水音の乙女   作:RightWorld

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第54話「ターニングポイント」 その2 ~対潜能力~

 

 

○藤間艦隊

 

7日にブルネイを出撃した演習艦隊第2戦隊の4隻は、その時海南島の南250キロ海上にあり、北上していた。

9日午前のうちに海南島南海域でHK02船団と合流する予定であったのだが、海南島が近付いてきたところで何処とも通信が繋がらなくなっていた。藤間艦長は周囲警戒の水上機の他に船団を探す偵察機を出すことにした。

 

航空巡洋艦『最上』は、後部にあった20cm連装砲塔2基を撤去して、後部全てを水上機係留甲板とする改造を施し、水上機を最大11機搭載する能力がある。今回は水上機7機(瑞雲4、零式水上観測機3)と、水偵ウィッチ1名による第465航空隊を搭載しており、水上機母艦と遜色ない戦力を誇っていた。

その飛行甲板上で、偵察に出撃する隊員達のブリーフィングが行われていた。

 

「HK02船団の捜索に偵察機を3機を出します。ですが西條中尉の索敵コースが本命になります。他はもし船団が想定コースから逸れていたときの保険です」

 

飛行服姿の男達に交じって、ショートヘアに小豆色のセーラー服のウィッチが頷いた。

 

「順調ならボクが見つける可能性が一番高いんだね。見つけたらどうするの?」

「無電が使用できませんので、戻ってきて発見の報告をしてもらうことになります」

「まるで扶桑海事変以前の偵察みたいだね」

「HK船団司令部から予定進路を確認し、合流点の認識合わせをしてきて下さい」

「了解。対潜爆弾は積むかい?」

「船団はそう遠くないはずなので積んでいただきます。道中ネウロイを見つけたらお見舞いしてやって下さい」

「わかった。3番2発だね」

「では各機出撃準備!」

 

西條中尉はさっそくユニット拘束装置に上がってストライカーユニットに足を通すと、動作点検のためラダーやフラップなど各部を動かしていった。

機体本体を一通り確認すると、続いて脛部分に収まっているフロート部を展開した。

水上滑走できる状態にまで展開すると、その姿は零式水偵脚とよく似ている。違いと言えば、機体とフロートを結ぶステーが零式水偵脚のものよりもかなり太くがっしりしていて、しかもそこには丸い穴がボツボツと開いた板が付いている。

再びフロートを引き込む。だか完全には引き込まず、フロートと機体が平行になったところで機体と隙間が開いた状態のまま止まった。そこで先程の穴の空いた板が横に開き、機体とフロートとの隙間を塞ぐ。

この奇妙な装置は、この水上飛行脚に何が求められたかをよく表している。これは急降下時に降下速度が出過ぎないよう制御するダイブブレーキだ。

なぜそんなものが水上偵察脚に?

それは海軍がこの機体に急降下爆撃することを求めたからだ。

彼女が装着する水上ストライカーユニットの名は「瑞雲」。水上偵察脚とは名ばかりで、最高速度は時速約450キロ、急降下爆撃はおろか、爆弾積んだ状態で20ミリ機関砲を持ち、さらにほとんどの戦闘脚でさえもまだ装備していない自動空戦フラップまで備えて空中戦までこなすという、正規の急降下爆撃機が尻込みするようなトンデモ新型機である。もはや偵察能力はついで(・・・)とも言われ、実際長距離偵察を助ける航法装置は簡略化されてしまっていた。ストライカーユニットでない通常の水上機の「瑞雲」の方も航法担当の席がない2人乗りである。

ちなみに天音のストライカーユニットも瑞雲と決まっていた。ただし天音のは戦闘機でも使っている高馬力の金星6型エンジンに換装した特注品になる予定だ(27話参照)。

 

「異常なし。行こうか」

「西條機発艦用意!」

「カタパルトへ移動!」

 

こうして最上からストライカーユニット瑞雲を履いた西條中尉と、水上機瑞雲2機が、HK02船団捜索のため出撃した。

 

 

 

 

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○HK02船団 海防艦『御蔵』

 

10時を過ぎた頃、船団護衛部隊左列2番目の海防艦『御蔵(みくら)』の対空電探が機影を捉えた。

 

「こちら左列護衛隊、御蔵(みくら)。未確認航空機探知。方位176、距離38キロ」

 

 

 

 

○HK02船団 旗艦『香椎』

 

「大山司令。御蔵から南方より接近する未確認機を発見したと報告ありました。距離38キロです。これはもしかして……」

「ふむ。南からだと藤間艦隊の偵察機かもしれんぞ」

「御蔵に無電で呼び掛けさせます」

「よろしい。だが念のため船団は対空戦闘用意を」

「分かりました」

 

対空戦闘用意のラッパが高らかに鳴り響き、兵士達が高角砲や機銃に走る。船団を囲む護衛艦達は商船との間隔を広く取り、大きな輪陣形に変わっていった。

 

外周の護衛艦が大きく膨らんだことで北に位置した海防艦が今度は北にも機影を捉えた。

 

「天草より報告。今度は北方より機影です。距離約40キロ。電探反応の大きさからウィッチと思われます」

「順調なら戻ってきた鹿島少尉だろう」

「南の反応も大きさ的にウィッチサイズだというから、藤間艦隊ならウィッチの西條中尉だ」

「そうなら喜ばしいですね」

 

南の未確認機へ呼び掛けていた通信に応答が入った。

 

・・(こちら465空1番機、聞こえますか?こちら465空1番機、西條)・・

 

「やった、味方だ!藤間艦隊だ!」

 

その後、北から接近してきたのも鹿島少尉機だと分かり、船団は歓喜に沸き返った。

 

 

 

 

○HK02船団 上空

 

HK02船団の上空で2人のウィッチが合流した。

北と南から白い飛行機雲を引いてやってきた2機が交わり、反転し、続いて並行になって飛ぶ。

接近したウィッチはお互い笑顔で声を掛け合った。

 

「お疲れ様です、西條中慰」

「暫く、鹿島少尉。藤真艦隊は南へ150キロのところにいるよ」

「来てくれたんですね、助かります」

 

船団上空を、船のマストに届きそうなところを並んで飛ぶウィッチに、船団の甲板にいる兵士達は歓声の声をあげ、手や帽子を盛んに振った。

とくにかくウィッチの存在というのは絶大なもので、戦力としても一人で航空機10機分とカウントされるように、戦場で出合った時の兵士達に与える安心感は並大抵のものではない。飛んでいる2人にも船からの歓声が空まで聞こえてきて、士気高揚に貢献とばかりに手を振り替えした。

 

・・(西條中尉、護衛艦隊司令の大山だ。応援に感謝する)・・

 

「こちらも船団を発見できて一安心です、司令。長距離通信ができないようなので心配していました」

 

・・(どうもネウロイの仕業らしいと感じている。現在通信が届く距離はせいぜ40キロといった程度だ)・・

 

「やはりネウロイによる通信妨害なんですね。藤間艦隊は150キロ南にいて北上中です。合流して船団護衛に加わりたいのですが、船団はこのままトゥーランへ最短コースですか?」

 

・・(いや、三亜基地沖に到達したら、カムラン湾目指して真南へ南下するつもりだ。それと正午より不定期間隔でジグザグ航行を開始する)・・

 

「わかりました。そうすると藤真艦隊は西へ少し移動して船団を待つ感じかな」

 

 

 

 

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○HK02船団

 

465空の西條中尉は大山司令からHK02船団との合流の細かい指示を受けると、早々に最上へ引き返す。

 

「西條中尉、お気を付けて」

「また後で、鹿島少尉。一段落したらゆっくり話する時間を作ろうね」

「ええ。そのときが楽しみです」

 

二人のウィッチは敬礼を交わすと、鹿島は香椎へ、西條は南へ向けて飛んでいった。

 

 

 

 

「藤間艦隊が合流できそうでよかったですね、司令。これで12航戦の穴埋めができますな」

「はたしてどうかな?」

「どういうことです?重巡、それも航空巡洋艦と第一線の艦隊型駆逐艦が護衛につくのですよ?戦闘力は12航戦より遥かに強力ではないですか」

「最上の水偵には期待するが、駆逐艦はうちの海防艦ほど役にはたたないかもしれんぞ」

「まさか。世界でも屈指の重武装を誇る朝潮型ですよ?」

「水上戦闘や飛行型ネウロイ相手なら頼もしいことこの上ないが、今度の相手は潜水型ネウロイだ。重要なのは対潜装備だ」

 

扶桑の駆逐艦は全て水中探信儀と水中聴音機を装備している。だがそれは93式だ。

皇紀2600年(西暦1940年)に正式採用された兵器が海軍では零式、陸軍では百式と大概付けられる。93式ということは皇紀2593年正式採用。西暦1946年現在では13年前のものということになる。新型との性能差はあって当然だ。

更新されなかったのは怠けていたわけではなく、潜水艦の驚異がなかったからだ。それでも細々と開発は続けられ、3式探信儀、4式聴音機が扶桑では最新型である。それらは駆逐艦だと秋月型か松型が新造時から装備しているだけであった。なお護衛専門の海防艦は択捉型以降の全タイプに新型が搭載されており、HK02船団にいる前の世代の占守も今は新型に換装済みだ。

なのでHK02船団の護衛艦は全て3式探信儀、4式聴音機を搭載。猟犬隊と呼称している遊撃小隊の神風型旧式駆逐艦は改装されてから香港に派遣されており、ブリタニア製アスディックと前方投射型多弾爆雷ヘッジホッグ、K砲側方爆雷投射機、後部に爆雷投下軌条と、対潜水艦戦を徹底的に意識した装備をしている。

 

「それに彼らは対潜戦の訓練も十分でないだろうしな」

 

扶桑の水雷戦隊は伝統的に砲雷撃と夜戦が大好きで、最近はそれに対空戦闘の訓練が加わり、驚異のなかった対潜水艦戦の訓練は相対的に削られてきた。

 

つまり、護衛専門の部隊以外は総じて装備、練度とも満足のいくレベルにはなかったのである。これは扶桑に限ったことではなく、欧州、リベリオンも同様だった。

 

 

 

 

西條中尉が再びHK02船団上空に現れた。通信やレーダーが思うように使えないでいるので、空から藤間艦隊を誘導しているのだ。

 

・・(HK船団司令部、こちら465空1番。藤間艦隊は南へ50キロにいます。合流まであと1時間)・・

 

「465空1番機、こちら船団司令部。了解した。先程、三亜基地の偵察機が北西100キロ海域にネウロイ3隻が浮上航行しているのを発見した。この先の藤間艦隊との間の状況はどうか?」

 

・・(藤間艦隊との間では敵影の報告なし。気になる情報としては、西方30キロの海域に明るい青い色をした水面があるとのことです)・・

 

「!!」

 

船団護衛司令部の者達が顔を見合わせた。明るい青い色の液体と思われるもののところでは必ずネウロイが目撃されている。その液体自体ネウロイが流している可能性があった。

 

「465空1番、こちら船団司令部。その青い海域にはネウロイがいる可能性が高い。偵察を頼む」

 

・・(465空1番、了解。西方の青い海域を偵察します)・・

 

「30キロだと今までで一番近いぞ。各艦警戒を強めよ」

 

 

 

 

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○HK02船団 南西35キロ

 

船団から離れた西條は、西方の明るい青い色の海域へと向った。それは南北に長く延びていたが、北の方が広がって拡散しており、南の方ほど集束しているようだった。ということは南の方にその源があるのではないか?

西條は青い帯を辿って南に向けて針路を変えた。

 

そして……

 

「なんだあれ」

 

二筋の白い航跡のようなのが見えた。西條はストライカーユニットを翻すと、その航跡に向けて旋回し、高度を下げていった。

 

 

 

双眼鏡を取り出して航跡を追っていくと、その先端に黒い何かがいる。2匹いる。

 

 

 

最初は鯨か何かのようにも見えたが、鯨のように潮を吹いたりすることもなく一定の速度でずっと同じ小さな白波を立てて進んでいる。鯨はあんな泳ぎ方はしない。

 

ということは……

 

近付くにつれ、その表面の黒い艶消しの金属質の肌が明らかになっていく。白いハニカム模様の筋も見えだした。

 

それは思っていた通りの物体であった。

 

「あれが、潜水型ネウロイか」

 

西條がそう呟くのと同時に、片方のネウロイの盛り上がっている背中の一部がギロリと睨んだように赤く光った。

 

『あっちもボクを見つけた!』

 

西條はそう感じ取った。それを裏付けるように、目を光らせたように見えた方の潜水型ネウロイが沈み始めた。

潜ろうとしている!

 

西條はインカムに手を当てると船団に向けて通信回線を開いた。

 

「HK船団司令部、こちら465空1番。青い海域で潜水型ネウロイを発見した。数2。船団より南西35キロ」

 

・・(ザザッ、ザザザッ)・・

 

電波障害が激しく、この距離で既に無線は通じなかった。

 

「この距離なら第2戦隊の方が近いか」

 

西條はチャンネルを切り替え藤間艦隊に呼び掛けた。そうしている間も、ストライカーユニットを爆撃コースへ向け高度と位置を調整する。

 

『急降下爆撃をするには高度が低すぎる。水平爆撃しかない』

 

・・(《ザッ》西條機、こ《ザッ》ら最上)・・

 

雑音混じりの中で最上が応答した。

 

「最上、こちら465空1番。我潜水型ネウロイ見ゆ。HK船団の南西35キロ、第2戦隊の北西30キロ。数2。これより攻撃す!」

 

既に爆撃コースである。先に潜行したネウロイは上空からは見えなくなっており、もう1隻の潜水型ネウロイも沈み始めている。

投弾ポイントに着くと、後から潜行した方は海面の下にまだ黒い影を辛うじて覗かせていた。西條はそれ目掛けて3番2号爆弾2発を切り離した。

 

「投下!」

 

爆弾は黒い影の上に着水し、水中を突き進むと、1.5秒で信管が起爆。爆弾はネウロイの左右やや上方で爆発した。

 

30キロ爆弾内には15キロの炸薬が入っている。魔法力が注ぎ込まれた爆弾は、2発で海防艦や駆逐艦が投下する主力爆雷である重量170キロ、炸薬100キロの2式爆雷1個にほぼ匹敵する威力を発揮する。

 

爆発によって水中に伝わる衝撃波と水圧が、後から潜行した方のネウロイを押し潰した。水中にネウロイの悲鳴とも思える叫び声が伝わる。上部両舷がごっそり削られたネウロイは堪らず浮上しはじめた。

だが至近弾になったにもかかわらずネウロイは致命傷を負ってなかった。水中では爆発力は下には伝わらず、上方へ向かって有効範囲が広がるのだ。ネウロイは爆発点より深みに身体のかなりの部分があったので致命傷を免れたのだ。それでもこれが潜水艦なら浸水して沈んでいたのだろうが、中まで硬く詰まっているネウロイはそうはいかなかった。

 

最上に限らず、殆どの主力艦艇が水偵用に積んでいる2号爆弾の信管は1.5秒固定である。これだと爆発深度は20m前後となり、だいたい潜水艦の潜望鏡深度近辺である。浮上中や潜望鏡を出しているところを見つける航空機にとっては丁度良い信管なのだが、ネウロイは潜水艦より機動性が高く、潜行速度も速かった。仮にそのことに気付いたとしても、相手に合わせて深度を調整することができないので、いずれにしろ西條がこの潜水型ネウロイを仕留めるのは難しかったろう。

ちなみに対潜専門の護衛艦隊や12航戦は、ブリタニア製の新しい深度を自由に調整できる信管を使っていた。

こういった細かいところで最新の専門部隊との差が響いてくるのだ。

 

水上に現れたネウロイは、その身体の中央から後部にかけて激しく削り取られ、後ろが海没し、まるで沈没寸前の船のようになっていた。だが西條には不運なことに前側は比較的軽傷で、背中の盛り上がった瘤状のところは無事。爆弾が爆発したのがネウロイより上だったため損傷をもうひとつ大きくできなかったのだ。

見た目痛々しい状態のネウロイだが、徐々に修復が始まった。

 

「あー、くっそー!」

 

西條は担いでいた13ミリ機銃を下ろしてネウロイに向かって射撃した。

着弾と同時に火花が飛ぶが、表面がわずかに削れるだけで、これ以上損害を大きくすることは出来そうにない。コアを露出させるなどこれでは論外だ。修復速度の方が早い。

 

「せめて20ミリを持ってきてればよかった!」

 

ヨタヨタしながら逃げるネウロイは、いずれ修復が終わってしまうだろう。これ以上どうすることもできない。西條はゆっくり海上を逃走するネウロイを目で追い、悔しさで唇を噛みしめた。そして藤間艦隊に戦闘結果を報告すると、HK02船団のいる方へ飛び去っていった。

 

 

 






以前の予告にあった2人の艦これウィッチのもう一人は最上さん(こちらでのお名前は西條さん)でした。
本話では今まで度重なる船団への攻撃に、海軍がなぜ主力艦艇を護衛につけなかったのか、の説明をくどくどとしています。
次回はその主力艦との戦闘です。


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