時節のイベントにちなんだ短編とか書きたいんですが、リソースの分配を間違えかねないので迷っております。
いい加減398編終われというツッコミは無粋ですよ、ええ。
……。
…………。
「……ぐぅッ」
(まだ、何とか身体は動くわね……)
どれほどの時間が経過しただろうか。
咲夜は微睡みにも似た意識の揺蕩いから、緩やかに覚醒する。
もはや焦点の合わない視界は得体の知れない『黒』で埋め尽くされ、『敵』の姿は捉えられない。
(あと……少しだけ)
咲夜は、僅かに残された、しかし加速度的に失われていく自身の『
全身は『闇』の杭で串刺しになり、もはや致命傷といった言葉では不足であるほど重篤な損傷を負っていた。
全身から、急激に失われていく『熱』と全能感。
それでも、彼女は不思議と恐怖を感じなかった。
(一太刀でも、多く……)
そう、彼女の胸は、圧倒的な恐怖や絶望を塗り潰すほどの忠誠と使命感で満たされていたのだ。
主人を護るため、『敵』を斬り裂き、屠る。
己を奮い立たせる感情に突き動かされ、彼女は右腕に力を込める。
瞬間、彼女の体が全身を貫いている杭の拘束から抜け出し、引き換えにその右腕が前触れなく虚空に砕け散った。
(……! 時間切れ、か……)
咲夜は、灰のように崩れ去った右腕から自身の結末を悟りながら、風穴だらけの身体を今にも折れそうな両脚で支える。
そして、残された左手にナイフを構えると、覚束ない足取りで歩を進め始めた。
ーーその時。
不意に、床一面に広がり、また、杭を成していた『闇』が胎動し、瞬く間にそのカタチを変え始めた。
『闇』が蠢く。
床がうねり、波打つ。
『闇』が蠢く。
杭が、螺旋を描いて解けていく。
『闇』が蠢く。
耳をつんざく悲鳴のような音が響く。
そして、解けた『闇』は巨大な手の形を成し、その場にいる者全てを深淵へと引き込むように燻り狂い出した。
(……ッ! こんな、)
ただでさえほとんど失われてしまった勝ちの目に、追い討ちを掛けるような絶望的な状況。
絶対の忠誠に裏打ちされた意志をもってしても抗いきれず、いよいよ咲夜が諦めの言葉を脳裏に浮かべるか、といったまさにその時。
「……咲夜ッ!」
彼女の頭上から響いた、誰かの声。
聞き覚えのある、しかし、聞いたことのない力強さで紡がれた声。
咲夜は無意識にナイフを手放し、その声の方へと残された左腕を伸ばしていた。
瞬間、咲夜の体がぐいっと引っ張り上げられ、宙に浮く。
それとほぼ同時に、咲夜が居た場所に『闇』の手が大挙して押し寄せ、そこに残されたナイフと懐中時計を呑み込んだ。
……。
…………。
「……紫」
「あまり喋らない方がいいわ、咲夜」
間一髪、『闇』の手の襲撃から逃れた咲夜は、紫の形成した安全地帯の中にいた。
「……必死な貴女の顔、見たかったわ」
制止する紫に強がるように、咲夜は軽口じみた嫌味を零す。
確かに、咲夜は辛うじて『生』を繋いだ。
しかし、それは弱々しく、今にも消え入りそうな不安定なものと成り果てていた。
その証拠に、彼女はもう、五感のほとんどを喪失し、全盛を保っていたその姿は、次第に
ただ、それは老いた姿にではなく。
皮肉にも、彼女が最期に
「これ以上、微かに残された時間を私のために使われては、助けた意味がなくなるわ。死に瀕した
「……やっぱり、咲夜だったのね」
レミリアは、その匂いから紫が連れて来たモノが咲夜ーー否、正確には
随分と変容してしまっていたが、その根本は変わらないのか、どこか嗅ぎ慣れた匂い。
そして弱々しく響く、厳しさの中に優しさの宿る声。
感覚に訴えかけてくる全てが、咲夜の
それでも、レミリアは
何故なら、それを認めてしまうことは、本当の意味で、咲夜という
それゆえ、彼女は斯様に取り乱さずに振る舞えたのだろう。
「あらあら、予想外の反応ね。感動の再会なのではなくて?」
「黙りなさい。そのそっ首、今にも掻っ切ってやりたい気分なのよ、私は。でも……」
紫の茶化すような言動を無造作にいなし、レミリアは残された腕で咲夜の傍らへと這い寄る。
その音に反応したのか、咲夜は残された僅かな力で、首だけをレミリアの方へと向けた。
「咲夜」
「そこに……おられるのですか? お嬢……様。申し訳、ございません……」
主人の呼び掛けに、もはや視力さえ失った従者は力無く応える。
「馬鹿ね。アナタって、本当に馬鹿。救いようのない、大馬鹿者よ。全てを投げ打って戦って、その挙句、この有り様なんて、ね」
「本当、笑い話にも、なりませんよね……」
「まぁ、いいわ。完璧な
「ふ、ふ……ありがとう、ございます……」
「でも、その前に一つだけ、聞かせて頂戴。アナタ、後悔はしていない? 私の
「していない、と言えば……嘘になります……だってまだ……
「……! やっぱり、アナタってとびきりの馬鹿で世話焼きね。ねぇ、咲夜…………咲夜ぁ……私、
刻一刻と迫る別れの時。
その
それは、孤独に押し潰されそうな一人の少女に。
咲夜と出会った、
「いいえ、
「でも……ッ!」
「…………」
二人のやり取りを見守る皆は、あの幽香までもが、どこか寂しげな表情を浮かべ、安全地帯の外に広がる地獄さえ意に介さず、ただただ沈黙していた。
特に麗亜は、口元を手で押さえ、とめどなく昇ってくる感情を飲み込み続けているようだった。
「きゃっ……な、何!?」
その時だった。