学部棟喫煙所。シャレオツな格好をした輩や、お年寄りの聴講生達が煙を楽しむ中に、俺と大滝もそこでヤニを補給していた。もちろん蒼龍も一緒だが、わかってると思うけど彼女は煙草を吸わない。さすがに副流煙を吸引してしまうので申し訳ないんだけども、蒼龍は硝煙などで慣れてるから相変わらず大丈夫だと言っている。何とも健気というか何というか…。遠回しに禁煙を促されている気がする。
「今日も一日乗り切ったなぁ。この解放感がたまらない」
「えぇ?望さん殆ど寝てたじゃ無いですかー。大丈夫なんですか?そんな事で」
蒼龍の言う通り、大半寝ていました。どうしても睡魔には勝てないんだよね。人間だもの。この言葉便利。
「まあそんな七さんの為に蒼龍はノートを取っているんだろう?」
大滝の言葉に、蒼龍は「そうですけどぉ」と不服そうに言う。やはり頼られてばかりなのはあかんらしい。ちょっと反省しないといけないかな。
「ふう。じゃあ俺は先に帰るわ。どうせお前、車だろ」
一足先に煙草を吸い終えた大滝は、吸い殻を指で弾いて見事に灰皿へと入れる。すげぇ。
「今日は暇だし、家まで送るぜ?」
おととい昨日とバイトが入っていたために、今日は休みだ。いつも暇そうに見えてるのは、たぶん気のせい。そもそもバイトのことを語るのは、つまらないと思う。ただ接客して書類を書いて、整備をするだけだもの。蒼龍がいれば、また変わるんだろうけど。
「お、まじか。それはありがたい。早めに帰りたいしな」
喜ぶ大滝は、同時に「あっ」と何かを思いついたかのように声を出す。
「どうせなら、鳳翔に会っていくか?今頃家で、夕飯の支度をしてるはずだしな」
「え!会わせて頂けるんですか!?やったー!わーい!」
えらくテンションを上げて、蒼龍は言う。やめなさい。目立つから。あーほら、シャレオツマン達が不思議そうに見ているぞ。と、言うか会わせてくれるって叫んでる事は、つまり大滝が会うことを許していないとでも思っていたのだろうか。だから会いたいとか言わなかったのね。
しかし鳳翔か。うちの鎮守府ではあまり印象が薄い艦であったが、蒼龍達にとっては母親的存在の艦娘だ。あれ、つまり俺は蒼龍の母に挨拶をしに行くようなものなのでは…。
「鳳翔にもお前のことは話してるぞ。その時は何も言わなかったが…どうなるんだろうな」
そんなことを俺が思っていると、大滝に肩を叩かれこう言われた。
娘さんをくださいとか言わないけないような…。いや、でもそもそもカッコカリだからまだその時では無い?何かと不安が、俺の体を駆け巡った。
*
大滝を後部座席へとのせ、俺たちは大学を出た。数キロ車を走らせた先に、大滝の家はある。
大滝は寮での一人暮らしだ。実家から出たかったらしいが、何よりも言えることは独り立ちを早めにしたかったのだと言う。仕送りやバイト金でやりくりして、生活することで社会に馴染んでいきたかったのだろう。
要するに大滝は、ある意味運が良かったみたいだ。俺や統治の様に親を説得する事などしなくても良いのは大きい。さらに鳳翔はお艦と言われる様に家事全般は容易にこなせるし、まるで新婚生活の様だろう。羨ましく無いわけが無い。
「ただいま帰りました。鳳翔さん」
車を停め次第、俺たちは大滝の家へと入っていく。そして大滝は玄関を開けると、疲れた様な声で言う。
「あ!おかえりなさいませ提督。…そちらの方はどなたでしょうか?」
割烹着の下にいつもの着物を着た鳳翔は、大滝に笑顔を見せる。しかし俺の存在に気がつくと、打って変わって不思議そうな顔をした。
「あ、七星望です。大滝とは友人でして、家にお邪魔させて頂きました」
「ああ、あなたが七星さんですか。提督がいつもお世話になっております」
鳳翔は俺のことを理解すると、深く頭をさげる。その礼儀正しさは、何というか旅館の女将に通じるものがある。
「七星さんがいるということは、つまり…」
思いついた様に言う鳳翔に答えるが如く、蒼龍が俺の後ろから顔を出す。
「鳳翔さん!鳳翔さん!私ですよ!蒼龍です!」
「まあ蒼龍ちゃん!久しぶりね。元気にしていたかしら?」
二人は俺と大滝を押しどけると、両手を重ねてぴょんぴょんとはねだした。なんともまあ女子らしいというか、可愛らしいというか。大滝もそれを見て、険しい顔を緩ませているな。
てか鳳翔さんそんな年じゃないでしょう。と、言いたいところだが口に出すと殺されそう。そもそも年を取るのだろうか、艦娘って。もしやずっとこの容姿のままなのだろうか。
「いつからこちらにいらして?私は三月の初めからです!」
「そうなんですか?私は二月の下旬です!望さんがちょうどお休みをもらった時期でして!」
「まあ!大体同じ頃に来たようですね!しかしなぜ私たちだけ…」
跳ねるのをやめ、鳳翔は不思議そうに首をかしげる。そうか、彼女たち―大滝たちはなぜ艦娘がこうしてこっちの世界に来れたのかを知らないのか。
「え、それはあか―むぐう!むー」
蒼龍がうっかり漏らしそうだったので、とりあえず口をふさぐ。こいつらにまだ話せるか否かは俺が決める。信じていないわけではないけど、この事項は胸の内に秘めておいた方がいい気もするんだ。てか、やめろ。かむな。いたいわ。犬かお前は。
「ふふっ。七星さんと蒼龍ちゃんは本当に仲がよろしいのですね?」
「え、あ、あはは…そうですね!」
鳳翔の困惑した様子であれど微笑みを崩さない姿勢は本当に感心する。この人のような器の大きい人間になりたいものだ。だからと言って性転換するわけではないぞ。
「むー!むー!」
蒼龍がじたばたとし始める。おっと忘れていた。離してやんないと。
「もう!何なんですか!急に口を押えて!」
「あーあはは。ごめんな蒼龍ちょっと手が滑って」
笑いながらごまかそうとしたが、蒼龍の拳が俺の頬へと突き刺さった。
「いってぇ!」
さすがに口を押えたのは、悪かったかな。
*
さて、大滝の家へと入り数分。鳳翔は夕飯の準備が終わっていないらしく、台所へと戻っていった。しかし、すぐにこちらへ戻ってきて、熱いお茶を俺たちへと置いてくれる。なんてできた人なんだほんと。
「なあ蒼龍。機嫌を直してくれよ。さすがにさっきはやりすぎた。すまん!」
「もお。望さん最近私のことを雑に扱ってる気がします。ひどいです本当に」
お前も俺が提督だってことを忘れているような気がするんだけども。まあ、もうそういう垣根を通り越しているとは思っているけどね。この世界に来た艦娘に、上下関係なんていらないと思う。
「悪かったって。うーむどうしたもんか」
ぷいっとそっぽを向けて怒っている蒼龍に、俺も腕を組み解決策を考える。こうなった女性は個人的に手が付けられないとは思うが、さすがに今回は俺が悪い。
「はぁ。おめぇらほんと人前でもイチャイチャしてんな。恥ずかしいとか思わねぇの?」
大滝がそんな俺たちのやり取りを見て、ため息をつく。うぐぐ、イチャイチャしている自覚なんかないんだけども。そう見られているのか。自覚すると恥ずかしくなってくるが、もう慣れた。
「私はもう知りませんから。それより大滝さん。一人暮らしってどんな調子でしたか?」
「え?ああ、うん。いろいろと面倒だよ。今は鳳翔さんがいるから自由な時間も確保できてるけど、家の掃除から家事全般。おまけに課題を片づけなきゃいけないし、自由な時間なんてほとんどなかったさ。でも、どうしてそんなことを?独り立ちしたいのか?」
ふむふむと関心しながら聞いている蒼龍に、大滝は聞き返す。おいおいそこまで口元を抑えられるのが嫌だったのか。これは本格的に縁をきられるんじゃ…。
「いえ。ちょっと気になりまして。一応鎮守府での生活時は寮生活でしたけど。自由時間が豊富でした。私の場合、その自由時間を自主訓練や趣味に使っていましたね」
どうやら独り立ちをしようとは思っていなかったらしい。よかった。俺の思いすぎだったみたいだ。
「でだ。七さん。お前はなぜ艦娘がこちらの世界に来たか知っているらしいが」
「なに?なぜそう思った?」
急にその話に移行されたために、俺は若干面食らう。まあ、思い返せば鳳翔の言葉から蒼龍の受け答えに、俺が口元を抑えたのは墓穴を掘ったようなものだったかもしれない。
「…まあそうだな。うん。やはり語るべきかもしれない」
俺は一つ息を着いた。この際だから、こいつには語ってもいいだろう。むしろ被害者だろうし、理由を語っておいた方が後々楽だろう。
「あー。まず最初。艦これの世界はサービスが始まったと同時に向こうは向こうで世界があるらしい。まあ詳しくはわからんけどね。明石がそんなことを言っていたよ。で、始まりはどうやらうちの明石がへんな装置。『コエールくん』なるものを作ったそうで、それを使って蒼龍がこっちの世界に来たみたいだ」
「こえーるくん?まずそこから意味不明だ」
大滝が苦い顔つきでつぶやく。まあそうだよね。俺も意味不明だから。そもそも今思ったけど、コエールくんってネーミングセンスどうかしてるわ。もうちょっとマシな名前無かったのかよ。
「まあそれは置いといて、とりあえず蒼龍はそれを使ってこっちの世界に来たそうだ。な?蒼龍」
まだふてくされている蒼龍に、わざとらしく話題をふる。蒼龍は「そうですよ」となんだかんだ言って、返事をくれた。
「俺の鎮守府はそれからいろいろな奴と話ができるようになった。武蔵は自分を悲観的に見ているし、叢雲はツンデレ。最近じゃ如月が誘惑してきたりと、まあ様々。ともかく会話ができるようになったんだ」
大滝は納得するような、でもどこか腑に落ちないような顔で、頷き続ける。俺もどうしてこうなってしまったのかは、説明できない。おそらく育て方の問題だったのか?
「まあ、ここからが本題だけど。明石曰くそのコエール君の情報が俺とネットワークを共有した奴らに感染をしたらしいんだ。で、お前以外にも菊石の家に夕張が来た」
「なるほどな。明石ウイルスか。って言い方悪いな」
自分で言っておいて、大滝は申し訳ないように頬を掻く。いや、今度からその名称を使わせてもらおう。
「しかしそうなると、お前やばくないか?俺や菊石だけならまだしも、オンゲ仲間にも確実に感染してるってわけじゃないか。何か情報を得てないのか?」
「いや、正直聞いていないし、最近オンゲすらしていなくてな。蒼龍といろいろと過ごしているうちに、こうして時が経っちまった」
「そうか。まあそれは帰ってから聞いてみるといいな。で、二次被害は起きるのか?もしそうなったら、世界中は大混乱だ。ネズミ算式に艦娘が世界に現れることになるぞ」
確かに言われてみればそうだが、今の今までゲームの女の子―艦娘が出てきたなど話題がニュースやネットに出ていないので、以前も語ったように二次被害はないと見える。それにオンゲの仲間たちに感染したとしても、そのオンゲ仲間もどうにかして隠しているのだろう。
「二次被害はないと言ってもいいな。第一、明石からそんなことは聞いてないし、言わなかったってことはないんだろう。可能性は捨てきれないが」
俺はそう返事をすると、再び深呼吸をした。要するに語り終えたことを表しているから、大滝も「なるほどな」と理解したことを表す。
「ともかく、大変なことになったのはわかった。これ以上深く考えると、いろいろと課題が沸きあがってきて、外に出れなくなりそうだ」
その意見には俺も同意せざるを得ず、「そうだなぁ」と言葉を漏らす。しかしさっきから蒼龍がちらちらと俺を見てくるが、どうしたんだ?
「どうした蒼龍」
「いえ。私が語ろうとしたら怒ったくせに。自分が語るときはすらすらと語るんですね」
ああ。そうだな。相当罪悪感が込み上げてきた。
「本当にごめんな。でも、これは割と容易に言えることじゃないし、俺から語りたかったんだ。だから本当に、悪かった」
深く頭を下げ、俺は謝る。すると蒼龍は「はあ」と息をついて、俺に視線をよこした。
「私も後々考えれば迂闊でしたよ。でも、口元を急に抑えられたのはびっくりしちゃいまして。まあそこまで深く謝られると、もう私も許すしかないじゃないですか」
どうやら許してくれたようだ。どうやら口元を抑えられたことが、蒼龍にとっては驚きの行動だったのだろう。今度からそういう事を、ちゃんと意識しなければ。
「まあ、ちょっと嬉しかったのもあるんですけど…」
最期に蒼龍がぼそりと何かをつぶやいたが、俺には鮮明に聞こえなかった。
どうも、飛男です。
さて、今回はいろいろなまとめと、蒼龍の不機嫌バリバリ回でした。え、解決が簡単すぎる?まあそうですねぇ。
今回はこのあたりで、また不定期後に!