HELL紅魔郷SING   作:跡瀬 音々

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いよいよ最終局面ではありますが、師走の折は忙しく創作に割く時間が少なくなりがちなもの。

とはいえ、あまり期間が空き過ぎるのもいかがなものか。

と、いうことで、僅かばかりのクリスマスプレゼント更新をば。

ブラックサンタ的な。


Prière(8)

……。

…………。

 

「……っ! いけない! みんな、もう少しこっちに!」

 

咲夜が杭に貫かれ、アーカードが()()()()()()()()()原型を失いつつある混沌とした状況の中、ただならぬ()()の発生を察知した紫は、周囲にいる全員に集合を促す。

 

「幽香、貴女もよ!」

 

「えっ? ちょっ……!」

 

その直後、彼女は一人突出して闘う幽香の襟首を『スキマ』を介して掴み、そのまま拡げた()()へと引き込んで、自身の傍らに引き寄せる。

 

瞬間、床一面に広がる闇から突き出した杭、杭、杭。

 

その只中、不意に撒き散らされた()に囲まれる形で、闇から隔絶された半球形状の空間が存在していた。

 

それは、紫が咄嗟に創り出した、強力な拒絶の『境界』による安全地帯(セーフティエリア)

 

「これは……!」

 

そこから外界を見渡す麗亜は、闇から突き出した、視界を覆い尽くさんばかりの()()()の正体に気付き、戦慄した。

 

戦場を埋め尽くす無数の杭は、まさに在りし日の串刺し公(カズィクル・ベイ)の心象風景()()()()であり、紛れも無く、この世の地獄と形容するに相応しい有様であった。

 

「……少し外すわ。幽香、お願いね」

 

「はいはい。ま、別に何もできそうにないけれどね」

 

根源的な畏怖の対象となるべき惨憺たる光景を前に、『賢者』は皆の生命線である安全地帯を形成している『境界』を維持したまま新たな『スキマ』を拓く。

そして、僅かな焦りを見せるように、彼女らしからぬ素早い身のこなしでその中へと消えた。

 

…………。

……………………。

 

「……行くの?」

 

妖怪の山にひっそりと居を構える、守矢神社。

背後から声を掛けられた一人の少女は、しばし無言のまま高台に立ち、下界を見下ろしていた。

 

「……いいえ、その必要はないでしょう。ほんの一瞬でしたが、御二方も()()()でしょう? 『()()』の気配を」

 

「うん。十数年前(あのとき)と同じ感覚と一緒に、一瞬だけ」

 

「もし()()()()()()()()()()我々の出る幕ではないはずです。我々は『宗教戦争』、『最恐の妖怪討伐』、『黒影異変』と、ことごとく他の勢力に先んじられ、信仰(ちから)を失い過ぎました」

 

少女は高台からふわりと飛び降りると、自身の背に立つ声の主の方へ向き直る。

 

「早苗……」

 

「なに、待ちますよ。幻想郷(ここ)にいる限り、機は必ず巡ってくる。次の()()は、上手くやります」

 

どこか哀しげな表情で、しかし嬉々とした声色でそう呟くと、少女ーー東風谷早苗は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「次は……」

 

それに応えるように、声の主は早苗と顔を見合わせる。

 

「ええ。()()のやり方で」

 

そして、それを受けた早苗は、声の主の横に佇む()()()()に目配せした。

 

「最高のタイミングで、()()()()()()()()()()()()()()、かい?」

 

早苗と目を合わせた()()()()も、彼女につられるように口元を歪め、返答の分かりきった質問を投げ掛ける。

 

「はい。それに、死んだ妖怪だけが、いい妖怪ですから。そうでしょう? 霊夢さん……」

 

まるで、そこにある()()の影を仰ぐように、早苗は空を見上げる。

現世(そとのせかい)を捨て、神と人とを繋ぐモノーー風祝(かぜほうり)となった一人の少女。

彼女がかつて持っていた純真無垢な心は、とうの昔に壊れてしまったのかもしれない。

人の身で、人の心で、神の力を振るうなど。

人のまま、神であることなど。

初めから不可能な事だったのかもしれない。

 

ただ、今の彼女は現人神として()()()()()()

 

それだけは、確かだった。

 

 

そして、同刻。

守矢神社の遥か上空を駆ける、一つの影。

 

(……ようやく、この時が来ましたか)

 

目にも留まらぬ速度で夜空を駆け抜けるその影の正体は、射命丸文であった。

彼女は、幻想郷最速と謳われるその速度を遺憾無く発揮し、走力全開(フルスロットル)で『紅魔館』のある方角へと飛翔する。

 

(……待ち侘びましたよ。永かった。本当に、気が遠くなるほど。でも、これでまた『()()』に会える)

 

眼下に広がる紅い霧の先に、きっと『()()』が居る。

そう考えるだけで、気持ちが昂ぶる。

身体が熱くなり、鼓動が波打つ。

 

いつか止まってしまった歯車を、再び動き出させるために。

止まってしまった時計の針を、その手で回し始めるために。

 

空を駆ける鴉天狗は風を纏い、一陣の疾風となり、彼の地へと急いだ。

 


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