おふくろの命により、庭の掃除を行っている俺と蒼龍は、一通りの仕事を終えて、現在休憩中だった。
すでに5月の末。もうそろそろ雨降りだらけの6月がやってきてしまう。雨は嫌いなんだよね。運転はしにくいし、電車も込み合う。自転車でどこかへ行くこともできないし、総じて好きじゃない。俺は快晴、頭もからっからに晴れが好きだ。
「草取り終わりましたー」
蒼龍は少々疲れ気味に、ゴミ袋を持ってくる。草取りは得意とか言っていた割に、ずいぶんとタルそうだな。こう見えて俺は、草取り大好きだったりする。変な思考とか言わない。
「お疲れ。俺も枝切り終わりそう」
そういって、バチリと余分に伸びた木の枝を切り落とす。家には数本木があるんだけども、これが所かまわず伸びて困ったものだ。家の敷地内を出て歩道まで伸びるのとか、人様の迷惑になるから、いっそのこと木ごと切ってしまいたい。そして、秋には見惚れる観賞用の小さな紅葉を植えたいものだ。
「わあ、だいぶたまりましたね。枝さんかわいそう」
枝にさん付けするのはどうかと思う。たまに蒼龍は物に対して「さん」付けをすることがあるんだけども、これがなぜかが理解できない。育ての問題?
「うーん。まあこれだけ伸びるとさすがに邪魔だしね。適度に切るもんだよ」
「それもそうですけど、どこかのびのびと生やして上げたいものですよね」
とはいう蒼龍だが、最近我が日本の森は人の手が加えられていることが多いんだよね。それこそ人工林とか自然林とか名称があって、詳しくは知らないけども一切手のくわえられていない原生林はもうだいぶ減ったと思う。それこそ、富士山のふもとにある青木ヶ原樹海の奥の方とかくらいだろうか。あ、これテストに出ません。雑学だと思ってね。
「しかし、もう五月も終わっちゃうね。もう少しで6月だなぁ」
首を鳴らして、俺は見上げる。青く広大なこの空は、いつしか夏に近づいている。空を見ただけで、どんな季節かって割とわかるよね。冬は澄んでいて、夏は夏っぽい感じ。いみわからんか。
「そうですね。6月…ですね」
俺がどんな返事をくれるかなと蒼龍の言葉を待っていると、思いのほか暗い声が聞こえてきた。え、なんでだろう。
「え、どうした。そんな声を落として」
「そ、そんなことないですよ!でも、6月ってそんなに好きじゃなくて」
艦娘にも好きじゃない季節があるのか。まあ、確かに人間だしね。そんな気分もあるさ。
「ああ、よかった。俺と一緒だな。てっきり腹ペコで暗いのかと思ったわ」
にやにやと俺は口元を歪ませて、いじわるを言ってみる。すると蒼龍は「もー!」と声を上げて、俺をぽこすかと叩いてきた。いてて、ちょっと強い。
「まあまあ、っと…電話だからやめろって」
某赤肩マーチが流れ出したということは、おそらく地元メンツのだれかだ。とりあえず蒼龍に叩かれつつも、電話に出る。
「もしもし」
『あ、私夕張さん。いま町工場に居るの』
なんか意味わからん電話がかかってきたので、とりあえず無言で切る。すると、再び電話がかかってきた。
「もしもし」
『いや、切るなよ。夕張ちょっとしょげたわ』
「いや、しらねぇよ。なんでそんな都市伝説的ノリを俺に求めたんだ」
電話の主は、統治だった。おそらく夕張に携帯電話を使わせてみたのだろう。しかし國盛ほどはっちゃけてはいないので、許しておこう。
「で、何の用だ?」
『どうせ暇だったんだろ?雲井と國盛を連れてカラオケ行こうぜ』
「暇じゃなかったけど、久々に行くのもアリだな。蒼龍、どうする?」
先ほどから叩いていた蒼龍だったが、なぜかそこから俺の背中を撫で始めた蒼龍に、俺は聞いてみる。
「え?なにがです?」
「カラオケだよ。カラオケ。あ、ってもわからんか…?」
カラオケが流行ったのはいつからだったか知らない。だが、戦後であったことは確かのはず。つまり蒼龍がカラオケという文化を知っているか否かは、とんと検討がつかない。
「からおけ…?空の桶がどうかしたんです?」
やっぱりそう返してくると思った。ともかく知らないようだし、軽く説明をしてみる。
「風吹けば桶屋が儲かるの桶じゃなくて、カラオケ。簡単に言うと歌う場所」
このたとえでわかったかどうか知らないけど、蒼龍は「なるほど」と、手のひらをぽんと叩いて頷く。ちなみにこのことわざ、いろいろと諸説があるとか。はい、関係ないね。
「ぜひ行きたいです!あ、でも私、わかる歌あるかなぁ…」
首を傾げ、蒼龍は言う。まあ確かに、俺が普段聞くような曲しか耳に入れていないだろうし、その他が歌う曲がどんな曲かを知らないだろうね。そういう場合、カラオケってしらけるんだよなぁ。
「やめとく?」
「いや、行きます!せっかくですし、みなさんの歌声を聞いてみたいですね!」
「と、言うわけで蒼龍は行くそうだ。夕張は連れて行くのか?」
俺は再び電話に耳を戻して、統治へと問う。対して統治も夕張に聞いてみるらしく、耳を外して間をあけた。
「行くってさ。わかる歌あるかなぁ…?」
統治もどうやら、同じ疑問点にたどり着いたようだ。
*
集合は一時頃で、駅前へととりあえず集まった。
今回蒼龍はおめかしをしたかったのか、白を基調としただぼだぼ?なシャツに少々色の薄いのスカートと、何ともイマドキのオシャレな感じに服装に着替えてきた。対して俺は、いつものフライトジャケットにジーンズ。いい加減ほかの服をお披露目したいところだけど、これが一番気に入ってる。あ、でもワッペンはベルクロ式だから、第306飛行隊仕様に変えてきた。イーグル好きなんだよね。日本で生産を認められた戦闘機だし。まあ、結論は服に特に変わりはない。
「蒼龍似合ってるね。そのバッグはおふくろに?」
蒼龍が持ってきた肩掛けバッグは、エナメルっぽい素材でできた藍色のバッグだ。あまり持ってきたところを見たことが無くて、正直珍しい。
「あ、これは若葉ちゃんからオススメをしてもらって、買ってみました。可愛いですよね?」
体を左右に動かして、蒼龍はバックを揺らしてくる。うむ。似合っているね。別のところも揺れてるけどね。はみ出ないのが悔しいもんだ。公然の場では勘弁だが。
「おーい!待たせたな!」
唐突に声が聞こえてきて、俺と蒼龍はその方向へと振り返る。すると、ヘルブラザーズ事雲井兄弟と、その間に國盛が手を振って歩み寄ってきた。こんなことを言うのもなんだけど、雲井兄弟に挟まれた國盛は、捕獲された宇宙人如く身長の差があって、何ともむなしい。
「おう。後は統治と夕張か。ってあいつらどうやって来るのかな」
「さあね。たぶん車じゃない?」
最近統治は免許を取ることに成功したらしく、車を運転することにはまっているらしい。あいつの運転する車は乗ったことないから、今度乗ってみたいもんだ。
そんなありきたりな会話を全員でしていると、一台の車が駅の駐車場へ入るのが見えた。オレンジ色のつややかな車体に、可愛らしい小ささ。前面には小さくSの文字が書かれている。
「あ、あれ最近CMでやってるス○キの車種か。えっと名前はなんだったか」
浩壱が腕を組んで、車名を思い出そうとする。えっと、確かハスラ―だったか。俺も割とあれは気に入ってて、CX-5が手元になかったらほしいとは思っていた。
ハスラーが駐車をすると、そこから二人の影が見えた。統治と夕張だ。
「すまーん。遅れたわ」
「すいませんね。ちょっと切りの良いところで終わらせたかったもので」
統治と夕張が、申し訳なさそうにこちらへと歩んでくる。夕張の恰好はオレンジ色のつなぎで、どこかで見たことあるような服装だ。水色のつなぎじゃないので、セーフ。
「蒼龍さんお久しぶりです!その服かわいいですねぇー。私ったらこれしかなくて」
あははと、夕張は照れくさそうに笑う。すると、統治が補足説明を入れてきた。
「いや、夕張これでいいとかいうからさ。他にも服あるんだが」
「いいじゃないですか。私、あんなフリフリした服とか似合わないですもん!」
統治、おまえそんな服を夕張に進めていたのか。ないわ。ちょっと引くわ。センスを疑うわ。
「おいおいまて!俺が進めたんじゃねぇぞ!」
どうやら声に出てしまったらしい。まあ、仕方ないよね。
*
カラオケ店へと入店した俺たちは、とりあえず全員部屋へと入る。幸いにも大きな部屋を取ることができて、巨漢3人が居ても窮屈さは感じなかった。存在するだけで圧迫感はあるんだけども、まあそれは彼らの個性だ。なお、店員がヘルブラザーズの顔を見てビビッていたことは、言うまでもないか。
「さぁて!望!一発目はヤマトだ!歌うぞ!」
國盛に肩を組まれたが、あいにく俺は乗り気だ。俺も立ち上がって、流れてくるリズムに乗り、歌い始める。
テンション爆上げ状態の俺たちを見て、ほか蒼龍と夕張を除く他三人は外へ出て行ってしまった。あいつら、俺らが歌い終わる前に、飲み物を取りに行くつもりだろう。あ、世代が違うとか言わない。こう見えても、まだ二十代。
「夕張ちゃん。宇宙空母ソウリュウはないの?」
「いやー。宇宙空母ブルーノアはありますけど、宇宙巡洋艦ユウバリもないんで、ないんじゃないですかね?あ、でも宇宙駆逐艦ゆきかぜはあるみたいですよ」
蒼龍のよくわからん質問に対し、夕張もコアな答えで返してきた。あいにくブルーノアは、しらないわ。
さて、歌い終わるとお次は浩壱のターンだ。なんでも奴はそれなりに歌が詳しくて、いろいろと歌える。
彼がチョイスしたのは、昭和の名曲、壊れかけのレディオだ。俺もこれが大好きで、歌えるは歌えるけど、さすがに昭和臭いので歌いません。
「浩壱さんの低くて渋い声が、またマッチしていますねぇ…」
蒼龍はわりと心地よさそうに、浩壱の歌を聞いている。うぐぐ、何だこの敗北感。じゃあ俺も、そういう歌をせめて見ようじゃないか。
続いて統治が歌い始めたのは、雪の進軍だ。某戦車アニメでも取り上げられたこの曲は、WW2で一時期禁止になったそうだ。それでも、ひそかに歌われていたとか。
「あ、私もこれは知っています!ゆきーの進軍、氷を踏んで―」
蒼龍も夕張も、楽しそうに歌い始める。どうやら統治は、彼女たちがわかるような歌をチョイスしたらしい。空気の読める男統治。これはいい選択だな。ところで、これって陸軍の歌だった気が…。この際なんでもいいの?
「ふふふ、じゃあ次は俺だぁ!」
そういってマイクを手に取ると、流れ始めたのは聞き覚えのあるテンポ。あ、やっぱり歌わねば!
「万朶の桜かえっりの色―♪」
「花は吉野に嵐ふくー♪」
「大和の男子と生まれなばー♪」
さすがは陸兵器大好きマンである健次だ。歩兵の本領。これも彼女たちがわかる歌だね。
「陸軍ばっかりじゃないですか!でもあきつ丸ちゃんとまるゆちゃんが居れば盛り上がりますねー」
うん。たしかにあいつ等ならガチで歌いそうだ。陸軍だしね。まるゆが拳を聞かせて歌い始めたら、お笑いするだろうけど。あの声で歌うところ、想像できない。てか、わりと陸軍海軍の艦娘って、仲いいんだ?
さて、皆で合唱しながら歌い終わるとお次は俺の番。最初は國盛が入れたマジンガーだからね。俺が入れたんじゃない。
「じゃあ俺だな。まあ、お二人もいることだし、これを歌うしかないでしょ」
まあわかると思うけど、俺がチョイスしたのは軍艦行進曲。また軍艦マーチとも言うね。
「まーもるも攻めるもくーろがねのー」
俺が歌いだすと、蒼龍もマイクを健次から貰って、一緒に歌い始める。
「うーかべるその城ひーのもとのー♪」
まさかデュエットするのが軍歌とは。いや、まあ狙ってはいたよ。正直に言うけどさ。でも、恋人同士が軍歌をデュエットするってどうよ。
「ばーんりーのーはどうをーのーりこーえてー♪」
でも、蒼龍は心底嬉しそうに、楽しそうに歌っている。まあ彼女が楽しいなら、俺は満足なんだ。だから俺も、自然と心が躍って、たまには目線を合わせながら、気持ちよく歌うことができた。
「ふう。えへへ、望さんもりっぱな帝国海軍ですね!」
「いやー。その、恐れ多いよ…」
蒼龍のべた褒めに照れる俺。そんな俺の肩に、すうっと手のひらが置かれた。
「俺らの前でイチャコラですかね?ちょっと外出ようか」
あかんやつやこれ…。シャチホコまたされちまう…。てか、マイク渡したのはお前だろ健次ぃ!
と、俺が健次にチョークを決められそうなときだった。ふと、テレビ画面に見慣れた題名が目に入ったような気がした。
「あ、わたしだ」
蒼龍は椅子から再び立ち上がると、マイクを構える。すると同時に、デデン!デデデデ!と聞きなれた音楽が流れてきた。
「これ、どこかで聞いたことあるねぇ」
俺はチョークをかけられつつ、とぎれとぎれに言葉をつなぐ。ぴょ~ろ~ろ~と演歌っぽい感じで曲が流れはじめて、やっとわかった。ああ、そうか。一応カラオケに入ってるけども!
「二航戦蒼龍!唄います!加賀岬!」
お前が歌うんかーい!と全員の突っ込みが、部屋の中に響いた。それだけの話でしたとさ。
どうも、飛男です。
これがヤリタカッタダケーです。一応軍歌系の歌詞をちょろっと載せてますけど、全部じゃないから大丈夫なはず…年代的にも著作権切れてるはず…。もし問題があったら、メッセージをください。変更します。
あ、最後にバトルチックにすると言いましたけど、おそらく書く意味と言うか需要がないかもと思って書きませんでした。もし要望があれば、書きますけどね。
では、今回はこのあたりで。また不定期後に。