水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04
誤字修正しました。報告感謝です。>皇聖夜さん





第86話「名人芸の練習」

5月初旬。海南島の南を北東に向けて進む大きな船団があった。

 

SG04船団。

 

シンガポールから扶桑に向けて資源を運ぶ輸送船団だ。コンボイを組んで南シナ海の危険水域を護衛艦に護られて香港まで行く、第4次船団である。船団を護るのは、12航戦を中核とした扶桑・ブリタニアの混成部隊だった。

 

これまでの護衛作戦で多くの潜水型ネウロイが沈められ、SG04船団では全く姿を見かけることもなくトンキン湾まで来れたので、いよいよネウロイも根絶やしできたかと思われたが、南海島に近付いたところで10隻もの潜水型ネウロイに待伏せされていた。しかしそれも天音の水中探信で発見され、先制攻撃できたことで撃退してしまったのである。

 

 

 

 

船団の周囲では三亜基地から飛んできていた東海対潜哨戒機が警戒飛行をしていた。海南島の航空隊の支援下に入り余裕ができた12航戦では、427空のウィッチ達が護衛の合間を縫って訓練に励んでいた。

 

「海は穏やかなんだ。海面を魔法で均すのに気を使わなくて済む分、フックとワイヤーの動きに集中できるぞー」

 

零式水偵脚で神川丸に並走する勝田から指示が飛ぶ。

滑らかに横滑りして水上滑走し神川丸に近付いてくるのは、こちらも零式水偵脚の優奈。横に倒されたデリックの先端と同じところまで船に寄ると、ワイヤーが伸ばされ、先端が水面上1m程まで下ろされる。水上機母艦を走らせたままで水偵ウィッチを収容する『一本釣り』の訓練である。

風で後ろに流されるフックは左右に振れていた。一定間隔で揺れるタイミングを見極めると、優奈はフックの振幅の間に入り込み、自分に向かって来るフックを掴み取った。が、ちょっと突っ込みすぎて体で受けとる感じになり、ドンと重い衝撃が体に走る。

 

「ぐへっ! う、受け取った。これより接続する」

 

手早く体側のバックルにフックをかけ、手を挙げて合図する。

 

「接続完了!」

 

≪了解。巻き上げます≫

 

ワイヤーが巻き取られ、優奈の体がゆっくりと持ち上げられた。水偵脚のフロートが海上から離れる。そのまま艦橋の高さまで引き上げられた。ブリッジの端で対潜指揮官の葉山少尉が手摺に手を掛けて一部始終を見守っているのが見えた。

 

「フック問題なし」

 

≪ヨーシ。続いて着水訓練やるよー。デリックはゆっくり下ろして。キョクアジサシ、下方にシールド展開≫

 

優奈の足元に魔法陣が広がった。

 

≪デリック、1m程の位置で固定……そうそう。キョクアジサシ、シールドで海面を均して≫

 

海のうねりは大したことないが、9ノットで走る神川丸が立てる波で浮き輪やレジャー用の小さなゴムボートならひっくり返せるくらいの白波が立っている。そこに足に着けた丸太のようなフロートで降り立とうとしてるのだ。波打つ海面を、威力を弱めたシールドで水平に均して安全に着水する、というのが『魔法障壁着水法』である。

 

扶桑海事変に参加した水偵ウィッチ達は、実戦の中で荒れる扶桑海に降りる必要性に迫られ、この技を習得した。普通水上機は洋上の真ん中に単独で降りることは故障でもない限り滅多にやらない。外洋のうねる海に降りるのは非常に危険なのだ。なので戦闘の起きなくなった事変後はそのような無茶な場面もなくなり、外洋で母艦脇に降りる時は定番のアヒルの池(母艦が円を描くように走航する事で円の内側にできる静かな海面)を作ってそこに降りる。アヒルの池が作れないほど海が荒れた日はそもそも水偵を飛ばさない。

そうして扶桑海事変に参加したベテラン達が引退するのに伴い、魔法障壁着水法も見られなくなったのである。そういった技をベテランの生き残り、卜部と勝田が後輩に教えているのだ。

 

ブワアーッ

 

優奈の下の海水がシールドで吹き飛ばされ、深さ1m程の大穴が空いた。

 

≪それじゃ水中に潜ってっちゃうぞー≫

 

魔法力を弱めると魔法陣も小さくなり、今度は着水に必要な広さが取れなくなる。

 

「む、難しいよー! なんで天音はこれできたの?」

 

HK02船団護衛の時、弁当を届けに来た優奈を揺れる零式水偵に近寄らせるため、魔法障壁着水法を聞いた天音が零式水偵の周りの海面を静まらせようと咄嗟にやってのけたのだ。

 

≪それだけ天音は魔法のコントロールが多彩で完璧に制御できるってことだね≫

 

「軍隊にはいなかったけどウィッチ歴7年目だもんな。1年のあたしとの差を感じちゃうな」

 

≪しかもその間あいつはずっと魔法の鍛練してたんだろ?≫

 

「有名だったもんね。その魔法のおかげで天音の村の漁獲高は飛び抜けてたもん」

 

 

 

 

その主人公の天音はというと、神川丸の後部甲板にいた。

発進促進装置に固定されたストライカーユニットに足を通し、エンジンをぶん回している。それは零式水偵脚だったが、優奈や勝田のとはまた違った図太い音を立てていた。エンジンが違うのだ。零式水偵脚が使う金星系エンジンの最新型、62型に換装した魔改造版である。

金星6型エンジンは陸軍の高速偵察機百偵(百式司令部偵察脚)や五式戦闘脚、海軍の零戦64型にも使われる高出力エンジンで、天音が正式に使う予定の瑞雲も通常の5型ではなく6型に積み換えたものが届く予定だった。瑞雲は生産ラインが少ないうえ、天音のは特別機なのでまだ届いてないのだ。ただ横川少佐が冗談めいて言った魔改造版は、零式水偵脚が余っていたことから、母体の瑞雲が完成するまでの間に試作されたのである。これをエンジンの扱い方や水上滑走の練習用にと、天音へ一足先に渡されていたのだった。水上滑走ができるようになった天音は、早速船団傍での哨戒に実戦投入していたのだった。ただまだ天音は飛ぶところまではできないでいた。

 

「95式水偵とか、もっと扱いやすいのでやりゃいいのに、いきなりこんな化け物で訓練するなんて……」

 

横で見ていた神川丸の艦長、有間大佐は無精髭を撫でて言った。

 

「最新の魔導波検波装置を使わないとだから、古い機体ではだめらしい」

 

訓練を見守る千里が呟いた。

 

「いやほんとこれ化け物だぜ。筑波が欲しがったけど、危険だ。エンジンの強さに機体が追い付いてない。フルパワーで振り回したら空中分解するかもしれんぞ」

 

ひひひひ、と卜部が怪しく笑いながら言った。

 

「益々そんなのを新人に渡すなんて」

 

艦長は唸る。

 

「一崎はまだ飛べる状態じゃないからな。エンジンだけで遊んでる分にはこんなんでいいんだよ。どのみち瑞雲で扱わなきゃなんねえエンジンだ」

「そういうもんかね」

「現在出力69%です!」

 

ストライカーユニットに繋いでいる計器を見張っていた整備員が叫んだ。

 

「それで目一杯か?」

 

卜部が天音に聞く。

 

「魔法力最大解放してまーす!」

 

エンジンの轟音に負けじと天音が叫ぶ。

天音が飛べないでいるのは技術的なことだけでなく、飛ぶのに必要な出力を得られてないからだった。今日も何度目かのテストをしているのだ。

 

「うーん、まだ魔導波検波装置が一崎の魔法力を拾いきれてないのか」

「工廠でチューニングしてきたはずなのですが……」

 

天音の魔法波は普通のウィッチと違って波の周期幅が極端に広い為、普通の魔導波検波装置では拾え切れず魔導エンジンに十分な魔法力を供給できない。これが今まで軍隊の適性検査で天音がストライカーユニットを全く動かせられなかった原因だ。魔の黒江こと陸軍航空審査部の黒江綾香大尉が天音に合ったチューニング方法を見つけてくれて、いまではこんなに轟音をあげるほどエンジンが回せられるようになったが、やはり本人がいる現場に専門家を呼ばないと完璧な最終調整は駄目なようだ。

 

「まあいいや。一崎、出力50%まで落とせ。拘束装置外すぞ。そしたら徐々に全開。73%くらいまで上げられればホバリング状態になるはずだ」

「はい、落としました!」

「ロック解除!」

 

バキンと音がして、ストライカーユニットを掴んでいたアームが外れ、発進促進装置との固定が解けた。

 

「回せ!」

 

ブロロロロー!

 

金星62型エンジンが咆哮をあげる。ゆらゆらと発進促進装置との遊びの間でストライカーユニットが、浮いてるような浮いてないようなで微妙に動く。

 

「遠慮せずもっと浮き上がっていいぞ」

「で、でも、フル回転させてるんですけどー」

 

千里が天音の零式水偵脚の翼を掴んだ。

 

「軽い。浮いてはいるみたい」

「もっと上に上がらないかなあ」

 

ブオオオオー

 

「や、やってるつもりなんですけど」

 

イライラしてきた千里が両手で天音と零式水偵脚を発進促進装置から引き出した。

 

「一崎さん。覚悟いい? お腹に力入れなよ」

「え?」

 

天音が何事という顔をしたとたん、千里は零式水偵脚を舷側に放り出した。

 

「うわーっ?!!」

 

舷側から落ちていく天音。

 

「一崎ー!」

 

ガオオオオー!

 

排気管から火花が飛び、水面に当る一歩手前でエンジン回転が急激に上がった。そしてそこで滞空、その場に留まった。

 

「「「おおー!」」」

 

甲板にいた乗組員みんなが喚声をあげた。

ぐぐぐっと徐々に高さが増す。

 

「飛んだ! 上がった!」

「んー、くぅーー!」

「いいぞ天音、頑張れ!」

「その調子! そのままここまで上がってこーい!」

「んぐぐぐー! だ、ダメだー」

 

じゃぼーん

 

力尽きて海に落ちていった。

 

「人間、切羽詰らないとやる気でないから」

 

放り出した千里は表情も変えず言った。

 

「お前、どんだけスパルタなんだ」

「わたしはそういうふうに訓練受けてきた」

「霞ヶ浦~」

 

水上機の訓練をする霞ヶ浦航空隊は基地司令によって指導方法がころころ変わり、千里の代では実戦向けの厳しい実習が、優奈の代ではどちらかというと形式的なことの方に重点が置かれたようだった。

 

卜部と千里のやりとりに額に汗する整備員達。

神川丸の航跡に取り残されていく天音。

「早く助けに行った方がよくないかね?」と艦長。

 

≪筑波ー、天音が海におちたらしいぞー。早く降りて助け行ってくれー≫

 

優奈を指導する勝田が棒読みな調子でインカムに投げる。

 

≪シールドが思うように制御できませーん! 海に降りれないよーっ≫

 

 

 




突っ込みどころは沢山あると思いますが、楽しい訓練の場面ってことで。


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