提督に会いたくて   作:大空飛男

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新章突入です


まあ、あり得なく無い話だ

ツンと、かぎ慣れない臭いが、鼻についた気がした。

 

とは言うけど、強力な臭いって訳ではないんだ。なんだろう。数年前にも嗅いだことがある。例えるなら、嗅ごうと思えば嗅げる臭い。体臭ではないぞ俺はそんなに臭くない!

 

で、まあ先んじて言いますけどね、まず俺の育ちはどちらかと言うと山だったりする。小さい頃はばあちゃんちに行くと、近くの野山を駆け回って、まあよく怪我とかしたもんだよ。つまり、この臭いが『磯』の香りだと気づくのに、少し間が必要だったわけ。

 

朦朧とした意識から不思議に思って、次第に意識が覚醒して行くと、俺は何かに突っ伏して寝ていることが分かった。尻元にも何かに座っている様な感覚を覚えるし、手のひらも同等な固い何かの感触。おそらくだけど机か何かだろうかと考えが行き着いた。あれ?と、なれば俺はゲームかなんかで寝落ちでもしてたか?でも着替えた記憶はあるし、朝日を浴びた様な記憶もある。なんか情報が混乱しているな。

 

取り敢えず上半身をおもむろに起こすと、目の前には見慣れない光景が飛び込んで来た。

 

軍艦色の壁紙に周りが囲まれ、床にはブルーのカーペットが、俺の周りに引いてある。部屋の奥まではカーペットが敷いてなく、代わりに木床が見えた。

 

「…あれ?何処ここ?」

 

まあ、ごくごく一般的な反応だろう。それで、後にだんだんと自分がなんでこんな所にいるのかと、考える様になる。

 

「えっとだ。えーっと、俺は朝起きたな。うん。で、蒼龍とおはようしたな。うん。で、飛龍とおはようした…ん?飛龍?」

 

考えが飛龍へ行き着いた瞬間、電撃が走る様に大まかな朝の流れを思い出す。でだ、此処までこれば、流石のバカでもある可能性にたどり着くはず。

 

「…ここは俺の部屋じゃない。つまりそういうことかぁ」

 

此処までこれば俺の頭も回り出す。まあ、確かにあり得ない話ではないだろうさ。そらあ飛龍を送り出すってことは、向こうの世界に送り飛ばせる事だって造作もないさ。つまり俺もそれに巻き込まれたって事ですね。

そう考えが行き着けば、この部屋がなんなのかもわかる。此処は執務室。俺がコーディネートした、書斎家具とか並べた執務室。

 

「はっははは。ああそうかー。蒼龍や飛龍が俺たちの世界に来たと思えば、今度は逆ですかー。俺がですかー。あはは」

 

変に笑いが込み上げてそう自分で口に出したが、かえって自分で口に出したことでずんずんと押し寄せる嫌な考えが、さらに脳を刺激した。

 

「いやいやかなり不味くねぇかこれ!?え、えっえっ」

 

真相にたどり着けば、こうもなりましょう。恐ろしい事実に直面した俺はSAN値チェックですね。いや、ダイスは降らないです。てかもはや一時的発狂不可避なんですよね。寧ろこんな非現実的な事が起きれば、常人なら発狂もんですから。しない奴は、きっと人間じゃない。精神力が。

 

「あーやべえよ…どうすんだこれ…」

 

頭を抱え、俺は思わず頭を抱えた。帰り方がわからずやべぇヤベェと言っている訳ではないんだなぁこれが。だってさ、帰り方はいたって簡単。コエール君を使えばいいわけ。

 

だが、よく思い出して欲しい。コエール君は安全装置よろしくクールタイムがある。今回飛龍はクールタイムが終えた事で、帰る事が出来た訳だ。いや、出来ているはずだが…。まあそれは良いとして、肝心なのはその時間なのです。

 

だって明日から、講義始まる訳なんだ。クールタイムは今回飛龍の件を考えれば、最低でも一ヶ月半くらいかかるわけ。うん、出席日数が壊滅するね。ゲームで人生が狂ってしまうとか聞くけど、これはなんて表現すればいいんだ?狂わされた?うまいこと言った?

 

「おふくろ、休学届け出してくれるよな…?うん、行方不明になる訳だし。いやいや行方不明って寧ろそれこそマズイだろ。どこ探しても向こうの世界じゃ絶対に見つけられねぇ。いわゆる二次元の世界に誘拐されたわけだろ?まず警察だってその考えに行き着くわけがねぇ…って警察…?いや、飛龍は帰ったと思うけど、蒼龍どうなった?あいつも艦娘だし、多分戻されてる筈だよな…」

 

一人虚しく。あーだこーだと唸り呟く俺。色々不安が多すぎて、だんだんと正常に判断ができなくなってる。そもそも蒼龍が何よりマズイかもしれない。

 

「って、まてよ…。そもそもなんでこっちに飛ばされた訳?巻き込まれたってそんな単純な理由ならコエールくんぶっ壊すわ。なんのひねりもねぇ。てかコエール君って、一人しか送り出せないとか前に飛龍が言ってなかった?」

 

そう考えが行き着いたと同時のことだった。ふと後ろからガチャリと、扉の開く音が聞こえて来た。

 

「あ…」

 

そして、少女の声が耳に入った様な気がした。

 

✳︎

 

私―叢雲は、朝食を終えてごちそうさまの手を合わせた後、ふと気になる事を思い出した。

 

「あ、そういえば今日の執務室の掃除って、誰だったけ?」

 

執務室の掃除は、基本武蔵の命令で行われ、シフト表が組んであるわ。私の他にも、武蔵、霧島、初霜、グラーフ、そしてこの私。まあそうね。基本は練度の高い第一艦隊に抜擢されるメンバーが掃除をおこなう訳。本当は蒼龍と飛龍も担当だったけど、二人は今いないのよね。だから代わりに加賀と龍鳳がなっているの。だから、複雑になってしまった訳ね。面倒だわ。

 

「さあ、どうでしょう?不知火は管轄外ですから、知りません」

 

まだ食事を取っている不知火はそう指摘する。まあそうね。彼女の意見は正しいわ。私もふとど忘れしてしまったのよね。あ、べ、別に何時もこんなに抜けてないわ!偶々よ!

 

「えっと…あ、グラーフ」

 

思い出そうとしていると、少し離れた席で赤城と加賀と一緒に共に食事をしている、グラーフを見つけた。グラーフはしっかりしているし、きっと覚えているはずね。

 

グラーフは私の声に気がついた様で、赤城達に断りを入れる仕草をすると、こちらに歩んで来た。

 

「どうしたムラクモ?お前から呼んでくるとは珍しいな」

 

お堅いドイツ特有の雰囲気こそ醸し出しているけど、親近感を持てる声で彼女は答えたわ。最初出会った時は厳格で取っつきにくいと思ってたけど、これが案外話してみるとすごく優しかったの。ドイツ艦の娘達はだいぶ日本に慣れてきたけど、彼女もいずれはコタツにくるまるのかしらねぇ?ふふっ、ちょっと笑いでた。

 

「…なぜ笑っている?私は理解できないのだが」

 

「あ、ごめんごめん。えっと、ちょっと今日の執務室掃除、誰がやるのかしら?」

 

私が笑いを誤魔化しつつ聞くと、グラーフは顎に手を当て少し考えた後、思い出した表情になる。

 

「そうだな。ムサシだ。確か今日の朝に確認した際は、ムサシだった。あ、だが、ムサシは今日忙しい筈だ。ヒリューが今日、向こうから帰ってくるらしい。ひょっとしたら繰り上がっているかもしれない」

 

あ、飛龍の帰りは今日なのか。まあ、繰り上がっている事が正しければ、まず私じゃないわ。と、なると初霜かしら。確か武蔵の次は、初霜だったはず。私はその次ね。

 

時刻はマルハチマルサン(8:03)。朝礼が始まるのはマルキュウマルマル(09:00)頃だし、私は部屋に戻ろうかしらね。

 

 

 

 

声の主は、バケツに雑巾などの掃除道具をもった可愛い可愛い初霜だった。第一艦娘発見ですね。ダーツとか投げてここに来たわけじゃないが。てか、小さな体で絶妙にバランスを保ってて、なんつうか危なかしいなおい。

 

と、言うかよくよく考えれば艦娘に遭遇してしまうのって、少しやばくないか?俺の影響力がどれだけあるかわからんけど、下手すら混乱をまねきかねない。そんな時に敵襲とかあったら、全員疲労マーク赤とか言うレベルじゃなさそうなんですけど。

 

「は、は、あわわわわわ」

 

今度は生まれたての子鹿の様にプルプルと震え出した。小さくカチャカチャとバケツとかが揺れて、その震えが小刻みに動いているとわかる。…なんか嫌な予感がする。てか、なんでこの子は執務室に来たんだ…?とりあえず声をかけてみよう。

 

「あ、あー。やあ初霜。今日はお日柄もよくーー」

 

そう俺が声をかけた瞬間だった。いや、声かけちゃ不味かったのか?何か初霜の糸が切れたのだろう。

 

「ひゃああああああああああああああああああああ!?」

 

大音量の可愛らしい悲鳴が室内に響いた。てか、おそらく庁舎全体に響いただろうね。初霜の声、高いからさ。

 

「だ、だあああああ!?叫ぶな叫ぶな!お、オレ。アヤシクナイ。オレ。アヤシクナイ」

 

何とか怪しくない様にわたわたと行動を起こしてみたが、初霜は俺を見るなりぱくぱくと口を動かしよわよわしく指で刺してくる。おい、俺は幽霊か何かか!ってまあそうも思うよな…。蒼龍が最初に来た時だって、変にびっくりしてたし。俺。

 

「…てか腰抜かしてんのか?大丈夫かよ…」

 

初霜は尻餅をついた状態。どうやら衝撃か何かで腰を抜かしてしまった様。その、まあつまりだ。見えてますよ初霜ちゃん。可愛らしいっすね。

 

目のやり場に困りつつ俺は初霜に歩み寄り、その場にしゃがみこむ。彼女は困惑したような驚いた様な目で俺の方を見て来た。

 

「ててててとててとていとく?な、なんで?え?何でです?」

 

「その疑問は俺が聞きたいんですよね。ともかく初めまして初霜。…いやに冷静になって来たぞおれ」

 

何でだろうね。俺もよくわからんです。おそらくだけど初霜を見て、なんかうがうが言わずしっかりしないといけない気持ちの整理がついたのかもしれない。こう幼子の前ではしっかりした様子を見せないと的な。これが初霜ですからね。なお男ならそう見せたくもなりますよ。

 

「とりあえず深呼吸しようか。ほらスーハースーハーと」

 

「すうううううはああ。すうううはああ。…あ、はい。その…」

 

やっと落ち着きを取り戻した様で、初霜の目に生気が戻ってくる。あら、割と単純。彼女はもう一度俺の顔をまじまじと見て来て、驚きを隠し切れない様子だが。

 

「うーん。何で初霜が執務室来たのかわからんが、ちょうどよかった。蒼龍と飛龍は何処だ?おそらく一緒にこっちへ飛ばされた様な気がするんだ。と、言うかその筈なんだが…」

 

いやさっきも言ったが飛龍がここへ戻るためにコエール君を使ったわけで、俺だけが此処に来たなんてとんでもないわ。流石に冗談だけじゃすまされない。

 

すると、初霜は首を傾げてしまった。まじかよ。

 

「えっとその…わからないです。と、言うかもし飛龍さんと蒼龍さんが戻って来てるならー」

 

と、初霜が言い切る前だ。数人の駆け足からなるドドドドと言った音が両耳に入ってくる。いやな予感がパート2。まあそうだろ。あの悲鳴を聞いて放って置くほど、この鎮守府の絆は浅くないと思う。てか、ある意味結束力は高いはず。

 

「あーうん。その前に初霜ちゃんや。俺一旦隠れる。いいか?ゴキブリでも出たとか言って誤魔化してくれ」

 

「え、でも皆さんに言った方が」

 

「いやいやいやいや。ともかく何もなかったと言ってね?ほとぼりが冷めたら武蔵を呼んでくれ。うん。あいつならおそらく理解度が高いから」

 

そう言うと、酷い仕打ちかもしれないが初霜を外へと出し。執務室の扉を閉めた。さてさて、何処に隠れようか。

 

「机の下しかねぇよなぁ…」

 

あいにくクローゼットとかはないので、書斎机の下に隠れることにした。此れで何とか凌げるはず…。

聞き耳を立ててみると、数人の一団は執務室の前で初霜に食い止められた様だ。「どうしたの?」とか「敵襲!?」とか言葉が飛び交っているのがわかる。

 

「てか情けねぇー。ここで勇ましく『私が来た!』とか言えたらかっこいいんだが」

 

それこそ後先考えない行動だがね。てかそんなカリスマは俺にはない。むしろあったら学生ではない。ヒーローにでもなれそうだわ。

 

「―――ネズミが―――ですので―――ビックリして―――」

 

ちらほらと初霜の嘘の言い訳が聞こえてくる。よしいい子だ。あとで頭をなでなでしてやろう。いや、おじさんに撫でられるのはいやだろうか…?ってそんな歳ではまだ無い!

 

「――ってえっ!?そ、そんなの別にいいです――ってあっ!?」

 

喜んでいたのもつかぬま。バタン!っと激しく扉を開く様な音が聞こえ、俺は内心びくりとする。

 

「ネズミめ!何処!能代が相手してあげるわ!」

 

あー能代が強行突破してきた。これはマズイ。ま、まあ能代ならまだ話が通じるはずだろう。混乱を招き入れないはずだろう。と思った矢先。

 

「執務室に入ってくるとは許さないわ…まず家族共々根絶やしに…って北上さん?はい、一緒に退治しましょうね?」

 

…あかん奴の声が聞こえますねぇ。あーれずれずしい彼女の声が聞こえますねぇ。てか軽巡率高くないすか?あ、奴らは雷巡か。

 

「だめよ。ここは譲れません。私が相手をするわ。あなた達は下がって」

 

うわぁ…。う、うわぁ…。青の似合う演歌歌手もとい正規空母も来やがった。ば、ばれないはず、ばれないはず…。

 

隙間から目を凝らして見ると、初霜があたふたとしながら三人を呼び止めようとしている。その奥には北上があくびをしながら三人の様子を見ているが…って、あ。あいつと目があったよな今。なんかにやけ出したぞヤバイ。

 

「ねー三人ともー。そのネズミが大きかったら如何するのー?」

 

にやにやとしながら言う北上に、室内に入った三人―まあ予測できると思うし明確にするけど、能代と大井と加賀は北上に振り返った。

 

「そ、それでも能代は倒します。むしろ害悪以外の何者でも無いですし」

 

「いやぁー。そしたら北上さん私を守ってくださーい」

 

大井はほんとに大井だわ。能代は意気込みよい姿勢を見ることができたけど、大井は何で入って来たんだよ。

 

「例え大きくても小さくても、此処を荒らすことには頭にきます。よって、問答無用で殺します」

 

加賀の声がそう聞こえると、如何やら室内を歩き始めたらしい。机の下から彼女の歩き回る足が見えている。ああ…もうだめですね。ばれるなコレ。

 

…なら、この際こうしてやらぁ!俺はしゃがんだ状態から机を倒そうと、勢いよく立ち上がる!出会いは第一印象が大事!って初対面じゃ無いが…。ともかく!

 

だが、非情にも机を薙ぎ倒し颯爽と登場する計画は不発に終わり、机の下で思い切り頭頂を強打する。ガコンとこう鈍い音が、室内に響いたでしょう。

 

「ごっ‥‥イッテェ!?そ、想像以上に重いのかこれ…」

 

まあ書斎机ですしね。例えそれなりにガタイの良い大学生が勢いをつけてもこの程度ですよ。

 

さてむしろ悪手な行動により引き起こったその音と俺の声に、全員が反応するのは当たり前。艦娘達はそれぞれ「えっ!?」とか「ひゃっ!?」とか声をあげて、驚いた様子だ。

 

そして、数刻沈黙が起こる。おそらく何が起きてるか理解出来ていないんだろうね。その隙に、俺は机の下から、這い出て立ち上がる。

 

立ち上がると、室内でへたりこんでいる加賀と大井に、壁に背中から張り付く様にしている能代。初霜はすげぇ申し訳なさそうにペコペコしていて、北上はにやにやとにやけヅラをしている。

 

「…あーうん。はい。提督です。隠れてました」

 

こうして、俺の存在は直ぐにバレてしまった。この先が思いやられる。ホント。

 




どうも、飛男です。予想以上に予定に余裕ができ、合間を縫って投稿できました。さてついに新章突入。以前書いた活動報告では此れを指していました。

まあその、言ってしまえば逆パターンに陥ったわけです。もっとも章を続いて同じ様な温度差が続くわけではなく、色々と展開していくつもりです。つまり温度差が、上下していくことでしょう。

今後の望がどうなるかご期待ください。そして、蒼龍もですかね。章タイトルが意味を連想させることでしょう。

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