「うん。なんかゴメン。あそこまで天龍ちゃんが酷い反応するとは思わなかったからさ…」
どうやら飛龍は、自分が道場へ案内したことに負い目を感じているらしい。行く当てもない道中、唐突に彼女は口を開いた。
「気にすんな。むしろああした奴もいるんだなって。瑞鶴とは違うタイプだな。あいつは冗談交じりの本音だったけど、天龍は真っ向からの否定的本音?って感じ」
天龍は瑞鶴のような怒りのタイプではなかった。彼女には言葉に怒りがあり、呆れがあり、拒絶があった。そのすべてを含んだ口ぶりからして、彼女は俺に対しての嫌悪感は何かによって増大し、現在に至るんだろう。
「しっかしな…俺に問題があるんだろうけど、それが何なのかわからねぇ…」
理解はしている。俺だって敵を全く作らない性格ではない。人間誰もが好くような性格にはそうそうなれないのも、わかっているつもりだ。
だからと言ってそれでいいやと終えれないのも、理解している。
確かに、もし向こうの世界での話であれば、「それも仕方ない」で済むだろう。彼女はあくまでもゲームの中の住人で、差別化がされているからだ。
だけど、俺は現にここにいる。今まで円滑に回ってきた我が鎮守府にだ。つまり俺という異物混入により、支障が起こりつつあるだろう。つまり次第に連鎖的な瓦解が始まり、気が付けば取り返しがつかなくなる可能性もある。
そしてそれを防ぐのが、武蔵の言うコミュニケーションを取ることなのだ。せめて天龍や龍田には好かれなくとも、普通に接することのできるレベルに戻さなければならない。これは彼女らだけに限らず、俺を毛嫌いしている奴ら全員に言えることで、名ばかりの提督としての唯一の使命なのだろう。
「はぁあ…そんな聖人君子になれると思うのかよ。ついさっきまで軽んじてた俺がバカみてぇだ。まったく先が思いやられるな…。てか腹減ったわ…」
気が付けば、俺のお腹が愉快なメロディを奏で始めている。いや下しているわけではないが、純粋に昼から何食べてない――と、いうか朝から何も食べてない。
「んー?ぽんぽん痛いの?飛龍ちゃんに撫でてほしい?」
飛龍がにやにやとあおってくる。おめぇに撫でられるなら自分で摩るわ。てか腹が痛いわけじゃねぇっつうの。口にしてはいなかったが。
「そうね。じゃあ食堂へ行ってみる?間宮さんのことだから、すぐに作ってくれるわよ」
「おーいいね。ってそういえば間宮ってずっと食堂にいるの?てかそこに住んでるの?」
「いやいや、そんなわけないじゃない。間宮さんだけじゃなく、伊良湖ちゃんだっているよ?二人は交代制でシフトを回しているから、年中無休でもないし」
まあ二人しかいないのもどうだろうかとは思うがね。むしろ二人いればまかなえるってわけか?そう考えると補給艦勢はすごいと言わざるを得ないが。
「じゃあ次の目的地は食堂ね。もう昼食時ではないし、混んでもないと思う。私もお腹すいたしー」
そういって、飛龍が鼻歌を奏でながら前進していく。飛龍の姿勢を見習ったほうが今はよいかもしれない。まずは腹ごなしをして、考えてみよう。
*
さて、唐突だが、飯時で一番楽しい時間は何だろう。
大半の人は、食事をする時だと思う。確かに飯を食う時は楽しい時間だ。空腹を満たしていく実感がたまらないと思う人、どの料理から手を付けようかと思う人、ともかく様々のはず。
そんなお前はどうなのかと聞かれれば、『待ち時間』が楽しい時間だと言い返す。例えば写真や文字にある料理を注文したり、家内で漂ってくる料理の匂い。これらに言える楽しみ方の共通点は、想像力を掻き立てられる事。つまり想像してさらに、空腹を促進していき、最高の調味料を引き立てることにある。これが、俺の持論だ。
しかしまあなんでこんな回りくどい言い方をしているのかと言うと、俺のそんな密かな楽しみを、今現在棒に振らされているからだったりする。
「え、なに君ら」
思わず一歩引いた構えを取るのも無理はないだろう。現在の俺は、ラウンジに点々と居た駆逐艦の一部――と、いうか初春型のチビ達に、周りを囲まれしまったのである。
事の発端は、まずラウンジについて説明する必要があると思う。そのラウンジ内には、まるで児童館か何かかと言わんばかりに、点々と駆逐艦たちが屯っていた。曰くラウンジは、駆逐艦勢憩いの場になっており、仲良くやっている事が多いらしい。
それで、食券制であった為にひとまず気にせず買いに来て、間宮にそれを渡す。そして注文番号を頂き、待ち時間に飛龍らが花摘みか知らないがどこかへ行ってしまって、このありさまになったというわけだ。
「提督とお話ししたいのー。ダメ?」
「ええ、ダメですね」
「その意見は聞けぬな。提督よ」
子日の初動をいなしたが、続けざまに初春の意見具申。なんというべきであろうか、この様子はまるで、ヒーローのスーツアクターのおっさんがヒーローの衣装を着て休憩してたら、子供らに見つかった感じだろうか。俺はそんな気分だけど。
ちなみに初春型は、他駆逐艦と比べて何故かレベルが高い連中が多いのも事実だったりする。もともと大滝が「俺は睦月型を育ててる」と発言したのが始まりで、俺もそれに感化される形で身内では目立たなかったコイツら育てて行き、気が付けば一線を張れるくらいにまでになったのだ。だからこうして懐かれたのだろう。育ての親的な意味で。
「あのね、料理は静かに待ちたいタイプなの。わかる?」
「あははーへんなのー。わかんない!お話しして待ったほうがたのしーよ?」
「うん。お前IQ下がってるね。まあ子日はもともとたーのしーとか言っててもおかしくないような性格だもんね。うん。おじさんが間違ってたね」
「しかし提督よ。そうは言うが本心はうれしいのじゃろう?ほれ、こんなに美女に囲まれておるからな。ん?どうじゃ?」
今度は初春が妖艶な笑みを浮かべ、すり寄ってくる。警察もとい憲兵さんに見られたらしょっ引かれるなこれ。うん。つうかこんな展開ロリコンしか喜ばんでしょ。ぼくぁちゃいますよ。
「いや、全然。何も感じないね」
「およ、なぜじゃ?…ははーんそうか。いやはこれは失敬。しかしじゃ、男としてはうれしいじゃろう?」
「あのさぁ。君は話を聞いてた?ねぇのじゃロリさん」
「ん?聞いておったぞ。まあその意見は尊重しておらんがな」
初春は「ふふふ」と扇子を開き、小さく笑って少し下がる。どうやら自制したらしい。引き際がうまいのも、練度の証かもしれない。俺の扱いがうまいのは、練度の所為ではないと思いますがね。
「…まあいい。これもコミュニケーションの一環だな。うん。そう思えばいいや」
食事を取る前にこのドッと疲れが押し寄せる。まあ新しいものには目を引かれるとは言うけど、さすがに連続して続くのは疲労感がマッハだよ。転校生ってこんな気分なんだろうかね。特に田舎で人の出入りが少ない地域の転校生って。
「あ、あの…提督お疲れですか?姉さんたちのせいですか?」
と、初霜がおずおずと聞いてくる。この子はいい子すぎなんだよなぁ。丹精込めて育てえた甲斐あったというもの。なぜか親になった気分。
「うん。気にしなくていいよ初霜」
まあこんなかわいい子なら、頭を撫でたくもなる。これこそロリコンと間違えられそうではあるが。
そんな初霜はされるがままになり、嬉しい様子。ほとばしる小動物感。癒し属性感。
「さて、それで何用ですかね?アレですか?新しいおもちゃを見つけてご満悦シスターズですかね?あ、初霜は違うか。若葉もか?」
そういえば一切黙っている若葉。名前が妹とすっごくかぶる――むしろ同名。
「ん?私は純粋に提督の顔を見に来ただけだ。が、姉たちに逆らおうとは思わない」
「つまり姉たちに便乗してきたのか」
「そう取ってくれて構わない」
小さく笑みを浮かべる若葉。中立的な立場を取ろうとしているらしい。まあそんな感じだよね。君は。
さて若葉との会話から少し間が空く。いったい何しに来たんだと本気で悩みそうになった頃合いに、その間を埋めようとしてきたのは初霜だった。
「えっと、私から質問いいですか?」
どしょっぱが初霜なのに少々面食らったが、彼女にどこか甘くなる俺は、「なんだ?」と親しみやすい表情を作る。
「その…あの…答えにくいかもしれないのですけど…いいですか?」
「おう、なんだ?答えれそうなら答えるが」
そう返答してみれば、再びもじもじとし始める。え、なに?トイレ?と、まあデリカシー皆無な事を思ってみると、度肝を抜く言葉が返ってきた。
「では…その、義妹が増えたらうれしいですか?」
「んー。ん?え、ん?」
ちょっと何言ってるかわからない。妹って増えるの?いや、確かに家庭の事情で増えるのは良くフィクションではあるけどね。まあさすがに意外すぎて、理解が全く追いつかない。てかぶっ飛びすぎてね。うん。ね。
「ごめんね初霜。意味不明過ぎてちょっと俺困っちゃうかな。ハハハ…」
「なんじゃ初霜。積極的じゃのぉ。私ももうちょっと遠回しに聞くぞ。ん?」
長女さんが何か言っておられるが、要するにどういうことだろうか。いや、普通の人でも意味不明過ぎでしょ。この質問。
そんな感じで――まあそらそうだが、俺が首を傾げていると初霜が補足を入れ始めた。
「えっと、その…私は提督に精一杯育てられたと思います」
「うん。そうだね」
「提督には妹がいらっしゃるんですよね?」
「うん。君らの末っ子と同じ名前だね」
ここまでは理解できる。つうか普通の質問だ。当たり障りのない、普通の。
「だから私たちも、義妹になりたいんです」
「はいストップ。ちょっと待て」
止めると初霜はきょとんとした様子で、俺を見てくる。いやいやおかしいでしょその反応。
「そこ、それが理解できない。ちょっと飛んじゃったよね?今の質問」
「あ…その…ダメですよね。はい…」
聞き返すと、初霜はしゅんと肩を落とし、寂しそうな表情を見せる。おいおい待て。
「まって。なんで。なんで俺が悪いみたいになってるの?。なんで?え、俺が悪いの?」
「あー提督が初霜泣かしたー。ひっどーい」
困り果てている矢先に子日から背格好候の一言。思わず「ちょっと少し静かにしようね」と内心イラッと来たので言い放つ。学校の先生にでもなった気分。
「そうですよね…ダメですよね。私、失礼でした。すいません…」
「失礼とかいう問題じゃなくてね。誰でもこうなるからね?おかしいこと言ってる自覚ある?」
「ハア…提督は鈍感じゃな。初霜の厚意を理解できんとは。まるで氷じゃ」
頭の処理が追いついておらずカクカクになったPCのような気分でいると、初春があきれ顔でそうつぶやいた。
「厚意?なんで義妹になりたいことが厚意につながるんだ?」
そう初春に聞き返せば、初霜がはっとなったような表情となり、口を開いた。
「えっと…提督が困っているかと思いまして…私、力になりたいんです」
「あ、あーそういう。なるほどねー」
やっと理解が追いついた。ウサギに追いついたカメの気持だ。いや知らんけど。
先述したように初霜は初春型のこともあるし、うちの鎮守府では練度上位勢の一人でもある。加えて俺がこっちの世界に来て、それをいち早く知った人物でもあった。
つまり彼女は俺の慌てふためいた様子を見ているわけで、様々な要員が重なりそこから『何かしなければ』と思いが湧き出てきたのだろう。
「ん、まてよ、つまり…」
加えてふと思い返し、一つの考えが浮かび上がる。
おそらくこうしたアクションを取るのは、練度上位勢が持つ共通のプログラムなのかもしれない。プログラムと呼ぶにはいささか失礼ではあるが、そう仮称しといたほうがわかりやすいだろう。つまり練度イコール好意だとして、その練度の高い奴ほど、俺に対し親密に接してくる可能性が高い。裏を返せば、練度が高くない奴は、そこまで親しく接してこない可能性がある。現に先ほどあれだけイライラしていた天龍は、遠征番長として使用していたことが多く、練度は初期勢でありながら高くはない。むしろその割には低いといった感じだ。
さて、そんな考察はどうでもよく話を戻すが、初霜の場合好意が何故か湾曲し、結果が『妹』になってしまおうと考えたのか、いまいち理解しかねる。おそらく妹をチョイスしたのは、親しく接しやすい立ち位置になろうとした裏付け何だろうけど、もう少し違う考えにはいかなかったんだろうか。
「…なあ初霜。義妹じゃなきゃ嫌なのか?こんなこと言うのもなんかおかしい気がするけど、後輩とかじゃだめなの?それのほうがまだ自然じゃん?」
「え?え、えっと…」
何故か困惑をし出した初霜。どうやら妹となりたいのは、まだ何か裏がありそうだ。
だが、これ以上追及するのはやめておこう。どうせ初霜のことだし、義妹としての立場を悪用しようとはしないだろ。
「…ま、いいけどね。どうせこっちの世界じゃ、今度は俺が戸籍も国籍もないわけだし、逆にそれを利用すれば、初霜だって義妹と言い張れば、そうなるだろ」
「いいんですか…?」
「別に良いんじゃねぇの?まあだからと言って態度を変えることもしないよ?今まで通り、普通に接するとおもうよ?」
「はい!ふふっ…」
特に意味もない、ただ義妹と名乗ることを許しただけで、初霜は相当うれしい様だ。正直言ってよくわからん。
「ま、この判断を後悔しなければいいけどな…」
ともかく俺は、そう呟いてみるしかなかった。と、言うか早くメシは来ないものか。
どうも!お久しぶりです!飛男です!
社会人となり一か月がたち、少しだけ慣れてきた感じです。もっともまだまだひよっこのぺーぺーでありますがね。
さて、今回はまた望が困るような展開に、こんな感じで書いていくのも、後すこしですがね。一応構想場は、その通りに動いている感じではあります。
では今回はこのあたりで。なお、活動報告にも報告したいことがありますので、お暇な方は読んでいただければ幸いです。それではまた次回!