水音の乙女   作:RightWorld

6 / 193

2017/1/6
誤字修正しました。
報告感謝です。 >(ΦωΦ)さん

2019/12/31
体裁修正しました。





第6話:水音の乙女 その3

 

 

つかんでいた尾の先端の準備ができると、次に尾がにゅうっと長く伸び始めた。2m近い長さにまで伸びると、その尾を桟橋から水の中に落とした。水中に落ちた尾は、先端の種形の部分が潮の緩やかな流れに乗って泳ぐように漂った。その脇に浮かぶ青白い輪がゆっくりと一定間隔で点滅している。

 

「準備できました」

「んじゃぁ。さっそぐ探ってくれるかー?」

 

山見の人が天音に呼びかけた。

波の下で泳ぐ尻尾と、その先の種形の先端に力が入り、すうっと少し沈んだ。そして脇に浮かぶ青白い輪の点滅がなくなり、きいいいいんんっとまばゆく光る。ウグググっと力が蓄えられるようにみなぎり、青白い光が白色にまで沸騰したその時、パン! と弾けるように一瞬大きく瞬いた。水中にピーンという甲高い音が走った。しばらくして、様々な大きさ、高低をもったこーんこーん、くわんくわんという反響音が、様々な時間を経て返ってきた。

天音は目を閉じて静かにそれを聞き取っていた。

およそ1分後、天音は目を開けると山見の人に振り返り、落ち着いた声で返答した。

 

「湾内に入り込んだのは、だいぶ成長してますがザトウクジラの子供です。湾の入口から少し入ったところの深みに今います。遊んでいるうちに迷い込んだのかもしれません。残念ですが、このクジラは親子です。親クジラが湾の外すぐの少し離れたところにいます。戻っておいでと呼びかけてますから、じきに合流するでしょう」

「そうがぁ、わがった。ありがとう。子連れじゃ手出せんわなー」

 

山見のおじさんは手にしていた双眼鏡をケースに大事そうにしまった。

 

「湾内にクジラの潮を見たときゃぁ、こりゃしめたと思っだがぁの。慌てて舟出さなぐてよがった」

 

天音はにっこりと微笑でそれに答えた。

 

これが天音の固有魔法、“水中探信”だ。

 

最初に天音の適性検査をしたウィッチの人はこの固有魔法に目を見張った。貴重なナイトウィッチたちが持つ探査能力以上に貴重かもしれない。でもネウロイはなぜか水を嫌う。なので海上に現れることは滅多になく、現れたとしても飛行型が陸上から近いところを飛び回る程度だ。ましてや水中など論外だった。

天音の固有魔法は軍では使い道がなかった。人類が使っている潜水艦を探知しても、この世界では何のメリットもない。人間同士が戦うことがない限り。少なくとも今時点では。

しかし天音の能力は漁業では大活躍だった。魚群探知はもちろん、海底の砂に潜むヒラメやカレイ、エイを見つけて突きん棒で突くこともある。なので漁協でアルバイトしてお小遣いを稼いでいる。

 

しかし今日の報酬はなしだ。漁獲量にあった出来高制なので、水揚げに繋がらないと収入にはならない。特に伝統のクジラ漁で水揚げがあがればかなりの稼ぎになる。でも子連れには手を出してはいけない。それは昔からの掟。でも今日天音がいなければ、親クジラと離れていた子クジラは漁で捕まっていたかもしれない。今日はそれを食い止めることができた。それは人とクジラ、双方にとって重要なことだった。

 

「天音ちゃん、学校抜けてわざわざ来てもらったのに申し訳げねぇなぁ。これ山見番所の茶菓子だけども、もってってけ」

 

山見のおじさんが差し出した箱には真っ白な蒸かし饅頭が5つ入っていた。天辺にぽつりと食紅でつけた赤い点が付いてる。中は漉し餡なはずだ。

 

「ありがとう」

 

明日友達にあんみつはおごれないけど、これでお土産は持っていける。天音は満足だった。

今は、もうこれでいい。

 

 

 





天音の固有魔法が明らかになりました。照会文に書いている概要から予想できたかもしれませんね。
この後は彼女の戦友となる人たち、そして彼女を海軍に引き込むための動機を書いていくつもりです。
不定期更新ですがよろしくお願いします。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。