水音の乙女   作:RightWorld

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2020/01/04
体裁修正しました。







第30話:護衛想定訓練 その2 ~潜水艇反撃~

 

 

漁船の左前方で潜水艇の影を発見した千里は、水面下に見える黒い影を観察していた。

次第に上に上がってくるようだ。そしてザボッと潜望鏡が突き出た。目標の漁船を確認するために浮上してきたのだ。

 

「こちらカツオドリ。潜望鏡視認。攻撃する」

 

≪葉山、了解。当てちゃダメだよ≫

 

「気を付ける」

 

千里は1発模擬爆弾を取り出すと、宙返りして緩降下に入った。

 

「用意……投下」

 

鋭く落ちていく爆弾は、潜望鏡の前方50m程の所に落下、破裂して水飛沫を上げた。おそらく潜望鏡を覗いている艇長もそれを視認しただろう。潜水艇はすぐに浮上してきた。蛟龍(こうりゅう)10号艇だ。

 

葉山と田所中佐も漁船の左前方に浮上してきた潜水艇を双眼鏡で確認した。

無事仕留めたことで顔をほころばせたその時、別の乗組員が叫んだ。

 

「右舷、雷跡!」

「何?!」

 

田所中佐が右舷へ振り向いたとき、魚雷の白い航跡が漁船のすぐそこにあった。わざと航跡を見えやすくし、艦底に当らないよう少し深いところを走航するよう調整された演習用魚雷だ。

 

「うおおおお!」

 

田所中佐が真っ青になって叫ぶ。その悲鳴を発した時には既に魚雷は船底を通過した後だった。これが本物だったら、何の備えもできないまま吹っ飛ばされ、何が起きたか判別することもできず絶命していたかもしれない。潜水艦の恐ろしさを身をもって感じた中佐だった。

 

「やられた! 反対側にももう1隻いたのか!」

 

左舷の潜水艇に気を取られている隙に右舷から攻撃されたのだ。無傷を狙っていただけに葉山は悔しがる。

すぐに千里が飛んできた。

 

≪すみません、そっちのは気付きませんでした≫

 

「今のは仕方ない、下妻飛曹長。……両舷からの同時攻撃は直掩機1機じゃきついわね」

 

雷跡の来た先を千里は調べるが、潜水艇は攻撃してすぐ深く潜航したらしい。上空からは見えなかった。

 

≪こちらカツオドリ。攻撃してきた潜航艇は発見できず、です≫

 

その時、浮上していた蛟龍(こうりゅう)10号艇から通信が来た。

 

≪こっち側にもう1隻いたら今チャンスだなあ≫

 

「え?! まさか?!」

 

葉山は10号艇の方へ双眼鏡を向けた。10号艇は再攻撃に向け仕切り直しのため水上を移動中だった。10号艇以外の潜望鏡などは見えない。

 

「脅かさないでよ」

 

≪最低15分待てば次の攻撃に入っていいんだろ? このままここにいりゃあ俺が……≫

 

「ちょっ、ダメだぞ、そんなの! ちゃんと仕切り直しして!」

「下妻飛曹長を10号艇の上に飛ばして監視させるか?!」

 

神経の高ぶっていた田所中佐はパニックと言わないまでも随分慌てていた。

 

「ダメです。そんなことしたら右舷の未確認の潜水艇がまた攻撃してくるかも」

 

既に雷撃を受けてしまったので、この勝負は葉山達の負けなのだが、攻撃に成功した潜水艇は浮上してこなかった。続けて攻撃のチャンスを伺っているようだ。つまり試合は継続中というとである。ならば今度こそ阻止しなければならない。

 

「K2!」

 

≪はい、こちらK2≫

 

勝田が応答する。

 

「今どこ?」

 

≪護衛隊旗艦から7キロ地点を飛行中≫

 

「ウミネコにそこから私達の方向を探査させて!」

 

≪今、旗艦から9キロほど先に見つけた潜水艇を攻撃しに向かってるんだけど≫

 

「バカか、こっちが危機に瀕してるのに。護衛対象を守るのを優先しなさい」

 

≪ああー、そうかあー。そっち戻る?≫

 

「旗艦から7キロならそこからでいい。ウミネコならそこからでも探せるでしょ。旗艦の周辺を探信して。さっきの捜索では見つけられなかったの?」

 

≪ああ~、探信波の戻りを全て確認する前に、先に見つけた奴の方に向かってしまいました≫

 

「卜部少尉……」

 

≪す、すんませ~ん≫

 

「教訓ねこれは。それより旗艦の方の捜索を急いで」

 

≪K2了解。卜部さん着水ー。天音ー、至急北東、旗艦の方を探査してだって≫

≪ウミネコ了解≫

 

会話を一通り聞いた田所中佐は水平線を見渡した。

 

「卜部機は何処にいるんだ? 見えないじゃないか。そんなところから調べられるのかね?」

「まあ見ててください。“水音の乙女”と言われた天音の能力を」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「見つけたら、旗艦から見た相対位置で教えて」

 

勝田がフロートの上で準備している天音に一声。

 

「はい」

 

天音はいつもより強めに魔法力を蓄えてから探信波を発信した。

 

パヒーン……ン……ン……ン……ン

……こわんくわん……

 

目を閉じて聞き入っていた天音がふと顔を上げた。

 

「旗艦の右舷90度、距離510m、水深45m、速度2ノット。旗艦と同じ方向に進んでいます」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

天音の報告を聞いた葉山少尉の目が険しくなった。

 

「カツオドリ、反撃だ。模擬爆弾を本船右600m、深度45mに調整し投下!」

「お、おい、葉山少尉! いくら模擬爆弾とは言え、そんな深度まで合わせて。もし命中したら1番とは言え小さい潜水艇だ。無事ではいられんぞ。それに一崎はいったい何処からそんなのを見て言ってるんだ? 当てになるのか?!」

「それが“水音の乙女”の力ですよ、田所中佐」

 

狩人となった葉山はギラリと目を光らせ、獲物を射程に捉えて怖い笑みを浮かべた。やるときは容赦しない。

千里が1発の模擬爆弾を一点を狙うように構えて降下していくのが見えた。

あの下に殺戮兵器が潜んでいるというのか。水上からはまった窺い知ることができない。

 

手を離し、爆弾投下。

今度は着水してもすぐには爆発しなかった。10秒くらいして水面にボコッと気泡が上がる。

 

更にしばらくして、観念した潜水艇が浮上してきた。蛟龍(こうりゅう)8号艇。天音の力を一番良く知っている潜水艇だ。

艇長が司令塔から顔を出した。周囲をキョロキョロと見回している。

 

「天音君はどこだ? どっからうちらを見つけたんだ?」

 

見渡しても見えるのは千里の二式水戦だけ。爆撃したのは千里だろうが、あの深みにいた蛟龍(こうりゅう)を捉えられるのは天音以外考えられない。しかし天音が乗っているはずの零水偵は影も形も見えなかった。

 

「7キロ向こうだよ、艇長」

 

7キロか!

水上に着水しているなら、なおさら波間に隠れて見えないだろう。8号艇の艇長は苦笑いをした。

操舵員が中から声を掛けてきた。

 

「さすがに二連続攻撃はできませんでしたね」

「そうだな」

「次はどうします?」

「そうだな。……群れてみるか」

 

 

 





天音ちゃんは期待通りの能力を見せているようですが、航空隊の戦術がまだまだでしょうか。
次回も老練な潜水艇部隊が仕掛けてきます。

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