない屋内での制圧射撃。遮蔽物のないこの場において、この銃撃を生身で防げる人間は稀だろう。
しかし、綺礼はまるで臆せず、淡々と両手に持った6本の黒鍵を巧みに操り、そのすべてを撃墜する。そうして、銃弾を防ぎながら綺礼は一心不乱に目の前の男を分析した。
――なるほど、初撃に銃弾を選択するとは、噂通り魔術師としてはあるまじき男だ。確かに銃は優れた武器だ。同威力の魔術と比べ、圧倒的に手間もコストもかからない。しかし、やはり瞬間火力では魔術に劣る。にもかかわらず、魔術を習得してなおそれを捨て、火器を使い続けるとは――やはり、そうでなくてはならない。
切嗣の内面へ思考を巡らせ、綺礼は笑う。
そして数秒後、残弾が切れたのか銃弾の雨が止んだ。
――ならば次はこちらの番だ。
銃撃が止むと同時に、綺礼は片手に持っていた3本の黒鍵を放つ。
銃弾とさして変わらぬスピードで投げられた黒鍵を――切嗣は予想していたのか身を逸らすだけで躱した。
しかし、初めから躱されることは承知の上だ。残弾が尽きたのならば、リロードに時間がかかるはず。
そう考えた綺礼は黒鍵を放ったと同時に残りの黒鍵を構え、態勢の崩れた切嗣へ向け駆ける。
だが――『魔術師殺し』はここまでの流れをすべてよんでいたのだろう。残弾が尽きたのだと思われていた短機関銃を、崩れた態勢のまま構え、再度放つ。
――銃撃をやめたのはブラフ!
すぐに気付き、綺礼は駆けながら両腕で顔をガードする。そこから少し遅れ、銃弾の衝撃が綺礼の全身を襲った。
しかし、弾丸は直撃したものの綺礼の体を傷つけるまでには至らない。綺礼の法衣は特殊な繊維と呪符によって防弾加工が施されているからだ。
銃弾の雨の中を、構わず直進する綺礼。
間もまく銃撃も止んだ。今度こそ弾切れだ。
銃弾の直撃で若干勢いを削がれ、その間に切嗣も態勢を立て直していたが、構うことはない。綺礼は構えた黒鍵で、直接相手へ切りかかる。
切嗣はこれを懐から取り出したナイフで防いだ。
その後、2度3度と綺礼は黒鍵で切り付けるが、そのすべてを切嗣はナイフ1本で防ぎきる。
――ほう、接近戦もできるのか。
と、そのナイフ捌きを見て、綺礼は思わず感嘆した。
その一瞬の隙を突き、今度は切嗣がもう1歩懐に入り込み、ナイフを突く。
黒鍵は本来投擲武器であり、接近戦には向いていない。その上柄が長く、ここまで踏み込まれれば、刀身の短いナイフの独壇場だ。また、防弾仕様の法衣も斬撃には弱い。
ナイフの切っ先が、綺礼の懐に迫る。
しかし――ここまでが言峰綺礼の思惑通りだった。
綺礼は切嗣がナイフを持つ腕とクロスするような形で、先ほど黒鍵を放ち空いていた片腕を絡める。
「――っ!」
直後、今までポーカーフェイスを貫いていた切嗣が驚愕の表情を浮かべた。しかし、今更気づいたところでもう遅い。
そう、黒鍵による投擲も、刀身による斬撃も、すべてがブラフ。
綺礼本命は――この磨き上げた肉体から放つ、八極拳である。
綺礼は腕を絡めたと同時に身をかがめ、密集するように切嗣の懐に潜る。そのまま黒鍵を持った方の腕の肘を彼の鳩尾めがけ放った。
攻守一体の1撃。腕を絡まれた時点で認識できても、絶対に反応は追いつかない。まさに一瞬のうちに放たれた不可避の1撃だ。
だがここで奇妙なことが起きる。
腕を絡まれる寸前、危険を察知した切嗣が、こう呪文を紡いだのだ。
「
瞬間、切嗣の体が通常の2倍で動き、本来反応できるはずのない肘突きに対応。絡められた腕を払って後退する。
「――何?」
絶対に避けられるはずのない攻撃が空を切り、綺礼は眉をひそめる。通常の倍速で動く、それが奴の魔術なのだろう。
そう思いながら、綺礼は目の前の男を眺める。
切嗣は先ほどと同じく距離を取り、機関銃の銃弾を補充していた。その間も、剣呑な様子で綺礼のことを睨んでいる。
その視線を受け、思わず綺礼は笑みを零した。
――待ち望んだ同胞との邂逅。
――拮抗する実力。
これこそ、綺礼の望んでいた戦闘――のはずだった。
しかし――何かが妙だ。
その違和感から、綺礼は死力を尽くせずにいた。
――例えば先ほど。腕を絡められた切嗣は倍速で動き、綺礼から距離取った。しかし、あの刹那、捨て身であと1歩踏み込めば、綺礼は致命傷を負わせる1撃を放てたのではないか?
――例えば現在。距離を取った後、切嗣は自分からは仕掛けず、こうして睨み合いになっている。しかし、その腰にはもう1丁銃が顔をのぞかせていた。先ほど距離を取った瞬間、綺礼は倍速で動かれたことに驚き、大きな隙が生じていた。その一瞬にその銃を引き抜いていれば、あるいは勝負が決まっていたのではないか?
さらに今、こちらを睨む切嗣の目にも覇気がなく、まるで目の前の敵に集中できていない。なにやらしきりに背後を気にしているようだが、それが綺礼を意味もなく苛立たせた。
そして、脳裏に浮かぶのはあのアサシンの一言。
――まさか、本当に思い違いだとでもいうのかっ……。
その焦りから、綺礼は苛立ちを隠せずにいた。
いつの間にか切嗣は装填を終えている。
しかし、変わらず自らは打って出ず、銃口を向け、綺礼をけん制していた。
まるで、背後の何かを護るように。
――そんなに背後のものが気になるのか!
ならば――と、綺礼は苛立ちからある危険な賭けへと打って出る。
そして、場所は移り、郊外の森。
そこではセイバーとアサシンがお互いに剣を構え、どちらも1歩も動かない。――否、動けない。
アサシンはセイバーのそのあまりにも隙のない構えを前に責められずにいた。それはセイバーも同じなのだろう。
長い緊張状態の中、アサシンはかつての相棒を目の当たりにし、今更その凛とした姿に打ち震える。
あちらの最終決戦で対峙したどこまでも深く暗い圧倒的な威圧感はないものの、こちらの彼女には思わず見とれてしまうほど雄々しい輝きがある。その姿はまるで、夜空を明るく照らす星のようだ。
どこまでも眩しい、出会って間もない頃の姿のままな彼女を見て、アサシンは――
「――どうしたアサシン。戦う前に考え事とは、よほど自信があるようだな」
と、アサシンの心境を見透かし、セイバーがそう声を上げた。
決戦前でさえ礼儀を忘れないその誇り高い姿に、アサシンは思わず頬を緩める。
「悪い、セイバー。――お前にはいつも助けられてばかりだ」
アサシンの言葉の意味が分からなかったのか、セイバーはそれを聞き、首を傾げた。
――が、確かになれ合いはここまでだ。
アサシンは気持ちを切り替え、目の前の騎士王を睨む。
相手は本気のセイバー。忠告されるまでもなく、全身全霊を持ってしてなお、余りある相手だ。
マスターの時は足元にさえ及ばなかった。
最終決戦ではライダーと2人がかりでようやく倒せた。それも危うい賭けに勝ってギリギリ掴んだ勝利だ。実力で優っていたとは思えない。
そんな相手と今、1対1で対立している。
絶望的な状況。しかし、アサシンの胸には不思議と後悔も焦りもなかった。
あるのはただ――こみ上げてくる興奮のみ。
そうだ。アサシン――衛宮士郎は――心のどこかでこの時、この瞬間を、
――待ち望んでいた!
「――はっ!」
踏み込んだ。
次の行動予想、回避のための体制確保――その一切をかなぐり捨てて、己がすべてを吐き出すように、全力で双剣を叩きつけた。
しかし、対するセイバーはその刃を虫でも払うかのように難なく受ける。
「――くっ」
分かっていたことだが、アサシンとセイバーでは実力に天と地ほどの差がある。
苦虫を噛み潰すアサシンに、セイバーはさらに返す刃で喉元へ切っ先を突きつける。
無防備な懐。不可視の剣。この突きを防ぐことは衛宮士郎には不可能だ。
――しかし、
「――っ!」
驚きはどちらのものだったろうか。
必中だったはずの聖剣がアサシンの双剣にあっけなく弾かれる。
セイバーも完全に決まったと思っていたのだろう。動揺した様子で続いて、2撃、3撃、と重ねて斬撃を振るう。
だが、流石は剣の英霊。動揺しながらもその剣戟は完璧だった。
アサシンの隙を突く見事な連撃。常人には目で捉えることさえ不可能な早業。当然、アサシンもその太刀筋を見極められない。
――しかし、またも聖剣は双剣によって防がれる。
捉えることすら不可能はずのセイバーの太刀筋を、まるで予知してかのように先回りし、難なく弾く。
アサシンの剣戟は平凡だ。とてもセイバーの猛攻を2度も防げる技量ではない。
アサシン自身もそれが分かっている。はじめの1撃以外は受けるので精一杯。完全に防御に専念していた。それも1撃1撃を全身全霊で辛うじて防ぐような防御だ。1撃目は防げても、これでは続く刃を返せない。
――しかし、さらに2度、3度、と攻防を重ねてなお――アサシンは倒れなかった。
攻撃を防がれたセイバーは驚いた様子で目を見開く。
そんな彼女を見て、アサシンは自然と口から笑みを零した。
アサシンの剣技は借り物だ。その得物も、この剣製も、ある英霊から盗んだ偽物でしかない。しかしそれでも、
――戦えている。あのセイバーと。
その実感がアサシンの力となる。
「――ぐっ」
すでに30余りもセイバーの剣を受け、アサシンの体は悲鳴を上げる。――あともう30手、それ以上は受けられない。ここがアサシンの限界だ。
しかし――限界など超えればいい。
――頭を回せ。余分な思考は捨てろ。そして掴むのだ。残り30手の内に、30手先の生存を――。
そしてまた30手、アサシンはセイバーの剣を受ける。そこから更に30手先の生存を勝ち取るために。
実力差は歴然だ――しかし、アサシンは絶対に倒れない。
それをセイバーも感じ取ったのだろう。
「……認めましょう。貴方は素晴らしい騎士だ」
そう呟き、アサシンから1歩引く。
セイバーもまた本気を出すため。風の鞘に納めた聖剣を開放するために。
だが――それこそ、アサシンの待ち望んでいた瞬間だった
「――
後退したセイバーめがけ、アサシンは双剣を放る。
左右から同時に、それぞれ最大の魔力を込めた1投。セイバーの首めがけ、弧を描くように双剣を投げる。
「――なっ!」
防戦一方だったアサシンの突然の反撃に、セイバーは思わず声を上げた。
――しかし、驚きはしたもののセイバーは当然の様にその攻撃を防いだ。左右同時に襲い来る干将と莫耶を撃墜、容易に軌道をずらす。
防がれようと手元に戻るはずの双剣は、軌道を狂わされセイバーの背後へ落ちる。
防がれた。――だが、それも想定の内だ。
アサシンは武器を手放し、無刀のままセイバーの元へ駆け、
「――
その1言と共に予め用意しておいた干将莫邪をもう1度創り上げ、セイバーへ切り付ける。
「同じ武器……!」
と、双剣を受け止めながら驚くセイバー。
その直後、
「――
あり得ない角度からの奇襲がセイバーを襲う。
「なっ……!」
未来予知じみた直感で、セイバーは背後から飛翔した干渉を躱した。
その隙を突き、アサシンは莫耶を叩きつけ――
「っ――」
セイバーの聖剣に砕かれる。
――流石はセイバーだ。背後からの奇襲と、全力で放った1撃を同時に防ぐなんて。
だが、
「――
更なる布石は打ってある。
「もう1つ……!」
2度背後から飛翔する1刀、莫耶だ。それは投擲し、先ほど弾かれた1度目の双剣。
干将莫邪は夫婦剣。
磁石のようにお互いを引き寄せる性質を持ち、アサシンの手に干将がある限り、莫耶は自動的に戻ってくる。
「くっ……!」
神業めいた反応速度をもって、背後からの奇襲を再び避けるセイバー。
そのこれ以上ない無防備な胸元へ、残った干将を叩きつけ――最後の1撃さえ、セイバーによって打ち砕かれた。
時間が凍りつく。
1秒に満たない刹那、アサシンとセイバーはお互いの状態を確認する。
――アサシンは限界。4度に及ぶ猛攻を防がれ、その手は空拳。
――セイバーは限界。無防備な状態で追撃し、その先はない。
お互いに手詰まりだ。
どちらも無防備さを曝け出したまま、1秒後に元へ戻る。
されど――アサシンの手には、その先が用意されている――。
――
3度目の投影に、セイバーの表情が凍る。
「セイバー――――――!!!」
――
その無防備な体へ、アサシンは双剣を振り抜いた。
――これこそ鶴翼三連。この腕の持ち主が編み出した、必殺の絶技である。
防御も回避も不可能な斬撃の重ね合わせ。
しかし――その先があったのは、アサシンだけではなかった。
「――
セイバーの一命と共に、聖剣から暴風が吹き荒れる。
「なっ――」
予期していなかった反撃をアサシンはもろに受けた。
崩れた姿勢のまま無理やり開放したため、暴風はセイバーさえ巻き込み、2人は別々の方向へ吹き飛ばされる。
「くっ……」
受け身を取りながら着地し、アサシンは悔しさから奥歯を噛みしめる。
――届かなかった。衛宮士郎の――腕の英霊の――全力が。しかし、まだだ。まだ勝負は終わっていない。
不屈の闘志を燃やし、アサシンはセイバーの飛ばされた方向を睨む。すると、そこには――。
「――見事な連撃だった、アサシン」
と、立ち上がり、聖剣を構えるセイバーの姿があった。
さらにその手に持つ剣は風のベールを解き、
「さあ、決着をつけよう」
――黄金の輝きを放つ。
お待たせしました。そして何故か今回、唐突な前後編使用となります。
後編も続けて明日更新する(予定な)ので、引き続きよろしくお願いします。
宴は……もうしばらくお待ちください!