水音の乙女   作:RightWorld

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2018/3/17
誤字修正しました。





第31話:護衛想定訓練 その3 ~群狼~

 

 

8号艇艇長は次の攻撃に向け漁船から離れるべくディーゼルで潜水艇を走らせながら、司令塔の上に立って前方の海を眺めていた。

 

「こちらがまったく見えないところからいつの間にか探知され、いつの間にか攻撃される。それも水中深くにいたにもかかわらず……化け物だな」

 

これまで天音の能力把握と開発に付き合ってきた8号艇は、天音の力を最もよく知っていた。実戦形式の演習で相見えてみると、改めて潜水艦にとって恐ろしい相手であることを思い知らされる。8号艇もうまく接近できたので攻撃は成功したが、生還はできなかった。

だが彼女らが本当に相手するのはネウロイだ。奴らは生還することなど念頭にないに違いない。だとすれば、我々も接近に全力を注ぐべきだろう。

天音だけでなく、優奈の水上捜索能力、千里の攻撃力も非常にレベルが高い。単独攻撃では各個撃破されてしまう。なら集団で襲撃してみてはどうか。ネウロイに習い犠牲を惜しむことなく、1隻でも攻撃に成功すれば、輸送物資に少しでも被害を与えることができれば、攻撃側のミッションは成功なのだ。

 

8号艇艇長はそのまま水上に留まって、他の潜水艇と連絡を取り合った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

6号艇が潜望鏡深度まで浮上した。そして潜望鏡を上げる。

各潜水艇の情報を総合すると、一番恐い天音は5キロ単位で漁船の前方を哨戒していたが、どんどん先行して今は漁船の20キロ先にいる。漁船の予定航路を往復哨戒している優奈は、今丁度、天音と漁船の間にいて、漁船から遠ざかりつつあるはずだ。

6号艇は優奈を探した。いなければ哨戒機の内側に入り込めたのをいいことに、このまま漁船に接近し攻撃する。だが電探を備えた優奈の目を逃れるのは難しいだろう。どのみち6号艇は見つかるまで潜望鏡深度で航行を続けるつもりだった。

ぐるりと周囲を見回していると、ウィッチが目に留まった。観察してみれば、もうこっちへ向かって飛んできている。

 

「どうだい。水面にちょっと目を出しただけで、もう見つかったぞ。電探か?」

「天音さん以外のウィッチも優秀ですね。これじゃ普通の潜水艦は敵いませんよ」

 

暫くして頭上で爆雷の破裂音が聞こえてきた。

 

「やられたようだな。浮上する」

 

浮上すると優奈が寄ってきた。

 

「こちらキョクアジサシ。潜水艇6号の浮上を確認。旗艦進路前方8キロ海域クリアです」

 

≪こちら葉山、了解。よくやった≫

 

優奈は6号艇の艇長に手を振ると、次の獲物を求めて移動していった。

飛び去る零式水偵脚に帽子を振って見送る艇長は、中の乗組員にひと声かけた。

 

「後は下の連中に任せて、我々は一足先に離脱するぞ」

 

ディーゼルエンジンを回してゆっくりと浮上航行する6号艇。その真下、水深60mには他の5号、8号、10号艇が潜んでいた。6号艇を排除することでクリアになったと思われた海域には、実はまだ3隻も潜水艇がいたのだ。

6号艇は囮であった。囮となって犠牲になり、潜伏海域から優奈を引き離すのが目的だったのだ。

これが天音だったらこの作戦はできなかったろう。もう障害となるのは直掩機の千里だけだ。そして千里一人では両舷からの同時攻撃を防げないのは先程実証済みだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

漁船の周囲を警戒飛行する千里が、漁船の右前方に潜望鏡を見つけた。

 

≪こちらカツオドリ。旗艦の2時方向に潜望鏡視認≫

 

葉山もそちらに双眼鏡を向けた。横で田所中佐も同じく双眼鏡を持ち上げる。だが漁船の低い視線からは見えなかった。

 

「葉山だ。攻撃を許可する」

 

そして千里から報告があったのとは反対の左舷側に双眼鏡を向けた。葉山にはさっき挟み撃ちされたことが頭に残っていた。いやな気配がする。

 

「キョクアジサシ、どこにいる?」

 

≪旗艦前方12キロ地点を飛行中です≫

 

「今本船近くに潜水艇が現れた。さっき航路上の潜水艇は排除したんだよな? なんでそれより内側に敵がいるんだ?」

 

≪さあ……。見逃しましたかねぇ? 深く潜ってたら見つけられないですし≫

 

「ウミネコは? K2?」

 

≪こちらK2。現在旗艦の20キロ先を水中探信中です≫

 

葉山は顔面蒼白になった。

天音の捜索範囲は半径10キロ。漁船はその範囲の外にいる。天音は今、漁船の周りを見ることが出来ない。

 

「キョクアジサシ、ウミネコ、至急旗艦の方へ戻れ!」

 

 

 

 

千里は対潜模擬爆弾を2発、投弾準備していた。千里の頭にもやはりさっきの両舷同時攻撃が引っ掛かっていた。旗艦右舷前方の潜望鏡めがけ緩降下しつつも、左舷側に目がいってしまった。そして恐れていた通り、そこに潜望鏡を見つけてしまった。

 

≪こちらカツオドリ、旗艦左舷前方にも潜望鏡視認!≫

 

「くっ、やはりいたか!」

 

千里は右舷側の潜水艇への爆撃を適当なところで投弾した。威嚇だけできれば魚雷発射を止められると思ったからだ。そして手に持っているもう1発を構えて、左舷側に見つけた潜望鏡めがけて一直線に飛んだ。高度を取り直して正確な爆撃進路を取っていたら間に合わない。これも威嚇するので精一杯だ。撃沈ではなく攻撃を阻止する目的で、潜望鏡の前方に対潜模擬爆弾を投下した。

その様子を漁船から追っていた葉山。

 

「カツオドリ、いい判断だ! だけど、これでは潜水艇を沈められない」

 

自分の未熟な指揮を呪った。その時、右舷の見張りが叫んだ。

 

「右舷3時方向、雷跡!」

「何!」

 

白い航跡がまっすぐ向かってくる。

右舷に2隻いたのか!

田所中佐が悲鳴をあげた。

 

「おおおおおー!」

 

漁船の真下を魚雷が通過した。

深度が深いから当たらないと分かっていても、やはり魚雷が向かってくるというのは怖い。カツオ漁船でなく機敏な駆逐艦だったとしても、避けようのないスピードで魚雷が船底を通過していった。

 

「また、また当てあられたぞ! 実戦なら私は戦死だ!」

 

そうですね。私の指揮のおかげで二階級特進して田所少将ですか。今度こそ本当に将校様の仲間入りだ。

 

葉山少尉は握り拳を窓枠に押し当て、唇を噛みしめる。

田所中佐のひっくり返った声を聞くのは、魚雷が命中するより嫌だった。

 

天音の能力を生かして遠方にいるうちに潜水艇を発見・排除し、航路をクリアにする。それが戦術方針だったが、遠方で捉えることに拘り過ぎて、近くを疎かにしてしまった。いかに天音の能力が高くても、用兵がまずければ見ての通りだ。これが実戦なら取り返しのつかない被害を被っていたのは明白だ。

 

≪こちらキョクアジサシ、旗艦上空に到達≫

 

葉山少尉は上空を見上げた。零式水偵脚の優奈が双眼鏡片手に低空で旋回している。

 

「本艦の周囲を捜索せよ。すぐ近くに潜水艇が3隻潜んでいる。カツオドリも周囲警戒を継続。潜水艇を発見したら攻撃はカツオドリが行う」

 

≪カツオドリ、了解≫

≪キョクアジサシ、了解。電探捜索始めます≫

 

2機が上空を飛び回るようになって、これで安心と一瞬胸をなでおろした田所中佐だったが、すぐ見つかると思った潜水艇が一向に発見できないので、暫くしてまたいらだってきていた。

 

「葉山少尉。電探装備の零水偵も呼び寄せたのに、まだ見つからないのかね」

「先ほどの攻撃を最終チャンスとみて、もうこの海域を離脱したのかもしれません。くそっ、この船に水中探信儀があれば」

「潜りっぱなしの潜水艦は空中哨戒では発見できないということか。水偵隊や航空機を投入するだけでは解決しないのだな」

 

≪こちらK2。旗艦から5キロ地点まで戻りました。こっから捜索しますか?≫

 

「こちら葉山。そこからでよい、探信始めよ!」

 

そして葉山少尉は田所中佐に首を向けた。

 

「普通の水偵隊ならそうかもしれませんが、427空は違います。使い方さえ間違えなければ。私さえ間違えなければ……」

 

 

 




潜水艦による集団攻撃戦法といえば、ドイツUボートのウルフパックですね。そしてそれに対抗した連合国軍の戦術や兵器など、これから天音ちゃん達も使うであろう対潜水艦戦のネタは詳しい方ならもうご存知のことでしょう。そういったネタを新鮮味を失わないように書けていければいいのですが……。

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