水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04 誤字修正しました。





第64話「シャムロ湾海戦」 その2 ~船団北方迎撃戦~

シャムロ湾に高く昇った南国の太陽は、じりじりと頭の上から零式水偵を照らしていた。

天音は日差しを避けるように、フロートの上でも影になる翼の真下に座っていた。その下からは絶え間なく青白い波紋が周囲に放たれている。

 

「天音、9時の方にヒレがいっぱい見えるよ! あれサメじゃない?!」

 

南シナ海はサメの宝庫でもある。船が沈没して海に投げ出された船員がどれ程その餌食になってきたかことか。それをよく知ってるだけに、餌付きの釣糸を垂らしているかのように見える天音の尻尾を心配する勝田だが、天音は涼しい顔をしている。

 

「凄いですね。11匹もいますよ。フカヒレは乾燥させると凄く高く売れるんです。新鮮な身は柔らかくて美味しいし、時間経つとアンモニア臭くなるんですけどなかなか腐らないから、山の中の人には有り難がれる魚です」

「一崎には食い物に見えてるらしいぞ。だけど大丈夫か? 尻尾喰われたら大変だぞ」

「ちゃんと警戒してますよ。時々そういう波動流して威嚇するんです。それ!」

 

オレンジの波紋が一つ、9時の方向に放たれた。とたんに集まっていたサメが蜘蛛の子を散らすように離れていった。

 

「すごぉーい」

「それでも近付いてくるのには、強い波当ててひっぱたく事もあります」

「そんな物理的衝撃を与えることも出来るの?」

「怪我するような程のじゃないですけど、手に当たるのが感じるくらいのは発射できますよ。水って力が伝わりやすいんです」

「へー。天音って水中に関してはもう右に出る者がいないよね。本当にこりゃ世界に一人なんじゃない?」

「私もそういう気がしてならないね」

「そうかなぁ……」

 

ウィッチの中でも貴重な存在なのは光栄なことだとは思うが、潜水型ネウロイを探すという任務に就く身としては、同じ能力を持つ人が他にいないということは、ちっともうれしくなかった。

 

「卜部さん。船団接近してるよ」

「分かってる。そろそろ移動するか」

「わたし、このままここで掴まってまーす」

「あいよ。命綱のロックを確認!」

「確認しました」

「よーし、5Km移動する」

 

エンジン回転が高まり 、ゆっくりと零式水偵は水上を滑り始めた。

 

 

 

 

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その頃水中。

 

水深200mの海底に砂から黒い塊が突き出ていた。

その小さな山状の塊に丸い赤い光が現れ、水上の方を見上げる。

海面には白い航跡がいくつ筋も描かれていた。

赤い光が嬉しそうに瞬くと、遠くにいる仲間に呼び掛けた。それを人間の言葉に置き換えるとこんなだろう。

 

「コマンダーから野郎共へ。久々の獲物だ。それも10隻以上いる。かぶりつきに来い!」

 

 

 

 

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○HK02船団旗艦『香椎』

 

≪HK02船団司令部、こちら428空4番機。北方より浮上航行で南下するネウロイを発見。3群に分かれ9隻。船団の北北西30Km。速度15ノット。≫

 

哨戒機からの連絡に船団はざわめき立った。

 

「9隻!」

「いよいよ来たな!」

「接近させるな。迎撃せよ!」

「船団北方海上でネウロイを食い止める! 西側よりイ、ロ、ハ集団と識別する。12航戦に航空隊全力出撃を要請!」

「第1猟犬隊、北方へ! イ集団へ向かわせろ!」

「第2猟犬隊も船団北方へ移動。ロ集団に対応せよ!」

 

≪第1猟犬隊、イ集団へ向かう≫

≪第2猟犬隊、船団北側へ移動。ロ集団に当たる≫

 

船団司令部から飛ぶ指示に、船団護衛部隊は慌ただしく防衛の配置に着いた。

 

 

 

 

○12航戦『神川丸』

 

「艦長、船団司令部から航空隊全力出撃要請が来ました」

 

伝令を聞いた葉山少尉は、航空隊指揮のため戦術図盤上にネウロイの情報を書き込んでいた手を止めた。

 

「全力出撃ったって、既に哨戒に半数を出してます。攻撃に出せるのは428空の零式水観3機とカツオドリしか残っていません。9隻じゃあ全機出しても止められるか……」

「艦長、司令部からウミネコを派遣できるかと聞いてきています」

 

艦長は無精髭を擦りながら言った。

 

「だめだ。船団全体が見渡せる位置から離れさせる訳にはいかない。他の方角から来ないとも限らん。あと全機出撃もだめだ。予備を残しておく。予備は千ちゃんにしとこうか」

「千ちゃん……、カツオドリですか」

「4番機は攻撃隊が着くまで、敵との接触はなるべく遠くからするように。気付かれて潜られないよう気を付けろ」

「分かりました。攻撃の零水観が到着するまで気付かれぬよう注意させます」

「428空5、6、7番機、発進用意!」

「文月と水無月は船団北側へ。第1、第2猟犬隊が撃ちもらした奴に備えよ」

 

 

 

 

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○427空1番機 零式水偵卜部機

 

2列に並ぶ輸送船団はそのままで、周囲の護衛艦達が慌ただしく配置を変えていく。その様を水中探信で見ていた天音は、大事(おおごと)になっているのを感じ取っていた。

 

「だ、大丈夫ですか?手伝いに行かなくていいんですかね?」

 

その答えは通信で葉山から返ってきた。

 

≪ウミネコ、こちらミミズク≫

 

「ミミズク、こちらウミネコです」

 

≪ウミネコは今までと同じ位置にて引き続き船団周囲を警戒。他の方位から敵の接近がないか、よく見張っててくれ≫

 

「は、はい!引き続き船団周囲を警戒します」

 

そっか。北のネウロイに集中しちゃってると、他から近付いてくるのを見落としちゃうかもだもんね。蛟龍(こうりゅう)との演習で、痛い目に合ったっけ。

 

≪ミミズクからトビへ≫

 

「あいよ、こちらトビ」

 

≪そうは言っても北から来るのは9隻もいる。護衛艦の列を突破するのが出てくるかもしれない。そうなったらウミネコに探してもらわなきゃならない。接近させられると回避運動で船団が統率取れない状態になるかもしれないから、ぶつけられないように、安全でいて、尚且つ落ち着いて水中探信できる位置を取ってやってくれ≫

 

「トビ、了解した。本機の位置取りはこっちに任せてくれ」

 

勝田は後部座席から立ち上がって、双眼鏡で周囲を見渡した。

 

「さあ、慌ただしくなりそうだね」

 

勝田からも北へ向かう駆逐艦とその煙突から出る黒い排煙がよく見えた。

 

 

 

 

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○HK02船団北北西20Km

 

428空の零式水上観測機3機が、それぞれ6番2号爆弾2発を抱えて、ネウロイと接触中の零式水偵に誘導されて上空に現れた。

 

「前方海上に潜水型ネウロイ3集団を確認!」

 

「一番右の、突出しているハ集団に対して爆撃を敢行する。全機攻撃開始!」

 

3機は編隊を解き、それぞれ目標に定めたネウロイ目掛けて降下を開始した。

上空から降ってくる小さな黒い点に気付いたネウロイの目が、ギンっと赤く光る。そして直ちに潜航を開始した。だが潜航しても浅い深度にいるうちは上空から船体が確認できる。そこへ目掛け、各機は爆弾を投下した。水上に何本もの水柱が立ち上る。

 

水柱が収まった海面に、横っ腹が削られたのと、下からの爆発で突き上げられたのか、くの字に変形したネウロイが現れた。

 

「2隻が浮上、損傷を与えた! 1隻は転舵しかわされた模様!」

 

だが爆弾2発しか積めない零式水観は止めを刺すことができず、固定武装の7.7mm機銃も威力不足で、後は水上艦に託すしかない。普通の潜水艦相手ならそれでいいが、ネウロイは自己修復するので、あまり長時間放っておくと直ってまた潜られてしまう。しかも接近中の駆逐艦達も別のネウロイに目標を定めて向かっているところだ。

報告を受けた葉山が応答した。

 

≪2隻が損傷浮上、1隻は回避、了解した。損傷した2隻は暫く戦力外だから放っておく。問題は逃がした1隻だ。文月と水無月はこれに備えられたし≫

 

≪文月、了解。本領発揮するよ~≫

 

≪水無月、了解。潜水艦でも水上艦でも、負けないよっ!≫

 

428空の攻撃によって他の集団のネウロイも潜航を始めた。428空4番機が磁気探知機を使って潜ったネウロイの位置を調べる。潜航して間もないのですぐ見つかったが、3集団を同時に見張るのは難しく、時間が経つにつれ次第に探知が難しくなってきた。

 

「こちら428空4番機。早く応援をよこしてくれ。すでにハ集団の1隻は見失った。ロ集団のネウロイもバラけ始めている」

 

≪428空4番機、こちらミミズク。他の零式水偵は長距離哨戒に出ていて間に合わない。香椎から鹿島少尉機を出してもらう。それまで頑張ってくれ≫

 

 

 

 

第1猟犬隊と第2猟犬隊は30ノットで急行し、およそ5000mと思われる距離で速度を20ノットに落とした。

 

「水中聴音器作動。特に4番機の報告した辺りをよく調べろ」

 

イ集団に対峙した第1猟犬隊の朝風と春風は2時方向にいると想定されるネウロイに聞き耳を立てた。

 

「こちら水測。方位082に感2」

「春風へ。本艦からの方位082に感あり。そちらからも捜索せよ」

 

500m後方の春風からも同じ敵を捜索する。水中聴音器ことパッシブソナーは音のする方向は分かるが、距離は計れない。そこで位置の違う複数の艦から測定することによって、三角測量で距離を推定するのだ。

 

≪こちら春風。方位050に探知。感2≫

 

「よし、捉えたぞ。敵の後方から攻撃する」

 

ネウロイに対して反航していた2隻は、面舵を切って接近し、再度面舵をしてネウロイの後方に回った。

 

「こちら水測。敵位置、方位180、距離推定500m」

「後ろを取ったぞ。水中探信儀、測的開始!」

 

ピーンと探信波が発信された。アクティブソナーは発信した音波が跳ね返ってくる時間を測ることによって距離を知ることができる。これで攻撃に必要な諸元が揃った。

 

「こちら水測。敵探知。方位168、距離600m」

「ヘッジホッグ発射用意!」

「敵が別れます。1隻が左へ針路変更」

「我々も別れて攻撃しますか?」

「だめだ。教練通りペアで対処する。聴音員は2隻とも逃がすなよ」

 

真っ直ぐ進む方に狙いを定め、第1猟犬隊は距離を詰めていく。

 

「春風はネウロイの瞬間移動に留意しろ! ヘッジホッグ、距離150mで発射!」

「あと50m! 敵、右に変針」

「速度落とせ。両舷強速、面舵20度」

「敵方位185固定。距離180m」

「取舵5度」

「敵方位180」

「速度上げ、第2戦速!」

 

朝風に限らず、初期のヘッジホッグ架台は旋回できない固定式である。なので攻撃時は真正面に敵を捉えていないといけない。敵の針路変更に機敏に対応しなければならず、艦には旋回性能も求められる。なので小回りの効く駆逐艦や海防艦がハンターには適しているのだ。

 

「距離150m!」

「ヘッジホッグ発射!」

 

朝風艦橋の前のヘッジホッグから、ダダダダッと小型対潜爆雷が弾き飛ばされ、空中で楕円を描いた。

 

「敵予想深度50m」

「敵、右に旋回」

「ちっ!」

 

敵の深度に爆雷が到達するまで約7秒。だが10秒経っても爆発はなかった。ヘッジホッグの爆雷は命中しないと爆発しない。爆発がないということは外れたのだ。WWⅡにおけるヘッジホッグの命中率は10%程度と言われている。

 

「爆雷戦に切り替え、深度調整60m! 春風、誘導頼む!」

 

ヘッジホッグが外れたなら、直ちに敵のいた位置へ突進し爆雷攻撃をする。外れる確率が高い故に、まだまだ爆雷も捨てる事ができないのだ。しかも炸薬量の多い大型爆雷を一度に何発も散布する爆雷攻撃は制圧面積が大きいので、投下位置や深度が間違ってなければ威力は絶大である。

 

「爆雷攻撃開始!」

 

2基のY砲、それと艦尾の爆雷投下軌条から爆雷が同時に6発落とされる。およそ10秒毎にこれが繰り返され、朝風の後方航跡上に巨大な水柱が派手に次々と立ち上がった。そのうちの1本から、真っ白な粒となった金属の粒子が吹き上がる海水と共に空中に飛び散った。ネウロイに命中したのだ。

 

 

 

 

ロ集団を追っていた第2猟犬隊もネウロイをヘッジホッグの射程に捉えていた。

 

「ヘッジホッグ発射!」

 

旗風がヘッジホッグを撃ち出した。だがその時、旗風は横から来た大きめの波に揺すられた。0.2秒間隔で2発ずつ撃ち出される24発の爆雷が全て発射し終わるまでには2.4秒かかる。波に煽られた旗風は2.4秒の間に10度近く傾斜した。その結果がどうなるか。ヘッジホッグの発射台は対潜弾が楕円を描くようにあらかじめ角度が付けられているが、それは発射の間水平に置かれていることが前提でのことだ。発射中に角度が変わってしまえば、計算通りの楕円を描くことができない。旗風が発射した対潜弾は縦長の紐のようになって飛んでいった。当然敵を取り囲むようには落ちていかないので、命中率は下がってしまう。

だが幸運なことに、ヘッジホッグの爆雷はネウロイを捉えた。縦に並んで飛んだ爆雷と同じく水柱も縦一直線に立ち上り、キラキラと光る結晶化したネウロイの破片も空中に巻き上げられた。

 

「爆雷爆発! ネウロイに命中しました!」

「「おお!」」

 

歓声が上がったのも束の間、見張りと水測員から悲鳴に近い報告が同時に響いた。

 

「左舷雷跡ー!!」

 

≪こちら水測。左舷方向より高速推進機音!≫

 

攻撃対象から外れていた別の1隻のネウロイが回り込んできて、第2猟犬隊に反撃してきたのだ。第2猟犬隊は回避のため攻撃に集中できなくなってしまった。

 

 

 

 

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○HK02船団旗艦『香椎』

 

「第1猟犬隊はネウロイ1隻撃沈、2隻を追跡中。船団の方向に向かっています」

「第2猟犬隊もネウロイ1隻撃沈。1隻と交戦中。1隻は船団に向かっていると思われます」

「ハ集団は12航戦航空機の攻撃により2隻が大破し現在浮上中。1隻は船団に向かっていると思われます」

 

大山司令は海上を睨む目を険しくした。

 

「4隻が突破したということだな?」

「右翼護衛隊、ネウロイは4隻が接近中。警戒を厳となせ!」

「船団が魚雷射程に捉えられる前に阻止したいな。猟犬隊は間に合うだろうか」

「潜ってしまったネウロイを再発見できるかにかかってますね」

「鹿島少尉機、発艦準備できたか?」

 

 

 

 

香椎の煙突後方のカタパルトの上で、銀髪のツインテールを縛り直したウィッチがストライカーユニットに飛び込んだ。足が吸い込まれると魔導エンジンが始動する。

 

「第1猟犬隊が追跡しているネウロイは428空4番機が探してます。鹿島少尉は第2猟犬隊を支援してください」

「わかりました。提督さん、こちら鹿島。発艦準備完了しました」

 

魔法陣がぱあっと広がった。

 

≪鹿島機、発艦せよ! 発艦せよ!≫

 

パーン!

 

発破音と共にカタパルト上の零式水偵脚が勢いよく滑り出した。

空中に解き放たれた零式水偵脚は、高度を上げながら船団の右前方へ向かって飛んでいった。

 

 

 




船団の護衛艦たち、天音ちゃんの力を借りることなくがんばりました。しかしはやり何隻かが突破してきました。
再び集団で襲ってきたネウロイから船団を守れるか。次回は天音ちゃんちょっと大変かも。


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