日も暮れて、神川丸の暗いブリッジでは、当直の者達の顔が僅かに光る計器のランプに浮かび上がっていた。
そこへ呼び出された艦長が入室してきた。
「高雄基地からだって?」
「はい。大本営からの通信を中継してきました」
台湾の南にある高雄基地が、そこの大きな通信アンテナで扶桑本土から送られてきた電文を受信し、近くを航行中の神川丸に中継してきのだ。
当直士官は有間艦長に通信内容が書かれた連絡用紙を渡すと、内容を先に伝えた。
「香港のHK02船団が出港したそうです」
「何だと?!」
艦長は海図台の灯りを灯して眼鏡をかけると、通信紙に目を落とした。
「ガリア駐屯の扶桑陸軍部隊被害甚大。物資、人員の至急増派が決定された。香港の扶桑商船隊は直ちに欧州へ向け出港。扶桑海軍は現有配置済み戦力を以てこれを護衛すべし、だと?神川丸への言及はないのか?」
「本艦、ならびに12航戦への言及はありません」
「・・・急ぐのは分かるが、護衛隊不十分な状態でまで行くのはやり過ぎだ」
海図台に広げられた台湾周辺の海図を睨み付けて暫く押し黙ると、顔を上げて当直士官を見上げた。
「香港基地、それと高雄基地経由で南西方面艦隊司令部に打電。何故12航戦到着を待たないのか問い合わせてくれ」
「了解しました」
「それと副長と、作戦士官を至急召集だ」
------------------------------
ウィッチ達は丁度風呂に入っているところだった。
「はい、どうぞ」
「どうも」
天音が機関科の女性兵士から受け取ったのはお湯が入ったバケツ。
造水装置で真水を作ったり、お湯を沸かしたりするのは、ボイラーで良質の熱源を管理している機関科のお仕事だ。この人達とは普段から良い関係を築いておいた方がいい。
「それで洗えるようになったか?」
後ろから同じようにバケツを受け取った卜部が問いかける。
「最初は衝撃でしたけど、今は完璧です」
「男性兵士なんか洗面器2杯だからね!わたし達贅沢してるんだよ?」
自称天音の教官である優奈はさっそく指導に入る。
「洗面器2杯でどうやってるんだろう」
「男達は髪が短いからな」
「そうかぁ。長髪が許されるウィッチはやっぱり特別扱いなんですね」
「わたし達下士官まで士官用のお風呂を使わせてもらえるのもウィッチだからよ。贅沢してんのよ?理解してる?」
自称教官が畳みかける。ただのうるさい人にも見える。
と、その後ろから来たのは正規にここを使ってもよい葉山少尉。
「一崎君は偉いね。私はまだ慣れなくて・・」
「葉山さんは意外と不器用だよねー」
さらに後ろから来た勝田が上官に遠慮ない発言を浴びせた。
「兄貴は要領いいんだけどな。双子なのに私はどうしてこうなんだろう」
葉山のヘアスタイルは耳も出したベリーショートで、もみあげだけ長めにしている。女性の中でも最も水が少なくて済むはずなのだが・・。なお葉山(兄)は双子なだけあって見た目そっくりだが、背丈が高いのと体つきの違い以外で見分けるポイントはこのもみあげだ。
「わたしお湯余ったら葉山さんに譲ってもいいですよ。『低利』で」
「・・一崎君も言うようになったね。あ、でも譲ってもらっちゃおうかな」
「それは後々自分のためにならないからダメだな」
「卜部さん、そんなこと言わず助け合いましょうよー」
詳しい入浴過程の紹介はまた別の機会にすることにして、体を洗った天音は、沸かした海水で満たされた浴槽にどっぷりと首まで浸かった。冷えた体が熱い湯に反応してぶるるっと震える。葉山は浴槽に入る前に何度も浴槽のお湯で体を流していた。
「石鹸がうまく洗い流せなかったな。海水だといつまでもヌルヌルして石鹸とれたのか全然分からない」
「美容効果だと思ってればいいんですよ~。早く葉山さんも温まりましょう」
天音は頬をいい色に染めて手招きした。
「一崎君は本当に順応性が良くていいねぇ。うらやましいよ」
この葉山(妹)の不器用さは相当なようだ。
「海水風呂は温まるって聞いてたけど、本当ですね~」
天音は目の前で気持ちよさそうに顔を緩ませている千里に話しかけた。
「あと海によって水の肌触りが変わるから、それも楽しむといい」
「そうなんですか?わあ、これから行く先が楽しみ~」
その時、艦内放送が流れた。
・・(作戦担当士官は至急作戦室へ集合せよ。繰り返す)・・
葉山少尉は放送を流すスピーカーに目をやっていたが、放送が終わると浴槽から立ち上がった。
「行かなくちゃ」
「えー?葉山さん温まった?」
天音が驚いて聞くが、葉山はざばっと湯船から出ると、塩を落とすのもそこそこに体を拭く。
「至急だから。何かあったみたいだね」
「敵ですか?」
「敵なら総員配置に就けってなるよ。作戦担当士官だけ召集だから、頭使う事が起きたんだろ」
体を洗い終わった卜部がのんびりと湯船の縁を跨いで中に入ってきた。
「卜部さんは士官だけど行かなくていいんですか?」
「私はそういう頭使う役じゃないから」
「やーい、ばーかばーか」
勝田がからかう。
「頭の程度ならお前だって私とどっこいどっこいじゃんか!」
バシャバシャバシャとお湯を掛け合う卜部と勝田に、
「ほんと、どっこいどっこいねえ」
とずっと年下の優奈に言われる
------------------------------
作戦室に集まった士官達の背筋はシャキッとしていたが、その様相は直前の状態をよく残していた。例えば寝起きを叩き起こされたらしい砲術長の顔には枕の跡がしっかり残っていた。しかし最も皆の目を集めたのは葉山だった。海水風呂の塩を落とし切れなかった髪の毛がバリバリに固まって逆立っていたのだ。
「はっはっはっは」
「ぶっ!」
「ふははは!」
「・・・皆さん、酷いです」
航海長が軍帽を取って頭を撫でる。
「5厘刈り頭の有り難みが解るだろう?」
「解ったって私は刈り上げませんから」
このように和やかに始まった会議は、その後緊張にまみれたが、比較的早く終了した。それは南西方面艦隊司令の
「殿下がご決断されたとなれば、確かに腰を上げざる得ないな」
「その上で
「だが香港寄港は船団と合流する事だけが目的ではなかったはずでしょう」
有間艦長が上目使いでニヤリと笑った。
「寄らないなりの方法を考えろって事だな」
艦長がこの笑みを見せた時はもうあらかた策がある時だ。
「先ずは船団を追うぞ」
・・・
方針が決まれば、有間艦長らが艦隊の戦術を考えるのは早かった。
「それでは明朝明るくなり次第、各艦の艦長を神川丸に集める。航海長、海は穏やかかな?」
「予報では曇り、波の高さ1.5mです」
「葉山君、召集中は各艦停止となる。天音ちゃんに早起きしてもらって、艦隊周辺の警戒を宜しく頼む」
「了解しました」
ちょっと短めに話を切ってしまったで、お昼頃続きをアップしますです。
(ただでさえ展開が遅いとお叱りの本作ですから。。字数的には大したことないんですけどね)
ところでブレイブウィッチーズに出てくるネウロイの進化がすごいですね。擬態あり、気象兵器ありとなれば、本作45話でシャムロ湾に地震を起こしたのもネウロイってことにして全然おかしくないじゃないですか。