昼休み。相変わらず長蛇の列が食堂には出来ており、ガヤガヤと喋り声がラウンジへと連続して響く。
「それでさ。その時の店長は瞬く間にクレームを処理したんだよね。あの人すげぇわ」
俺はバイトであった出来事を皆に話しながら、話題を盛り上げている。うちの店長はいわばスーパー店長。かつて売り上げ低下をしていたうちの店を、各店舗最高売り上げを叩き出せるほどの店まで成長させたのだ。マジですごいと思う。
「はぁーすげぇな。何歳くらいなん?」
学食のハヤシライスを食べながら、しんちゃんは関心したように聞く。
「三十代前半だったな」
「まだ若いのに良くやるわ。うちなんて赤字ギリギリ回避がしょっちゅうだぜ?まあ最近やっとあったかくなってきたけど、冬の時なんて誰がアイスを買いに来るんだよ」
しんちゃんは某アイスクリーム店でバイトをしているらしい。確かに寒い時期にアイスなんて食いたく無いわな。こたつでダッツは贅沢だ。
「へーい!セブンスター!」
俺としんちゃんがバイトークで盛り上がっていると、学食の長蛇な列から離脱することのできた酒井が、机にがちゃんとお盆を置く。どうやら奴が買ってきたのは、カレーらしい。
「おー酒井。やっと解放されたか」
「全くなんだよ毎日毎日。もう少し円滑に動いてくん無いかね。列がヨォ」
それには同意せざるを得ない。良い加減あのとりあえず並ぶシステムどうにかならないものだろうか。品目別に分けるとかさ。
「あ、カレーですか?私カレー好きなんですよね」
先ほどまで授業プリントとにらめっこしていた蒼龍が、美味しそうに目線をカレーへと向ける。
「ははーん。海軍カレーというやつか。一度食べてみたいねぇ」
スプーンをくるくると回し、酒井は答える。たしかにこいつは以前から、海軍カレーを食べていたいと言っていたな。そういうレーションもあったと思うし、買えば良いのに。そういう意味ではないか。
「あ、ところでセブンスター。お前に良いものをやろう」
「良いもの?なんだよ」
酒井はバッグを弄り、何かを探し始める。こいつが良いものと言うと、ミリタリー関係のなんかだろうか。以前はエアフォースマークが描かれたシガーケースをくれたし。割と期待が高まる。
「ほい。これ」
そう言って、酒井が俺に渡したのは紙切れだった。ミリタリーものではなかったらしい。ちょいと残念。
「サンキューって。これ映画の前売り券か?」
渡された紙切れは、チケットだった。最近CMでたまに見る映画で、なんとなく見たいとは思っていた。
「いやさ、実は彼女と行くことを約束してたんだけど、どっちが買うか言うのを忘れてたらしい。で、案の定ダブってしまったわけよ。だからこのチケットが余っちまって、お前と蒼龍で行ってこいや」
あらら、それは残念だったというか御愁傷様というか。まあタダで映画を観れるのは大きいし、随分と久々に巨大なスクリーンで観れる。洋画だけど、蒼龍は気にいるかなぁ。
そんなことを思っていると、蒼龍が俺の肩をつかんでひょっこり顔を出し、映画のチケットを見てくる。
「あ、これCMで見たことあります!見たいと思っていたんですよね!」
お、どうやら蒼龍も乗り気らしい。と、なればありがたく頂戴しなければならないな。
「そうか。じゃあ頂くわ。サンキュー」
「おう。楽しんでこいや」
酒井は頷くと、カレーにスプーンを運び始めた。
✳︎
休日。車を走らせて、俺と蒼龍は映画館へと向かった。あいにく地元には映画館が無いもんで、20kmくらい離れた場所まで行かなければならない。
ちなみに道のりの際、俺がかつて通っていた高校がある。私立高校だったけど、設備がそこまで良くなかったと言う悲しい学校だった。片道14kmの道程は辛いものだったな。
さてそんなことはさておき、立体駐車場に車を止めると車を降り、俺たちは映画館へと入っていく。ショッピングモールと映画館が一体化したここは、いつも賑わいが凄い。
「薄い暗いですね。人も多いですし」
「そうだなぁ。はぐれるなよ?」
まあ休日だし仕方ないだろう。とりあえず映画上映まで時間もあるし、先にショッピングモールの方へ行くのも悪く無いかもしれない。
「あ、あのスクリーンに、映画紹介の動画が写ってますよ」
蒼龍が指をさす上の方には、CMなどで使われる映画情報が流れている。俺たちが見る予定のスパイ映画に、恋愛系の映画、アニメ映など様々な情報が流れている。毎回思うけど、この手のPVは見ていると楽しくなってくると言うか、ワクワク感凄いよね。ついつい足を止めて、見入ってしまうわ。
「いろいろな公開しているんですね。あ、戦記物でしょうか?米国の戦車が写っています!シャーマン中戦車かな?」
よくわかったなと言いたいところだが、それは置いといておく。この発言からして、やはり米国を蒼龍はもう恨んでいないようだ。いや、もしやそ恨みが深海棲艦にすり替えられているのだろうか。ついつい考えてしまう。
そう考えると、今回の見に来た映画にその様な描写があったのか気になる。一応現代のスパイアクションだろうから、WW2の話は出てこないと思うが…。
「へぇ…陸ではこんな事があったんだ…。あ、でもこの時もう私—きゃっ!」
蒼龍が呟いているその時、唐突に短い悲鳴をあげた。蒼龍はそのまま尻もちをつき、地面へと手をついた。
「蒼龍!ちょっと、あんた!」
ついカッとなり、俺はそのまま走り去ろうとした男の腕を、がしりと掴む。さすがに謝らないのはおかしい。男は40代くらいのおっさんで、サラリーマンらしい顔つきだ。大人であるならば、なお謝るのが普通だろう。
「あ、すいません!こちらの不注意で!申し訳ありません!」
リーマンらしき人物は蒼龍が倒れた事に気がつかなかったらしく、すぐさま謝ってきた。まあ悪気は無い様で、一刹那に湧き上がった怒りが引いていく。おそらく休暇中に取引の電話かなんかが掛かってきたから、慌てていたっぽい。
「いてて、あ、大丈夫ですよー。私もぼうっとしてましたから。そちらも大丈夫ですか?」
笑顔を作り、蒼龍は大事が無いことをアピールする。おっさんは数回頭をさげると、またまた急いで映画館から出て行った。
「全く。大丈夫?立てるか?」
「はい、大丈夫です。あ、ありがとうございます」
差し出した俺の手を掴んで、蒼龍は立ち上がる。しかし立ち上がっても、手は握ったままだ。
「ん?どうした?離さないの?」
「いやぁ…その…またぶつかられて尻もちをつくの嫌ですし、これだけ人がいて逸れるのも嫌です。だから握っててもいいです?」
確かにそれは名案だ。これだけ人がいると、人波にのまれた際にはぐれてしまう。理にかなった理由だ。口実ではない。しかし、蒼龍の手は冷たいな。それも細い指がなんともか弱い印象を受けさせる。
「まあそうだね。じゃあ繋いでおくか」
頬を掻いて、俺は言う。頭では納得できても、やっぱり恥ずかしいのは当たり前だ。自分で言うのも難だが、初心な気がする。
「はい!お願いしますね!」
蒼龍は笑顔でそう言うと、俺の手を強く握ったのだった。
✳︎
ショッピングモールで時間を潰した俺たちは、いよいよ上映場へと入館した。
あらかじめポップコーンやらコーラなどの飲料水を買っておいて、準備は万端。昼過ぎからの上映でもあったし、昼食も食べ終わった。故に上映中に空腹となる事も無いだろう。
椅子に座り、スクリーンには宣伝やら上映案内などが流れている。その間、蒼龍がどうしても欲しいと言って買ったパンフレットを見ながら、たわいも無い話をする。
「しかしなんで、パンフレットが欲しかったんだ?内容を見ればそれで終わりだろ」
個人的に、映画のパンフレットを買うのは無駄だと思っている。今からその映画を見るんだから、わざわざ金を払って予習みたいなことをする意味は無いのでは無いだろうか。そもそも初めて見るその初見差が楽しいものであって、勉学とは違う。
「いやーその、思い出ですよ。思い出」
パンフレットを見ながら、蒼龍は言う。思い出か。確かにその映画の興奮を思い出すために、パンフレットを見るのは悪く無いかもしれない。人間の記憶なんて曖昧で、割とその興奮を直ぐに忘れてしまうしね。
「なるほどねぇ。まあ、お前の稼いだお金だし、何に使っても構わないよ。だからと言って使いすぎるのはダメだからな?」
「わかってますよぉ。子供じゃ無いんですから。あー、早く始まらないかなぁ」
うずうずと体を動かして、蒼龍は言う。この上映前の待ち時間は妙にドキドキ感と期待感が湧き上がってくる。CMで断片的に映像をみされては、あのシーンはどうなのか、何が起きているのかを知りたくなるのは当然だ。
それから数分後、ついに『ビー』っとサイレンが鳴り、室内が暗くなっていく。映画開始の合図だ。
「始まりますよ!始まりますよ!」
きらきらと輝きを発する様な蒼龍のテンションに、俺は軽く静かにする様釘をさす。日本の映画館は視聴中静かにするのが普通で、それが当たり前となっている。アメリカではむしろ一緒に騒ぐのが普通らしいけど、少々考えられないな。
しばらくは先ほどチケット売り場で見た様な映画宣伝が、巨大なスクリーンに流れた。お、ヤクザの爺さん七人が頑張る話は、割と面白そうだ。最近任侠映画、やらないよねぇ。
映画の宣伝が終わり、ついに本編が始まる。導入部分から早速人が逝ってしまった。割と生々しいが、蒼龍は大丈夫だろうか。ちょいと気になり、彼女に目線を向ける。
「あれ?あそこを撃たれても簡単に絶命しないはず…。当たりどころが悪かったのかな」
なんか割と物騒なことを言い始めている。忘れてた、こいつはやっぱり艦娘だったんだ。
一通りの急所や弱点を叩き込まれているのだろう。そう思うと、俺とはある意味違う世界の人間であったことを痛感させる。所詮俺は、平和なこの世に生まれた成人になって間も無いガキなんだ。
さて、それからしばらく映画を見続ける。ちょうど主役の二枚目外人が、ヒロインを助け出したシーンだ。この流れから行くと、ラストは黒幕を倒すかんじだろうか。
「いいなぁ…私もあんな風に助けられたいや」
うっとりとした瞳で、蒼龍はぼそりと呟く。まあ現実は映画の様にうまくいかないのが普通だ。俺だったら数十回は死んでるだろう。まあ死んで生き返ってを繰り返せば、それこそよくあるチートになれるだろうけどね。以前ハリウッド化した某小説も、そんな話だった。
「…あ、あ、イチャイチャしてます。ひゃー」
蒼龍は二枚目外人と美人ヒロインのラブシーンを、手のひらで顔を隠して恥ずかしそうにする。あれほどじゃ無いけど、俺たちだってあんな感じに見られてると思う。やっぱり思い返すと恥ずかしいものだ。
✳︎
最終的に俺が予想した通り、主役の組織にいるスパイが倒されて幕が下りた。米国の映画だし、この手の結末はいわゆるありきたりだ。
だが、蒼龍はそんなテンプレ的展開を知らない。どうやら組織の中に敵がいたことを予測できなかったのか、未だに驚いた表情をしている。
「まさか組織内に裏切り者がいるとは思いませんでしたね!ドキドキがまだ止まりません」
「あ、ああ。うん。そうだね」
うーむ。早い段階からわかってしまっていたから、共感が出来ない。スパイ映画や戦記物は割と見ている所為で、初々しい気分にはなれない。
「また来たいなぁ。今度は恋愛映画も見てみたいですね。望さんは何を?」
また違うガンアクション映画を見たいが、確かに恋愛系の映画は見たことが無い。初々しい気分なり蒼龍と共感しあえるのは大きいな。
「俺も恋愛系の映画かな。あまり見たこと無いし、楽しめそうだ」
どうも飛男です。ここ2日と多忙で小説が投稿できませんでした。申し訳ありません。
さて今回は映画の話です。最近はDVDやブルーレイの普及で映画を映画館で見ない人が増えてるとか聞いたことがあります。ですが、やっぱり映画館で見ないと迫力が伝わって来ませんよね。特にガンアクションは発射音や爆発音が体に響くほどでなければ、その威力と破壊力は伝わりにくいと思います。その威力を大音量で聴くことで、さらなる迫力が伝わるのでは無いかと思います。
では今回はこの辺りで、また不定期後!