水音の乙女   作:RightWorld

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第81話「シンガポール基地訪問記」 その3

整備兵がみんなの前にストローの立ったグラスを置いていった。グラスの表面には水滴がいっぱいついて、よく冷えているのが分かる。

 

「どうぞ〜。椰子の実ジュースです」

「わあ、これが?」

「わーい、いただきまーす!」

 

楽しみにしていた天音と優奈は早速ストローを口にする。

 

「「おいし〜〜」」

 

千里が顔を上げた。

 

「最初からこんなに甘いの?」

「いえ、これは少し砂糖を添加して加工しています。わたしのお気に入りの配合なんですよ」

「うん、おいしい! 蒸し暑いここの気候にぴったりだね」

「でしょう〜? あ、そのままの椰子の実ジュースも飲んでみます?」

「うん! 試してみたい!」

「ちょっとお待ちを。すみませーん、1個持ってきてもらえます?」

 

シィーニーが大きく手を振ると、整備兵が青い大きな実を持ってきた。

 

「これが本物なんだ! 絵でしか見たことなかったよ」

「写真撮って、写真! 学校の友達に見せたい!」

「栽培してるの?」

「まさかー。こんなのその辺にいくらでも生えてますよ。後で椰子の木のところ行きますか?」

「いいの? お願いしまーす」

「やったー」

 

シィーニーは大きなナタを取り出すと、手慣れた様子で椰子の実を割き始めた。小さな体のシィーニーが大ナタを振り回す風は違和感がある。

 

「うわー、シィーニーちゃん、そんな大きな刃物怖くないの?」

「ジャングル分け入る時にはこれくらいの持ってないと歩けないですよ。扶桑も大きなソードを持ってるウィッチがいるそうじゃないですか。ネウロイもたたっ切るって聞いたことありますよ?」

「扶桑刀ね。今は銃火器の威力が増したからあまり持ってる人いないけど、ベテランの人とか、剣術を習ってたウィッチは使ってる人いるわね」

「卜部さんとかは使わないの?」

 

天音が卜部の方へ向く。

 

「刀は魔法力をいっぱい吸い取るから、若いウィッチじゃないとすぐ魔法力切れになっちゃうんだ。あがり寸前の私らにはもう単なるでかいカミソリとしてしか使えないよ」

「鹿島さんも刀持ってないですね」

「私も剣術はやってなかったから」

 

シィーニーは椰子の実の上の方を豪快に切って中の種子の上端を出すと、そこにまたナタを振り下ろして切り取った。穴が開き、そこにストローを差し込む。

 

「どうぞ」

「凄い! この中に水が入ってるんだ!」

「こういう青い若い実には1Lくらい入ってます」

「おいしい! 結構このままでも甘いよ?」

「ボクこれ好き! 神川丸の補給品に加えてもらおうよ」

 

勝田も気に入ったようで、青い実を持ち上げて掲げた。

飲み終わったところで、シィーニーはその椰子の実をナタで真っ二つにした。

 

「豪快!」

「扶桑のソードもよく切れるんでしょう? これくらい朝飯前なのでは?」

「扶桑刀はこんな乱暴に振り下ろすような使い方はしないよ。気を入れて一振りに命を込めて切る。こんな固い実でも真っ二つにするとは思うけど、ナタみたいに力で切ろうとしちゃ駄目なんだ。刃こぼれしちまう」

「ほえ〜。興味深いですね」

 

二つに割れた実の内側には白い柔らかい層があり、シィーニーはそれをスプーンですくった。

 

「このゼリーみたいのも食べられます。こんな柔らかいのは若い実じゃないとで、実が成熟していくと固くなります。それはそれで使い道があるんです」

「むは、刺身こんにゃくみたい」

「ほんとだ。ワサビ醤油が合いそうだ」

「椰子の実って面白〜い」

「卜部さん、ぜったい補給品に加えようね!」

「日持ちしないんじゃないか?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

椰子の実を一通り楽しんだところで、シィーニーがナタをかざして言った。

 

「扶桑ソードみたいに、このナタでもネウロイ切れませんかねー」

 

ナタを見上げた卜部が答える。

 

「剣や槍みたいな中世の武器は魔法力を帯びさせることでネウロイとも戦える。つーか、昔のウィッチはそうやって怪異と闘ってたわけだからな。少ないけど欧州のウィッチにも剣を扱う人がいるらしいぞ。ナタでもできるかもしれんよ?」

「おおー? 魔法力を帯びさせると?」

 

シィーニーは魔法力を発動させた。

 

「あら、シィーニー軍曹の使い魔ってハクビシン?」

 

シィーニーから出た耳と尻尾を見て優奈は聞いた。

 

「はい」

「わたしもハクビシンなの」

 

優奈も魔法力を発動させると、そっくりな耳と尻尾が出てきた。二人はぱあっと笑いあって互いの尻尾を並べる。喜んだ使い魔は尻尾を絡めてお互い挨拶を交わしじゃれ合った。二人の尻尾は色で見分けがついた。優奈は真っ黒、シィーニーのは先端が白くなっていた。

 

さてシィーニーは銃火器に魔力を与える時のようにナタに魔法力を込めた。だが見た目何も変わらない。

 

「うーん、魔力入ったんですかね?」

 

卜部が立ち上がってやって来た。

 

「機銃や爆弾に魔力を込める時とはやり方が違うんだ。欧州はどうやるか知らんが、扶桑刀の場合のやり方をやってみるかい?」

「わはっ、是非! 教えてください!」

 

卜部たちは椅子から立ち上がると、格納庫のスペースが広く開いている方へ移った。

 

「まず瞑想からだ。みんなでやろう。勝田、教えてやってくれ」

「おーし、胡坐でいいから座って。魔法力発動。そしたら深く深呼吸。お腹で息をするんだよ。目を瞑って無心になる。肩、手足、身体の力を徐々に抜いて、地面に吸い込まれるように重くなっていくよ。無心っていうのは難しいけど、余計なこと考えないで周りの音に耳を澄まし、空気の些細な流れも感じるようにして、空気に溶け込むように、流れ込んでくるものを全部受け入れよう」

 

格納庫の中がしーんと静まり返り、外の鳥の声や、風で揺らぐ草のさわさわとした音しか聞こえなくなった。霧で湿気た新しい空気がふうわりとやってきた。

 

「いいね。シィーニー軍曹は腰だめしたナタの(つか)にゆっくり手を持っていって。ナタは身体に寄せて。まるで身体の一部になったかのように一体になろう」

 

シィーニーは目を瞑ったまま言われたようにナタに手を持っていった。その姿は居合抜きでもするかのようだ。

しばらくして、勝田がゆっくりと大きく息を吐いた。

 

「ゆっくり深呼吸。さあ、終了だよ」

「え? もう?」

「シィーニー軍曹、ナタを見てごらん」

 

勝田がナタを目で指示す。

 

「ああ!」

 

刃の部分がほんのりと青白く輝いていた。つまり魔法力を帯びていたのだ。

 

「センスがいいね。まだ微弱だけどちゃんと妖刀になってるよ。それで2、3時間はもつよ」

 

卜部が後を続けた。

 

「扶桑においては刀は身体の一部。魔女(ウィッチ)の一部なれば身体と同調したときに魔法力も宿る。出撃前に儀式のようにやっとくんだ。練習すればもっと素早く、もっと魔法力が刀に宿るようになるよ。そしてさらに使うときに刃先に魔法力を集中させることでネウロイも切ることができるようになるのさ」

 

卜部はさっきシィーニーが割いた椰子の実の殻を拾ってくるとシィーニーの前に置いた。

 

「軽くナタを下ろしてごらん」

 

シィーニーは言われた通りに椰子の実にナタをあてがうと、くっと下ろした。ストンとナタはスイカでも切るように硬い椰子の殻を切って床まで達した。

 

「おわあ?!」

「な、ちゃんと妖刀になってるだろ?」

「こっこっこっこれは……驚きました!」

 

驚いたのはシィーニーだけではない。今まで気の緩んだ上官とばかり見ていた優奈と天音が驚愕の表情をし、鹿島は尊敬の眼差しをベテラン二人に向ける。

 

「刀は魔力の貯蔵もできる。だから本人の魔力が尽きても使えるんだ。戦場で魔力切れになった時に助かる事もあるよ。鍛錬するといいよ」

「ありがとうございます! うわ、なんて有意義な1日でしょう!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

その後はシィーニーのボーファイターやグラディエーターを見たり、扶桑の水上ストライカーユニットの話をしたり、椰子の実を取りに行ったりして、現地人の整備兵達も含め文字通り親睦を深めた。

 

日が傾きかけた頃、扶桑組は引き上げることにした。

別れ際、シィーニーはお土産の椰子の実を天音に手渡しながら言った。

 

「アマネさん、いいですね〜、いい上官に恵まれて。それに比べてわたしの上官はウィッチじゃないし、植民地兵に冷たいし」

「えへへ……。こっちも実態はいろいろあるのよ」

「シィーニー軍曹も神川丸に来れば?」

 

優奈がひょこっと顔を出して手でちょいちょいと招いて勧誘した。

 

「いいですね〜。この辺のネウロイの心配がなくなったら希望出してみようかな」

「絶対だよ!」

「はい〜」

 

 

 

 

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神川丸に帰った天音は、手紙を書こうと筆記用具入れを開けた。ふと鉛筆削り用の肥後守に目が止まった。取り出すと、顔の前に持ってきて表裏と眺める。そして肥後守を腰の位置に納めると瞑想を始めた。

1分後、肥後守はうっすらなんとなく鈍く光っていた。だがシィーニーのナタはもっと光を発していたはずだ。

 

「……難しいな」

 

それから天音は肥後守で毎日練習をし始めるのであった。

 

 

天音と優奈の書いた手紙は神川丸の郵便室に出され、シンガポール根拠地隊でまとめて袋に詰められ、二式飛行艇に積まれて海の上を飛び、幾つか基地を経由して扶桑本土にたどり着いた。

 

 

 

 

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郵便局の木炭自動車が坂道をのんびりと上がってきた。車は天音の通っていた学校の前に停まった。

石油の国内備蓄を2ヶ月分しか蓄えていなかった扶桑では、東南アジア航路に潜水型ネウロイが出現したことで石油の輸入量が減り、1ヶ月もすると市中への供給制限が始まって、公共の車が率先して木炭自動車に改造されていた。

 

「天音と優奈から手紙が届いたよ!」

「厚いね。これきっと写真入りだ!」

「写真見たーい」

 

クラスの皆が大喜びでそれを持って教室に走り入り、友達の一人が唇を舐めると、筆箱から肥後守を取り出して封が開けられた。

開けて中身を広げたみんなは首を傾げた。

 

「天音って海軍に入ったんじゃなかったっけ?」

「優奈も写ってるから間違いないと思うけど……」

「なんだか海外観光旅行に行ってるみたいだねぇ」

 

机の上に広げられた写真は、天音と優奈と千里にシィーニーが美味しそうに椰子の実に挿したストローを咥えてたり、椰子の木の下ではしゃぐ姿だったり、白亜の洋風建築(シンガポール知事公邸と裏にメモ書きあり)や純白の塔が立ち並ぶ教会(セント・アンドリューズ大聖堂と裏にメモ書きあり)の前で楽しそうに並んでる姿だったりのスナップであった。

 

 


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