※國盛のあだ名をキヨに変えました。
三月の週初め、未だ寒さが残っているが、徐々に暖かくなる時期だ。牡丹雪は冬の終わりを告げるらしく、つい最近降ったとこ。因みに牡丹雪って、春の季語らしい。
そして、ついにこの時がやって来た。俺と蒼龍は和室で正座をして、親父と向かい合っている。
「では、お納め下さい」
茶封筒に入られた2万円を、蒼龍は滑らすように親父へと渡す。いかにも厳格そうな雰囲気を放ちつつ親父はそれを受け取り、中身を確認した。
「確かに受け取った。来月もよろしく頼むぞ」
そう言うと親父は立ち上がり、さっさと自分の部屋へと戻っていく。どうやらその二万円は、後日おふくろへ渡すのだろう。着服する事無いのは、明白だ。
「き、緊張しましたぁ…相変わらず、望さんのお父さんは怖いですね…」
蒼龍は相変わらず、親父が苦手らしい。まあ、あの人は基本無口だし付き合いにくいとは思う。だけど、地味に蒼龍のためなのかスイーツやお菓子を買ってくる事が多くなったような気もする。たぶん気を使ってるんだろうけど、意味をなしてないみたいだ。ドンマイ親父。
さて、働く事が絶望的であった蒼龍が何故金を用意できたのか。それは数日前へと遡る。
*
「そう言えば蒼龍。どうやって親父に金を払うんだ?」
日曜日。週に一度通っている道場の帰りに、俺はふと思い出したので聞いてみた。
因みに蒼龍は俺の練習姿が見たいとかで、一緒についてきた。いわく勇ましかったとか迫力があったとべた褒めされて割と困惑の色が隠し切れなかったんだけども、まあ嬉しく無いのと言われれば嘘になる。
あ、道場とは言っても大それたものじゃなく、実際は市役所内の道場。それに休日の朝だからか年配者が多いんだよね。勿論若い人もいるけど、最年少は意外にも俺。要するに大人向けの道場で、それはまあキッズたちとの迫力とはダンチだと思う。ちなみにキッズたちは、また別の日だとか。
「いえいえ!そんなことしなくても…。一応あの時はその…勢いだったんですけど、もう決めている事があります」
おいおい、やっぱり行き当たりばったりな発言だったのか。しかし、もう決めているということはやっぱり当てがあるのか?
「決めたこと?…まさか春を売るとか無いよな?」
春を売るってまあ隠語っぽく言ったけど、要するにあれです。いかがわしい類です。
「そ、そんなこと…!違います!私はそんなに安い女じゃないです!そ、そんな女に見てたんですか…?」
かなり不服そうに蒼龍は言う。もちろん断じて見ていない。まあ流石に思わずというかまあ無頓着な発言だったが、少しでも胸糞悪くなるような内容は彼女の口から聞きたくなかったんだ。でもそれで、蒼龍が危険な仕事に手を出さない事はわかった。蒼龍には悪いけど怪我の功名だろうか。
「そんなわけないさ。むしろ一途だと思ってる。あくまでも一番遠そうな可能性を言ったに過ぎんさ。しかし、前からアテがあるみたいだが、そのアテってなにさ?」
正直どこからそんな自信が出てくるのだろうか、それこそ本当に、春を売るとかしか考えられない。
「その、あの着物を売ろうかと思いまして…」
「着物って…。まさか最初に着てきたあの着物をか?」
「はい。今の私には不要ですし、何より売って家賃にした方が、それこそ皆様のためになると思うんです」
確かにそれは個人財産だし、売れなくはないだろう。だけど、あれって着物に分類していいのか?そもそも着物って、そこまで高額で買い取られなかった気がする。聞いた話では十万の着物が千円ぽっちで買い取られるとかザラらしい。ピンキリではあるらしいが。
「…一応俺は噂でしか聞いたことないけど、着物はそこまで高く売れないみたいだぞ」
「え!?で、でも…あれ新品同様なんですよ?望さんに会えるかもって、わざわざ特注して作らせましたし!」
そういう問題じゃ…って。ん?ちょっと待て。特注?それに新しく特注って。
「待って。ってことはあれ、何着か持ってるわけ?」
いつも画面越しで着ている服じゃないというわけだ。いやでも、どう見ても同じ服な気がする。何が違うの?
「あ、はい。一着物ではありませんね。戦闘用は戦闘用に、日常用は日常用にあります。着てきたあの着物は、正装用のかなりいいやつです」
なんかとても残念な話を聞いたような気がするぞ。しかしまあ、確かに同じ着物をいつも着ているには綺麗過ぎだよね。て、言うか艦娘達の服ってそんな風に分けられてたの?普段着もあれなの?
「さて、それはさておき…着物以外の案はないのか?」
「…ないです。えーっとあのぉ…本当に高額じゃないんですかぁ?」
情けない声を出すなよ。しかしまあこれで蒼龍が根拠なしに持っていた淡いアテが消えてしまった。さて、どうするか。
「あ、そういえば」
唐突に、俺はかつて聞いた愚痴を思い出す。そうだ。いるじゃないか。頼れる奴が。
「何か妙案が!?」
食いつくように、蒼龍は俺へと聞いてくる。
「まあ妙案かどうかは奴次第…かな」
*
とりあえず、思い立ったら吉日。俺はコンビニへ車を止める。まあ蒼龍を待たせるのも申し訳ないし、とりあえず肉まんを買っておいた。おいしそうに食べるところを実況してあげたいけど、あいにくそれどころではない。おそらく奴は、今昼休憩だからだ。時間が惜しい。
俺は肉まんを渡し次第、喫煙所へと向かうと煙草を取り出し、電話をかけた。テゥルルと数回呼び出しの音が耳元で聞こえる。
『もしもしー。なんだよ突然、今昼休憩中なんだが』
案の定、電話主の國盛康清―キヨは休憩だったらしい。これは好機だ。
「すまんすまん。ちょっとお前にしか頼めないことでな」
「え、俺にしか?何だよ。気味が悪いな」
頼みたいのにそれはひどいんじゃなかろうか。まあこんなよくわからん電話をこいつにするのも、初めてだったりするしね。
「あー実はさ、蒼龍の件なんだ。ちょっと相談したいことがあってね」
『え、俺に?』
「うん。お前にしか頼れないと思う」
その言葉にしばらく國盛は無言であったが、ある程度経って口を開く。
『…わかった。下着の色だな。蒼龍に似合いそうなのは…』
何かわけわからんこと言い始めたぞ。さっきの間は何だよ。部屋にだれもいないことでも確認したのか。てか相談がなんでそれに結びついたのかがわからない。思春期の高校生じゃねぇんだぞ。
「お前は何を言っているんだ。そんなことお前に聞かねぇよ死ねよ」
『ひでぇ!ちょっとふざけただけだぞ!』
真面目な話するって言ってんのになんでふざけるんだ。こいつもやっぱり相当大物だ、ある意味。
「まあ話を戻すけど、蒼龍にはいま金が必要なんだ。つまり、お前の家で数日働けないだろうかと思ってな…」
『金?何だ?何に使うんだ?さてはイチャコラ資金か!なら聞く耳を持たないからな。アーアーキコエナーイ。リアジューカエレー』
こいつはワンテンポに一回はふざけないと生きていけねぇのか?どうしたのこいつ。以前はもっとまともだったはずなのに。
「お前久々に防具もって市役所に来い。俺が指導してやろうか?」
『あ、すいません。ほんっともうしません。だから胴をわざと外さないでください。あれ痛かったんだぞ!マジで死ぬかと思ったんだぞ!』
中学時代のトラウマをぶり返してやった。実はこいつも中学時代の剣道部同期で、よく試したい技の実験台になってもらったんだよね。もちろんその際不完全な技も多かったから…あとはわかるね。
「はぁ…。で、どうなんだ?雇えそうなのか?以前人手不足って嘆いてただろ」
『うーむ。とりあえず何にその金を使うんだ?割とそれをおしえてもらわんと、説得が難しいと思う』
どうやらキヨは納得し、説得することにまで話を飛躍させてくれたらしい。そういうところは、割と融通が利く。
「あー。実は親父にな、蒼龍がうちに住む代償として家賃を求めたんだ。まああの人も鬼じゃない。家賃は月二万にしてくれたんだが、何分親父は蒼龍の事情を知らん。だから、金の件で困ってるんだ」
『なるほどね。しかしまあ、お前が持てばいいんじゃないのか?金回りは著しく悪くなるだろうけど。それこそ愛さえあれば関係ないだろ?』
確かにその案も無いわけではない。だが、これは最終手段だ。おそらく蒼龍は、断固拒否をするだろう。勝手にこの世界に来て、なおかつ家賃を払わせるなど、それこそ蒼龍は嫌がるはずだ。着物を売ると決断したのだって、結局は俺に迷惑をかけないようにだろう。そう思うと、胸が痛くなる。
「それじゃダメなんだ。おそらく蒼龍は、負い目を感じちまう。この世界に来る際に着てた着物を売るとまで言い始めたくらいだし、金は何とかして自分で処理したいんだろう」
『…。わかった。そこまで言われちゃ俺もちょっと意地を見せてみるわ。とりあえず吉報を期待してくれ、説得は任せろ』
そういって、キヨは電話を切る。こいつはまれに、こんな男気を見せることがある。ただのおふざけ野郎ではないんだ。
「とりあえず、接客関連はあらかじめ教えておくかね」
内心キヨに感謝しつつ、俺は灰皿へと煙草を押し付けたのだった。
*
それから数日後。キヨの説得が功を成し、蒼龍は数日間の短期アルバイトを行える事となった。曰く、働きぶりによっては、正式なアルバイトとしても迎えてくれるそうだ。友人だとはいえ、此処までしてくれるのは心底ありがたい事だと思う。
しかしまあ、よくこんな魔法が使えたもんだ。蒼龍は経歴が一切無いしそれゆえに履歴書も出してない。老舗和食屋なのにもかかわらず、経歴一切不明の人物を雇うのは相当なものだよね。まあキヨ曰く、色々と冗談を交えたようだが…。
「似合うじゃないか。やっぱり蒼龍には、和服だな」
しかしまあそんな事はさておき、一応キヨの家ー「国盛亭」の制服は和服となっている。小豆色の町娘的印象を受ける落ち着いた可愛らしい着物だ。これはこれでアリだと思うけど、まるで別人みたいだ。
「えへへ、ありがとうございます。なんだか鳳翔さんになった気分です!」
たしかにあの人は、まさにその服が似合うと思うね。蒼龍も髪型変えれば、かなり近くなるのでは?より美人が引き立つ筈だ。だが、そうなると俺にとってもう高嶺の花だ。おそらく、二人で並ぶと俺が足を引っ張ってしまうだろうさ。
「…でだ。なんで俺も働く事になったん?」
実は蒼龍だけじゃなく、俺も板前っぽい格好をさせられていた。なんでも蒼龍を雇う条件に、俺もつき添わなければならないとか。まああくまでも蒼龍が正規のアルバイトとなれば話は変わるらしいが、なんだかんだ言って経歴がないのは、不安らしい。仕方ないね。
「いいやん。にあうぜ?流石道を続けている人間だな。様になってる」
「関係ないと思うんですが」
ため息が出る。まあ自転車屋はまだ繁忙期を迎えていないし、ヒマだといえばヒマだった。そもそも無理を言ったのはこっちだし、恩を返す意味で労働力となるのはいた仕方ない。
「私も似合うと思います!なんかこう…包丁をすぱぱぱって動かして、大根を切りそうです!」
そんなアニメ的な事出来るわけありません。そもそも刃筋が追いつきません。
「あら。貴女が蒼龍ちゃん?」
さて俺たちがくだらない雑談をしていると、キヨのおふくろさんが階段から降りてきた。如何やら店の準備が済んだらしい。
「へぇ、美人さんねぇ。七星君も隅に置けないじゃない!」
痛っ。おばさん叩かないでください。反応に困ります。
「でも大変ねぇ。事故で昔の記憶がほとんどないらしいじゃない。でも愛の力って凄いわ。七星君の事だけは鮮明に覚えてるんでしょう?ロマンチックねぇ」
何を言っているんだこのおばさんは。キヨは一体何を吹き込んだんだ?なんか俺がいない事をいい事に、無茶苦茶な事吹き込んだような気がする。ってキヨも俺の肩に手を置くんじゃねぇ。なに得意げな顔してんだ。
「ともかく、母ちゃん。七星も色々と思い出させようと努力してるんだわ。なあ?七星、蒼龍?」
「あ、ああ。そうです」
「は、はい。その通りです」
とりあえず話は合わせておく。まあウチのおふくろと、キヨのおふくろさんはあまり接点もないし、ばれる事は無い。はず。
「じゃあ蒼龍ちゃんには接客をやってもらうわ。色々な方とお話すれば、きっと記憶も戻っていくんじゃ無いかしら?敬語はある程度使えるみたいだし、きっと大丈夫ね!」
随分とアバウトじゃないですかね。老舗なのに、それでいいんですか?
「七星。おめぇは俺と一緒に皿洗いだ。皿は割ったらもちろん弁償だぞ?」
キヨが俺の肩を再び叩き、言う。 ああ、やっぱり皿洗いやらされるのね。なんとなくわかってました。
どうも、飛男です。
今回やっと、家賃についての話が出ましたね。まあ本来はもう少し先延ばしにしたかったのですが、逆に早いとこ片付けたほうがいいと思いました。あ
さて、次に蒼龍がついにアルバイトに手を出したようです。実際は履歴書うんぬんで雇用が面倒ですが、中には履歴書いらずのバイトもあるそうです。私はやった事ありませんけど、いかがわしかったり怪しいバイトでも無いらしいです。
さて、今回はこの辺りで!また後日にお会いしましょう。