2020/01/11
体裁修正しました。
演習航空部隊は拿捕したU-3088を横須賀の海上護衛隊に引き渡し、霞ヶ浦基地に帰投していた。
ブリーフィングルームでは、田所基地司令からカミナリが落ちていた。
「ばっかもーん!! 攻撃許可は出しとらんだろうが! 爆弾投下は上空待機して攻撃可否を確かめてからだ!」
『ちぇっ。出撃した直後に攻撃許可を取っとけばよかった』
素直に聞いてる風に見える千里だが、実際の心の中をお見通しの優奈は、『反抗してる、反抗してる』と苦笑いしていた。
「現場では自分が先任であります! 自分の指揮不足であります! 責任は全て自分にあるのであります!」
やや上を向いて、ただでも大きく突き出ている胸を張って、部下を庇っているやけくそ気味の卜部少尉。
『何が確かめてからだ。戦場でいつも通信が通じると思ったら大間違いだ、この評論家め』
こちらも心の中は同じように反抗期を迎えていた。
「いや、対潜作戦指揮官の私の責任です」
葉山少尉がやや俯いて落ち込んだ声を絞り出す。こちらは本当に責任を感じてのものだ。でもどっちにしろ葉山も爆撃許可を出すつもりだったとは、神川丸艦上で言った通り。
天音は背を丸めて下を向いて指を絡めてシューンとしていた。
「一崎一飛曹、顔を上げ気を付け!」
涙を浮かべて天音は恐る恐る顔を上げた。
『軍隊、怖~い……』
そこに飛行服姿の若い人とウィッチが、神川丸の艦長有間大佐と一緒に入室してきた。飛行服の人は伊401潜の艦長、千早中佐だった。なぜ飛行服かというと、伊401潜搭載の水上攻撃機『晴嵐』で飛んできたからだった。ウィッチはストライカーユニットの水上攻撃脚『晴嵐』で飛んでいた霧間伊緒菜少尉だった。
伊401は水上攻撃機を3機搭載するという世界に類を見ない潜水艦で、まさに潜水空母。その大きさは潜水艦として世界最大である。そんな潜水艦を指揮する千早中佐も普通の指揮官ではない。勇気、行動力、自信、野心、いずれについても潜水艦隊の中で突出した若き艦長であった。
「田所司令、何を吠えてるんですか」
「おお千早艦長、無事でよかった。誤爆は真に申し訳なかった」
「何をおっしゃる。あれは誤爆じゃないですよ。私が興味本意で演習海域に無断で接近したのが悪いんです。命拾いしたのはこっちです。我軍が初めて編成した対潜哨戒専門の水上機部隊、それがどれ程の実力を秘めているのか知りたくてね、ちょっと寄り道したんです。カールスラントのU-3088と同じ動機ですよ」
そして一緒に入ってきた神川丸の有間艦長に向いた。
「事前連絡もない中、あの状況下で味方かもしれないと感づいて、問い合わせてくれた冷静さは、さすがだと言わざる得ません有間大佐」
近海に作戦行動中、特に移動・通過中の潜水艦がいないか潜水艦隊司令部に問い合わせたのは神川丸の有間艦長だった。小型潜水艇を除いて近くにいる潜水艦はないが、横須賀へ帰還する艦がいるという答えを得て、有間艦長は攻撃中止を指示したのだ。
「ははは、だが間に合わなかったがね。攻撃中止を発した時は、もう爆弾は投下された後だった」
それを聞いて田所中佐は再びヒヤリとした。
訓練中の427空は一時的に霞ヶ浦航空隊、つまり田所司令の管理下にいるので、誤爆で味方潜水艦を沈めたなどとなったら……。しかも司令は演習視察で現場にいたというおまけ付き。
そうと思うと、一度肝を潰していた田所司令は簡単には気が収まりそうにもなかった。
「しかしすぐに様々な手段で逃げるよう警告を送ってくれた。おかげで私は急速浮上し直撃を免れることができたのです」
千早艦長はそこにいる427空の顔ぶれを見渡すと、天音に近寄った。
「君が水中探査魔法を使うウィッチか。私の艦を完璧に捉えたうえ、味方潜水艦だと気付くとすぐに『逃げろ』という警告を音波に乗せて水中聴音員に届けてくれた。その多彩な魔法力にも判断力にも脱帽だよ」
天音は顔を真っ赤にした。
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
「その後のカールスラント潜水艦拿捕でも見せてもらったけど、噂に聞いてた以上、想像以上の能力だ。海軍に来てくれて感謝するよ」
天音は涙を目に溜めて「はい」と頷いた。
次に千早艦長は千里に向いた。
「攻撃は君が? 的確だったぞ。危うく殉職するところだったから、その攻撃の鋭さは身をもって感じている。さらに精進しなさい。あれなら逃げる隙も与えず撃沈できる」
千里はコクリと頷いた。さっきと表情は変わらないが、静かな態度の後ろに隠れた心の中の不満は消え去っていた。
続いて優奈に向き直った。
「君が連携プレーの中核だね? 結果が出たのはひとえに接触機と攻撃機への君の中継が完璧だったからだ。磨きをかけるといい」
「あ、ありがとうございます!」
優奈がうれしさを隠さず元気一杯に返事をした。
「そして卜部君、勝田君。模擬爆弾を使って危機を知らせてくれた機転はありがたかった。残念だな、もうあがりをむかえたんだって? ウィッチだった長年の経験は伊達じゃないな。まだまだやれるじゃないか」
『やべー。私だけ実際は何もやってねー』
卜部は冷や汗をたらたら垂らした。
「千早中佐もあの際どい時間でよく逃げられましたね。天音の警告にしても、模擬爆弾での警告にしても、聞こえたところでそんな時間があるとは思えなかったのに」
下士官だというのに、勝田はまるで知った仲のように気安く感想を述べた。千早中佐も階級差など気にせずざっくばらんに答える。
「うん、演習してるところに入り込もうなんて馬鹿なことをやってたわけだからね。何か兆候があったらすぐ逃げる構えをしてたんだよ。臆病なくらいでちょうどよかった」
「臆病な人がこんなところに現れますか。艦の乗組員の錬度も高いようですし、さすがですね千早艦長」
「ありがとう、勝田君」
千早艦長は最後に葉山少尉に向いた。
「有間艦長に聞いたよ。君は攻撃する気満々だったと」
「も、申し訳ありません! 十分な敵味方確認もせず……」
「いや、あの状況下では基本的に正しい行動だ。今は戦時下なんだ。対潜演習をしているという通達が出ているところに入り込む方が悪い。それに本当にネウロイだったら迷いは命取りになる。今回ので経験値があがったろ?」
「はい。U-3088の時にはもう少し冷静に潜水艦である可能性を見ることができました」
「そうか。演習に参加できてよかった」
千早艦長はにっこりと葉山に微笑んだ。その笑顔を見て葉山もようやく仕事を成しえた実感を持つことができた。
「そういうことだから田所中佐、今日彼女らは褒めてやるべきです。私の顔に免じて今日はここまでにしてあげてください。司令の鬱憤は、あとで私が水交社で聞いてあげますよ」
「う、うむ」
この場でただ一人渋い顔をして十字に膨れた血管を額に浮かび上がらせていた田所司令であったが、渋々と引き下がった。
「むしろ私が潜水艦隊司令部で、艦を危険に晒したと絞られそうなんでね」
有間艦長がしゃがれた声でニヤニヤしてそれを引き取った。
「事前に私と調整して、演習部隊との予定通りの行動だったということにしとこうじゃないか。それにU-3088の拿捕にも参加しているしな」
U-3088が浮上に至るとどめを刺したのは、伊401搭載の伊緒菜の『晴嵐』が投下した6番対潜爆弾であった。427空は実弾を使い切り、428空の零式水観は神川丸で爆弾搭載中で、現場は深海に潜った潜水艦に効果を期待できない演習爆弾しか持ってない状態だったので、あの場に伊緒菜がいなければ、U-3088拿捕はもしかするとできなかったかもしれない。
有間艦長は年甲斐もなく茶目っ気顔をして伊緒菜にウインクしたが、伊緒菜はキョトンとした顔でそれを無視した。
反応が得られなくて少しがっかりした有間艦長だが、すぐ真面目な顔に戻ると、部屋の隅に固まる428空の方を向いた。
「さて、428空諸君」
後ろめたそうに今までのやり取りを聞いていた428空メンバーが背筋を正した。
「君達が装備する磁気探知装置は、深海に潜ったU-3088も捉えることができたし、従来にはなかった航空機による潜航中潜水艦捜査の有力な手段として期待が持てそうだと感じた。だが、その能力を私は正しく把握する必要がある。間違った認識で作戦を立案すると、それがどんなに重大な支障を、結果をきたすかわかるか?」
先程の和やかな雰囲気から打って変わって、厳しい目で睨みつけられた428空飛行隊長の荒又少尉はごくりと唾を飲んだ。
「君らの命も当然だが、我々が守らなければならない商船とその乗組員、積荷、そしてその積荷を待っている扶桑や欧州の国々。どれだけ我々がとてつもなく大きな責任を担っているか、今一度考えてもらいたい」
ぐるりと見まわす有間艦長に428空の隊員は目を合わせることができなかった。
「私と葉山少尉は、今日の君達の哨戒飛行には少し疑問を持っている」
葉山少尉が歩み出ると、428空を前に後ろ手に正対した。そしてその疑問をあげていった。
「まず、哨戒コースが伊5潜航路と重なった2番機、3番機の詳細捜索行動がやけに早かったことです。伊5潜の演習詳報の写しを貰ってますが、伊5潜の哨戒区侵入より前から詳細捜索行動を開始していたように見えます。
次に南方の不明潜、これは伊401だったわけですが、伊401と判明する前から、その時点では正体不明だった北方の不明潜を428空は伊5だと確信してました。指揮所から見ていると、あなた方は伊5がどこにいるか知っていたかのように見えました」
しばしの沈黙の後、荒又が有間の方へ頭を下げた。
「ご推察の通りです、艦長」
「な、なんだと!」
田所司令がまたも驚いてみせた。
飛行隊長があっさりと認めてしまったことに、東をはじめとする他のメンバーも驚いた。
「427空の捜索能力には敵いませんでしたが、しかし我が隊も従来の目視哨戒と比較して画期的な捜索力を持っています。どうか、作戦には我が隊を外すようなことはしないでください。必ず427空をサポートできます」
荒又は深々と頭を下げた。それを見て、東も頭を下げた。
圧倒的な実力差はともかく、戦艦空母など主力艦隊以上に重要な役目を担っているのだということを自覚したのだ。それに参加できなくては男が廃る。上層部の派閥争いの駒などというちっぽけな次元に加担している場合ではないのではないか。
他の隊員も次々に頭を下げた。
有間艦長はずらりと垂れた坊主頭を見回すと、しゃがれ声を張り上げた。
「428空の実力は近いうち測り直す。訓練を続行せよ」
「あ、ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!!」」
428空のメンバーは頭を下げた姿勢のまま返答した。
その時、伝令がやってきた。
「報道記者が来ました。南遣艦隊の
◇◇◇
427空のみんなは、報道記者たちから零式水偵を前に写真を撮られたり簡単な質問に答えたりした後、駐機場前のスリップ(海上へ水上機を下ろすスロープ)のところに集まった。
スリップの前には係留された状態でエンジンの暖機運転をしている水上機がいた。その尖った精悍な顔つきの水上機は、丸い機首の零式水偵にはない獰猛さがあった。それもそのはず、潜水艦用水上攻撃機として開発された特別な機体『晴嵐』だ。伊401の千早艦長が乗ってきたものだった。
「潜水艦内部の上の筒に3つ見えたのはこれだったんですね。飛行機とは思わなかったです」
「伊401は確かにこの晴嵐2機とストライカーユニットの晴嵐1機を積んでる。格納塔にしまってる状態だと翼は折り畳んでるから、飛行機には見えなかっただろうけど……。15キロ先から我々を捕捉しただけじゃなくて、その中まで見られていたなんて、はっきり言って君はこの世界ではチート、いや異次元だよ」
千早中佐は若い艦長らしく面白そうに笑いながら天音に率直な感想を述べた。
横に立つ有間艦長が千早中佐に右手を差し出した。
「横須賀に戻ったら我々の恐ろしさをよく宣伝しといてくれ。潜水艦艦隊から出る話ならみんな信用するだろう」
その手を握り返して千早中佐は肩をすくめた。
「必要ありませんよ。すぐに
さっと敬礼して翻ると、晴嵐のコックピットに上がっていった。
続いてやってきたのは、いかにも日に当たっていなさそうな感じの白い少女。それでいて空気悪そうな潜水艦には似つかわしくない清楚な肌をしたウィッチ。伊緒菜少尉だった。
「同じ水上機乗りとして頼もしく思う。みんな頑張って。また会える日を楽しみにしている」
みんなの敬礼に答礼すると、伊緒菜少尉は発進ユニットに預けたストライカーユニットに足を通した。
魔法力発動と共に発進ユニットは動き出し、スリップを滑り降りて海上に下半分を沈めた。そこでストライカーユニットの前半分からフロートが出てくると、拘束装置が外れ、伊緒菜は水上をゆっくり滑るように移動した。
水上戦闘機の二式水戦脚よりも獰猛な感じのする伊緒菜のストライカーは、艦長が乗ってきたのと同じ名前を授かった水上攻撃脚『晴嵐』。魔力を攻撃用途用に増強する『晴嵐」は、ウィッチ本人の背丈を超える大きさの25番爆弾(魔力を込めると800キロ爆弾以上相当)か航空魚雷を吊架する能力を持つ。その牙をネウロイに向ける日はいつになるか。
2機の晴嵐は、静かな霞ヶ浦の湖上を滑走して飛び上がると、鹿島灘の沖合で待機する伊401潜に帰っていった。
「軍隊って、怖い人ばかりじゃないんだね」
小さくなっていく水上飛行機をずっと目で追う天音。優奈はむふっと笑った。
「ばかりじゃないけど、あんまりそれに期待しない方がいいよ~?」
「神川丸も怖くないぞ」
有間艦長がしゃがれ声で言った。
「どうだか。そのドスの効いた声とか、428空への叱咤とか、説得力ありませんって」
危うく自分の身分に傷が入るところだった司令官が怒鳴り散らす一方、危やうく死ぬところだった千早艦長(群像ではない)からは大絶賛を受けました。人間の大きさが分かりますね。
ちょろっと出の「晴嵐」は、伊緒菜(イオナかもしれない)ともどもいつかまた出場させたいですね。ストライカーユニットで800キロ爆弾は大きさからして不釣り合いなので、ウィッチ用「晴嵐」は250キロ爆弾までとしました(それでもすごい絵になると思いますが)。ウィッチ用零式水偵脚が3番(30キロ)までと設定したのも同じ理由です(通常の零式水偵は60キロ爆弾4発が一般的)。
428空には改心してもらいましたので、サポートとしてうまく使ってあげたいところです。
次回はばらまかれた新聞記事によって、いよいよ世界に427空が世界に知れ渡ります。