水音の乙女   作:RightWorld

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2020/01/04
体裁修正しました。






第34話:世界に認められる力 その2 ~ハンディキャップ戦~

 

 

基地前のエプロンのところでは、各機が演習用爆雷を積み込み、暖気運転をしていた。先に428空の機体がトラックに台車を押されてスリップを降りていった。

428空の零式水偵はみんな機体後方に長いブームが伸びていた。さらに機首側下には八木アンテナも見える。八木アンテナは零水観にも付いていた。

 

「あの長い尾が磁気探知機の感知装置かな」

 

優奈が428空の零式水偵を見送りながら言った。

 

「ずるい! あの下にある空中線、電探じゃないの?」

「なにぃ? ちっきしょー、何であいつらあんなに優遇されてんだ?」

 

勝田と卜部がヒートする中に、落ち着き払った千里の声が加わる。

 

「葉山少尉が言ってたけど、ウィッチ嫌いの肝いり部隊っていうのは本当のようですね」

 

千里は声が冷静なだけで、不満そうな顔しているところを見ると心の中は卜部らと同じ思いらしい。しかし天音は別に腹も立たないようだ。

 

「そうかな。ウィッチでもない人達が潜水艦探そうっていうんだから、いろんな装備あって当たり前じゃないかな」

「なによ天音。あいつらの肩持つの?」

 

優奈はそんな天音に不満そうに言ったが、天音にしてみれば負担を減らしてくれるむしろ有り難い味方である。

 

「水の中見るのって、簡単な事じゃないんだよ。わたしだってここまで来るのに5年費やしたんだから」

 

 

 

 

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霞ヶ浦を飛び立った427空の一行が鹿島灘の沖合いに出ると、海岸線に沿って南下し、銚子岬沖に碇を下ろして停泊している神川丸の上に到達した。天音は神川丸を初めて見た。

 

『水上機母艦、どんな軍艦だろう。水上機をたくさん積むのだから、霞ヶ浦の水上機基地のように、水上機を並べる平らなところと、水上へ降りるスリップがあるのかな?』

 

それまでそんな風に想像を働かせていたが、意外なことに見た目は単なる貨物船だった。ただ商船らしくないのは、濃い灰色を基調に塗装されていること。しかも変な模様が縦横斜めに引かれている。

 

「ほぉー、扶桑の船にしては珍しいな。迷彩塗装してる」

 

卜部がそう感心したように、神川丸はシマウマのような模様を施していた。欧州では効果が出ていると言われているダズル迷彩だ。船の大きさや進行方向などを惑わしやすいと言われている模様だそうだ。

 

「潜水艦乗りによると結構惑わされるらしい。ネウロイにどれだけ効果があるかわからんけどな」

 

そこへしゃがれた声がインカムを通して流れてきた。

 

≪久しぶりだな、うちのお嬢さん達。一崎君ははじめましてだね。今日は横から見学させてもらうよ。みんな事故のないように気を付けて訓練に励んでくれたまえ≫

 

神川丸艦長有間大佐だった。艦長の激励に勝田が代表してウィッチらしい緩い返事を返した。

 

「こちらK2。親父さん、ありがとー」

 

427空の各機は神川丸の上空を一回りすると、水上ストライカーユニットはフロートを展開し、卜部の零式水偵ともども神川丸の右舷海上に着水した。

続いて428空も神川丸の左舷側に着水した。神川丸はあたかも散らばる子カルガモの親鳥の様相だ。

神川丸の有間艦長から全機に通信が入った。

 

≪各機ご苦労である。標的の伊5号潜が配置付き次第演習を開始する。演習概要は、本艦から東の方向を20度ずつの扇形索敵コースを取り、目標を捜索するというものだ。標的潜水艦を発見したら、発見機は標的に接触を続けつつ、他の全機を標的まで誘導せよ。索敵コース割りはこの後葉山少尉から通達する。これまでの訓練成果を存分に見せてほしい≫

≪葉山だ。それでは索敵コース割りを伝える。428空1番機、針路10度、2番機30度……≫

 

「これさあ、潜水艦のいる索敵コースに当たったヤツだけが有利じゃんか」

 

卜部が文句たれると、葉山少尉がウィッチ隊用のインカムで答えた。

 

≪哨戒線に対して斜めや横に侵入して来るなら誰にでもチャンスある。あとはタイミングと、そのチャンスに逃さず見つけられるかってところだな≫

 

「それと葉山少尉。ウミネコは神川丸を離れて捜索に出ちゃっていいのか?」

 

≪今日は護衛ではなく探知演習だから、構わない≫

 

「ふーん」

「葉山さーん、潜水艦は潜望鏡とかシュノーケル出してる状態でしょうか?」

 

優奈がやたら心配そうに聞いた。

 

≪それは伊5潜次第だが、あちらも見つからないようにせよと命令されてるから、ずっと沈んだままじゃないかな≫

 

「どうしよう卜部さん! 水上になんか出してくれないと電探に引っ掛からないよ。深く潜ってたら空からも見えないし、あいつらにたんか切ったからには、負けちゃったら船降ろされちゃう!」

「ほらあ、卜部さんのまぬけー。うちら追い詰められちゃったじゃん!」

「か、勝田も容赦ないな。少しはいい知恵を出すとかしてくれよ」

 

≪428空が先に見つけたところで艦を降ろされたりしないから大丈夫だ。勝ち負けに拘ってミスされた方が困る。今まで通りに自分達の方法でやってくれればいい≫

 

「「「はーい」」」

 

 

 

 

一方428空も、各機海図を広げて隊内で話し合っていた。

 

「すると2番機が見つけることになるな」

「ホ-09海域だ。もし2番機が見つけられなかった時のため、3番機はヘ-10海域に留まって哨戒しろ」

「了解」

「しかし後出しじゃんけんみたいでちょっと気が引けますな」

「どちらかってぇとカンニングじゃないすか?」

 

緩みがちな気を飛行隊長の荒又と丸メガネの(あずま)が引き締めた。

 

「何を言ってる。ウィッチの先を越した実績を作ることは上層部の絶対命令だ。これだけ条件揃えて万が一でもあったら、貴様ら吊し上げだぞ」

「それに5式1号磁気探知機は探知範囲が狭いのです。真上を飛ばないと反応が得られませんからね。潜伏海域が分かってても捉えるのは簡単ではない。腕を見せてくださいよ」

 

この会話からも分かるように、実は彼らには事前に伊5潜の侵入航路が知らされていた。428空は伊5潜と結託していたのだ。

 

 

 

 

「有間艦長、伊5潜より通信。演習海域に入るとのこと」

「ようし、葉山君、始めよう」

「はっ。こちら神川丸、全機出撃せよ!」

 

号令一下、神川丸の周囲に散らばっていた水上機達は、白い航跡を引いて一斉に風上へ向かって水上滑走を始めた。

 

 

 





428空は伊5潜のやってくる方向を知っている。天音ちゃん達にはとんだハンディ戦となりました。
本当にハンディになるのかは次回をお楽しみに。

世界初の対潜哨戒機、旧日本海軍の東海一一型が搭載した、これまた世界初の潜水艦磁気探知機は三式一号でした。本作では対潜水艦戦が発達しなかったという設定なので、開発も遅れたということで五式としました。旧海軍ではなかった扶桑皇国大学理学部地球物理学科(おそらくこの人達は学術研究で使ってた)が参加したことになってますので、感知アンテナも現代の哨戒機と同じように機体尾部にブームを伸ばして装着という設定。
電探と磁気探知機を2つとも零水偵に載せられるか、という疑問があるのですが、電探の方は逆に各国と連携して早く発達したため、小型化に成功してるんじゃないかと。

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