水音の乙女   作:RightWorld

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第87話「TF77.1」

香港まであと200kmといった辺りを行くSG04船団の前方に、似たような大きな船団が表れた。

上空にはリベリオンの艦上戦闘機F4Fワイルドキャットが旋回警戒し、船団最後尾には小型空母が4隻も並んでいる。

 

≪こちらHK05船団。護衛艦隊旗艦、空母サンガモンです。SG04船団の無事帰還を歓迎します≫

 

香港を出発しシンガポールに向かうコンボイがHK船団である。HK05はその第5次船団だ。船団を護衛するのは、リベリオン本国からフィリピンの第7艦隊に派遣されてきた第77任務部隊第1群(TF77.1)。サンガモン級護衛空母のサンガモン、サンティ、スワニー、シェナンゴを主軸とする艦隊だった。

 

船団の前方ではずんぐりと太ったグラマー・TBFアヴェンジャー艦上雷撃脚を履いたウィッチが飛んでいた。そのウィッチは、前方海面に浮かぶ水上偵察機を発見した。プロペラは回転しているので故障ではない。釣りでもしてるのだろうか。翼とフロートの上に人がいる。

低空に降り、その水上機の周りをゆっくりと旋回する。機種は扶桑皇国の零式水上偵察機である。首に下げていた双眼鏡で覗くと、どうやらランチを食べてるようだった。搭乗員が手を振っている。搭乗員は女性だ。フロートの上にいる方は子供のようだった。

 

「こちらリベリオン海軍TF(タスクフォース)77.1、空母サンガモンの対潜ウィッチ、ジェシカ・ブッシュ少尉です。海に落ちないよう気を付けて下さいね。近くにサメの群れがいましたよ」

 

するとフロートの上の子供のような娘の方が位置を直して座り直すと、水上機から海に光る波紋が発せられた。

 

「え?! あれは、も、もしかして?」

 

3つほど青白い波紋が海に広がって消えていくと、インカムに通信が入った。

 

≪こちら12航戦427空ウミネコ。ありがとうございます。500m東のヨシキリザメの群れですね、気を付けまーす≫

 

ジェシカはさらに速度を落とすと、水上機に近寄っていった。

 

「あなたはもしかして、扶桑海軍の水中探信ウィッチ、ウォーター・サウンド・リスニングガール?!」

 

ジェシカが興奮気味に質問する。

 

≪えっと……少尉さん。わたしはウミネコことアマネ・ヒトサキ軍曹です。よろしくお願いします≫

 

「私はジェシカ・ブッシュ少尉。あなたが有名な水音の乙女なんですね? 感激です!」

 

≪こちらK2、カナコ・カツタ准尉だ。ジェシカ少尉、さっき対潜ウィッチって言わなかった?≫

 

「はい! この度リベリオンの対潜水型ネウロイ駆逐任務部隊に抜擢されました対潜ウィッチです!」

 

≪もしかしてあなたも水の中が見えるの?! そう言えばさっきのサメの群れ、30mの深みにいたよ?≫

 

「はい。水の反射を除去して水中を見ることができる魔眼系の固有魔法を持ってます」

 

≪やった! 卜部さん、とうとうわたし、世界唯一のウィッチじゃなくなったよ!≫

 

「あ……もし噂が本当なら、アクティブ探知系魔法を使ってキロ単位で捜索できる水音の乙女には敵わないです。いえ、さっき拝見した探信魔法波見て、私とは別物だって悟りました」

 

≪そうなの?≫

 

「私の場合は、光の届く範囲を、あたかも水がないみたいに目で見てるだけです」

 

≪ジェシカ少尉、こちら427空隊長トモエ・ウラベ少尉、コールサイン トビだ。私には足元の水中でさえ見えないよ。水の中は見えないからこそ潜水艦も潜水型ネウロイも驚異でいる。それが少しでも見えるなら、少尉は本物の対潜ウィッチだよ。期待してるぜ。他にも対潜ウィッチはいるのかい?≫

 

「もう一人、同じ固有魔法を持つ者がいます。あと水中を見る能力はありませんが、戦闘脚使いのウィッチが2名。これがTF77.1のウィッチ戦力です」

 

≪第77任務部隊は3群あるって聞いてるけど?≫

 

「TF77.2とTF77.3ですね。そっちはカサブランカ級護衛空母で構成されています。ウィッチは配備待ちですが、通常の哨戒機使って船団護衛に参加します」

 

≪頼もしいね。了解した。ネウロイの数はここんとこぐっと減ったけど、気を緩めず、シンガポールまで頼んだよ≫

 

「ありがとうございます! そちらもあと少しお気を付けて」

 

アヴェンジャーは翼を振って挨拶をすると、零式水偵の上を通過して飛び越えていった。

 

 

 

 

第77任務部隊はリベリオン海軍が潜水型ネウロイを駆逐する部隊として新しく編成したものである。そしてそこに配置された対潜ウィッチとは、HK02船団に参加したリベリオン海軍観戦武官の報告に基づいて適性を持つものが探し出され、訓練された者達のことだ。

リベリオンの対潜ウィッチは扶桑のように水上ストライカーユニットではなく、艦上ストライカーユニットを運用する。これは小型の護衛空母が大量に整備できたからだ。空母の方がより高性能の航空機が運用でき、応用も利くので、空母が使えるならそれに越したことはない。それを可能としたのがリベリオンの工業力である。

 

TF77.1には先にも出た通りサンガモン級護衛空母4隻を配している。そのうちサンガモンとスワニーに対潜ウィッチ(TBFアヴェンジャー)と防空ウィッチ(F4Uコルセア)が1名ずつ乗り込んでいた。ちなみにスワニーは、502JFWブレイブウィッチーズのジョゼ(ジョーゼット・ルマール少尉)がまだ軍曹で、西アフリカのダカールにいた時、砂漠を越えてやってきたネウロイを一緒に迎撃したリベリオンのウィッチが乗っていた空母である。ケイズ・リポートにサンガモン級護衛空母の解説付きで書かれているので、参考にしていただきたい。(む、カド○ワの宣伝?)

 

TF77.2と3に配備されているのがカサブランカ級護衛空母である。

標準貨物船規格の船を調達して護衛空母に改造するという方式は、ロングアイランドで始まり、サンガモン級までにノウハウは確立し、一旦建造もここでひと段落していた。

それが潜水型ネウロイの登場で再び小型護衛空母の需要が高まると、いよいよ標準貨物船の設計図を使って空母の設計図を新たに書き起こし、改造ではなく最初から護衛空母として建造してしまった。これがカサブランカ級護衛空母である。

まさに小型護衛空母の量産規格品であり、あちこちの工場で空母のパーツが建造され、最終的に造船所でそれを組み立てるブロック工法により、この数か月で8隻を就役させたのである。起工から進水までの最短記録はなんと33日。故に「ジープ空母」などと言う者もいるほど使い捨て感の沸くチープな空母だが、護衛用途での性能はけっして使い捨てなどと侮れない。

 

一方搭載機は、母艦乗りを中心に建造中から訓練を開始し、各空母とも通常の搭乗員によるF4F艦上戦闘機10機、TBFアヴェンジャー艦上雷撃機10機を積んでおり、特にアヴェンジャーはその大きな積載量を生かして、対水上レーダーと扶桑製の5式磁気探知機を搭載して有力な対潜哨戒機となっている。

天音たち12航戦の船団護衛成功から半年も待たずに、一挙に10隻以上の護衛空母と100機以上の対潜哨戒機が整備投入されるというのは、まさに恐るべきリベリオンの底力であった。

 

 

 

 

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哨戒から戻ってきたジェシカは、空母スワニーから飛び立ったアヴェンジャー雷撃脚の同僚ウィッチ、ジョデル・デラニー少尉と上空で並んだ。

 

「船団前方に敵潜なし」

「了解。日没まで哨戒を交代する」

 

敬礼を交わすと、形式ばっていた硬い顔を崩した。

 

「ねえねえジョディ。私、行きの時『水音の乙女』に会ったよ!」

「ふーん」

「本当に魔法波を海の中に発信してたよ。ランチ食べながら、500m離れたところの水深30mのサメの群れを瞬時で見つけてた。やっぱり凄いわぁ~」

「ふん」

 

ジョデル少尉はキッと目をきつく絞った。

 

「負けないんだから」

 

 

 

 

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一方、香港島が近くなったので洋上哨戒を解かれた卜部機は、神川丸ではなく香港の水上機基地へ帰るように指示され、離水した。機上での会話はこちらももっぱらリベリオンの空母艦隊についてだった。

 

「期待のリベリオンの護衛空母艦隊って、ウィッチもいたんだ。しかも対潜ウィッチだってさ」

「期待以上じゃないですか! ねえ卜部さん」

「ああ。これでいよいよ4個護衛艦隊が稼働するってわけだ。やっと南下するHK船団と、北上するSG船団が同時に運行できるようになるな」

「今までは両方ボクたちが護衛しなきゃだったからね」

「それじゃあ、今度港入ったらたくさん休憩取れますかねえ」

 

天音が期待に湧いた顔を操縦席に向けた。

 

「3個が実働、1個が休養ってローテーションすれば、順番的にも私達が休養に入れるよな」

「よかった~。5か月ずっと働き詰めですもんねえ」

「でもそれだけ頑張っても、貨物船の運航総トン数は潜水型ネウロイが現れる前の10分の1だっていうからなあ」

「じゃあ休ませてもらえないかもしれないじゃんか」

「ええー? いい加減わたし疲れたましたよ~」

「一崎は休ませてやりたいよな。女学生からいきなり戦場だったから」

「神川丸だってだいぶくたびれてきたよ?」

 

1月から働き詰めの12航戦は見た目もかなり疲弊してきていた。

神川丸や睦月型駆逐艦達はダズル迷彩が剥げてきて、赤錆が目立ってきている。人員も天音ら航空兵に限らず、整備科、航海科、機関科、砲術科、主計科みんな文句も言わないが、疲労の色が見えている。艦長の有間大佐もそれは認識していた。

 

「あとは護衛総隊司令部がどんな判断してるかだな……」

 

水平線に煌びやかに見え始めた香港の街の明かりを前に、ブリッジのウィングで手摺に肘をつく艦長は小さく呟いた。

 

 

 


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