水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04 誤字修正しました。





第55話「ターニングポイント」 その3 ~藤間艦隊VS潜水型ネウロイ~

 

○藤間艦隊 航空巡洋艦『最上』

 

「直掩機、損傷ネウロイのいた海域まであと5分!」

「新たな警戒機の発進急げ!」

 

西條中尉がHK02船団と連絡のつくところまで戻っている間に、藤間艦長は艦隊の直掩機だった零式水上観測機を、西條が傷を負わせたネウロイの止めを刺すべく攻撃に向かわせた。そしていなくなった直掩機の代替機を発進させるべく、最上の後部甲板は慌ただしく作業していた。

 

「HK船団へ連絡を終えた西條中尉が帰投します」

 

航海艦橋に備え付けの双眼鏡で、高度を下げてくる水偵脚『瑞雲』を確認した見張りが叫ぶ。

 

「発艦が先だ。準備どうか」

「465空6番機発艦用意よし!」

 

左舷のカタパルトに用意された零式水観が乾いた発破音とともに射出された。

 

「西條機が交戦したのはたかだか30キロ先だ。付近にネウロイが潜んでいる可能性がある。収容中の警戒を厳となせ」

「最上、周回運動入ります」

「満潮、山雲、朝雲は周辺の水中監視を継続!」

 

水上機の収容は飛行甲板を持つ空母より面倒である。しかも停止しなければならないので、収容中の艦は格好の的だ。

最上は西條に静かな着水水面を作るため、大きく左回りに旋回を始めた。ぐるりと周回した内側の海のうねりが、航跡の波で打ち消されて穏やかになり、水上機の着水をしやすくする。

西條がその丸く凪いだ水域に鮮やかに着水した。

 

「左舷、収容準備!」

 

最上は停止し、後部マストと一体になったクレーンが旋回。舷側に寄ってきた西條の上へワイヤーを下ろそうというその時、

 

「山雲より!水上電探に感あり!」

「何?どっちだ!」

「方位310、距離4千メートル」

 

艦橋にいた者が一斉に双眼鏡を向ける。

 

「山雲が向かいます!主砲煙!」

 

遅れてドドンッと主砲の発砲音が最上にも届いた。最上の方位盤からも報告が届く。

 

・・(方位311、水上に黒い物体を確認。かなり低いシルエットですがネウロイの紋様があります)・・

 

方位盤射撃指揮所が主砲用の測距儀で、特徴的なハニカム模様を捉えたのだ。だが西條を収容するため旋回した最上は、丁度ネウロイの方角に艦尾を向けていた。最上は主砲3基全てが前甲板にあり、この角度ではどの砲も撃つことができない。

 

「右舷高角砲、水平射撃用意!右舷魚雷発射管、魚雷戦!」

「水雷長、魚雷は山雲がいて危険だ。西條機の収容を優先する。主砲戦の用意しとけ。零観6番機を向かわせろ!」

 

藤間艦長が指示を飛ばす。

 

 

 

 

○藤間艦隊 駆逐艦『山雲』

 

ズドム!!

 

山雲が主砲第2斉射を撃つ。

山雲は全速でネウロイに突進していた。ネウロイも黙って浮いているわけはなく、すぐに潜水していった。

 

「水測、ネウロイを捉えているか?!」

 

・・(速度を10ノット以下に落としてください。この速度では聞き取れません)・・

 

「接近するまで待て」

 

・・(はっ)・・

 

潜行地点から2千メートルまで近付くと山雲は速度を落とした。水中聴音機は高速で走っているときは水流の音で使い物にならない。15ノット以下でないと聞き取れないと言われている。だが実際のところ整流カバーのない93式はもっと速度を落とさないと十分な聴音はできなかった。かと言って速度を落としすぎては的になるだけだ。山雲の艦長は、聴音できネウロイへの接近も図れるぎりぎり妥協点として12ノットを指示した。

 

「水測、捜索始め。見張りは警戒怠るな。魚雷が来るかもしれんぞ」

 

山雲の水中探信儀が探信音波を発射し始めた。

 

「ここからの待ち時間が俺は気に食わんのだ」

「辛抱です、艦長」

 

敵艦に突撃して、手が届きそうなまでに接近し、必殺の93式酸素魚雷を撃つ。水雷戦隊の花形、夜間雷撃戦。

それを我が道としている山雲にとって、地味で忍耐のいる潜水艦戦は苦手種目の最たるものだ。

 

その不慣れな水中探信儀であるが、アクティブソナーには指向性があり、93式の場合は約12度である。360度捜索するには角度を変えて30回発信しなければならない。また音波が水中を伝わる速度は1秒で1450m。93式の探知距離もだいたい1300mで同じくらいだから、探知可能範囲の物体に当たって跳ね返ってくるまでは2秒かかることになる。つまり360度一回り見回すのに、機械を操作する時間を差し引いても最低1分は必要となる計算だ。水中聴音機なら全周囲に聞き耳をたてることができるが、なにせこちらも今となっては旧式である。探知誤差も100mあると言われている。

 

・・(こちら水測。左舷80度に怪しい反応)・・

 

「取り舵80度。速度そのまま。水測、測的急げ」

「とーりかーじ」

「………80度回頭完了」

 

・・(聴音機に高速推進機音!正面です!)・・

 

「魚雷か!見張り、正面魚雷見えるか!!」

 

いくつもの目が艦の正面を向く。だがなかなか発見の報告は来ない。艦長も堪らず海面を凝視する。

 

「前方12時方向、雷跡2!距離500!」

 

固定式の12cm双眼鏡で見ていた見張りが叫んだ。艦長もその魚雷を自ら目視し、魚雷の針路を瞬時に見極めた。

 

「両舷全速、面舵20度!」

「両舷全速ー!」

 

エンジンテレグラフがチンチンと音を立てて全速へ突っ込まれる。

 

「面舵20度!」

 

機関室の操作員がテレグラフの音に即座に反応しギヤーが高回転へと繋がれた。艦尾で水流が渦巻き海面が大きく盛り上がる。軽快な駆逐艦はすぐに速度が上がってきた。

魚雷は正面やや左寄りに向かってきていた。なので艦長は右に躱したのだ。

 

「魚雷左舷通過っ!」

「水測、敵は捉えられるか!」

 

・・(この速度では無理です)・・

 

「やむを得んな。魚雷発射推測地点を爆雷攻撃する!取り舵!」

 

ザザァーっと白波を立てて艦を右に傾斜させ、山雲はぐるりと回って雷跡が確認されたその少し先へ向かうと、少し速度を落とした。ソナーで敵を捉え直す時間がないので、魚雷の航跡からネウロイがいると思われる付近を()で攻撃する。

 

「水雷長、爆雷深度任せる」

「魚雷発射深度から、逃げるためさらに潜航したと予想します。深度調整90m!」

「深度調整90m!爆雷攻撃始め!」

 

水兵が蝶ネジのような器具で爆雷の爆発深度を3段目にセットする。2式爆雷は深度調整が5段階あり、各段は30、60、90、120、150mになる。

深度調整の終わった爆雷は、艦尾に片舷3台ずつある爆雷投下台から艦の真後ろに落とされていく。同時に後部3番主砲の後方にある”Y”のような形の先に爆雷を装填している94式爆雷投射機、いわゆるY砲が艦の左右70m先に向けて2式爆雷を空中へ放り投げた。

炸薬量100Kgの2式爆雷の危害半径はおよそ10m。1回の投射で艦の真後ろと左右70mにこの危害範囲を形成する。これを航行しながら何発も落とすことで、敵が潜んでいると思われる海域一帯の制圧面積を広げていく。あとは潜伏海域と深度の予想が間違ってない事を祈るのみだ。

 

山雲の航行した後ろに巨大な水柱が幾つも立ち昇った。

 

「どうだ、これだけ叩っ込めば!」

「水測、水中の様子はどうか?」

 

・・(爆雷の影響が収まるまで待ってください)・・

 

「これだから見えない潜水艦相手の戦闘は嫌いなのだ!」

 

潜水艦なら水中聴音機で破砕音や、水上に浮遊物や気泡、油などが浮いてきて危害を与えたことが分かるが、ネウロイはどの様に傷付くのか分かってない。昨年のHK01船団の報告では、浮上したネウロイを艦砲で攻撃したときには陸上ネウロイ同様に表面装甲を吹き飛ばし、コアを露出させることができると言っていた。

 

「出てこい、ネウロイ!」

 

・・(水上電探に反応、方位270、距離900m)・・

 

「西か!」

「あれだ!あんなところに逃げてやがった。主砲撃て!航海長、全速で接近!爆雷、次弾投下準備!」

 

 

 

 

○藤間艦隊 航空巡洋艦『最上』

 

停止中の最上では、西條機の引き上げが終わったところだった。

 

「8番機より連絡。損傷ネウロイは機影の接近に気付き潜航。爆撃するも効果なし」

「くそう、惜しかったな。撃沈第1号と思っていたのに」

「敵は急速潜航能力が半端ないな。これは対策を考えないと止めも刺せないぞ」

「西條機、甲板に下ろされました。ユニット拘束装置に固定作業中」

「よし。両舷強速、取り舵90度、針路0へ」

「両舷強速、取り舵90度、針路0へ」

「山雲、西方へ全速で向かっていきます!」

「追っかけているようですね」

「捕捉しているのは山雲が見つけた奴だけか?」

「今のところは」

 

そう言った矢先だった。

 

「直掩の6番機より、艦隊東方3千メートルにネウロイ見ゆ」

 

最上の上空を東へ向けて零式水観が飛んでいった。

 

・・(最上へ、こちら満潮。我、迎撃に向かう)・・

 

東側にいた満潮が零式水観を追うように艦首を東に向けて波を蹴散らしていった。

 

「測距儀で見えるか?主砲方位盤、射撃できそうなら一発お見舞いしてやれ!」

「主砲、右砲戦用意!」

 

先程西へ全速で遠ざかった山雲はもうかなり小さい。

一方東へ向かう満潮と零式水観。最上の意識も東へ向いていた。最上の左横には朝雲が舳先を北へ向け、露払いのごとく最上の前に立とうとしている。

 

ふと藤間艦長はぶるっと寒気を感じた。隙間風が左右の腕を通り過ぎて行ったような……。そういえば左右をガードしていた護衛が引き離されたようにも感じる。

嫌な予感に再度命令を出した。

 

「直衛艦が離れて手薄になるぞ。周囲警戒怠るな」

 

 

 

 

最上の前甲板に並んだ3基の主砲塔がゆっくり右を向き、仰角0度の砲身が近くの海上を狙っていることを物語る。

ストライカーユニットから足を抜き、飛行甲板に立つ西條からも艦首の方を仰ぎ向くと海上に突き出た6本の砲身が見えた。皆が右砲戦が始まるのに気を取られていたところで艦長からの通達が伝わる。

 

・・(こちら艦橋。艦周囲の警戒を厳となせ)・・

 

はっとなって見張りを統率する下士官が叫んだ。

 

「周囲警戒厳となせ!」

 

飛行甲板にもいた見張りが慌てて持ち場の水面に目をやる。

西條は見張りではないので周囲に気を配る必要はないのだが、誰かに見られてるような気がして艦尾の方を見やった。艦尾のやや右舷寄りの海面に何か黒いものが貼り付いているよう見える。

なんだろう?いや待て、あの黒いのには見覚えが・・・

するとその黒いものが赤く鈍く光ったように見えた。

 

「5時方向、ネウロイです!!」

 

艦尾の方にいた見張りが叫んだ!

 

そうだ、あれはネウロイ。水面にほんの少しだけ、あの瘤状のところを覗かせていたんだ!

 

西條は殆どの水偵を飛ばしてしまって閑散としていた飛行甲板を後部に向かって走り出した。そして叫ぶ。

 

「機銃を!機銃であいつを撃て!」

「西條中尉?!」

 

西條は飛行甲板最後尾に2つ並ぶ25ミリ3連装機銃座に向かって叫んだのだ。

 

「潜られる前にぶっ放せ!」

 

機銃操作員が慌ててハンドルを回し、方向と仰角を水上のネウロイの向へと旋回させた。

 

「しかし発砲許可が……」

「ボクが責任取る、撃てーっ!」

 

2基の3連装機銃が射撃を開始するのと、艦橋から攻撃命令が出たのはほぼ同時だった。

機銃が800mほど後方に位置するネウロイめがけてダダダダダとけたたましく吠えまくる。弾は手前の海面に着弾し水しぶきをあげた。仰角をかける操作手が調整し、水しぶきは次第にネウロイの方へ修正されていき、黒い影の周辺に白い結晶が飛び散った。同時に甲高い叫び声のようなのが響く。命中弾を与えたのだ!

 

ネウロイはすぐさま沈降した。そして沈み際に魚雷を放った。

西條と見張りが叫んだ。

 

「撃ちやがった!」

「ネウロイが魚雷を発射!数2、本艦に向かってきます!」

 

後部機銃の右舷側が銃身を俯角まで下げ、魚雷に向けて発砲した。

 

「止めろおおおぉー!」

 

機銃員が絶叫する。

向かって来る魚雷の進路に向けて激しく水しぶきが上がった。だが雷跡は立ち昇る水しぶきの塊をすり抜けた。

水というのは非常に密度が高く、弾丸は水中をほとんど進むことができないし、水面にぶつかった時にもスピードを殺されてしまう。これは性能の良い初速の速い銃ほど水の抵抗を受けるという性質がある。あまりに初速が早いと水との衝突で弾が粉々に砕け散ってしまうほどだ。逆に火縄銃などの弾にスピードのないものの方が水中を良く進んだりする。ゆっくり手を水に沈めるのと叩きつけるのとではどちらが抵抗がないか少ないか想像できるだろう。

つまり25ミリ機銃はネウロイの放った水中の魚雷まで弾が到達しなかったのだ。

 

艦橋も見張りの報告を聞いて即座に回避に出た。

 

「機関前進一杯!」

「前進一杯!」

「雷跡見えるか、どっちからくる!?」

「艦尾真後ろ、やや右舷寄りより接近!」

「操舵で逃げられる範囲じゃないな」

 

後はいかに早く速度が上がってくれるか・・

 

ネウロイも発射間際に機銃で撃たれたためか狙いに正確さがなかった。まさかネウロイも慌てたんだろうか。

 

1本はスピードを上げた最上の航跡の中を通り抜け、左舷へ過ぎ去っていった。

だがもう1本は緩い角度で右舷艦尾に命中した。角度が浅かったため命中による衝撃は削がれられ、弾頭が艦内奥深くへ侵入するようなことは避けられたが、瞬発信管と思われる魚雷は接触した途端爆発し、その爆発力で水線下の外板が大きくへこみ、つなぎ目に亀裂が入って浸水が始まった。立ち昇った水柱で飛行甲板もめくれ上がる。

水柱と飛行甲板の破片が後部機銃座を襲ったが、倒れ込みながらも西條がシールドを張ったことでそれらを防ぎ、人命に被害は出なかった。

 

「大丈夫?!」

 

シールドの魔法陣の背後で、振り向いた西條が機銃座の兵隊達へ叫ぶ。

 

「あ、ありがとうございます、西條中尉」

「我々は大丈夫です!助かりました」

 

その時、ゴガガガガガと異常な振動と物凄い音が艦底の方から響いてきた。

 

「な、何の音です?」

「命中箇所の外板が捲くれて水の抵抗に当たって振動する音?・・・いや違う、もっと深い方から音がする。もしかしてスクリュー?・・」

 

 

 

 

艦橋に機関科から報告が上がってきた。

 

・・(右スクリューシャフトが歪んだようです!暴れまわってます!右エンジン止めます!シャフトから浸水も始まっています!)・・

 

「分かった。右エンジン停止。防水に努めよ!副長、浸水区画を特定しろ」

「分かりました!」

「舵は無事か」

「舵は無事です!」

 

艦長と航海長の顔が思わず安堵で緩むのが分かった。

舵の破損はことのほか戦場からの離脱を難しくする。機関が無事でも真っ直ぐ走れなくなると思うように逃げることも出来ない。エンジンが止まって曳航してもらう方がまだましな事の方がが多い。

 

朝雲がUターンして最上の後方にやって来ると、やたらめったら爆雷を投下し始めた。狙って落としているとは思えない。正に勘で適当(・・)に撒いている。最上の藤間艦長はそれに不満ではあったが、朝雲の行動に理解も示した。

 

朝雲の艦長はそもそも93式探信儀を信用してないのだ。いや、訓練すれば少しは使えるのかもしれないが、彼らはろくにこの難しい装置の訓練をしていない。低速で慣れない機械をいじりながらのんびり探査などしていたら返り討ちに合う。その確率の方が高いと践んだのだ。とにかく今は爆雷で脅して追っ払う方が効果が高いと。

 

「これが俺達の限界なのか……」

 

藤間艦長は適当に撒かれた爆雷が立ち上げる白い水の柱を見詰めて、ギリッと奥歯を噛んだ。

 

フィリピンでの演習で対潜訓練もしたにはした。だがそれは手順を確認した程度にすぎない。予め分かっている沈船で探信儀を使ってみただけだ。実際の潜水艦を使った訳でもない。それでも今の扶桑の水雷戦隊ではマシな方だったのだ。

 

「20cmの主砲も、61cm酸素魚雷も、海中に潜む敵から艦隊を守る為の装備ではなかった……」

 

 

 





しまった、また主人公書き忘れてる!
「ちゃんとしたレディは少し遅れて来るものよ?(by暁)」
ということで。

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