『なあ提督よ。私はどうすれば射撃が上手くなるのだろうか』
武蔵の愚痴に、俺は少々うんざりしてきた。
もう二時間はこいつの愚痴に付き合ってる気がする。最近艦娘達と意思疎通ができるようになったことで話し相手になるのも増えてきたけど、こうした愚痴を聞かされることもしばしばだ。以前は大井に、北上の素晴らしさを熱弁された。きつかった。
しかし、武蔵さんはこういう人だったの?あの自信満々の武蔵は何処へ?凛々しい姉御肌の貴女はどこへ行ったの?まあ貴女よく外しますけど、だからってそこまで落ち込むことなの?
あ、ちなみに蒼龍は今おふくろと買い物に行ってる。珍しく、おふくろが買い物に付き合わせたかったようだ。まあ何故かはわからんけど、曰く花嫁修行がどうとか。気が早えよ。
『なあ、聞いているのか?私は大和型なんだぞ?』
ああ、そうですか。そうですね。まあプライドがあるんだろうけどさ、そんな重そうな艤装つけてれば俺は仕方ないと思うよ?ワンパンに賭ける感じは好きなんだけどさ。
『私は提督の期待に応えたい。どれだけ貴重な資材を投資して私を造ったんだ?そう思うと私は…』
そう思ってくれてるのか、それはちょっと嬉しいな。実際3回目くらいの大型で出てきたんだけども。あ、自慢じゃないです。大和が本当は欲しかったんです。おのれ、とある友人。カッコカリまでしやがって。
『私もそちらに行けば、体を提督に売っても良いくらい申し訳ないのだぞ!』
その気持ちはこちらとしてもある意味申し訳ないけど、第一に自分の身を大切にしてください。タイプではあるけど、後が怖いんです貴女。なんか黒スーツのスッゾコラーとか言いそうな人たち来そうなんで。本当身を大切にしてください。
「そこまでしなくていいです」
『だが!じゃあどうすれば良いのだ?まさかもっと何かを!』
「十分役に立ってますんで、武蔵さん超頼もしいんで、どうか自信を持ってください」
まあ射撃当たらなくても、その存在感だけで安心感と信頼感あるんですよね。蒼龍には勝てないけども、長年的な意味で。
『じゃあ私をどうして何時も艦隊に入れてくれないのだ!頼りにしているのではないのか!?』
まーたこれか。もう誰でも良いから変わってくれよ…
✳
私、蒼龍は今、近所の「すーぱー」と言う大きなお店に来ています。ていと…じゃ、なかった。望さんのお母さんと共に、夕食の準備の為です。それにしても、このすーぱーは色々な食材が集められて、どれも美味しそうに見えてしまいますね。
「龍子ちゃん。そのジャガイモを取ってくれる?」
「あ、はい!」
袋詰めされているジャガイモを、私は手に取ります。ゴツゴツしていて、力強さを感じ
ますよね。ジャガイモ。
「ありがとう。そういえば、龍子ちゃんは料理ができるの?」
「え、私は…」
無かった訳ではないです。でも、その際には必ず誰かがいた気がして…。バレンタインの時は飛龍と一緒だったし、1人で料理をしたことはなかったと思います。
「その…誰かと一緒ならですけど…」
「あら、1人で料理を作らないの?じゃあ、今度教えてあげるわ。男の胃袋を掴むのは、基本中の基本よ?」
熱弁するお母さんに、私は思いました。そうなんだと。でも確かに、一生懸命作った料理を望さんに褒めてもらえれば、嬉しいかも。
「そういえば望さんの好きな料理って何ですか?」
私はまだ、望さんの事を何も知らない。提督としての望さんは優しく頼れる人であると思うけど、実際はどういう生活をしているのかも知らなかった。だからこそ、今この世界にいるうちにでも、もっと色々なことを知りたい気持ちでいっぱいなんです。
「そうねぇ。良く食べに行くのは隣町のラーメン屋さんだけども、家庭料理で好きなものは、おそらくハヤシライスじゃないかしら」
「へえ、カレーじゃないんですか?」
「うーん。まあカレーも好きだと思うわ。でも、ハヤシライスの方が好きって言っていたような…」
望さんは、色々とハイカラチックな気がする。珈琲と言い、服装と言い、私が思い浮かべていた現代の人とは、少し違うのかな。と、言うか。私の考えが少し古いのかも。
「まあでも、高校生の時はガッツリ食べれる物が好きだったみたいね。カツ丼とか。きっと部活で凝ってりと絞られて、終始お腹が空いている状態だったのかも」
望さんは長年剣道をやっていると言っていた。それほど疲れるスポーツなんだろうか。ちょっと軽視していたかも。でも、確かに腕は憲兵さん並みに太いし、今の細身だけどガッチリしている体型は、剣道の賜物なのかな?
「望さんは何時から剣道を?」
「あら。聞いたことないの?あの子は幼稚園の年中さんからやっていたわ。まあでも、本格的に武として打ち込んだのは、中学生からね」
本格的な武はさておき、それって今まで人生のほとんどを、望さんは剣につぎ込んできたって事だ。だから、素振りをしている望さんは、少し別人に見えていたのかもしれない。何かに打ち込むあの人の顔は、何時もよりカッコ良く見えちゃう。惚気かな?この話。
「龍子ちゃんは、何かやっていなかったの?」
えーっと。どう答えればいいんだろう。さすがに空母やっていますとは言えないよね。この世界じゃ、おかしい子って思われちゃう。でも、やっぱり嘘は言えないし…。
「あ、私は弓術をやっています」
「まあ、だから望の気が合ったのかもしれないわね。同じ武の競技を行う者は、ひかれあうって望も言っていたわ」
そうなのかな?私と望さんは同じ武の道を歩んでいるからなのかな?まあそれはさておき、と言うことは、望さんはほかにも武術を行う友人が居るというわけだ。まだその話を、私は聞いたことがありません。一度会ってみたいなぁ。どんな人なんだろう。それとも、どんな人達かな?
「うーん。しかし今日はどんな夕食しようかしらねぇ。最近残り物とかで、そろそろ真新しい料理を作りたい気分だわ」
残り物とは聞こえが悪いと思いけど、冷蔵庫の中の残り物、という意味です。お母さんは、まるで魔法でも使ったかのように、そういう品物でもおいしい料理を作ってくださるんですよ?比叡さんも見習ってほしいです。本人の前では、言えないけどね。
「あ、でしたら」
私はふと思いつきます。そうよ。先ほどの会話からして、望さんが喜ぶ料理を作れる絶好の機会じゃない。
「ハヤシライス。つくりません?」
「ああ、確かにいい案ね。よーし、じゃあ私張り切っちゃうわ」
にこにこと笑顔を作って、お母さんは言います。なら、私も張り切らなきゃ!
「手伝います!いろいろと教えてください!」
「ええ、いいわよ。むしろ手伝ってくれるのは、うわしいわぁ」
さらにお母さんは、笑顔を私に向けてくれました。そうと決まれば、あとは食材探しです!
*
「教えてくれ有馬。俺はあと何台自転車を整備すればいい?ラチェットは…何も答えてくれない」
目の前にある軽快自転車の前で、俺は愚痴を漏らす。さすがに搬入日は、つらいものがある。ラチェットも、キコキコと答えるだけだ。人語喋れ。だからと言って日本語以外はダメだ。
現在、俺はバイト中だ。武蔵との会話はあれからもう二時間くらい続けたが、さすがの武蔵もすっきりしたらしく、『すまない提督。こんな私を許してくれ』と、いつもの凛々しい感じに戻っていた。やっぱり貴女はそうでなくちゃ。
「七星さん。それは僕も聞きたいですよ。あ、もう閉店時間ですね」
バイトの後輩である有馬は、そういいつつも手を動かし続ける。ひょうひょうとしているのにやることをしっかりやる男が、こいつだ。
「あー。やめだやめ。あとは明日の人たちに任せよう。どうせ今日中には終わらねぇんだ。俺は閉店作業をして、煙草吸ってくるぞ」
そういって、俺はラチェットを放り投げる。道具は大事にしなければならない?しるか。店の備品なんだ。
「そうっすねぇ。僕も金数えますわ」
「おう、頼むわ。しかし総計30台。よくやったと思うぜ?」
搬入員が来たのは、店が終わる二時間前。スポーツ車合わせて60台ほどであったが、つまり俺たちは双方で15台の整備を終わらせた。新車だから整備されているんじゃないの?と思うだろうが、甘い甘い。いわゆる仮組をされているだけで、実際は搬入された店舗で整備をするというシステム。どこの自転車店も同じというわけではないけどね。
さて、閉店作業が済み次第、しばらく煙草を楽しんでいると、有馬が金を数え終わったのかシャッターの隙間から出てきた。店内での煙草はさすがにまずいから、外で吸っているんだよね。
「七星さん。先月の給料何に使いました?」
「え?なんでそんなこと聞くんだ?」
唐突な話題に戸惑う。と、言うかそれは人に教えることではない気が。
「僕は先月事故ったんで、すっげぇ金むしり取られましたわ。いやー痛い出費ですね」
そら、お前歳に見合わず外車乗ってるからだろ。しかも結構レトロな。
「俺は…まあいろいろだな。メシ代とか、携帯代とか…」
「まあそんなもんすよねぇ。はあ、繁忙期じゃないと、つらくはないけど金に苦労しますわ」
それは一理ある。蒼龍にもっと服とかを買ってやりたいが、あいにく今月は一着ほどしか買ってやれなさそうだ。
「っと、電話だ」
ポケットから、提督ならば歌えて当然らしい、軍艦行進曲が響いた。しかし有馬は提督業をやってはいないが、口ずさみ始めた。さすが、ミリオタ。
「はい、もしもし」
『あ、七星望さんのお電話でよろしいですか?』
声からして、蒼龍だ。わざわざ電話してくるとは珍しい。と、言うか俺の直通電話なのに、いちいちこんなこと言わんでもいいような気がする。可愛い。
「どうした蒼龍?」
『あ、その…いつ帰ってこられるんですか?』
改めて聞く鈴のような声。外じゃうるさいな。俺は灰皿に煙草を押し付けると、シャッターをくぐり、店の中へと入る。正面通りが国道だから、交通量が多いんだよね。
「んー。そろそろ?大体30分くらいってところかなぁ」
ガララと、唐突に音が響く。おそらく、有馬がシャッターを完全に締め切った音だろう。あとから、鍵をかける音も聞こえてきた。
『そうですか!あ、早く帰ってきてください!私、望さんの大好物、作ってみました!』
その言葉に、俺は目を見開いた。え、まじ?大好物はいろいろあるけど、なんといっても蒼龍の手作り食える。そんなんダッシュで帰るに決まってる。
「おお、それは早く帰らないとね」
『はい!温めて待ってますから!』
その言葉を最後に。電話が切れる。有馬は二階に上がっていたのか、すでに帰り支度を済まして降りてきた。
「誰からだったんです?」
「ん。ああ、家族だよ。家族」
「へえ、そういえば飯食いに行きません?今日は七星さん奢ってくださいよー」
有馬がへこへこと頭を下げていってくる。そんな彼に、軽くこぶしを入れる。
「うご…ひでぇっすよ…たまには奢ってくださいよ…」
「今日は用事がある。また今度な」
*
さあ車を飛ばして帰った俺の家。腹を空かした俺を待っていたのは、ハヤシライスでした。
「うまそうじゃないか。これを蒼龍が作ったのか?」
エプロン姿の蒼龍と、おふくろ。あ、おふくろは眼中にないです。いつもの過ぎて、目に留まりませんでした。しかし蒼龍のその姿は、またいろいろと想像させてくれるね。もう罪な女ですこと。
「私だけじゃないんですけども…」
苦笑いを漏らしつつ、蒼龍は言う。ああ、つまりおふくろと共同作業したというわけね。なるほど。おふくろうらやましい。
「龍子ちゃん。いろいろ頑張ってくれたのよ?味わって食べないと、私があんたをどつくから。覚悟しなさい」
言われるまでもない。味わって食べるに決まっている。
さて、俺は椅子に座り手を合わせる。うん。普通にうまそうだ。おそらく比叡なら、これが暗黒物体のようなものになってるであろうが、蒼龍だから安心だ。比叡、料理の腕をあげなさい。
さて、まずは一口。うん。ほのかに香るワインが口に広がり、あとから濃厚なデミグラスソースの味が押し寄せてくる。
「おいしいな…うめえ!」
箸が進むとは、こういうことを言うのだろう。俺が使ってるのはスプーンだけどね。それでも、スプーンが止まらない。
「おや、このジャガイモ。なんがでかいな」
「あ、それ…私が切りました。ちょっと大きかったですね…」
照れくさそうに、蒼龍は頬を掻く。いやいや、そういうのを待っていたんだ。この瞬間を待っていたんだ。ダメじゃないかお約束を忘れては!
「うん。でかいけどジャガイモ好きだし、いいや」
ジャガイモってうまいよね。蒸しただけで普通に食える。塩やバターがあれば、なお良し。あ、マヨネーズは嫌いなんです。すいません。
「これで、龍子ちゃんも大丈夫ね。素質あると思うわ」
おふくろはほほえましいと言わんばかりの笑顔を作る。さすが母親、過去の女の子。そういう乙女的なことわかるんですね。口に出したら怒られそう。
それからまあ、蒼龍のハヤシライスを堪能しましたとさ。作りすぎてしまったらしいが、別にすべて食べても構わないだろうよ。
今回。なんか聞いたことあるような言葉多い気がするが、気のせいだろう。
はい。どうもセブンスターです。
今回は前書きに書いた通り、ちょっとした実験回です。蒼龍視点を入れてみたり、いろいろとネタを仕込んでみたりと、やりたいようにやってます。まあその分、ちょっと話の内容が薄くなってしまったような…。え?いっつもそう?
さて、今回「有馬」という男が出てきましたが、こいつにはあまり設定が無いです。しいて言えば、バイト先の後輩の名前を一文字変えただけですね。
では、今回はこの辺で、また明日。(もう明日投稿するの確定みたいになってますね…