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報告感謝です。 >最焉 終さん
○HK02船団 旗艦『香椎』
「船団南方を哨戒する465空2番機より通信。『北上中のネウロイ1隻を発見。これより攻撃す』」
「針路真っ正面です」
「船団は右へ変針、針路225。ネウロイを避けるぞ」
「針路右へ。225」
「針路右へ。225へ変針」
暫くして、続報が入ってきた。
「465空2番機より、我、ネウロイに爆撃するも戦果不明。ネウロイは潜航し所在不明」
司令部の若い参謀が拳で隔壁を叩いた。
「見つけるまでは出来るのに!潜られてしまうともう手も足も出ないのか!」
「落ち着け、少佐。ネウロイ撃破はできなくとも、攻撃を阻害させることはできている。結果的に船団が守られれば我々の目的は達するんだ」
「攻撃が間に合わないのは何故でしょうか」
「最上の西條中尉の話では、ネウロイの潜航速度が予想以上に速くて、2号爆弾の爆発深度より深くに潜ってしまうらしい」
「それならもっと深くで爆発させればよいではないですか」
「深度調整が出来る航空爆弾用信管を持っているのは我々HK船団と12航戦だけだ。通常の艦隊に出回っている2号爆弾は1.5秒信管を付けているものしかない」
若い参謀は歯ぎしりする。
「普段からもっと潜水艦戦を意識していれば…」
司厨員が戦闘食を持って艦橋へ上がってきた。
「握り飯です!」
「おお、待っていたぞ!」
大山司令が立ち上がって司厨員の方へ歩んでいくと、トレーに並ぶ竹の皮に包まれたおにぎりを二つ三つと取り上げた。
「怒りっぽくなっているのは腹が減ってる証拠だ!ほれ少佐、食え!」
胸のところにその包みを突き出した。
「最大戦速で合戦中でも食えるぐらいにならんと俺の艦隊には置いてやらんぞ!」
「は、はい…」
包みを開けた若い参謀は、握り飯の横に添えられていた漬物をぽりぽりとかじる。
それを見た副長は首を左右に振った。
針路を変えて20分もしないうちに、直掩機が船団の新しい針路正面にネウロイを発見した。
≪こちら直掩機の465空4番機。我浮上航行中のネウロイを発見。数2。船団針路正面距離1万5千m≫
「近いですね。司令、猟犬を出しますか?」
大山少将は頷いた。
「よかろう。2番猟犬隊を向かわせろ。船団は回避する。針路右へ45度変針」
「船団針路270へ」
「船団針路270へ変針」
「2番猟犬隊へ、直掩機が発見したネウロイを捕捉、攻撃せよ」
船団左翼の外側に位置していた2隻の神風型駆逐艦『旗風』『松風』が隊列から離れ、速度を上げると、南西へ向かって白波を蹴散らしていった。
「頼むぞー!」
「ネウロイをやっつけてくれよー!」
貨物船や海防艦を追い越して勇ましく進んでいく2隻に、船団の将兵は帽子を振って声援を送る。
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○藤間艦隊 航空巡洋艦『最上』
先程まであれ程警戒していても襲ってきたネウロイが、今度はまるで無視されているかのように艦隊周辺から気配が消えていた。
「先ほどのネウロイはどこへ行ったんでしょう」
「山雲と朝雲に追いかけられたのがよほど堪えたのでは?」
「都合のいい方に捉え過ぎだ。直掩機は?」
「空気が霞んでいて視界があまり利かないので、高度を上げての哨戒ができず、低空で艦隊周囲を周回しています」
「水上電探に感あり。方位095。距離1万。数2。東へ向かって移動中。反応の大きさ的にネウロイの可能性あり」
「東?」
「我々から遠ざかっている?」
「なんとかこっちへ誘えないか、船団に近付かせたくない」
「……艦隊を、餌にしましょう」
藤間艦隊は最上に続き、満潮も艦首に雷撃を受けていた。こちらも沈没はまぬがれたものの前部火薬庫が浸水、1番主砲は使用不能、速度も10ノットしか出せずという被害を受けていた。なので既に船団に随伴することを諦め、むしろネウロイを一手に引き受けて引き離すことで船団を援護するつもりでいた。それは艦隊が全滅するかもしれないという覚悟をもってのうえである。
「よし。直掩機でネウロイを確認する。攻撃はさせるな。ネウロイにも見つからないように気を付けろ。山雲を接近させて気を引きつけさせ、我々の方に誘導する。艦隊速度12ノット。針路095へ。山雲のみ先行」
「12ノットでは満潮が置いてかれます」
「満潮はブルネイに引き返していいのだが……」
「付いてくると聞きませんので。どのみち単艦で戻ってもネウロイの餌食。なら留まって盾くらいにはなると息巻いております」
藤間艦長は溜息を吐きつつも苦笑いであった。
「沈んでも助けないと言っとけよ」
○藤間艦隊 駆逐艦『山雲』
≪こちら465空7番機。ネウロイと思われる航跡を視認。敵針路087、速度10ノット≫
「7番機、こちら山雲。こちらも電探で捉えた。気付かれないようにその位置で接触を続けよ」
8000mで自らもネウロイを捕捉した山雲は、30ノットから18ノットに速度を落としてなおも接近した。
「両舷第5戦速から第1戦速へ。針路そのまま」
「測距儀からは見えるか?」
≪こちら方位盤。霞んでいて視認できません≫
「電探射撃しますか?」
「いや確実なところで見えるまで近付こう。5000mくらいまで接近するか。そうしたら魚雷をぶち込んでやる。左舷砲雷撃戦用意!」
山雲は戦意旺盛であった。
電探の画面とにらめっこしながら、ネウロイの右斜め後ろから接近する。
しかし距離5千というところでネウロイが針路を変えた。
≪こちら465空7番機。ネウロイが変針しています。左へ回頭中。さらに青い液体も撒いてます≫
山雲の電探も変針を感知した。
「ネウロイ針路変更。針路020へ」
「ちっ、こっちに気付いたか?青い液体も何のつもりだ?こうなったら潜水する前に仕留めてやる。取り舵!最大戦速!」
「取り舵90度!最大戦速!」
「測距儀、奴は捉えてるか?!」
≪視認できています≫
「主砲照準合わせ。砲術長、射撃任せる。航海長、左舷魚雷戦の射線取れ!465空7番機にも攻撃させろ!」
山雲は左へ旋回して速度を増し、一挙にネウロイとの差を縮めた。
方位盤がネウロイに照準を合わせ、それに連動して前部の主砲が旋回し仰角を調整する。後は発射の合図のみ。
そこに電探室から新たな探知報告が舞い込んできた。その報告に艦橋はざわめき立った。
「電探に反応多数!距離18000m。数3。・・いや5!」
「ま、まさか、複数で待ち構えていたか?!」
「待ってください、まだ船影増えていきます。大きさも違います!」
ディスプレイに映る光点はどんどんと増えていった。数が増えるにつれ、それが単なる水上物体の羅列を捉えただけでないことが分かってきた。明らかに規律を持って並んでいるのだ。そして対空電探までもが上空を飛ぶ機影を捉えた。
きれいに4列に並ぶ隊列。そして航空機。
「……これは…HK船団なのでは?」
○HK02船団 旗艦『香椎』
「船団正面の海域に青い例の液体が残ってます。だいぶ拡散しているので少し前にネウロイがいた模様です」
「まさか待ち受けているのでは……」
「だが南にはネウロイが来ている。もう逃げ道はないぞ」
≪こちら465空4番機。方位225のネウロイ後方より高速で航行する船あり。ネウロイに追随している≫
≪こちら2番猟犬隊。電探に新たな反応。ネウロイ後方5000mに水上艦1。上空に機影1。さらにその後方に艦影3を認む。いずれも船団の方向に向かっている≫
第2猟犬隊が追っていたネウロイの後ろに相次いで艦影の報告が入った。いきなり増えた艦影に船団司令部は慌てた。しかも飛行物体までいる。
だがそれがネウロイなのかの可能性を考えたとき、それよりもっと確率の高いものが真っ先に思いついた。
「藤間艦隊を呼び出せ!今通信が届くところにいるんじゃないか?!」
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○藤間艦隊 航空巡洋艦『最上』
「HK船団旗艦香椎より通信。やはり山雲が電探で捉えたのはHK船団です!」
藤間艦隊の山雲と、HK02船団の第2猟犬隊が追っていたネウロイは同じものだったのだ。山雲がネウロイの向こうに捉えた隊列を組む船がHK02船団、第2猟犬隊から見えたのはネウロイを追う山雲とそれに続く藤間艦隊だったのである。
「藤間艦長、チャンスです。ネウロイを挟み撃ちできます」
おおっと沸き立つ最上の艦橋。だが藤間艦長は何か引っかかるものがあった。
『本当にチャンスなのか?逆に我々はネウロイによって一か所に集められたのではないのか?』
「山雲より、ネウロイ再び変針。敵針路090へ。HK船団の遊撃駆逐隊と共同で挟撃するとのことです」
藤間艦長は首を左右に振って不安を振り払った。
「よーし、HK船団の駆逐艦なら高性能の探信儀を持ってるはずだ。今度こそ仕留めろ!」
○HK02船団護衛隊 第2猟犬隊『旗風』
「ネウロイが変針。針路090へ」
「追跡中の山雲が発砲!」
「おそらくネウロイは潜航する!我々はネウロイの針路の先へ先回りするぞ。潜航中のところを捉えて爆雷攻撃だ!」
ネウロイの周囲に山雲が発射した主砲弾の水柱が上がる。465空の零式水観も攻撃を加えた。2隻のネウロイは予想された通り潜航した。
「山雲、こちら旗風。砲撃を中止されたし。ネウロイは潜行したようだ。これより本艦は水中捜索を開始する」
着弾による水中の撹乱が静まると、第2猟犬隊の旗風と松風は水中聴音機に加え、水中探信儀の音波を発して潜行したネウロイの捜索を始めた。
自ら音を発する水中探信儀は、相手にその存在を知らしめてしまう点で諸刃の剣である。索敵側が目標の位置を特定できるほどの有効な反射波を得る前に、索敵される側は探信音を聞くことができ、警戒行動をとることが出来る。これはレーダーに対する逆探と同じだ。発信元の正確な位置は分らなくても、大体の敵の方向と、何よりも存在を相手に教えてしまうのだ。
だがネウロイは探信音が聞こえてもあえて逃げるようなことはしなかったようだ。正確には2隻のうち1隻だけがそのまま直進し、駆逐艦の放つ探信波の有効範囲内に入った。もう1隻は探信音を聞いて水中で方向転換し、待ち構える駆逐艦から逃れていった。
その前にネウロイはもうひとつ人間を欺くことをしていた。それは潜航する前の針路変更だ。つまり針路020から090へ、北東から東への針路変更である。東へ変針したネウロイは、山雲ならびに第2猟犬隊が追ってくると潜航した。いや、
実は山雲が追っていたネウロイは水上の2隻だけでなく、水中にもいたのである。それも3隻。水上のネウロイ2隻が東へ針路を変更しても、水中の3隻はそのまま北東、針路020を維持して航行していった。
針路020の先にとは……。
そこにはHK02船団がいたのである。
旗風はそんなことを知る由もなく、真っ直ぐ捜索範囲に入ってきたネウロイだけを捉えた。
「ネウロイ探知!2時方向、距離2千、深度40から50m内」
「よーし、そのまま追跡せよ。松風、本艦の誘導で第1波攻撃を頼む」
≪こちら松風、了解≫
○HK02船団護衛隊 第2猟犬隊『松風』
松風が速度を上げて旗風の前に進み出た。
猟犬隊はHK01船団でリベリオンの護衛駆逐艦『マクナルティ』と択捉型海防艦『栃』が連携してネウロイを追い詰めたという実績を汲んで取り入れたものだ。通常ソナーは攻撃中敵を捉えられない。目標の頭上を通過して爆雷を落とすという性質上、ソナーの死角となる後ろに敵を配してしまうということと、爆雷の爆発音で聞き取れなくなるためだ。だが2隻組むことで、1隻が攻撃中ももう1隻が探知を続けることができ、見失う恐れを減らすことができる。そして今回はさらに前方投射型爆雷発射機も用意され、攻撃艦も攻撃中敵を捉え続けることができる。
松風は旗風の誘導に従ってネウロイの正面に出た。
「奴の針路前面に爆雷を散布する。爆雷深度調整60m。投下始め!」
後部主砲後ろに2基備えた94式爆雷投射機(Y砲)と艦尾の2基の投下軌条により、一度に6発の爆雷が投下される。2式爆雷の有効危害半径は10m。6発が横1線に爆発すると、制圧面の幅は実に120mにもなる。
旗風がネウロイの変針を感知した。
≪松風へ。ネウロイが右に旋回している≫
「松風、了解した。面舵20度!爆雷投下継続!」
捜索艦である旗風がいることで、攻撃艦の松風は直ちに敵の動きに対応することができた。後に確立する「ハンター・キラー戦術」の優秀性を示した1面である。
右へ旋回する松風の航跡に沿って爆雷の水柱が次々に立ち上がっていく。もともと制圧面の幅が120mもあるので、敵を真ん中に捉えていれば少々左右に旋回したところで簡単には逃げ切れない。
ネウロイの周囲で爆雷が爆発した。中まで詰まっているネウロイであるが、爆発による強力な水圧は表面船殻の強度限界を越え、負けた表面船殻は白い結晶となって四散した。船体表面のいたるところを削り取られたネウロイはたまらず浮上を開始した。
○HK02船団護衛隊 第2猟犬隊『旗風』
「ネウロイ、浮上してきます!本艦左舷800m!」
「砲撃戦用意!山雲にも火力支援要請を出せ、3艦の
旗風、松風、山雲が浮上してくる1点を狙って砲を向けて準備をしているとき、旗風の後ろに浮上したものがあった。旗風らが探信音波を発信してすぐ水中で方向転換していたもう1隻のネウロイだ。爆雷攻撃による水中雑音にまぎれて感付かれる事なく回り込んできたのだ。1隻犠牲にしてでも他の艦で好機を得る。まさに427空の護衛想定訓練で特潜隊の
前部の瘤状のところの目が光り、ネウロイは3艦を捉えると扇状に魚雷を発射した。
「後方に高速推進機音!」
旗風の水測員が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「艦後方、真後ろに魚雷です!!」
何か出来る距離ではなかった。もはや命中は免れないと一瞬で悟る。だがそれでも旗風はあがいた。結果的にはそれが旗風を救うことになる。
「両舷前進一杯!総員、衝撃に備え!」
「りょ、両舷前進一杯!!」
「総員、衝撃に備え!!」
艦尾の爆雷操作員達は真っ直ぐ向かってくる雷跡に息を呑んだ。どう見ても当たるのは自分達のいるところである。
『命中したら爆雷が誘爆する!』
目の前に並ぶ爆雷を凝視した分隊長はとっさに命じた。
「爆雷投棄しろ!固定具外したら前部へ退避!」
「ば、爆雷投棄!」
横倒しになったドラム缶型の爆雷を投下する投下軌条は、ゴロゴロと自重に任せて転がして落とすだけの簡単な装置である。落ちるのを止めているストッパーを外せば勝手に転がっていってくれる。乗っかっている爆雷が転がりだすのを見て操作員達は走り出した。
「退避ー!」
「できるだけ前へ逃げろ!」
信管は作動させてないので爆雷は爆発しない。だが最後に落下していった爆雷が旗風の後ろで爆発した。艦の前へ向かって走っていた乗組員達は魚雷が命中したと思ってみんなダイブするように倒れ込んだ。立ち上がった水柱が崩れ落ち彼らの頭上に降りかかる中、分隊長は後ろを振り向いた。後ろがなくなっているのではと思ったが、艦尾はしっかりついていた。
投下した爆雷に偶然魚雷が命中したのだった。おかげで旗風は直撃を免れたのだ。
だがかなりの至近弾だったので外壁に亀裂が入り浸水が発生した。
それもその後の防水処置が功を奏し、しばらく後に浸水は食い止められることになる。
松風と山雲も魚雷回避に追われていた。それぞれうまく回避し、幸いなことに命中はなかったが、松風は左右を魚雷に挟まれて魚雷と15分も並走し、戦場から離れていってしまった。
怒り狂った山雲は魚雷を放ったネウロイを追い掛け回すが、勘で爆雷をばら撒く山雲の攻撃は察っする通りである。
瀕死のネウロイは攻撃を免れ、浮上してよたよたしながら自己修復をしつつ離脱を図っていた。
そのころ、ずっと水中にいて誰にも悟られなかった3隻の潜水型ネウロイが船団に忍び寄っていた。
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○HK02船団 択捉型海防艦『笠戸』
第2猟犬隊と山雲が繰り広げていた戦闘は、船団の南南西9キロといった辺りである。その激しい砲爆雷の音は船団にまで聞こえていた。艦橋でも白く霞む水平線にわずかに見える水柱を確認しては行く末を見守っていた。すると…
≪こちら水測。水中聴音機にて左舷前方に不審音。探信儀使用してよいでしょうか?≫
「艦橋だ。探信儀使用せよ。変なもんがいて、どてっぱらに食らってはかなわん。我々の横には陸軍の特殊揚陸船がいるんだ」
笠戸は左列護衛隊の最後尾に位置していた。船団の後ろには3隻の陸軍の特殊揚陸船が並んでいる。笠戸は丁度その左サイドを守るところにいる。
特殊揚陸船とは、見た目は1万トン級の貨客船と変わりない。だが船体の中甲板が船首から船尾まで壁を全てぶち抜いて上陸用舟艇格納庫となっており、船尾の扉を開けて完全武装状態の兵士を乗せた舟艇を一斉に発進させ、短時間で部隊を上陸させるという強襲揚陸母艦そのものである。当然上陸用舟艇だけでなく、それに乗る兵士もこの船には乗船しているわけで、その数1隻辺り2千名。それを守る位置にある笠戸には自ずと重責が課せられていた。
だが笠戸の3式水中探信儀が捉えた反響音は最悪のものだった。
≪こちら水測、潜水艦、いや潜水型ネウロイと思われます!本艦10時方向、距離2千、数1!≫
「取り舵45、爆雷戦用意!船団司令部に緊急電だ!」
艦長は間髪入れず反応した。
「速度そのまま。敵の針路、深度の確認急げ!」
○HK02船団 旗艦『香椎』
「笠戸より、ネウロイ探知!笠戸の左舷10時方向、距離2000m!」
「2000mだと!」
「近い!近すぎる!」
あまりにも接近され過ぎていた。いつ魚雷が船団にきてもおかしくない。
「左列護衛隊を除き、船団一斉回頭、右90度!」
気流信号が揚げられるとともに全船へ通信、さらに発行信号でも通達が開始された。
「香椎、回頭開始!」
船団引率者である香椎が行動を取ることでさらに一斉回頭の指示をダメ押しする。回頭指示に了解していた右列の護衛隊もほぼ同時に面舵を切った。艦隊行動を訓練しているわけではない一般商船は慌ててそれに追随する。後ろに続く商船達はばらばらと右に舵を切っていった。整っていた隊列が乱雑になって歪む。
「直掩機の465空4番機、船団左翼後方を警戒せよ!」
「司令、鹿島少尉からです」
「何?」
カタパルトのある艦中央の甲板からの艦内電話だった。
≪提督さん、鹿島出撃できます!≫
「補給は終わったのか?」
≪爆装は完了、燃料は半分以上入ってますので十分です!≫
船団最大の危機である。出し惜しみする理由は何もなかった。
「分かった、出てくれ」
≪了解しました、提督さん!≫
○HK02船団 上空
右90度回頭の終わった香椎から、鹿島少尉の零式水偵脚が射出された。カタパルトから撃ち出されると、鹿島は低空のまま商船隊の間を縫って飛び、笠戸のいる船団左翼後方へ向かった。
だがその時、香椎からインカムに通信が入った。
≪鹿島少尉、こちら香椎。北東より接近する航空編隊を探知した。これに対処されたし≫
北東?!
そちらは大陸にも遠く、ネウロイにしろ味方機にしろ、航空機が飛んでくるにはおかしな方向だった。あるいはスプラトリー諸島にネウロイの巣でもできて飛来してきたのだろうか。
何れにしても零式水偵脚は航空機に対して喧嘩を仕掛ける機体ではない。だが接近して真っ先に目視確認出来るものも今のHK02船団には鹿島しかいない。
≪未確認機の数は6、距離2万m、速度160ノット≫
「2万m?!すぐそこじゃないですか」
≪電波状況がこれまでになく悪いようです。この距離でようやく電探が捉えました≫
速度160ノットは時速約300Km。2万mでは4分で船団に着いてしまう。
≪6機のうち1機は高度5000m、5機が高度1000mを飛行中≫
「鹿島了解。北東より接近する航空機を識別します」
鹿島は急上昇した。北東へ向きを変え、13mm機銃を構える。そしてまず無線で呼びかけた。
電波状態が悪かったといっても電探に捉えられる距離まで来たのなら、対空電探と近い周波数帯である超短波通信だって通じていいはず。味方なら応答が来る。そう思って鹿島は問いかけた。
「こちらはHK船団1番機鹿島。接近中の航空編隊に告ぐ。この通信に応答、もしくは敵味方識別信号を発信せよ。繰り返す。こちらはHK船団1番機鹿島……」
双眼鏡を取り出して機影を確認する。高度1000mの5機のうちの1機が急速に高度を下げていった。その機体を見て鹿島ははっとした。
「水上機だわ!」
その機体には翼の下に2つの大型フロートが付いていたのだ。正面の機影も2機は下駄履き、つまり水上機だ。あとの2機は小さいことからみてウィッチだ。つまり、ネウロイじゃない!
そう確信したとき、インカムに声が入った。
≪HK船団1番機。こちらは12航戦427空キョクアジサシ≫
「12航戦ですって?!」
その驚きは鹿島だけでなく、無線を聞いたHK船団司令部も同じだった。大山司令は耳を疑って香椎の艦長に聞き直したほどだ。
接近する4機のうちのウィッチの1機が今までと明らかに違う速度で接近していることに鹿島は気付いた。急速に接近したその機はあっという間に間合いを詰め、鹿島の横を猛スピードで通過した。
通過際に自分が銃口に狙われていたことに気付いて一瞬背筋がぞっとしたが、それがその機の任務であったことを機種を見て理解した。
「2式水戦脚!」
制空を担当するその水上戦闘脚は、もし鹿島が敵機だったら撃ち落す役を担っていたはずだ。鹿島が友軍だと識別した2式水戦脚はそのままの速度で船団の方へ飛び去っていった。
≪HK船団1番機。こちらは12航戦427空キョクアジサシ!≫
再びインカムに声が入る。その声と共に遅れてやってきた零式水偵脚のウィッチと2機の零式水偵が鹿島に並んだ。
「こ、こちらHK船団1番機、鹿島です。な、なぜ12航戦がここに?」
鹿島は困惑した顔を、同じ水偵脚を履く12航戦のウィッチに向けて言った。
鹿島の認識では、12航戦はHK02船団が出航した翌日香港に入港し、今頃はまだ香港で補給をしているはずだ。
「その話は後です! これよりHK02船団周辺の潜水型ネウロイを駆逐します。支援をお願いします!」
元気一杯のそのウィッチを先頭に、後ろの零式水偵と
「ミミズクへ、こちらキョクアジサシ。HK02船団隊形を伝えます」
≪こちらミミズク、了解。船団が西から東へ横に並んで北進していることはこちらでも確認した。艦の種別を伝えられたし≫
「ミミズク、こちらキョクアジサシ、了解。艦の種別のみ伝えます。北側の列より順に、各列西側より伝えます。
1列目、駆逐艦2。
2列目、駆逐艦1、海防艦2。
3列目、貨物船1、大型客船1、貨物船3、貨客船2。
4列目、軽巡1、海防艦1。
5列目、貨物船1、貨客船1、貨物船4、貨客船1。
以上、北進中の艦船。
その南、6列目に海防艦3。3隻は北進せず不規則な行動を取っています」
双眼鏡を覗きながら船の種別を的確に識別する“キョクアジサシ”というコールサインの娘に鹿島は感心した。さすがは水偵脚使い。よく見えている。
「こちらHK船団1番機、鹿島です。補足しますと、南の海防艦3隻は近辺にネウロイを探知したため、これを捕捉し攻撃しようとしています。3列目と5列目の東側の貨客船は陸軍の特殊揚陸船です」
高度5000mを飛ぶ12航戦のもう1機は428空2番機の零式水偵。その偵察員席には、コールサイン“ミミズク”こと12航戦の対潜戦術指揮官である葉山少尉が乗っていた。神川丸から遠く離れ通信も不自由な状況であるため、前線で航空隊の指揮を執るための処置である。
「HK船団1番機、こちらは指揮官機のミミズク。南の海防艦の近くにネウロイがいるのか?」
≪ミミズク、こちらHK船団1番機。そうです。探知はしましたが、確実には捉え切れてない状態です≫
「陸軍の特殊船は兵員も乗せているのか?」
≪1隻当たり2千名が乗船しています≫
通信を聞いた12航戦の皆はさーっと血の気が引いた。それが3隻。今彼ら全員の喉元に刃が突き刺さる寸前なのだ。
「ミミズク了解。南のネウロイを優先的に対処する。ミミズクからウミネコへ。配置着いたか?」
○HK02船団 北東6Km海上
先ほど編隊から離れて下降した1機の水上機は、そのまま海上へ着水していた。船団から離れること約6キロ。それは卜部ともえの操縦する零式水偵。
水偵のフロートすぐ横の水面下では、先端が淡く光る種形の膨らみを持つ尻尾が水中を漂う。尻尾はフロートの上に座るウィッチのスク水風ズボンに開いた穴からお尻のすぐ上に繋がっている。ウィッチの頭にはネコ耳に似た、しかしネコ耳より少し大きい尖った耳が生えている。
そのウィッチは、云わずと知れた水音の乙女、一崎天音。
翼まで降りてきた通信手兼旋回機銃射手の勝田佳奈子が、キョクアジサシこと筑波優奈から伝えられた船団の隊列情報を書き留めたボードを手渡した。そして勝田は片目を瞑って親指をぐっと突き出す。
天音はそれにうんっと頷いた。
「ウミネコ、水中探信準備、完了!」
祝新春スペシャル、1万字超え!
それでやっと、やっと主人公登場~。(汗)