水音の乙女   作:RightWorld

33 / 193
2018/3/17
誤字修正しました。





第33話:世界に認められる力 その1 ~428空との合同演習~

 

横浜港ではハナGことアフリカ砂隊の金子主計中尉が、物資を乗せたトラックと共に岸壁に着いた。岸壁に接岸しているのは大きなタンカー。船尾にはカールスラントの国旗がはためいている。

タラップを登ると、船長が直々に出迎えをした。

 

「アルトマルク船長のヴィッケルトです」

「扶桑皇国陸軍金子中尉です。お世話になります」

「ロンメル将軍から話は聞いてます。お力になれそうで光栄です」

「……失礼ながら、もしかしてこの船は商船ではないのですか?」

 

船長はにやっと片方の口元を上げると、耳元に近付いて囁いた。

 

「ご名答、本船は実はカールスラント海軍の補給艦です」

 

そんな挨拶をしているそばから、金子中尉への確認もなく、トラックの荷物がカールスラントの船員によって次々にパレットへ移し替えられていく。

後ろから横浜港湾局の人が心配そうに声を掛けた。

 

「金子中尉。本当にこの船に乗せて構わないのですか?」

「……そのつもりですが。何か問題が?」

「提出されている航海計画では、この船はマニラ、ブルネイ経由、スマトラ島のパレンバン行きです。今最も危険な南シナ海を通ります。船会社もこんなルート本当に指示してるんですか?」

「はっはっは、ネウロイが出るのはインドシナ寄りの航路でしょう? 大丈夫、この船は運がいいんです」

 

船長の高笑いに、信じられんといったふうに、扶桑人にもかかわらず首を振って肩をすぼませた見事なジェスチャーを見せる港湾局の役人。ハナGも不安は拭えないが、そうしている間にもパレットに積み替えられた荷物はクレーンで船上に引き揚げられていった。

 

 

 

 

アルトマルクはその日の夕方出港した。

急速に暗くなる冬の夕暮れの浦賀水道をゆっくりと巨船が進む。

金子中尉は、船の中央やや前寄りのアイランドにある船長室に通されていた。

 

「何らかの船室は宛がわれないのですか? まさか私がここを使っていいわけではないでしょう?」

 

ヴィッケルト船長はティーカップを金子中尉にも差し出しつつ不気味に笑った。

 

「宛がう必要があるほど乗らないからですよ。あなたはすぐこの船を降りることになる」

「!?」

 

ハナGは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

真夜中の0時を過ぎた頃、アルトマルクは伊豆諸島東の海上に停止した。

 

待つこと1時間。

発光信号の短いやり取りの後、アルトマルクの横に大きな黒い影が水中から現れ、接舷した。それは潜水艦だった。

 

金子中尉も見守る中、アルトマルクへ上がってきたカールスラント海軍の士官がヴィッケルト船長に敬礼した。続いて金子中尉にも敬礼する。

 

「U-3088の艦長ランベルト中佐です。中尉と荷物は私がお預かりします。あ、全ては積めないので、優先するものを選んでください」

 

髭面のいかにも潜水艦乗りらしい艦長が右手を差し出した。握り返す金子主計中尉。

陸軍のハナGはよく知らなかったが、潜水艦はカールスラントの最新型のUボートXXI型だった。ブリタニアが最も警戒している、めちゃくちゃ性能のいい潜水艦である。

 

「艦長。補給は燃料と清水だけでよいですか?」

「そうだな。弾薬は消費してないし、忍び偵察の後、マニラ方面へ移動する前にもう一度補給する機会があるから、今はそれだけで構わない。食料は金子中尉の積む扶桑食で間に合わせておくよ」

「ええ!?」

「ははは、お駄賃お駄賃」

 

燃料ホースが準備される傍らで、金子中尉の荷物が今度は次々に潜水艦に飲み込まれていっていた。

 

「いったい、これはどういうことなのですか?」

 

狼狽えるハナGに、ヴィッケルト船長とランベルト艦長が目を合わせて笑うと、ランベルト艦長がにこやかに言った。

 

「補給が終わって出発したらお話ししましょう」

 

出発してから。

つまり全てを聞かされるのは退路を絶たれてからということだ。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

銚子沖に特設水上機母艦神川丸がやって来た。あらかた補給と整備を終え、試運転を兼ねて航空隊の訓練状況を見に来たのだ。

 

一方、霞ヶ浦には零水偵4機と零観3機の編隊が飛来してきていた。それは第428航空隊。対潜水型ネウロイ掃討作戦に向け、神川丸に搭載するため新規に編成された水上機部隊だった。この日、神川丸の来訪に合わせ427空と合同演習が予定されていた。

 

天音たちには田所司令から428空について説明があった。

 

「第428航空隊は諸君らと同じく神川丸に乗り組み、東南アジアでの作戦に参加する新編成の飛行隊だ。各地の水上飛行隊や、艦艇の水偵乗りから、洋上偵察にすぐれた者達を選りすぐって作られた隊ということだ。427空が霞ヶ浦で戦術研究をしている間、彼らは四国の小松島基地で四国沖の伊号潜水艦を相手に訓練してきたそうだ」

「伊号潜水艦だって?」

 

卜部が片まゆをひねりあげた。

 

「何その待遇。ずいぶん贅沢なもの相手に訓練してきたんだね」

 

勝田のセリフからも不満が感じられる。

427空は霞ヶ浦沖の広い太平洋が訓練海域であったにも関わらず、小さな特殊潜行艇しか派遣してもらえなかった。より実際のネウロイに近い大きさの大型潜水艦は使わせてくれなかったのだ。

 

「わたし達の訓練環境って良くなかったんですか?」

 

天音が不安げになって聞く。もしそうだとしたら、そんな環境に加え、ボロボロの結果しか出せなかった先の演習を思い出すと、益々自分が役に立たないのではと落ち込んでしまう。

 

「そんな事はない。それに考えようによっては、うちらの方が練度上げられたんじゃないか? より小さくて小回りの効く小型潜水艇、しかも戦隊規模で参加してくれたんだ。まあこれは特潜隊の好意でもあったわけだけど、決して劣るものではなかったと思うぞ」

 

葉山少尉は天音を安心させるかのように明るく振舞った。

 

そこへ428空のメンバーがブリーフィングルームに入ってきた。全員二十歳前後の男達で、飛行服を纏い、飛行帽の両端の下がりを耳の上で折り曲げて、いかにも血の気の多そうな連中である。428飛行隊の面々は427空のウィッチ達を見ると、あからさまに険悪な目つきを向けてきた。特に最年少にして見た目も幼い天音に至っては、幼稚園児でも見るかのように見下された。

 

「うわぁ……」

 

怖い目で睨みつけられて、首を引っ込めて一歩二歩と引いてしまう天音。とたんに強気な優奈が前に割って入って睨み返した。

 

「どいつが水中魔法使いだ?」

 

ひぃっとさらに引っ込んだ天音に代わって優奈がふんぞり返って答えた。

 

「この娘が固有魔法『水中探信』を使う一崎天音一飛曹、通称“水音の乙女”よ。水中魔法使いじゃないわ」

「はぁ? 水音の乙女だあ?」

 

げははと下品な笑いが出そうになったところでずいっと出てきたのは卜部少尉。

 

「427空の飛行隊長卜部ともえ少尉だ。そちらの飛行隊長は?」

 

一番最初に部屋に入ってきた長身の男が前に出てきた。

 

「428空飛行隊長、荒又慎也少尉だ」

 

そう言うと卜部を上から下まで舐め見渡した。卜部はウィッチ側で一番大きいとはいえ、所詮は女性で身長も165cm。扶桑男児にしては大き目の180cm級の荒又から見れば、これも見下ろすサイズだ。爪先まで下りた目線を上に上げていくと、大きく張り出した胸のところで一瞬止まり、うっと一瞬顔が弛んだが、再び持ち上げて目線を合わせると

 

「よろしく、幼稚園の保母さん」

 

と言った。

もうウィッチとしてはベテランの域に入る卜部はそんな程度では動じない。更に胸を突き出してにんまりとした顔で返す。

 

「幼稚園に入園するにはアンタ、ちょっと髭が濃すぎるんじゃないか? 言っとくけど、ウチの乙女たちにおんぶに抱っこされるようだったら、艦から下りてもらうからな」

 

とたんに周りの連中が突っかかってくる。

 

「なにい!?」

「宣戦布告ってことだな!」

 

荒又が静かになだめる。

 

「まあまあ落ち着け。これはつまり、その逆になったときは、あちらさんが艦を下りてくれるって言ってるんだ。お前ら確かに聞いたよな?」

「なるほど!」

「確かに聞きやした!」

 

勝田が卜部のお尻を蹴った。

 

「卜部さんのばか! かっこつけて余計なこと言わなくていいんだよっ!」

「いてえ! んなっ、あたしらが負けるわけないだろ! 今日の演習でばっちし実力差見せ付けてやるんだからな」

 

勝気ということでは優奈も負けてない。

 

「天音が水の中のことで負けるわけないじゃん! だよね?!」

「うう……こわいよぉ」

「もー、しっかりしてよ!」

 

その時、荒又の後ろ、428空の中で一番背の低い丸眼鏡の男が、その眼鏡をしゃくり上げた。

 

「これは固有魔法と科学力、磁気探知との勝負でもありそうですな」

「磁気探知?!」

 

その言葉に反応したのは葉山少尉だった。

 

「実用化されたの?」

 

その男は丸眼鏡をきらりと光らせた。

 

「海軍兵器廠が、東京皇国大学理学部地球物理学科の教授陣とともに研究してきた成果です」

 

勝田が葉山を見上げる。

 

「なんです? 磁気探知って」

「大きな金属の塊があると、そこの地球の磁場を狂わせるんだ。つまり潜水艦のようなものがあると磁場に変化が現れるんで、それを捉えられれば潜水艦がいることがわかる、というものだ。理論では言われていたが、実際の探知装置はまだ作られてなかったはずだ」

 

眼鏡の男は不気味に笑った。

 

「くっくっく、楽しみですね」

 

田所司令が教壇をたたいて注意を引き付けた。427空、428空の各隊員は整列し、司令に注目した。

 

「今日の演習は九十九里沖、100キロ四方。標的として伊号第五潜水艦が参加する。指揮は神川丸で有間艦長と葉山少尉が執る。オブザーバーとして私も乗艦する。各機は0900霞ヶ浦を発進、神川丸周囲に着水。以降は神川丸の指示に従うこと。宜しいか?」

「「「了解」」」

「では準備にかかれ。葉山少尉は0830に連絡用の九四式水偵で神川丸に向かう。それまでにエプロンのところに来るように」

「了解」

 

 

 




扶桑食材を調達しに帰国したハナGをそろそろどうにかしないと、ということで久々に金子主計中尉の登場です。
この人含め、下書き上に散らばってる3つくらいの話を詰め込もうとしています。まとめきれるだろうか。

さてハナGが最初に乗り込んだアルトマルクは、我々の世界では『はいふり』にも登場したアドミラル・グラーフ・シュペーが大西洋で通商破壊戦をしたとき補給を担当した補給艦です。その後ウッカーマルクと名前を変えて、1942年日本に寄港し、横浜港で大爆発して、ドイツの仮装巡洋艦トール他を巻き込んで爆沈し一生を終えてます。本作の世界では1945年時点まだまだ現役のご様子。ハナGは潜水艦へ乗り移り、どこへ連れていかれるのか、まだ考え中。

天音ちゃん達と一緒に神川丸に配属される428空も登場しました。第13話で神川丸の有間艦長に挨拶しようとするも、めんどくせえと言われて逃げられてしまった人達です。天音ちゃんがあまりにもチートすぎるので、少しは抵抗の余地を作るため、磁気探知装置(MAD)を彼らの水偵に装備させてみました。ウィッチでもない彼らの出番はあまり考えてないのですが、引き立て役にでもなってもらいましょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。