水音の乙女   作:RightWorld

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2016/10/08
誤字のご指摘がありましたので修正しました。
報告感謝です。>GN-XX様

2018/10/8
誤字修正しました。
報告感謝です。 >harehimeさん

2020/01/11
体裁修正しました。





第43話:世界に認められる力 その11 ~将軍達の期待~

 

 

「おはようございます」

「おはようございます、将軍」

「ああ、おはよう」

 

ベルギカの西部方面統合軍総司令部では、総司令官のアイクことアイゼンハワー将軍がみんなに返礼しつつ大股で歩いていた。先に席に着いていたブラッドレー将軍と挨拶を交わすと、いつもの席にどっかと座った。

左右に首を振ると、他国の参謀や将官の顔ぶれに目をやった。一部の席が大きく空いていた。

 

「ブラッドレー、今日カールスラントとブリタニアは休日か?」

 

背もたれに浅く寄りかかり同僚のリベリオンの将軍に声を掛ける。

 

「臨時休業じゃないですか? 昨日はだいぶ衝撃的な事があったようですから」

 

ブラッドレーは何誌か朝刊の束をぽいっと放ってよこした。

いずれも1面トップには、飛び回る水偵脚のウィッチと水上偵察機に包囲された浮上停止中の潜水艦の写真で飾られている。見出しの文面も久しい明るい特ダネに踊っていた。

 

『扶桑の対潜ウィッチ隊に死角なし! 忍び込んだカールスラントの新型潜水艦を拿捕! 年明け早々に出撃予定。』

 

『何のため? 水中速度17ノット、潜航能力180m以上! 扶桑の対潜ウィッチ隊、カールスラント新型潜水艦の驚異の性能を暴く。』

 

『驚愕の性能のカールスラント新型潜水艦が手も足も出ず。扶桑の対潜ウィッチ隊、これを拿捕! 潜水型ネウロイ討伐に期待高まる』

 

「写真で見せられると説得力が違いますな」

「カールスラントの連中が言い訳を考えるのに何処かに行っているのは分かるが、ブリタニアは何をしてるんだ?」

 

ブラッドレーはシガーケースから1本葉巻を取ると、アイゼンハワーにも勧めた。アイクも1本拾い上げる。

 

「この潜水艦の同型艦、スカパ・フローにも忍び込んだそうですよ」

「ほう、それは初耳だ」

 

スカパ・フローはスコットランド北部のオークニー諸島にあるブリタニア本国艦隊の根拠地である。

北から東をメインランド島、西にホイ島、南にサウス・ロナルドセー島とバレイ島といった島々に囲まれた縦10キロ、横15キロくらいの長方形の広い水域が、天然の良港として艦隊泊地に利用されている。メインランド島からバレイ島とサウス・ロナルドセー島にはいくつか小島を繋いで『チャーチル・バリアー』と呼ばれる堤防が築かれているため、泊地から外界へ出るには南へ抜けるホックサ水道か、西へ抜けるホイ水道を通るしかない。つまりこの細い水道をしっかり監視していれば、泊地に停泊している艦隊は安心して錨を下ろしておけるのだ。そこをカールスラントのUボートXXI型は悠々と侵入し、偵察を行ったのだという。

 

「ブリタニアの対潜部隊は全く感知できなかったそうです。最新鋭のソナーを備えた部隊があそこで訓練してたそうですが」

「あれはUボートの為にずっと研究を続けていた装備だったからな。成る程、それでブリタニアも内部で大騒ぎしてるわけか。リベリオンには来訪してくれなかったのか?」

「リベリオンの対潜装備はブリタニアから供与されたものですからね。訪問する価値もないと思ったのでしょう。むしろこの件に全く関われない我が国の方が問題かもしれません。いいんですかね、我が国はこんな呑気で」

「呑気ではないぞ。南シナ海へ艦隊を出すことを嫌っていたフィリピンのアジア艦隊を差し置いて、ハワイの第3艦隊が艦を出すと言い出した。扶桑の対潜ウィッチ隊となんとか共同させてもらおうといろんな方面へ打診している。私にも伝手がないか聞いてきやがった」

 

ブラッドレーはハサミで葉巻をカットした。

 

「ハルゼー提督ですか? それはつまり、頭を下げてでも対潜ウィッチの技術を得たいということですか?」

「ブリタニアの潜水艦探知装置では捉えられないものでも捕捉できる部隊が扶桑にはいる。その技は海軍ならやはり欲しいだろう。それに扶桑は話題の潜水艦も拿捕して手元にあるのだ。本当に有益なものなら極東の小国にだって頭を下げる。利を得るためには体裁など気にしないやつだ」

「血の気が多いと聞くが、なかなかどうして、結構堅実な人ですな」

「それほど衝撃だったということだ。彼が認めたという時点で、この扶桑の対潜ウィッチは本物だよ」

 

ブラッドレーがライターで葉巻に火をつける。濃厚な煙が辺りを漂った。

 

「では扶桑からの応援も再開が期待できそうですな。補給が途絶えたおかげで、このところ扶桑の連中が行動を控えるようになって、少なからず影響が出てきています。事が大事になる前に補給航路が回復してくれるといいんですが」

「私は3月後半には扶桑に攻勢に出てもらいたいと思っている」

 

ブラッドレーの葉巻を口へ持っていく手が止まった。

 

「アイク、あなたはまさかあのプランを……?」

「扶桑からの補給路回復が確実なら、実施をためらう理由はない」

「確かにあのプランは扶桑海軍が動いてくれることが前提ですが……、しかしそう早く本当に扶桑補給路は回復しますかね?」

「私は高確率で回復すると見ている。そうなれば扶桑の戦力をあてにできる。わずかな失地回復ではあるが、成功すれば今後東部戦線との連携もかなりし易くなる」

 

ブラッドレーはゴクリと音を立てて唾を飲んだ。

 

「ところでブラッドレー、今日は大西洋艦隊のキング提督に会うか?」

「ええ、午後に。部隊の輸送計画の件で」

「なら大西洋艦隊も人だけでもいいから扶桑対潜部隊のところに派遣するよう言ってもらえないか」

「……もしかして大西洋にも同じような潜水型ネウロイが現れるとお考えですか?」

「もしそうなったら、影響は扶桑補給路どころの比じゃない。リベリオン・ノイエカールスラントとヨーロッパ間の航路が脅かされる恐怖を、君も想像してみただろう?」

「我々も……国に帰れなくなりますな」

「ああ。そして、備えておいた方がいいと私の勘は告げている」

「……将軍もご冗談がうまい」

 

ブラッドレーはせわしなく葉巻をスパスパと吸いはじめた。

 

 

 

 

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北アフリカの砂漠に林立するテント群。

その一角の食堂になっているテントでは、扶桑食がなくなって稲垣真美が腕を振るうことができなくなった代わりに、ロマーニャのコックが腕によりをかけて毎日多種多様なパスタ料理を出していた。そこで本日のスパゲッティを頬張っていたロンメル将軍は、3日遅れでやってきた新聞の記事の写真にじっと見入っていた。

その横にパスタを盛った皿を置いて座ったのはケイこと加東圭子少佐。

 

「おたくの海軍さん、とんだ赤っ恥かいたみたいね。てか、何でうちの主計中尉がその潜水艦に?」

 

鼻にねじったちり紙を詰めていかにもホッとした顔のハナG。(おか)のものが場違いな所に入り込んで、さぞ怖い思いをしたということがありありとその写真からうかがい知れた。写真から目を離すと、ロンメルは明るい声で返事した。

 

「いやいや、実に頼もしいじゃないか。それくらい圧倒的ならきっと安心だ。この子かね、天音ちゃんという対潜ウィッチは。来たばかりの頃の真美君のように、まるでお人形さんのようだ」

 

加東少佐も写真を覗き込んだ。

 

「こんな子が実戦にねえ。嫌だわ、私がもうおばさんみたいに感じてしまうわ」

「この飛行隊長やってる女性は君くらいじゃないか?」

 

ロンメルが指さしたのは卜部だった。

 

「ふーん、元ウィッチか。頑張ってるんだ。・・取材してみたいわね」

 

かつての元記者魂が疼く。いや、それ以上に、引退する道を辿らず前線で戦う道を選んだその気概に興味があった。自分がそうであるように、今だ戦場に残るあがり間近のウィッチや元ウィッチにとって、同じ道を選んだ仲間の存在は勇気を補充するにもいい材料だった。

そこにもう一人女性が現れた。オレンジ色っぽい赤毛にメガネをかけ、そこからのぞく周囲に緊張感を与えるようなキリッとした青い瞳。

 

「潜水型ネウロイに対抗する手段には光明が見えたようだな。しかし航路の安全が確保されても、補給物資がこちらに届くまでにはまだまだ時間がかかる。それまでにパスタに飽きが来ないといいがな」

 

暗に催促しているかのような意見を言ったのは、なぜこの人もここにいるのかカールスラント空軍北アフリカウィッチ隊総司令のエディタ・ノイマン大佐だった。おかげでいつもならやかましい隊員が一人、あっちで静かになっている。

 

「正規の補給ルートだと、一端ブリタニアに入港してから地中海方面に分配されるのだろう? この新聞のようにアフリカはいつも二の次にされる」

「パスタは嫌いかね? ノイマン君」

「そんなことはないですが、さすがに毎度となるのはちょっと……。ブリタニアに厨房は任せたくないし、暑い北アフリカには意外と多彩な扶桑の食事が合うものがある。金子君には早く戻ってきてもらいたいものだな」

 

再び催促を感じ取ったロンメルは新聞を畳んだ。

 

「赤っ恥をかいた潜水艦はともかく、金子主計中尉と荷物は早く解放してもらうよう交渉しないとな。それでは私はもう行くよ。おお、真美君。扶桑は補給を再開できそうだよ」

「本当ですか?!」

「扶桑にすごいウィッチが現れたそうだ」

「もしかして一崎天音さんですか?」

「知っているのかね」

「この前、501の宮藤さんから聞きました。それじゃもう少しの辛抱ですねえ」

「金子中尉が物資を確保済みだ。私も早く真美君の料理を食べたいからね。金子君が早く戻れるよう手を尽くさないと」

「よろしくお願いします、ロンメルおじさん!」

 

ウィッチ相手ではすっかりおじさん扱いに馴染んでしまったロンメル将軍は、自分専用機にしている連絡機のFi156 シュトルヒに飛び乗ると、大急ぎで飛び立って基地を後にした。

 

「北アフリカの作戦以上に気合が入っているな」

「まったくですね」

「まあ巡り巡ってそれは北アフリカの為になることだからな」

「補給が復活すれば、うちの稼働率も上がりますしね」

「今回のことで良く分かったが、機材の稼働率だけじゃなくて、人の稼働率にもこんなに影響を与えているとは思わなかった」

「あら、私と真美はそんなに落ちてました?」

「いや、第31統合戦闘飛行隊の将兵全般だ」

「ああ」

 

意見の一致を見たノイマンと加東は、ロマーニャのコックが淹れたエスプレッソを傾けた。

 

 

 




今夜いよいよブレイブウィッチーズ始動です!楽しみ~。

さて少々しつこい内容でしたが、いつか話を膨らますことがあるかもしれない種まきの回でもありました。アイクのプランとは?
スカパ・フローは第一次・二次大戦の英国本国艦隊の本拠地でしたが、今の英海軍は使ってないようですね。侵入したUボートに沈められた戦艦ロイヤルオークは今でも沈んでいるそうです。この事件があったので『チャーチル・バリアー』が築かれたとのこと。本物語では経緯不明なれどもう『チャーチル・バリアー』はあるようです。
金子中尉、帰ってこれるでしょうか。まだどうやって戻るか考えてません。
大丈夫か?
そろそろ出撃前までを第1章として区切りを入れようかと思っています。
次回投稿はまた10×4を狙うぞ。


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