水音の乙女   作:RightWorld

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第53話「ターニングポイント」 その1 ~電波妨害~

○HK02船団

 

「各艦、対空戦闘用意!」

 

日が暮れて僅かな夕焼けが水平線に残る海南島西200キロの海上を進む船団に、対空戦闘を告げるラッパが鳴り響く。

赤い夜間照明の艦内を兵士達が持ち場へ走り、高角砲、機銃がぐるぐると旋回し、砲身が群青色の空へ向けられる。狙いを定める兵士達の目には瞬き始めた星空しか見えない。機影を捉えているのは電子の目だけだ。水兵達は指揮官から伝えられる方角を黙って信用し、ハンドルを操作する。

 

「未確認機、依然接近中。速度、高度変わらず。距離70キロ」

「第1猟犬隊、船団右前方へ展開」

「旗艦より第1猟犬隊へ。船団右前方へ展開せよ」

 

・・(第1猟犬隊、了解)・・

 

船団の右翼の隊列の外にいた駆逐艦2隻が、速度を増して船団の右前方へ進み出た。未確認機が接近してくる方だ。先鋒として船団の第1の盾になるのだ。

 

猟犬隊と呼称されるこの遊撃小隊は、旧式ではあるが神風型の1等駆逐艦で構成されており、HK02船団中唯一30ノット以上を出せる。船団の隊列には加わらず、状況に応じて自由に動いて対応する軽快な部隊だ。右翼に第1、左翼に第2猟犬隊が配置されていた。

 

第1猟犬隊が船団から離れていくさなか、また異変が生じた。

 

「で、電探、消失!未確認機、電探から消失!」

「?!」

「消失地点は?」

「本艦より西南西65キロ地点です」

 

対空電探の探知距離内でいきなりのロスト。墜落?

 

「その時の高度は?」

「高度600m。発見時から変わっていませんでした」

 

墜落なら高度が下がるなどを捉えてもいいはずだ。いきなり空中から消えたということになる。まさか空中爆発でも起こしたのだろうか。

 

「第1猟犬隊では捉えられないか?」

「駆逐艦の電探ではまだ無理でしょう」

 

香椎が搭載する大型電探に対し、駆逐艦以下の艦艇が搭載する小型の電探はリベリオン海軍のSCレーダーと同等で、探知距離は40キロ程度と、香椎の3分の1。だが香椎の船団司令部がわたわたとしている間に、その第1猟犬隊から通信が入った。

 

・・(こちら第1猟犬隊『春風』。対空電探に探知あり。先程の未確認機と思われます。機影1、距離35キロ)・・

 

ほぼ同時に、

 

「未確認機、再探知!距離40キロ!」

 

香椎の電探も再び機影を捉えた。

 

「接近されている!」

「いや、時間の経過に見合った移動距離です。電探の故障だったのでは?」

 

さらに通信室からも報告が来た。

 

「接近中の未確認機と連絡が取れました。海口基地航空隊哨戒機3号と言っています」

「味方?!」

「味方か!」

「はい。船団上空直掩の為派遣されてきたとの事です」

 

緊張にまみれていた艦橋に安堵の空気が広がった。

 

 

 

 

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○HK02船団 旗艦『香椎』

 

HK02船団は先程の未確認機騒ぎが収まり、再び静かになっていた。

しかし旗艦香椎の艦橋だけはあまり平穏な状態には戻っていなかった。大山少将以下の司令部幹部は、未確認機接近中と何ら変わらぬ表情で向き合っていた。

 

「哨戒機3号は接近中定期的にこちらを呼び掛けてたと言うのだな?」

「はい。無論我々も呼び続けておりました」

「今は通じてるのか」

「はい。問題ありません」

「海南島基地は?」

「10分前に呼び掛けましたが、まだ通じておりません」

「ふうむ」

 

大山司令は顎に手をして考え込んだ。

 

「直掩機の現在地は?」

 

電探員の答えが伝えられた。

 

「船団北北東5キロ。順調に警戒飛行中です」

「ちょっと試しに船団から距離をとってもらえるか?50キロ外周まで離れてみてもらおう」

「は?外周50キロに何があるのです?」

「通信は小まめに取るように。電探もよく見てろよ」

「・・成る程」

 

 

 

 

大山司令の実験は司令が予想した通りの結果になった。30キロ以上離れた哨戒機と無線が通じなくなり、電探も反応が消失したのだ。戻ってくると再び通信は復活し、電探も機影を捉える。

 

「これはどういうことでしょう」

「電波妨害ですか?」

「そのようだ。電波が届く範囲は半径30から40キロ。水上用電探はどうか?」

「船団の艦船は全て見えております。もともと探知距離はそれほどありませんから影響を受けてるかどうかわかりません」

「詳しく調べてみる必要があるな。だが夜間は危険だ。詳しい調査は夜明けを待とう。」

 

 

 

 

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○1月9日 HK02船団 旗艦『香椎』

 

日の出を迎えた船団は海南島南の三亜港から東へ約100キロの海域に到達していた。

船団の直掩機や予定航路の警戒は、海南島北の海口基地から南の三亜基地航空隊にバトンタッチされた。

 

「やはり電波妨害があるようです。短波、超短波とも40キロ以上には届きません」

「直掩機の交代は毎度飛行型ネウロイかと心配しなければならず、面倒ですな」

「水上捜索用の電探は?」

「水上電探が使っているもっと高い周波数帯は影響が出ているのか不明です。が、電探射撃で使える20キロ程度には支障なさそうです」

「今日はブルネイからの藤間(とうま)艦隊と合流予定だというのに、通信ができないのは痛いな」

「本艦の水偵を飛ばしますか?」

「いや、彼女には三亜基地へ状況説明に飛んでもらう。トンキン湾対岸のトゥーラン(現ダナン)基地にも連絡機を飛ばしてもらって、通信に頼らずタイムスケジュールに添って護衛機を飛ばすよう伝えてもらおう」

「しかしせっかく航路哨戒機を展開しても、ネウロイ発見の報告が前時代のように直接伝えに来ないと受け取れないとは・・」

 

 

香椎乗艦の水偵ウィッチが作戦室に呼ばれた。

 

「これが三亜とトゥーランの基地に伝える作戦指令書だ。通信の届く範囲が狭くなったので直掩機を増やす。内容は今少尉に説明したのと同じなので、少尉は補足説明だけしてくれればいい。連絡が終わったらすぐ戻ってきてくれ」

「了解しました、提督さん」

 

ウェーブのかかった銀髪のツインテールのウィッチは、大山司令から受け取った作戦指令書をポーチにしまい、やや釣り目がちな目を微笑ませると、ピシッと敬礼した。

 

「鹿島少尉、出撃いたします」

 

 

 

 

ユニット拘束装置上で零式水偵脚の暖気を終えた鹿島少尉は、九十九式13ミリ機銃を受け取ると、後部マストと一体化したクレーンでカタパルトへ引き上げられた。

 

香椎は軽巡洋艦と言っているが、もともとは練習巡洋艦である。水偵を運用できるのは、候補生達に最新技術を学ばせるため、装備をケチることがなかったからだ。艦の中央部中心線上に呉式2号カタパルト1基を備え付けている。また艦の動揺を抑えるため艦幅を広くとった設計のおかげで追加の装備も搭載しやすく、後部には対潜兵器の爆雷投射機6基と投下軌条2基を追加し、なかなか強力な護衛艦になっていた。

 

 

せっかくなのでもう少しこの巡洋艦の説明をしよう。

 

香椎は、士官候補生達を遠洋航海の実習で鍛え上げるため専用に設計、建造された練習巡洋艦香取型4姉妹の3番艦だ。建造当初は世界一周航海などが計画されたが、第二次ネウロイ大戦の勃発により計画は縮小され、練習航海は太平洋地域に留まっている。それでもハワイやリベリオン西海岸に訪れたりと、何処かの並行世界の同名の艦達よりは幸せだった。そして扶桑海軍の香取型は4番艦も完成している。

4隻のうち実際練習用に使われるのは持ち回りで1隻となり、現在は4番艦「橿原(かしはら)」がその任に就いている。他の3艦は各方面艦隊へ配備され、専ら旗艦として使われていた。これはたくさんの候補生達を扱うための設備が司令部施設として使うのに適任だったからで、だいたいは艦隊泊地に係留されっぱなしという運用をされている。だが南遣艦隊に配属された香椎だけは別で、艦隊に有力な大型艦が少なかったせいか、東南アジアの海域を寄港地の錨地を温める暇もなく走り回っていた。

 

 

煙突の後ろを正面に見ていたカタパルトが旋回しだし、ゆっくりと鹿島少尉の視界が狭い艦上から青い海原へと変わっていく。

右舷90度に向いて止まると、鹿島少尉の正面には何の障害物もない海だけになった。

なお鹿島少尉はその紛らわしい苗字から、香取型2番艦鹿島に配属されることは絶対ないだろうと言われている。もしかすると、灰色の髪に眼鏡をかけた知的な雰囲気の『香取』という娘もどこかにいるかもしれない。

カタパルト上の鹿島少尉が準備完了の合図を出した。

火薬の発破と同時に鹿島少尉の零式水偵脚はカタパルトから海上に撃ち出され、ふわりと浮かび上がると、香椎の上空を一回りして海南島へ向けて飛んで行った。

 

 






頭の整理がつかなくてずっと書き直してばかりでしたが、ようやく形になってきたのでアップしました。
以前予告通り、艦これウィッチが登場です。鹿島さんでした。あと一人次話で出てきます。
あまり間をおかずに次話を投稿するつもりです。海戦シーンが続く予定です。


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