義妹も出来て、この先どうなるか予測がつかない。そもそも好いてくれるやつ、嫌ってくる奴の落差が、それなりに激しいことになっている。何を根拠にしているのだろうか。純粋にそりが合わないのかもしれないが。
そりが合う奴は、こうして嬉しそうにしているんだろう。初霜は俺の隣に座り、目があえば「どうしました?」と心底嬉しそうに笑顔を見せてくる。大体「なにも」と言葉を濁すと、彼女もまた「そうですか」と返答し、黙り込む。
横目で見れば、初霜はにこにこと座り、すこし体を揺らしていることから、機嫌のいい子供のように見える。俺がグッとくるような部分を知っているようで、なんだか悔しい。ちなみにこう男としてグッとくるのではなく、保護欲的にグッとくるヤツだがね。
「ええのう。特等席じゃな。私らは邪魔か?初霜」
体面に座っている初春が口を開く。その表情はまさにはしゃぐ妹を見る姉のように暖かい目であった。先ほどとは大違いな母性。その他初春型の面々もそんな表情なもんだから、愛されてるなぁと思ってみたり。
「…あれ?なになに望君。新しい彼女でもできた?」
そういう俺も愛されていると言えばそうだろうね。まあこんな事言う奴は一人しかいねぇ。大体お察しがつくので、シカトを決め込んでおく。すると彼女は無言で肩をつかみ、押し引きで揺らしてくる。ぐおんぐおん。
「だー!うっとおしいわ!なんだ!おめぇは男子小学生か!好きな子に構ってほしいからいじってくるアレか?お?こくごにさんすうせいかつどうとくでも学ぶかこらァ?」
「え?望君の事は好きだよ?だって面白いし、いじると」
「そんなことは百も承知。君がそういう子だってことも承知仕候だ。が、初霜を見てみろ。こんなにもおとなしい。すっごい良い子!お前より年下が、こんなにおとなしい。わー不思議!この落差は何だろー!」
引き合いに出されたことが意外だったのか、初霜は体を揺らすのをやめて、困ったように笑う。なんかごめん。
「えーだってスキンシップじゃーん。そこまで言わなくてもいいじゃーん。ほらほらーもっと揺らしてあげよーか?」
さらに勢いを強め、ぐおんぐおんと揺らしてくる。…稀に勢いあまって後頭部から当たるやわらかい感触は、おそらく気の所為だと思いたい。てかこいつ、故意的だろ。俺の困る姿を見たいんだろう。こんな事前にもやってきたろ。
「あ、あのー。あのー飛龍さーん…」
耳をすませばか細い初霜の声が聞こえてくる。流石にあわあわしはじめたようで止めようとしているんだろう。ほらやっぱり、いい子。ぶっ飛び発言さえなければね。
「きにしなーいの。こんな事いつもやってたから。それに望君は少しおいしい思いしてるもんねー?」
してやったりといった顔で、彼女は俺を見てくる。やっぱり故意かてめぇ。
「男子高校生くらいならもれなく夢にまで出てきて納まりが付かなくなるシチュエーションかもしれないがあいにく俺は君のお姉さんから寵愛を賜っていらっしゃるのでおいしくないです」
「わお、息も切らさずのろけてきたねー。私ものろけてみたいなー」
「たぶんお前がのろけてくるとサンダーボルト並みのガトリング如く口がガバガバに開き続けるだろうからNG」
そんなことないですーと飛龍が口にする。まあその後言い返してこないもんだから、飽きたのか。今回は結構早く引き下がったな。
と、その理由が分かったかもしれない。加賀が少々会話に入りにくそうな表情をしていたからだ。この絶妙な身内感は、さすがにどの艦娘も入れないだろう。
「もういいかしら?」
「はい。わたしは大丈夫ですね」
まてこら。俺は大丈夫じゃねぇみたいなこと言ってんじゃねぇぞ。
「そう。さて提督。飛龍と先ほど、今日行けそうな場所を決めてきたわ。だけど少々歩くと思う。まあ、遅めな昼食の腹ごなしにはちょうどいいと思うけど?」
「ん。あ、そうかい。わかった。どうする初春型のお前さんら。ついてくるか?」
ざっと見渡せば、乗り気そうなのは初霜くらいだろうか。初霜はそれこそうんうんとワクワクしているような表情ではあるが、他面々はどうもつかみどころのない、愛想笑いのような顔をしている。もしかして初霜に気を使ってでもいるのだろうか。
「んーまあ初霜くらいか?同行したいのは」
「そうじゃな。そんなに大勢で行っても邪魔なだけじゃろ。同行するのは初霜だけでよい。後で提督の反応を聞ければそれでよいからの」
そう言い残すと初春は立ち上がり「では私は部屋に戻る」とラウンジから去っていった。その他初春型勢も、後を追うように去っていく。
「よし、じゃあ決定だな。二人に任せるわ」
「そうね。それじゃあ行きましょう。最初は整備場ね」
加賀が立ち上がると、俺たちもまたそれに続き、後へ着いて行ったのだった。
*
あれから大滝さんと統治さんと別れ、時刻はすでに夕方を迎えました。七星家へと帰った私は、そのままお風呂へと入り終えて、夕飯を食べ終えると、ぼっとテレビを眺めています。
見ているのはもちろん時代劇――ってわけでもなく。奥さんが先客だったので同じく現代のありふれたテーマを掲げるドラマを見ています。内容は家族間のいざこざや、問題を家族で解決していくといった、そんな感じです。
「龍子。この俳優しってる?アンタと同じ年齢なんだよ?いい芝居するから、私ファンになっちゃったの。ほら、もしウチに男兄弟がいたら、こんな感じだったと思うわ」
画面に映るかっこいい俳優さんのことを言っていいるようですが、望のほうが…と思ってみたり。でも、それよりも男家族いたんだよ?って思いのほうが勝って、ズキリと胸が痛みます。
「…そうだね」
「なにその返事。つまらないの。よく『不細工でわるうござんしたね』とか言って…あれ?」
と、奥さんは頭にはてなマークが浮かんだみたい。やっぱり、ズレはあるみたいです。と、言うか望はこうやって子供っぽくふてくされるんだっけ。
奥さんは記憶のずれを感じた様ですが、それからなんの会話もなく、ぼっとテレビを眺めます。ドラマは中盤を終えて、終盤に入りました。
「あはは…なんかドロドロしてきた」
どうやら出張中の夫が若い女性にたぶらかされそうになって、鬼嫁な奥さんに成敗を受ける流れのようです。こういうコミカルな部分は、どこか時代劇に通じるものがありますね。
でも、ふと私は考え込んでしまいます。向こうに行った望が、他の艦娘にこんな感じにたぶらかされてしまうんじゃないかと。
私は絶対にそうならないと言い切れます。そもそも、他の男性には魅力を感じないですし、何より望じゃないといけない。そんな言葉では説明できないような思考が渦巻いています。いわゆる艦娘にプログラムされた、システムのようなものなのでしょう。
だから信じてます。心から信じてはいます。でも、それでもやっぱり、心の四隅で望を疑ってしまっている。
だって、可能性がゼロとは言い切れないもの。望は向こうの世界に行って、どこか不安がっている部分もあると思います。もしその不安を癒してしまった娘が居たら、もしその隙をつかれて心が奪われてしまったらと思うと、考えれば考えるほど、不安になってきます。
「そうねぇ。まあでも、うちはこんな風にはならないから安心だわ」
そんな思いが渦巻いていると、奥さんはふと口にしました。
「え、そうなんですか?」
思わず敬語が出ちゃいましたけど、奥さんはふふんと笑って見せました。
「だって考えてもみなさいよ。あの人、そんなにカッコよくないじゃない。おまけに不愛想。剛毛。一日でも髭剃りサボればボーボーだし、まず頑固。融通も利かないし…そんな男、誰が好きになるの?」
「え、えぇ…」
ちょっとひどい事言っている気がします。お義父さんは望が眼鏡をかけて、少し白髪が入って、老けたような容姿です。だから、私からしたらそこまで悪くないと思いますけど…。
「まあでも、アンタ考えてもみなさいよ。見ず知らずの女に言い寄られて、それが少し可愛いからって、ホイホイついていく。そんなの一家の大黒柱として、失格だと思わない?」
確かにそれはあると思います。少なくとも結婚して、所帯を持って、それを養っていくための父親。そんな人物が少しの気の迷いで破たんさせるのは、やはり一家の大黒柱としては失格ですよね。
「それがわかってるから、あの人はそんなことしないと思うけどね。あの人は筋が通ってないと、認めないから。そんな性格な人が、浮気なんてそれこそ筋が通らないし」
おっしゃる通り、お義父さんはそんな風に考えていそうです。今思えば、私にお金を入れればこの家に住むことを許したのも、お義父さんが持つ筋を通したかったのかもしれません。
「えっと…もし男兄弟が生まれていたら、その子は筋を通す人間になっていると思います?」
私は気が付けば、奥さんに質問をしていました。望がお義父さんの血を引いているのであれば、きっとそういう性格な一面も持っているはず。現状は憶測になってしまうと思うけど、私は聞いてみたくなったのです。
「…そうねえ。まあそうなるんじゃない?若葉だって頑固だし、筋が通ってないと気が済まない性格じゃない?どうせなら私の血も受け継いで、陽気で人懐っこい性格にもなってほしいけどね。だって不平等じゃない。あのひとの血ばっかり受け継いでるなんて」
「あはは…そうだね」
思わず苦笑いをこぼしてしまいました。確かにそうですよね、お義父さんの血ばっかりじゃ、寂しいですよね。
「まあだから、私はきっと男の子も変わらないと思うなー。あんたもそうだし」
それでも奥さんは、ソファにもたれかかりながらつぶやきます。
「私も?」
おそらくですけど、奥さんの言う『アンタ』は望のことを指しているんでしょう。奥さんは続けます。
「そもそも自覚なかったの?アンタは昔から頑固で、好きな物にはとことん打ち込んだ。もちろん、能力の問題や諦めざるを得ないものは挫折していったものもあったけど、挫折しなかったものはなんだかんだ突き通して行ったじゃない。剣道だって、小さいころは辞めたいとか言ってたのに、今まで続けてきた。だからきっと、男の子が生まれたら、陽気で人懐っこくて、好きな物にはとことん打ち込んで、考えを曲げない頑固な子になったんじゃないかなーって。思ってみたり」
私は奥さんの言葉を聞いて、そういえばと気が付きました。
奥さんは憶測で言っているのでしょうけど、確かに望はそうなのかもしれません。好きな物にはとことん打ち込んでいましたし、自分のスタイルなんかも突き通していました。今に流されない自分が好きだと思うものを、突き通していた。服装もそうですし、珈琲一杯を飲むときだって、こだわりを持っていました。
そう考えてみると、私を選んだ理由も、そうだったのでしょう。私が初めて手に入った航空母艦で、何かの縁だと育てて下さって、二番手だった飛龍と同じような練度だったのに、私を選んだ。
私はどうかしていました。望が向こうの世界に行ってしまって、変に考えを巡らせすぎていたみたいです。望は私が初めて着任してからずっと信じてくれていた。だから向こうに行っても、ずっと信じてくれているはず。頑固でこだわりを突き通して、好きな物にはとことん打ち込む。そんな性格だってことは私もわかっていたのに、どうして不安がっていたんでしょう。
「ねえきっと。それはあってると思うな。私は」
奥さんに私は、そう答えました。すると奥さんもまた。
「だよね。なんか確信が持てるんだー。何故かね」
と、言葉を返してくださいました。
*
さて、加賀に整備場へと案内された俺たち一行は、ほかにも射撃場や宿舎、酒場に基地の出入り口など、一通りを紹介された。いろいろ驚きや発見も見られたし、また謎だった部分がすべて明るみに出たって感想か。まあ、説明すると長くなるので割愛するけど、簡単に言えば海自の駐屯地を少し古風に、WW2にある意味先祖返りした様子と言えば、わかりやすいかもしれない。
そしてついに鎮守府に来て、初日の夜を迎えた。執務室に机に突っ伏して、思い切り息を吐く。
「つかれたぁ…これからマジでどうなっていくんだろうなぁ」
「そんなの私もわからないって。そんな顔してたら駆逐艦の子が引いちゃうよ?あ、元からか。…よしっ。全部見返したけど、漏れはなし。まあ枚数もそこまで多くないし、当然かもだけど」
飛龍はとんとんと、書類の端をまとめる。執務室に戻ったのは一時間前くらいで、先ほどまで業務してたんだよね。書類に判子を押すだけの簡単な仕事だったけど、これからはこんなちょっとした雑務も、こなしていく必要があるらしい。つうか何気にひどいこと言いまくってますね。泣きたい。
「わるうござんしたね。どうせ老け顔おっさんですよ」
「…それで、まあどうなるかって言われても、私だってなるようになれとしか言えないかな。だって、私だってそうだったし…って望君の場合は、意図しないでだもんね」
「そうなんだよ。それがオメェらと違うとこだよな。まあ普通に生きてる人間じゃ絶対こんな経験しないような事態だし、マジで予想がつかないわ」
少なくとも、蒼龍と飛龍はそれぞれ目的があって俺たちの世界に来た。だが、俺はそうじゃない。誰かに逢いたかったってのもぶっちゃけ言えばないし、誰かに真意を確かめようと来たわけでもない。要するにそうした目的意識を、今後作って行く必要はあるだろう。
「まあでも、おおよそのことは武蔵さんや、その他の雑務慣れした娘がやってくれると思うけどね。望君の提督としての業務は、正直ってそこまでないから」
まあですよね。今更、長年最高司令官が不在で動いてきた鎮守府だし、むしろそれがこの世界じゃ当たり前だろうし、大方何もしなくても円滑に動くのは目に見えてる。
「はぁ…提督とかじゃなくてさ、こう、友人みたいに全員接することはできんのかね?できれば苦労しねぇんだけどなぁ」
「んー。どうだろ。それに賛同してくれる娘もいると思うけど、お堅い頭の娘はきっと首を横に振ると思うなー。節度よく、適切な関係にありたいって思うんじゃない?」
まあそれもそうだろう。少なくとも社会に出ればほとんどが縦社会。それもここは色濃い『軍』といった特殊な場所だ。学生みたいなノリは、問答無用で通用しない部分も多いだろう。
「…まあでも、提督と艦娘の関係は保持したとして、それでも親しく接したいかな。俺には戦場で死んで来いなんて言えねぇぞ」
「画面越しでは、それに近いことをしていたのに?」
飛龍は珍しく、素に嫌味なく質問をしてきた。痛いところついてきたな。
「…ま、否定はしないさ。でもさ、面と向かって命じるのと、そうじゃないのは、明確な違いがあるとは思わない?」
「そうかもねー。だって画面越しの私たちって、それこそ半年より前はどんな時でも笑顔で引き受けていたように見えたんでしょ?」
「うんだ。だから罪悪感なんて沸いてこなかった。つうか、バッサリいうがゲームだからね。沸いてくるわけがない。感情も何もかも、作りものにしか見えないわけだし」
実際のところ、これが事実であり真実だ。ゲームのNPCに対して、そう植え付けようとしているキャラクターを除けば、罪悪感など湧き上がるわけがない。例えばFPSの兵士だったり、触手が生えたゾンビだったり、立方体でできた動物たちだったり、そんな『向こう』の世界の住人や生物を殺すのに、特別な感情を抱くほうが難しい。
「そうした意味でも、やっぱり『この世界』の認識は変える必要があるかもしれないね。蒼龍や飛龍が俺が住んでいた世界に来たといっても、結局こっちとは無縁だとどこか思っていた節もある。だから、改めて向き合ういい機会なのかもしれない」
「ふーん。ま、特に何にも言うつもりはないけど」
飛龍は何か苦言したい様子に見えたが、案外あっさりとした返事をする。なんか逆に気持ち悪いな。
「ま、ともかく気張りすぎても仕方ないか。なるようになれとしか、言えねぇ。よし、ちっと時間は早いけど、今日は寝ようかなぁ」
鳩時計を見れば、時刻は一〇時三〇分くらい。日頃はもうちょい遅い時間に寝ているが、今日はとけるように眠りたい気分ではある。
「そう?と、いうかここで寝るんだっけ?あ、一緒に寝る?」
最後にふふっと悪い笑みを見せてくる飛龍。なんかもう返すのも面倒なんで、そのままシカトして後ろの押し入れから、寝具を取り出す。
「もーシカトしないでよー」
と、飛龍がわざとらしく怒る様子を見せてくる。
こうして、俺は自分の鎮守府での生活を始めることとなった。
だが、俺はやはりというべきか、楽観視していたかもしれない。
これから起こる、様々な試練に対する覚悟が、まるでなかったのだから。
どうも。お久しぶりですねぇ!飛男です。
役二ヶ月ほど投稿を開けてしまい、申し訳ございませんでした。仕事が忙しく、こうして書ける機会がなかったのです。
その間色々もがいていまして、その間にできたお話であります。リメイク版を考えたり考えてなかったり、少しの間何も考えなかったり、ともかく色々あった故に少し、文章にキレがないかもしれません。
次回いつ投稿することができるかわかりませんが、気長に待ってくださることを切に願います。
では今回はこの辺りで。また次回お会いしましょう!