水音の乙女   作:RightWorld

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2018/3/3
後半船団名を間違えてたのを修正しました。
報告感謝です。 >ダイダロスさん


第88話「特設航空機運搬艦が運んでくるもの」

SG04船団は無事香港に到着した。船団はここで解散し、遅い船に付き合う必要のなくなった優速船は鎖が解かれた犬のように速度を上げ、遅い船はひたすらのんびり、それぞれの寄港地へ向け散らばっていった。

護衛艦たちは香港のヴィクトリア港に入港し、指定された係留地へ移動する。神川丸は桟橋が空くまで沖合いのブイに係留となった。

 

「ゴースターン。……停止!」

 

有間艦長の号令で、後進をかけて絶妙なタイミングで止めると、神川丸はぴたりとブイのところに停まった。

 

「いつもながら見事です、艦長」

「こんなベタ凪の港、目つぶってもできるわ。残ってる搭載機は降ろして陸上の基地へ。内火艇準備してくれ。司令部に行ってくる。艦の指揮を副長に移譲する」

「副長、艦の指揮をとります。それでは行ってらっしゃいませ」

「おう」

 

有間艦長は鞄を取ると、軍帽を被りなおして、舷側に降ろされ始めたタラップの方へ降りて行った。デリックで降ろされた内火艇がタラップのところに回ってくると、艦長はそれに乗って香港島にある扶桑海軍の司令部へ向かった。

 

香港島と対岸の九龍半島との間の水道を港とするヴィクトリア港は、軍艦でごった返しになっていた。リベリオンの第77任務部隊第2群、第3群の護衛空母が来ているからだ。小型とはいえ、航空母艦が8隻もいるというのは迫力がある。なんだか大変な打撃力を手に入れたように感じられ、この先のネウロイとの戦いが楽しみである。

 

 

 

 

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12航戦が所属するのは南遣艦隊だが、現在扶桑の護衛作戦の指揮は、護衛部隊を統括する『護衛総隊司令部』が取っている。東南アジア方面からの貨物船だけでなく、南洋島やリベリオンとの交易ルートも含めたシーレーン防衛の専門として新設された部署だ。海防艦などが集められて独自にも戦力を持つが、各艦隊からも艦船の供出を受けている。南遣艦隊が派遣しているのが12航戦ということだ。そしてそれらの中から、国際共同のコンボイHK船団とSG船団へ護衛艦を選出しているのも『護衛総隊司令部』なのである。

 

有間艦長は12航戦の任務完了の報告のため、護衛総隊司令部を訪れた。

そこで待っていたのは、次の護衛指令であった。

 

「第12航空戦隊は補給完了次第、第1護衛艦隊 第102戦隊と共にHK06船団の護衛を命ず。出港は4日後だ」

 

有間艦長はふう~と長い溜め息を吐いた。

 

「参謀。リベリオンの護衛空母艦隊が来たというのに、我々は相変わらず休みは無しか?」

「そんな暇はない。HK06船団に参加する商船は既に集結している。明日にも出てもらいたいくらいだ」

 

護衛総隊司令の参謀の大佐はこともなげに言った。

 

「参謀。神川丸は5ヶ月フル稼働状態だ。艦体も装備類もだいぶ傷んできたし、できればドックに入って船底に着いた貝や海草なんかも掻き取りたい。スピードが出なくなってきている。兵員も休養が必要だ」

「国内の石油需要が逼迫しているのは知っているだろう。欧州向けの武器の生産資源だって、今の運行トン数ではストックもできない状態なのだ」

「それは解るが、こっちだって確実に船団を守るには準備が必要だ。それをケチって何万トンもの軍需物資を海に流しちまったらもともこもないだろう」

「欧州のネウロイだって待ってはくれない。ガリア反抗戦が成功したとはいえ、後詰めの守備固めを完璧にしないとまた攻め込まれ兼ねない」

 

有間艦長は、この護衛総隊の参謀は欧州の扶桑陸軍の指揮まで執っているのか、と心の中で毒づいた。

 

「サボタージュでもなんでもして絶対整備時間を取ってやる」

 

有間艦長はぶつくさ言って、司令室のドアを勢いよく閉めて出て行った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

続いて寄ったのは本来の所属の南遣艦隊司令部。そこには南遣艦隊司令の大山少将と、護衛総隊司令の太井少将もいた。部屋にはコーヒーのいい香りが漂っている。このところ海上輸送は順調なので、ジャワ産のコーヒー豆が使われているに違いない。

 

「やあ、有間大佐。帰ってきたかね。今回もご苦労だったね」

「太井少将、あの石頭作戦参謀はなんとかならんですか。大山司令、リベリオンの護衛空母もわんさと来たのだし、そろそろ潜水型ネウロイの巣でも探しましょうや」

「帰ってくるなり随分とお冠だな」

 

有間艦長は護衛総隊司令部での話をした。太井少将はくっくっくと笑いをかみ殺した。

 

「彼は海運とシーレーンのことで頭がいっぱいだからな」

「だが人も機械も無限には動けない。整備のサイクルというものも考慮していただきたい」

「リベリオンはその辺の考えがしっかりしているな」

 

大山司令は有間艦長の分のコーヒーも注いでカップを差し出す。

 

「ところで、今日太井少将に来てもらったってのは、この先のこと。潜水型ネウロイ掃討のことも含めてだ」

「そういつぁ、俺も聞きたいですね」

「簡単に纏めれば、船団に随伴しての護衛はリベリオンの空母艦隊に任せて、12航戦は船団護衛から離れて、シーレーンを遊弋して広範囲に潜水型ネウロイの掃討と、奴らの出所を探すのに専念させたいという話をしたのだ。だがその為には一崎一飛曹の専用機と、彼女の航空ウィッチとしての技量向上も必要だ」

「それですよそれ、我々が望んでいるのは。そろそろ専用機が届くはずだし、ここで受け取って訓練させましょう。その間に艦の整備もしっかりやらせてもらって準備します」

 

太井少将も頷いた。

 

「いいだろう。だが香港では無理だ」

「え?」

「軍港の設備がリベリオンの護衛空母艦隊の準備で手一杯だ。その点セレター軍港の方が設備の質もずっといい。だから休養はシンガポールで取ってくれ」

「それは次のHK船団について行けということですか」

「まあそう言うことだ。HK船団の出航は少し遅らせてあげるよ。名古屋丸が到着するまで延ばそうと思う」

「名古屋丸? 基地でも作るんですか?」

 

それには大山少将が答えた。

 

「ルダン島だよ。ルダン島はかなりお気に入りだったらしいじゃないか。ウィッチ隊は訓練もあそこでやるといい」

 

 

 

 

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HK06船団護衛の通達は、各部署の上官から順次降りていって知らされた。427飛行隊へは葉山少尉と卜部少尉から隊員に知らされた。

 

「ウソでしょ?! また行くの?!」

「やっぱそうなったかー」

「疲れたよー」

 

優奈が真っ先に悲鳴をあげ、勝田があきらめモード、天音がえーっと不満顔をし、無言で千里がげっそりした表情をする。

 

「まあ出港まで1週間あるから、ゆっくり羽を伸ばそう。うちら怪我人がいないのが幸いだよ」

「怪我した方が休めるの~?」

「こう過密労働が続くと事故で大怪我しかねないわよ」

「ボクらだけじゃなくて、整備科員とかもちゃんと休養取らせてよ? ボクらの命にも掛かってくるんだから」

「分かった。上に伝えとくよ」

 

葉山少尉が請け負う。

 

「でだ。今度のHK船団には特設航空機運搬艦が入る」

「お、名古屋丸かい?」

 

卜部の言に即座に勝田が反応する。

 

「名古屋丸?」

「特設航空機運搬艦?」

 

疑問を浮かべるのは天音と優奈だ。なんですかそれと千里に向くと、

 

「単なる貨客船」

 

と答えが来た。

 

「そう言ったら身も蓋もない」

 

千里の答えに勝田が突っ込む。

 

「航空機運搬艦て言うんだから、空母みたいのとは違うの?」

 

優奈の質問に卜部が説明した。

 

「まず特設って言う時点で正規に建造された軍艦ではない。運ぶのは飛行機だけじゃなくて、その部品や潤滑油、燃料、弾薬なんかの一切合切だ。飛行機もばらした状態、翼とか胴体とかが梱包された形で運んでくる」

「補給船と何が違うの?」

「特徴的なものとしては、整備員や基地の設営隊員、運用隊員なんかも運ぶんだ」

「飛行機に関するものばかり何でも運んでくるんだよ」

「貨客船でいい」

「使い方としては、飛行機の補充や補給というより、飛行場の設営や移動の時に使うのさ」

「貨客船で十分」

「千里ー。だから、それじゃみもふたもないって」

「ブリタニアにはユニコーンていう空母の形をしたもっとそれっぽい軍艦がある」

「ユニコーンは空母艦隊に随伴して、航空機の修理や補充をする艦だね。基地設営とは違うかな」

「やっぱり貨客船でいい。リベリオンならそうなる」

「まあそうなんだけど。扶桑の場合、大平洋の島を転々と移動する形で前線を進めていく考えだったから、その任務に当てた船に肩書きだけ与えたって感じ?」

 

当然だが、そのような艦種は扶桑海軍にしか存在しない。

 

「ふーん。名古屋丸のことは分かりました。それで特設航空機運搬艦が来るってことは、どこかに航空基地を作るって事ですか?」

「その通り。なんとあのルダン島に水上機基地を作るそうだ」

「ルダン島に?!」

「あの南国リゾートに?!」

 

天音と優奈が目を輝かせた。シャムロ湾横断前後の船団集結地として、初期のコンボイで使われたところだが、船団規模が大きくなるにつれ泊地としては狭すぎて、ここ最近は使ってない。南国の島の雰囲気が最高で、ウィッチ達のお気に入りの場所なのだ。

 

「我々は名古屋丸をルダン島まで届け、シンガポールまで他の船団の護衛を終えたら休養に入る。ルダン島の水上機基地が完成次第そっちへ移動し、休養の続きと、休養明けは神川丸が来るまでルダン島で訓練だ」

「わあ、あそこで訓練なんて楽しそうだね」

「それと一崎」

「はい?」

「いよいよ来るぞ」

「あ、もしかして?!」

「名古屋丸が一崎用の瑞雲を運んでくる」

 

天音の顔がまたさらにぱあっと輝いた。

 

「天音、良かったね!いよいよ飛ぶ日が来たよ!」

「うん!」

 

 

 


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