第1猟犬隊は突破した潜水型ネウロイ2隻を追跡していた。
428空4番機が磁気探知機で捜索に加わるが、ネウロイの真上を飛ばないと反応を得られない磁気探知機での捜索は難しい。結局第1猟犬隊はネウロイを見失っていた。
そして第1猟犬隊を突破したネウロイを最初に見つけたのは天音だった。
≪ネウロイ探知しました! 数2。香椎から方位350、距離7400m、深度50m、速度20ノット!≫
○HK02船団旗艦『香椎』
「ウミネコがネウロイを探知しました! 数2! 本艦からの方位350、距離7400m、深度50m、速度20ノット!」
「これはイロハのどの集団だ?」
「イ集団です。第1猟犬隊が追っていた奴と思われます」
「それより、こんな高速で水中を走っていたとは! 猟犬隊は追いつけるか?!」
○HK02船団第1猟犬隊 神風型駆逐隊『朝風』
「ウミネコがネウロイを探知! 3キロ先です!」
「なんだと? そんなに先に?!」
「ウミネコより、敵速度は20ノット!」
「しまった、敵の速度を完全に見誤った!」
○HK02船団右翼先頭 松型駆逐艦『八重櫻』
「ウミネコが探知したネウロイウは本艦が迎撃します! 両舷最大戦速! 面舵!」
≪八重櫻、こちら香椎。1隻だけでは危険だ≫
「ウミネコの誘導があれば1隻だけでも対処できます!」
だがそのウミネコは次第にそれどころではなくなってきていた。
○HK02船団前方3Km海上 427空1番機 零式水偵卜部機
「北北東8000mに新たな探知! 数1、深度50m、速度17ノット! 香椎から方位は、えっと……010。……??! 北から南下してる駆逐艦! 真下にネウロイがいます!」
≪ウミネコ、こちら香椎。どの戦隊の駆逐艦か? 香椎からの方位、距離を伝えよ≫
「こちらウミネコ。駆逐艦は北方、距離1万m。か、香椎からの方位、香椎は、……あれ? ど、どれだっけ?」
「慌てんな。ボクらの東2Kmにいる大きいのだよ」
勝田が落ち着かせようとやんわり語りかけるが、天音はさらにてんぱってきた。
「神川丸はなんで速度落としてるんですか?! 止まらない方がいいです! 1万2千m、こ、後方水面近くに1隻います!」
≪後方とはどっちだ、方位は?!≫
「船尾向けてる方です! え、えと、方位042……あ! 駆逐艦の真下にまたネウロイ出現! ま、真上向いてます! 真上に向けて撃つ気かも!」
≪再度問う。どの戦隊の駆逐艦か! 香椎からの方位、距離を伝えよ!≫
「真上向いたネウロイが現れたのはすぐそこです! か、香椎の斜め前の駆逐艦の真下、水深210m! 北から来ているのとは別です!」
○12航戦『神川丸』
「まずい、同時にあちこちから敵が現れて天音嬢ちゃんがてんぱっとる。交通整理してやらんとだぞ」
有間艦長が葉山のところへつかつかと歩み寄って、船団配置が書かれた戦術盤を覗き込む。が、葉山も天音の探知情報を書き込めきれないでいた。北北西7400mと、神川丸の後方1万2千mにネウロイを示す赤い駒が置いてある。北北東8000mには不確実な敵情報があったことを記す札が置かれていた。
艦長はレーダー操作員を呼び出す。
「電探、トビの最新位置を知らせ。把握できてるか?」
≪こちら電探。トビは香椎の針路前方、方位270、1900m≫
葉山が素早く戦術盤に水偵の形をした駒を動かした。
南西に向けて針路をとる船団は、東へ列が伸びていた。その中央先頭にいるのが軽巡洋艦『香椎』。香椎の左右斜め前には1隻ずつ護衛艦ががいる。右側が駆逐艦『八重櫻』、左側が海防艦『福江』だ。
「駆逐艦というのに間違いがなければ、香椎の近くにいる駆逐艦は八重櫻だけだ。神川丸より八重櫻へ。ネウロイは貴艦の真下だ!ウミネコ、ウミネコの北東側1千5、6百mの駆逐艦の真下でいいな?!」
≪は、はい!今、発射しました!2発、魚雷です!!≫
○HK02船団 松型駆逐隊『八重櫻』
八重櫻は緊急転舵した。だが真下水深200mからの雷撃、つまり大型船の全長程度の超至近距離から撃たれたのだ。しかも魚雷は命中を待たなかった。水深10m弱で爆発したのである。
水中での爆発の威力は殆どが上へ伝わると対潜水艦爆雷攻撃で解説したが、それは水上艦に対しても効果は同じである。艦底の下で爆発させるのは、直接命中してその部分に穴を開けるよりも実は効果が高い。水を介して伝わる衝撃波は、船全体を下から襲う。しかも真下ともなると、船をキールからへし折るほどの突き上げる力がある。
○427空1番機 零式水偵卜部機
「ああ!!」
天音は悲鳴を上げた。
勝田の背中の方に花が咲くように斜めに吹き上がる灰色の水飛沫が見えた。その下の方で水柱を2つに裂いているのは、船団を護衛していた駆逐艦だった。八重櫻だ。
ややくの字状に歪んだ八重櫻は、水柱が落ちると斜めに着水し、そのまま傾斜を増して横倒しに倒れた。やがて中央やや後ろ寄りで外板を吹き飛ばす爆発が起こる。艦底からなだれ込んだ海水によってボイラーが水蒸気爆発を起こしたのだ。完全に浮力を失った船体は、水中から伸びる魔の手に掴まれたように引きずり込まれていった。生存者は皆無。轟沈である。
「あっ、あっ、あ……」
きっと彼らの遺体は南シナ海名物のサメに喰われるのだろう。でも生きたまま食いちぎられるよりはましかもしれない。轟沈であったのはせめてもの救いだっただろうか。船団方針として、護衛艦たちは沈んでも救助しないと決められていたのだから。
八重櫻がいた海面を凝視したまま固まる天音に、卜部が特大の大声を浴びせかけた。
「一崎ー!! 私達の仕事をするぞ! ネウロイの位置を伝えろーっ!!」
びくっと飛び上がった天音は我に返った。
「う、あ! は、はいっ!!」
天音はそこで折れたり、挫けたりはしなかった。犠牲が出たことで自失する事はなかった。この強い精神力は、横川少佐との短期教練によって鍛えられたものだ。
召集して直ちに戦場に送らねばならなかった天音に、軍隊のことや軍事的ななんちゃらを教えている暇はない。教官だった横川和美少佐は、戦場に立つ戦乙女として内側を鍛えることに集中したのだ。
天音は涙が出そうになる顔を両手でバシバシと叩くと、探信波に集中した。
「か、神川丸、なぜ止まったんですか? 追い付かれますよ! 速度10ノット! あと北1万の……」
「一崎!すぐそこの奴探せ!」
「で、でもこっちのも駆逐艦の真下に……それとこれは7000mの、えっと……」
「これは……そうか」
卜部は天音がどういう状態にあるか気が付いた。
「一崎、一瞬待て! ミミズク、こちらトビだ。ウミネコは
○12航戦『神川丸』
「全方位探知固有魔法保持者特有の症状?」
疑問形の葉山に対し、有間艦長は納得顔で顎を撫でた。
「そういうことか。神川丸からウミネコへ。駆逐艦八重櫻を攻撃した奴だけを探知せよ。他は今は後回しだ。あと相対位置はウミネコからの方位、距離でよい。もう一度言うぞ、他は今は後回しだ」
≪は、はい。ウミネコ了解!≫
「艦長、どういうことですか?」
葉山が質問する。
「経験の浅いナイトウィッチなんかによく見られた症状だ。
人間の目にはいろんなものが映っているが、実際はその中でも意識しているものしか見ていない。人間のセンサーで唯一360度方向を感知できる器官は耳だが、これも意識を向けたものしか実際は聞いていない。例えば夏の喧しいセミの声を無視できるようにだ。これは生まれてからずっとこれらの器官を使い続けているうちに身に付くものなんだが、固有魔法は発現するのがもっと遅いし、1日じゅう使い続けているものでもない。
使うときは魔法力を向ける相手が決まっているからいいんだが、ナイトウィッチや天音君のように特定の目標を持たず全方位を感知でき、長時間索敵続けるような使い方や、同時に複数の敵に遭ったときなどは、どう整理つけたらいいかまだ身に付いておらず、パニックになってしまうのだ。つまりいらない情報を無視することがまだできないのだ」
葉山も納得して腕組みをした。
「そうか……。脳がまだ整理する方法を学習してないんだ」
「だからこちらから強制的に見るものを指定して限定させてやるのだ。ただこれが身に付いてしまうと、探知能力は下がってしまうということも分かっている。所謂、注意散漫というのが起きるようになってしまうのだ」
「注目しなくていいものを無視するというのは、見えているのに見えなくしてしまうということになるわけですね。そういう方法を学習してしまうからですか……」
≪神川丸、こちらウミネコ。ウミネコからの方位50度、距離1600m、深度200m。姿勢を水平に戻して速度4ノットで針路100、商船の隊列の方に向かい始めました≫
「そおれ、ヤバい状態だぞ」
○HK02船団旗艦『香椎』
「ウミネコより、八重櫻を攻撃したネウロイは針路100で商船の列に向かい始めたとのことです」
「船団をネウロイから逃す。船団、取舵45度変針。福江は香椎に続け!ネウロイをやるぞ!」
懐に入られてしまった今や、旗艦軽巡香椎自ら攻撃に向った。
「爆雷戦用意!」
「後部甲板、爆雷戦用意!」
商船の隊列はネウロイを避けるため針路を変え、香椎と福江は八重櫻の