水音の乙女   作:RightWorld

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第63話「シャムロ湾海戦」 その1 ~長い1日の始まり~

1月10日、潜水型ネウロイを初撃破したその翌日朝。

HK02船団はトゥーラン沖80Kmを進んでいた。

 

「藤間艦隊から発光信号。『航海の安全を祈る』」

 

ブルネイ基地から駆け付けた練習艦隊第2戦隊、通称藤間艦隊は、旗艦の航空巡洋艦『最上』と駆逐艦『満潮』が中波して速度も10ノット強しか出せないため、フィリピン マニラのリベリオン基地へ修理に向う事になった。潜水型ネウロイからの船団護衛の本命、12航戦が追い付いたので護衛を任せられるのが何より大きい。

 

「旗艦香椎より藤間艦隊へ返信。『マニラ土産を楽しみにしている。ゆっくり休養されたし』」

 

藤間艦隊は取り舵を取り、ゆっくりと船団から離れていった。

 

 

 

 

船団の前方で水中哨戒を始めた卜部操縦の零式水偵と零式水偵脚の優奈の横に、小豆色のセーラー服のウィッチが降りてきた。水上を滑るように滑走してくると、零式水偵の横に並んで浮かんだ。最上1番機、西條中尉の水上爆撃脚『瑞雲』だ。

西條は階級が上にもかかわらず、水偵脚使いの大先輩、卜部と勝田に敬礼した。普通は階級が下の者が先に敬礼し、上の階級の者が答礼するものだ。

 

「もっと一緒にいて色々教わりたかった。皆さんご武運を。最上の修理が済んで戦列に復帰したら、またボクも一緒に戦わせて下さい」

「早く戻ってきてね~。ネウロイはまだいっぱいいそうだからね」

「待ってるよ。その間、爆撃の練習しっかりやっとけよ」

「はい!」

 

中尉の西條が、少尉の卜部と下士官の勝田に頭を下げる姿が何とも不思議でならない優奈と、階級差は分からないが感覚的に妙に感じる天音。それだけこの2人が水上機ウィッチの世界では一目おかれているらしいのだが……。

 

フロートの上でそんなやり取りを、ほえ~っと意外そうな顔をしている天音にも西條は声をかけた。

 

「一崎くん。たった一人の水中探信使いで大変だろうけど、頑張ってね」

「あ、はい! 今度、瑞雲の飛ばし方教えてください」

「オーケー。ボクでよければいつでも教えるよ」

 

天音には瑞雲が配備される予定だ。その瑞雲で飛ぶ西條は快諾した。

 

「途中までご一緒します」

 

優奈が一足先に零式水偵脚を走らせた。

 

「ありがとう、筑波くん。それでは皆さん!」

 

敬礼をし、西條も瑞雲を水上滑走させる。そして藤間艦隊の前方哨戒のため、東へ向かって飛んでいった。

 

 

 

 

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HK02船団はインドシナ沿岸に沿って南下した。

夜は夜間戦闘に慣れない商船と天音の休養とを加味して、大事を取り陸岸近くの対潜警戒をしやすい所に投錨した。運航日数はかかってしまうが、潜水型ネウロイが集団攻撃法で襲ってくる状況からも確実にシンガポールへたどり着くためにはやむなしと判断した。

 

 

1月10日の夜はカムラン湾。1月11日夜はサイゴンから南200Kmほどの海上に浮かぶコンソン島の小島に囲まれた湾に錨を下ろした。インドシナの陸上基地からは海軍、陸軍の偵察機が絶え間なく飛んで警戒し、これまでに11日の昼間、ファンティエトの沖で1隻の潜水型ネウロイを沈めている。

 

 

そして1月12日。いよいよ船団はシャムロ湾横断に取り掛かる。潜水型ネウロイによる被害が一番最初に出た海だ。今は厳しい航海規制が敷かれ、船舶の出港が制限されたため被害は激減したが、護衛されたSG01船団が大被害を受けたように、この湾を横断することは今だに大きな危険をはらんでいた。

船団はコンソン島からマレー半島東岸のクアラトレンガヌ沖まで、一気に横断する作戦だ。240海里ほどの距離があるため、この日ばかりは24時間の連続航行となる。トンキン湾横断に続き、HK02船団最大の山場だ。

シャムロ湾中央付近まではインドシナの扶桑海軍の水上偵察機や飛行艇が哨戒を手伝ってくれる。対岸のクアラトレンガヌからは、ブリタニア空軍のスルタン前線基地からアルバコア雷撃機が哨戒をしてくれる手はずだ。しかしそうは言ってもシャムロ湾の大半は基地航空隊の援護が薄くなり、基本的に自分達の戦力で凌がなければならないのはSG01船団の時と変わらない。違いは更に増加した対潜兵器群と進化した戦術、そして12航戦。これらが頼りだ。

 

 

 

 

船団は夜中のうちに抜錨し、シャムロ湾に差し掛かるころに日の出を迎えるよう航路計算された。

何事もなく夜明けを迎えた船団は、いよいよ水偵を使った広域哨戒を始めようとしていた。

 

「一崎、よく寝られたか?」

「うう……、緊張してあんまり眠れませんでした」

「仕方ないねー。まあ今日は多少無理入るかもしれないけど頑張りな」

 

搭乗員控え室から後部甲板に出てきた卜部に天音に勝田は、整備員達が暖気運転している零式水偵に向かって歩いて行った。その時、バーンと発破音がして、右舷を向いていたカタパルトから零式水偵が飛び立った。

 

「428空4番機、発艦完了ーっ!」

「続いてキョクアジサシ発艦用ー意!」

 

ユニット拘束装置上で零式水偵脚に足を通して既に準備万端の優奈が、甲板に敷かれた線路の上を整備兵達に押されてカタパルトの方へ転がされてきた。

 

「優奈、気を付けてね」

「うん!天音もね!」

 

13ミリ機銃を背中に担いで力強く答える優奈。ストライカーユニットには片側2発づつの3番対潜爆弾も取り付けられ重そうだ。だけどちゃんと軍事教練を受けて配属されただけあって、自信ありげな優奈の姿に天音は「さすがだなあ」とその後ろ姿を見送る。

 

卜部の零式水偵もその後ろに控えていた。整備兵が群がって最終点検をしている。卜部と勝田も機体の周りを回って自ら点検する。天音も自分が伝っていく偵察員席からフロートまでをチェックした。

翼の下に一宮整備兵を見つけた。

 

「あ、一宮くん」

 

帽子の影からチラッと見やった一宮は、ちょいちょいと手招きする天音に「何だよ」と言いそうになったところを、古参の整備兵がこっちを見たのに気付き、

 

「な、何ですか、一崎一飛曹」

 

とかろうじて言えた。

 

「また取っ手を増し締めしてくれるかな」

「昨日ちゃんと締めたけど。どっか緩んでましたか?」

 

ぶっきらぼうに答える。

 

「何となく……。今日は長くなりそうな予感がするから。あと、無茶な使い方しないとも限らないし」

 

一宮はジロッと天音を睨むように見ると、

 

「……分かった」

 

と言って翼に上がった。

 

「必要以上に締め付けてネジ切っちゃったらまずいから」

 

と、取っ手を木槌でコンカンと叩いて検査する。そしてフロートに降りる最後の取っ手だけを締め直した。振り向いた一宮が見ていた天音に言った。

 

「大丈夫だ。ぜってえ取れねえ。保証する」

 

天音はぱあっと大きく口を曲げて嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう! これで安心してネウロイ探せるよ」

 

ほっぺたを少しピンクに染めて笑顔を一宮に振り撒く天音に、帽子を深く被ってムスッと無表情を装う一宮。だが、坊主頭の横に付いている耳は隠しようもなく真っ赤だった。

 

≪キョクアジサシ、カタパルト装着完了≫

≪発破準備宜し!≫

 

カタパルト上の優奈がもう一度周囲を見回して確認する。

 

「優奈ー、がんばー!」

 

天音が下から声をあげると、優奈も両手を大きく振って答えた。そして正面を見据え前傾姿勢を取る。カタパルト上に魔法陣がぱあっと広がった。

 

≪発射して下さい≫

 

「テーッ!」

 

バアーン

 

優奈の零式水偵脚が空中に飛び出した。

 

「続いて427空1番機!」

 

特設水上機母艦である『神川丸』はカタパルトを1基しか装備していなので、捜索を一斉に開始する朝の出撃はいつも大忙しだ。

作業員達の手慣れた手付きによって、卜部の零式水偵はデリックで吊り上げられ、カタパルトにセットされた。爆発筒の中の火薬が交換され、牽引フックとシャトルが結ばれる。天音達も乗り込むと、ベルトをしっかりと締めた。

 

「一崎、準備いいか?」

「はい!」

「勝田、お菓子暴れないよう縛ったか?」

「万全だよー」

「よーし、行くぞ。準備完了! 撃ち出してくれ!」

 

卜部が手で合図する。返答した発艦操作員が引き金を引き火薬が爆発、零式水偵が急加速した。僅か19m程の長さのカタパルト上で、零式水偵はあっという間に時速100キロにまで加速させられ、海上に放り出される。撃ち出された直後は一瞬沈み込むので、落ちる! という恐怖をも煽ってくれる。絶叫マシーンそのものだ。

だが零式水偵はすぐ上昇し、座席に押さえつけていたGも無くなり、機体は左へ旋回した。

 

「ぷはっ、朝一番の発艦は目が覚めますね!」

 

下腹に力を入れて発艦の衝撃に耐えていた天音が、止めていた息を吐き出した。天音もカタパルト絶叫マシーンで飛ぶようになったのは神川丸に乗艦してからだ。霞ヶ浦での訓練はすべて水上滑走からの離水だったので、この緊張感はなかった。

 

「一崎、なかなか見込みあるな」

「その調子なら、自分でストライカーユニットで飛べるようになったらもっと楽しいよ」

 

船団最後尾に位置する神川丸から放たれた零式水偵は、船団の中央を低空で飛んで貨物船を次々に飛び越していく。船上の船員が盛んに手や帽子を振ってくれた。開け放たれた風防から手を出して天音も振り返す。

船団最前列を警戒する軽巡『香椎』、駆逐艦『八重桜』、海防艦『福江』を追い越すと、水色の大海原が無限に広がっていた。対岸のマレー半島は200海里先だ。

 

 

 

 

卜部の零式水偵は、飛んだと思ったらすぐに着水した。船団先頭の船から僅か7Kmほど。薄靄のかかった海上からも先頭の船が見える。

天音はフロートに降りると、いつもの手順を踏んで長く伸ばした尻尾を水中に泳がせた。種型に膨らんだ尻尾の先の両脇に青白い魔導針の輪が現れ、点滅を始める。

 

「さあ、今日は長いぞ。一崎頑張れよ」

「はい。それじゃ始めます」

 

天音の水中探信能力で船団全体を見渡せる位置から離れることなく、船団周囲近海を監視する。それが今日の天音のミッション。

地味で、気長で、それでいてとてつもなく重要な、海上護衛の闘いが始まった。

 

「HK船団司令部、こちらウミネコ。広域水中探査、開始します!」

 

 

 




大変お久しぶりの更新です。大丈夫、放り投げてません。
少しずつ書き溜めていって、ようやくシンガポールに入港できそうなので、そこまでゆるゆると連載再開いたします。
その間、艦これにはなんと!本作でも登場している『占守』や択捉型といった海防艦が登場しましたね。艦隊戦とは無縁と思われるこれらの艦種をゲームでどう再現するつもりでしょう。まるで海上護衛と対潜水艦戦をテーマにした本作に触発されたかのような登場に、とっても嬉しかったです。あー、でももう海防艦の艦長を艦娘にはできないですねぇ、今更。

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