水音の乙女   作:RightWorld

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第70話「リゾート泊地」 ~前編~

 

 

海底の砂地に身を埋めて待ち伏せする潜水型ネウロイを天音が見破ってこれを葬り、明け方の危機を退けたHK02船団は、ブリタニア軍哨戒機の勢力圏内に入った。上空には絶えず2機のアルバコア雷撃機が旋回している。

 

シャムロ湾を苦労して横断してきたHK02船団にクアラ・トレンガヌのブリタニア軍が指定してきた投錨地は、トレンガヌの北50kmにある島、ルダン島(Pulau Redang)。ブリタニア軍はここに、防潜網で囲った停泊地を用意してあるそうだ。

船団は島まであと20海里ほど。順調にいけば昼前には到着するだろう。

 

 

 

 

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○12航戦『神川丸』

 

ブリタニア軍が哨戒機を飛ばしてくれていることから、神川丸では朝一の慌ただしい発艦作業もなく、久々にのんびりした朝を迎えていた。ただし427空1番機を除いて。427空1番機は、未明に香椎を雷撃したネウロイへの対応で出撃したその足で、船団針路前方に座して水中監視任務に就いていた。

 

「早く投錨地に着いて、休ませてあげないとな」

 

神川丸の艦橋からは見えない船団の前方海面で、船団針路の安全確保を一人で担っている天音を気遣って、葉山少尉が小さく呟く。横で舵を取っていた操舵員も「そうですね」と相槌を打った。天音の代わりだけはブリタニア軍が来てもいないのだ。

 

 

 

 

神川丸の後部甲板では、投錨地の視察も兼ねて優奈が航路哨戒に出かける準備をしていた。ユニット拘束装置上に固定されている零式水偵脚に足を通して飛行前点検をしていると、風呂敷包みを持った千里がやってきた。

 

「これ、卜部さん達に。行きがけに寄って渡してきて。艦長の許可は出ている」

「なあにこれ? お弁当? お弁当は持っていってたはずよ」

「一崎さんがみんなのも食べちゃったらしい」

「え? 昨日お夕飯食べてないからったって、そんなにお腹減らしてたの?」

「結果から見ればそういうことになる」

「毎晩千里が沢山食べるのに付き合わされてるから、天音も胃拡張になっちゃったんじゃないの?」

「筑波さんに追いつくんだって意気込んでるのは一崎さんの方」

「そんなすぐ追いつかれてたまるもんですか」

 

と優奈は年齢にそぐわぬ大きな胸をぽよんぽよんと持ち上げる。

 

「食べる量で決まるんだったら、千里なんかあたしの何倍も大きくなくちゃおかしいわ」

 

霞ヶ浦の基地で天音が仰天していたが、千里のごはん茶碗はおひつなのである。しかし千里の体はまったくもって無駄な肉のついていない超スレンダー体型だった。

 

「そう言われると……。とにかく卜部さんと勝田さんがお腹すかしてるから、持っていってあげて」

「わかったわかった」

 

優奈は13mm機銃を背中に回すと、風呂敷包みを受け取った。

 

「筑波一飛曹、機体の調子どうですか?」

「はーい、行けまーす」

「了解、上げます。キョクアジサシ、カタパルトへ!」

 

 

 

 

○HK02船団5km前方海上 427空1番機 零式水偵卜部機

 

南シナ海に青白い波紋が一定間隔で広がっていく。その中心に、海上でうねりに揺すられている零式水偵がいた。青白い波紋は天音が発信する広域水中探査魔法波。零式水偵は卜部少尉操縦の427空1番機。その後部座席に座る通信手兼旋回機銃手の勝田が、双眼鏡で空を見回していた。

 

「6時方向にウィッチ!」

「来たか、出前!」

 

飛び上がらんばかりに喜ぶ勝田と卜部。

 

「うおおおーい、ここだあー!」

「飯、めしー!」

 

コックピットから立ち上がって両手を振る二人を見て、天音は申し訳なさそうに肩をすぼめる。

やって来たウィッチは、ストライカーユニットの下半分に被さるようについているフロート部を展開すると、海上に降りてきた。

が、うねる海面に跳ねてバランスを崩し、両手をバタバタと降った。その手には弁当を包んだ風呂敷が……

 

「ああーっ、弁当がー!」

「落とすなーっ、水につけるなーっ!」

 

どうにか倒れることなくこらえて、水上滑走して零式水偵に近付いてきた。

 

「危なかったー」

「筑波ーっ、この程度の波でふらつくなんて未熟者が! 今度特訓だー!」

 

卜部が指差してどなる。

 

「ストライカーユニットは水上機と違って小さいから難しいんですーっ」

 

優奈も負けじと言い訳するが、

 

「そんな時は魔法使うんだよ、シールドの応用で海面を押さえ付けんの!」

 

と勝田も珍しく声をでかくした。

 

「ごめんね、優奈。二人ともお腹空かして怒りっぽくなってるの」

 

天音の乗っかっているフロートの目の前まで来た優奈は、謝る天音を怪訝そうに覗き込む。

 

「いったいどうしちゃったの? 千里じゃあるまいし」

「う……ん。たぶん水中探信魔法の使いすぎじゃないかな」

「それってそんなにエネルギー使うんだっけ? 演習でもこんなことなかったのに」

「さすがに12時間以上も休まずにやったのは初めてで、まさかこんなになるとは思わなかった」

「優奈、早くー!」

 

翼まで降りてきた勝田が、悲鳴に近い声を上げる。

 

「あたしも12時間連続飛行とかやるけど、お腹は減ってもそんなに食べる量には変化でないけどなあ。わあ、揺れるねえ」

 

零式水偵と優奈の水偵脚は、互い違いに木の葉のように揺れて、風呂敷を渡すタイミングが取れない。

 

「もう、投げちゃっていい?」

「ダメ! 海に落ちたらどうすんの!」

 

たまらず操縦席から卜部まで下りてきた。

 

「だから筑波、魔法で海面押さえつけろって言ってんだ!」

「わわわ、卜部さんまでこっち来ないでぇ!」

 

グラッと傾いた水上機に天音が悲鳴を上げる。搭乗員3名全員が左の翼と左のフロートにいるという状態になったので、零式水偵の右フロートが浮き上がって左にひっくり返りそうになったのだ。仕方なしに卜部が機の中央に戻る。

優奈は真下にシールドを張ってみた。

 

「それじゃ張るわよ。それ!」

 

魔法陣が水偵脚の下に展開する。が、とたんに水を弾き飛ばして陥没したようになり、水偵とストライカーユニットは海面に開いた穴に落っこちた。

 

「わーっ!」

「わわわわわ!」

「へっ、へたくそー!!」

 

慌てて卜部と勝田が残り少なくなった魔法力で周囲にシールドを展開、穴に押し寄せてくる海水の流入量を減らして、何とか頭から海水の滝を浴びるのを防いだ。そして再びうねる海面に戻る。つまり振り出しに戻る。

 

「ネウロイのビーム弾くみたいに展開する奴があるかーっ」

「だってそのためのシールドでしょうが。ストライカーユニットで魔法力も強化されてるし……」

「シールドの大きさや強弱は細かく制御できるんだ。これで海面を落ち着かせられれば荒天時にアヒルの池作ってもらわなくても降りられるようになるし、一本釣りも容易になる。水偵脚使いはこれをマスターしてなんぼだぞ!」

 

アヒルの池とは、母艦がぐるりと円を描いて走ることで、内側にできる波の凪いだ海面のことだ。一本釣りは、母艦を停止させることなく航行したままで、デリックを使って艦に引き上げてもらうという水上ストライカーユニットだけができる技で、1946年現在これができるのは卜部と勝田と神川丸だけという化石級の芸当である。

 

「シールドの強弱や硬度制御なんて、ワールドウィッチクラスの技じゃない」

「扶桑近海にしか出撃してないけど、ボクらだってそれくらいやるぞ!」

「だいいち霞ヶ浦でも教わってないしーっ」

 

魔法力が発現してまだ1年満たない優奈が、そんなこといきなり出来るかと文句を言って口を尖らし、扶桑海事変の頃からのベテランは、凡ウィッチでも努力次第で出来るようになるんだと空腹に任せて説き伏せる。その時、零式水偵の下に大きく魔法陣が広がった。徐々に徐々に波が抑えられ、周りからのうねりも弾かれ、零式水偵が揺れなくなってきた。

 

「こ、こうですか? す、すごい力いりますよ、これ」

 

零式水偵の下にシールドを張ったのは天音だった。最初弱めに張り(そもそも経験の浅い普通のウィッチはこれが出来ない)、波の動きを見ながら次第に強くしていって、丁度よいところで止めたのだ。ほおっと卜部が感心した顔になる。

 

「一崎か? やるじゃないか」

「ゆ、優奈、早く。この程よいところで止めるの、結構魔法力しっかり入れないとだから、長くはできないよ」

 

水偵の下に向けて伸ばす腕がプルプルと震えている。

 

「勝田さん!」

 

優奈が零式水偵に近寄って風呂敷包みを差し出した。翼の上の勝田がそこに手を伸ばす。

 

「受け取った! 天音、ご苦労さん。ゆっくり戻して!」

「は……い」

 

波がゆっくりと押し寄せてきて、うねりが戻ってきた。

元通りの海面になり、魔法陣も消えた。

 

「ふう……」

 

天音が額の汗をぬぐう。

 

「ストライカーユニットで魔法力増幅していれば、そんなに力まなくてもできるよ。逆にさじ加減が難しくなるけどな。あっ、さじ加減は一崎の得意分野か」

「はあ……。でもなんとなく感覚は分かりました」

「もう、天音ったら相変わらず優秀なんだから!」

「えへへ。まあウィッチ歴だけは長いからね」

 

 

 

 

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午前10時過ぎ。船団はルダン島沖に到着した。

 

ルダン島は、トレンガヌ州の沖合に浮かぶ周囲12kmほどの島だ。透明度高い浅い海とサンゴに囲まれ、きめ細かい真っ白な砂のビーチをいくつも持ったこの島は、まさに完璧なリゾートだった。といってもこの時代はリゾート地として開発されているわけでもなく、ただただ美しい南国の島。

北側に奥行2kmほどの湾があり、その入り口を沖合からぐるりと防潜網を回して囲った水域が停泊地だった。ブリタニア軍の水先案内人が、防潜網に1か所だけ開けた入り口から1隻ずつ船を入れていく。

 

沖合に停泊した神川丸は、搭載していた水上機を予備機を除いてすべて海上に降ろした。水上機はそこから離水して湾の奥へ向かって飛び、ライトブルーの静かな海に着水すると、一番奥のタアラス・ビーチと呼ばれる砂浜に乗り上げた。

 

「すごーい! 何ここ、きれーい」

「ええー? いいんですか? こんなところに上陸して」

 

大感激の天音と優奈。もう年齢通りのはしゃぎようである。千里も砂浜に立って、湾の外を向いていつも見せないうっとりとした顔をしていた。

 

「きれい……」

 

卜部も士官制服の前ボタンを外して砂浜に降り立つ。

 

「水上機部隊は前線に展開すると、たいてい艦から降りてこういう静かな海面のあるところに基地を作って、そこから作戦をするんだ」

「うっそー。アリューシャン列島の基地は波は高いし、こんな天国みたいなところじゃなかったよ?」

「まあ北方と南方の違いだな」

「南の方が断然いいじゃん! こっち知っちゃったら北方なんて行きたくなくなっちゃうー」

 

南遣艦隊に配置換えになる前は北極圏で作戦していた神川丸。優奈も、どんよりとした灰色の空と海に加え、氷に閉ざされ白一色の寒々とした海氷の上を飛んできたので、この感想には実感がこもっている。

 

砂浜の奥からブリタニア軍の兵士が出てきた。先に展開していた整備部隊と施設部隊だった。

 

「ようこそ、ルダン島へ」

「「「お世話になりまーす」」」

 

 

 




うp間に合った(汗)。

ルダン島なんて行ったことありませんが、帝都造営さんたちのところのゴールデンカイトウィッチーズの面々が水鉄砲持って現れそうなビーチとご想像ください。現在は本当にリゾート地のようです。

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