水音の乙女   作:RightWorld

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第47話:追加のもう1隻

 

鹿児島の大隈半島の東岸に位置する志布志湾。丸く弧を描いた直径20キロほどの湾内は、古くからよく艦隊の休息地として使われていた。ここで待機した第12航空戦隊は、1隻の船の合流を待っていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

天音は卜部の操縦する零式水偵で湾の入口中央付近にいて、湾内にいる12航戦の艦隊陣形を捉えるという練習をしていた。

 

フロートの上で画板を広げ、水中探信を使って捉えた水上の船の位置を方眼紙に書き込む。

 

「この大きいのが神川丸、こっちが駆逐艦・・」

「さっき天音が探知した船が近付いてくるよ。やっぱり合流する船みたいだね」

 

勝田が湾の外から接近する船を手をかざして見た。

卜部もコックピットから乗り出して双眼鏡で確認した。

 

「タンカーだ」

「カールスラントの軍艦旗を掲げてるよ。天音ー、そっちでは船の種類はまだ分らないの?」

「ええー?船の底の形だけじゃよく分んないですよー」

 

フロートの上で尻尾を水中に垂らしている天音が困った顔をして答えた。

 

「目で見て分る距離まで近付いても判別つかないなんて、一崎の思わぬ盲点が見つかったな」

 

・・(船底でも細かく観察すれば軍艦や商船では違った特徴もあるはずよ。今度船の設計図みたいなのも入手しとこうか)・・

 

神川丸で訓練の指揮を執る葉山少尉が無線電話で会話に加わる。

 

「船の底の形なんか覚えるんですか?興味わかないな~」

「軍艦や偵察機は、船の水上のシルエット図なんかは持ってるけど、船底の絵は絶対持ってないよねぇ」

 

勝田がからからと笑った。

 

やってきたのはカールスラントの海軍旗を掲げたタンカーだった。タンカーは卜部の零式水偵の横にやってくると速度を落とした。というか停まった。船首横に白いペイントで書かれた船名は「Altmark(アルトマルク)」。

甲板にはわらわらと軍服を着た人が現れて、零式水偵の方を指差してあれこれ言ったり、中には写真を撮ったりするものもいた。

 

「葉山少尉。タンカーに軍人がいっぱい乗ってます。それもいろんな国の制服だ。私達の写真撮る奴もいますが、大丈夫ですか?」

 

それに答えてきたのは神川丸の艦長、有間大佐だった。

 

・・(構わない。彼らは各国海軍の観戦武官だ)・・

 

「観戦武官?」

 

・・(各国海軍の武官がそのタンカーに乗って我が艦隊に同行し、我々の対潜水型ネウロイへの戦術を見学することになったのだ)・・

 

「へえー、タダで見学させるんですか?扶桑海軍も太っ腹だな」

 

・・(タダではないよ。その辺は帰ってきたら説明してあげよう)・・

 

 

 

 

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訓練が終わって神川丸に戻り、反省会や整備などが一通り終わると、427空、428空の隊員はブリーフィングルームに来るよう言われた。そこには各国の観戦武官達が集まっていた。艦長が隊員達をみんなに紹介した。

勿論注目の的は天音。

 

「この娘が水中探信使いのウィッチ?」

「おお!この子が噂の!」

「プリティ!この子が潜水ネウロイをギタギタにしてくれるのか」

 

次々に歩み寄られて握手を求められたり、欧米人には極普通の挨拶であるキス(もちろん頬に)をされたりして、天音は「ひゃあ!」と飛び上がった。

 

「なんて初々しい!」

「持って帰りたい!」

「ぎゃあ!やめてっ!」

「おお?、この子は?」

 

止めに入ってきた優奈をみんなが囲んだ。艦長が紹介する。

 

「筑波優奈一等飛行兵曹。5000キロを一気飛びできる我が艦隊の長距離偵察ウィッチだ」

「5000キロ?!」

「それを無給油で飛ぶのか?」

「いや、無給油ができたとしても普通は魔法力が持たない」

「扶桑のウィッチはみんなスペシャルだ!」

「よろしく、お嬢さん」

 

優奈もキスしてもらって至極ご満悦。

 

「うふふふ、わたしは持って帰ってもいいわよ~」

 

 

 

・・・

 

 

 

挨拶が終わって武官達が退席したところで、有間艦長が昼間の説明の続きをしてくれた。訓練後でみんな空腹を抱ているところだったので、おにぎりが差し入れられた。神川丸のおにぎりはとにかく大きいことが特徴だ。1個で普通のおにぎりの2個分はある。

 

「あのタンカーは、君達が拿捕した例のカールスラントの潜水艦、U-3088の補給艦だったそうだ」

「やっぱりあいつ、支援艦艇も従えて来ていたんだ」

「それでU-3088だが、あれをいろいろ乗り回したり、試したりしていいということになった。これは扶桑だけじゃなくてブリタニアやリベリオンもだ」

「ブリタニアやリベリオンも?よくカールスラントが許しましたね」

 

神川丸名物のでっかいおにぎりをもう半分食べてしまった葉山少尉が驚く。相当お腹がすいたらしくがっついて食べてた葉山の頬っぺたにはご飯粒がひとつ。

一方、千里は既に2つ平らげていた。

 

「その引き換えのひとつとして、我々は観戦武官を受け入れることになったのだ。U-3088をどうするかについては政治的な決着がつけられたんだ。人類共通の敵と対峙するにあたって、各国は技術を隠すことなく共有すべしという、珍しく建前論がここでは勝ったらしい」

「その技術供出としてカールスラントは最新の潜水艦、扶桑は対潜水型ネウロイ戦術ですか。ブリタニアやリベリオンは?」

 

おにぎりをほお張る428空の隊長、荒又少尉が聞く。

千里は3つ目をほお張り終えた。

 

「ブリタニアは対潜水艦戦用に開発しているもの、洗いざらい一式だ」

「高性能の探信儀や新型爆雷なんかをもう提供してるじゃないですか」

「連中、他にも開発中のものにいろいろ画期的なのがあるらしい。カールスラントもまだ引き出しがあるようだった」

「例えばどのようなのが?」

 

428空の磁気探知機オペレータの(あずま)が技術屋らしく興味を持ったようで食らいついてくるが、有間艦長は薄ら笑いを浮かべるばかりで、東が満足するような答えは返ってこなかった。

一方千里は、葉山少尉がこれもいいよとくれたおにぎりに食らいついていた。

 

「ちょっと聞いたくらいじゃ俺にはよう理解できんかった」

 

そう言って肩をすぼめた。東がはぁっとがっかりする。

 

「なんか水中探信儀をばら撒いて無線で聞くんだとか、避けても追い掛け回す魚雷とか、夢みたいなこと言ってたかな。各国ともよくまあコソコソと色々やってやがったもんだと思ったよ」

 

その片言の情報だけでも東は想像できたようで、腕を組んでしばし思案する。

 

「成る程、凄い発想だ。先進国は違いますね」

「リベリオンは完成したら量産は任せろだそうだ。そうそう、近いうちウィッチ乗せた護衛空母を参加させたいと言っていた。一崎君のような技を持つものはいないようだがな」

「そりゃ天音の能力は世界唯一ですからね!」

 

なぜか優奈が胸を張る。

千里も胸を張るようにして首を伸ばすと、余っているおにぎりを探した。

 

「わたしとしては仲間が欲しいよう。一人で世界は重荷だよ」

「観戦武官が持って帰る情報で、天音君のようなウィッチ探しが活発になるだろうよ」

「早く見つかってほしいなあ」

 

天音には世界唯一など嬉しくもなかった。

みんなにお茶の追加を注いでいる勝田が、残っていた沢庵(タクアン)をひょいっと口に放り込むと、天音に聞いた。

ちなみに千里は沢庵(タクアン)を取り損ねて勝田を睨んでいた。

 

「でも天音って、そこまでいろいろ出来るようになるまで何年もかかったんでしょ?」

「そうですね。4、5年はやってますね~」

「十五で遅咲きの発現したとしたら、天音の域に到達する頃にはあがりを迎えちゃうじゃんか」

 

卜部が冗談交じりに言う。

が、この鍛錬の差というのが実は簡単なことではなく、随分後のことになるが、天音が鬼軍曹と呼ばれる所以にもなるのであった。

なお、千里は艦長のおにぎりにも手をつけているところだった。

 

 

 

 

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観戦武官たちが内火艇でアルトマルクに戻ってくると、入れ替わるように荷物を満載した(はしけ)が接舷した。荷物の載せ替えを指揮しているのは、扶桑陸軍アフリカ砂隊の補給担当、金子主計中尉。

 

U-3088が拿捕されてしまったので、潜水艦から下ろされてアルトマルクに舞い戻った金子中尉は、そのままアルトマルクにあった。アルトマルクには観戦武官だけでなく、U-3088の幹部を除く乗組員達も乗せられていた。というのは彼らの本国への帰還の任もアルトマルクは担わされていたのだ。

それだけではない。本来のU-3088の補給艦という任務ができなくなったところに、金子中尉と砂隊の補給物資が搭載されていたということで、ロンメル将軍が手を回してアルトマルクにはアフリカ部隊向け補給物資の輸送という任務も加わった。U-3088の乗組員はジブラルタルで下ろし、最終寄港地は北アフリカのトブルクと決まったのだ。

通商破壊艦の補給船というのは、いつ戻ってくるか分らない支援対象の艦をひたすら特定の洋上で待ち続けるという、非常に忍耐のいる仕事である。その忍耐強い船長でさえも、目まぐるしく変更追加される任務の数々には、いい加減げんなりしていた。

 

一方、目まぐるしく乗船している船の立場が変わっていく金子主計中尉は、その状況を無駄にすることはなかった。12航戦と九州の志布志湾で合流するという話を聞くやいなや、洋上にいるうちに追加物資の手配をし、志布志湾に投錨するとただちに追加物資の搭載を始めたというわけだ。

その追加物資とは武器弾薬や部品の類は勿論、九州は鹿児島ということで、薩摩の黒酢や焼酎、さつま黒豚、桜島大根、黒砂糖、鹿児島銘菓の”かるかん”などなど、他の補給船にはなさそうなものを積み込んで、金子商店の付加価値を高めていた。

金子中尉はどんどん多彩になる補給品リストを眺めて目を細めると、北アフリカの加東圭子隊長に経過報告の暗号電報を送った。

 

 

 

 

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「ケイ。長らく金子中尉の顔を見てないが、彼、今どうしてるんだ?言われた通りワイン保存用のカーヴは一つ空けてあるぞ」

 

そこは北アフリカの砂漠。ストームウィチーズの基地。

その日も無事に生き抜き、マルセイユのテントに一杯やりに来た加東は、マティルダがいれてくれたマティーニを一口、口に含んだところだった。

 

「扶桑まで行っちゃったらしくて、簡単に戻れないみたいなのよ。ヨーロッパでは扶桑物資が貴重になってきてるから、ちょっと商売してやろうかと思って多めに持って帰るよう言っといたんだけど、そのせいかあちこち寄港するたびにいろんなもの仕入れてるみたいで、カーヴに収まるのか心配になってきたわ」

「いいじゃないか。その商売、わたしも手伝うぞ。彼のことだ、船1隻丸ごと持ってきたりしてな」

「ふふ、やりかねないわね」

 

冗談を言い合い、笑い声がテントにこだまする。

が、冗談が現実味を帯び始めていることに二人はまだ気付いていなかった。

 

 

 





一部の方が期待していた12航戦の追加増援は、残念ながら水上機母艦どころか戦闘艦でもなく、行き場を失ってどう始末しようか扱いに苦慮している金子主計中尉と、彼を乗せたアルトマルクでした。増援なのか?これは。そして彼は今度こそアフリカに戻れるのでしょうか。


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