水音の乙女   作:RightWorld

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お久しぶりでございます。
ようやく続きの話が形になってきたので、連載再開です。


2017/6/24
誤字修正しました。
報告感謝です。 >(ΦωΦ)さん





第20話:第1次輸送作戦 その1

香港には、扶桑とフィリッピンからヨーロッパへの積み荷を積んだ商船隊が集結していた。

HK01船団だ。

天音が扶桑海軍に入隊した日、HK01船団は扶桑、リベリオンの護衛艦隊に守られて、ネウロイが待ち受けているであろう南シナ海へ出航していった。

 

 

一方、シンガポールのチャンギ港沖には、扶桑へ向かうSG01船団が集結していた。

この船団はブリタニア、扶桑の艦隊が護衛に付くと、香港発のHK01船団から1日遅れで出港した。

 

 

護送船団方式による第1次輸送作戦の開始である。

 

 

 

 

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10ノットでシンガポール海峡を東進するSG01船団を上空から護衛するのは、ブリタニア空軍シンガポール基地のウィッチ、シィーニー軍曹。7.7mm機銃を抱え、背中には背負い式の魔導エンジン、両の足には宮藤理論を取り入れる前のストライカーユニット、グラディエーターMkⅡ。彼女はシンガポールから200kmまでの最初の直掩を担当する。

 

 

シィーニーの眼下には南洋の明るい静かな水色の海が広がっていた。透明度の高い水は、水中にいるものにとっては上空からの視線が痛いかもしれない。先程からイルカの群れ、大きな海亀、マグロだろうか、回遊魚が船よりも早く泳ぎ去っていくのがよく観察できた。怪しい奴がいればすぐわかるだろう。

時おり現れる小さな珊瑚礁の島は、緑の椰子の林を真っ白な砂浜が囲み、丸太のカヌーで漁に出ている漁師が一休みしている事もある。こちらに気付くと手を振ってくれた。

海上に長く航跡を描いている物々しい武装船団を除けば、そこに見えるものは実に平和だ。

 

なんだかんだ言ってシィーニーは任務が好きだった。基地では、極東に置いてけぼりとなっているブリタニア人の左遷組になんとなく冷たくあしらわれてはいるが、ひとたび上空に上がれば、援護を受ける地上軍や艦隊からは、ウィッチというだけでその期待のされ方は並々ならぬものがあった。この方面のウィッチはマレーの植民地兵シィーニー軍曹だけ、というのも知れ渡ってのことである。

今日もSG01船団の上空に到達すると、ブリタニア人司令官が直々にシィーニーへお礼を言ってきた。

だから期待には全力で応えるよう努力する。

 

「とはいっても、潜水型ネウロイなんて、もし見つけたとしてもどうやって攻撃したらいいんだろ」

 

空中戦ならともかく、対潜攻撃。一応出撃前にバーン大尉に聞いてみた。

 

~~

「グラディエーターぶつければいいんじゃないか? こないだの調査団団長がインド軍に掛け合ってくれたおかげで、あっちで引退したグラディエーターがじゃんじゃんこっちに送られて来ている。換えの機体は幾らでもあるぞ。君が直訴した手柄だ」

~~

 

案の定皮肉たっぷりな言動が返ってきた。

バーン大尉も自分の伝で1機入手してきたが、影響力の違いか、調査団団長は1個飛行小隊分、部品も含めてごっそり送ってよこしてきたので、バーン大尉の面子は丸潰れになってしまった。そのきっかけとなったのがシィーニーの直訴だ。

 

だってスミス大佐がいいって言ったんだもん。

 

グラディエーターを放出したインド軍は替わりにハリケーンを装備したはずだ。いいなあ。

 

~~

「だいたい武器はその7.7mmしかないんだし、せいぜい魔法力込めてそれをお見舞いすることだな」

~~

 

バーン大尉の発言の8割は皮肉めいたものだが、残りの中には必ず正しいアドバイスも入っている。一応シィーニーの上官だし、シィーニーの行動の結果の責任を負う立場なのだから、まったくいい加減な扱いをしてるわけではないのだ。

だからバーン大尉の期待にも応える。

 

「もし潜水型ネウロイが、あのスタックネウロイの下半分だったとしたら、7.7mmじゃ歯が立たなかったことになるけど、魔力増幅力がアップしたグラディエーターMkⅡならひょっとすると少しは抵抗できるかもだし。それに潜られちゃったら……」

 

~~

「潜られちゃったときはどうするんですか?」

「そのときは商船に向かってくる魚雷でも撃つんだな」

~~

 

「魚雷を破壊する。冗談にも聞こえるけど、できたならそれは確かに有効な対処案だよね。しかも不可能とも言い切れないところが、バーン大尉のアドバイスらしいところというか」

 

いい加減に答えているようでいて、毎回実際ヒントになるから侮れないのだ。

 

 

船団の外周を大きく回りながら周囲を警戒するシィーニー。

もうこれで何周しただろうか。幸い異常はまったく見られない。

船団はマレー半島の東に浮かぶティオマン島の沖に差し掛かった。まもなくシィーニーの担当範囲が終わる。

 

インカムに基地からバーン大尉の通信が入ってきた。

 

≪こちらシンガポールコントロール。シィーニー軍曹、そろそろ哨戒限界だ。200km圏を越えるなよ≫

 

「こちらシィーニー、了解。でもまだ交代機が現れません」

 

≪そうか。いずれにしろ200km圏を越えるなよ≫

 

守勢基地のシンガポールではシィーニーは防衛任務にしか就けない。しかもその行動半径は200kmと決められている。それは分かっているけど、ちょっとでも越えたらそんなに問題なんだろうか。原則第一主義のバーン大尉だからうるさく言うだけだろうか。

ペカン基地から飛来する次の直掩機とは、ティオマン島の北西5kmに位置する、なんとなく漢字の「山」みたいな形をした横幅1kmほどの無人島、トゥライ島辺りで交代することになっていた。が、まだ機影は見当たらない。

 

交代機が来ぬまま、船団はトゥライ島の西沖を通過した。

 

≪こちらシンガポールコントロール。軍曹、もう200km圏境界だ。引き返せ≫

 

シンガポールの高性能な防空レーダーは、しっかりシィーニーが見えているらしい。それがなんで今までスタッキングネウロイを見逃してきたんだろう。シィーニーが見たのと、その前日、前々日に村人が見たという3体だけではないことが、ここ数週間で商船が受けた被害と目撃情報、その位置の関係から判っている。もしかしてあのぶら下げ輸送以外に海まで持っていく方法でもあるんだろうか。

今となっては一体何体の潜水型ネウロイが南シナ海に放たれたのか分からない。基地司令のスミス大佐はネウロイの数を調査しに行くといって、もう何日も基地を留守にしている。本当に調べられるんだろうか。少なくともこれ以上増やさないようにしないと。

 

≪こちらシンガポールコントロール。シィーニー軍曹、聞こえてるか、応答せよ≫

 

「こちらシィーニー、了解。もう一度船団周囲を警戒して引き返します」

 

そう返信はしたけど、誰も上空にいなくなったとたんに船団が攻撃受けたら、後味悪いもんなあ。たとえペカン基地の飛行機が時間通りに来なかったのが悪いとしても。周回しているうちに早く来ないかなあ。

 

この船団護衛作戦のため、普段は使っていない沿岸各地の野戦飛行場も急遽使用されることになり、必要最小限の物資とともに哨戒機が配備され、リレー式に船団を上空から援護することになっていた。飛行場の状態が悪いと、もしかするとすぐに飛び立てなかったりしてるのかもしれない。

 

 

“もう一度”の周囲警戒が2周目になった頃、ようやく北の方に機影が現れた。複葉機だ。

のんびりと近付いてきたそれは、アルバコア雷撃機だった。有名な複葉雷撃機のソードフィッシュの後継機として開発されたが、性能がソードフィッシュとさして変わらず、むしろ操縦性が悪くなったとかで現場の評判が悪かったため、結局早々に生産が打ち切られてしまった哀れな飛行機だ。

アルバコアはグラディエーターと同じようにブリタニアの海外基地や植民地へ、厄介者の如く回されることになってしまった。そして本国では今でもソードフィッシュの方を使い続けているという。

 

≪お待たせしてすみません、ミス・シィーニー。ここまでご苦労様でした。ここからは当機が引き継ぎます≫

 

男性パイロットに、なんだか丁寧に大人の女性相手のように挨拶されて、シィーニーは赤面した。

 

「よっ、よ、よろしくお願いします。無事任務が遂行できますようお祈りします」

 

お互い翼を振って挨拶を交わすと、シィーニーは高度を落として船団旗艦の駆逐艦のそばに下りていった。

天幕を張った露天艦橋のところから司令官を始めとする乗員達が手を振っている。それに敬礼して挨拶すると、旗艦の後ろに続く商船隊の横を通過しながらシンガポールへの帰路に着いた。全ての船で船上の人達から手を振られた。

 

無事みんな扶桑まで行けますように。

 

 

しかしシィーニーの願いは、叶うことはなかった。

 

 

 

 

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香港を出発した南下コンボイの第1陣HK01船団が出航から2日目を迎えていた。

船団の陣形は、2列縦隊の14隻の商船を、前後左右に配した9隻の護衛艦隊が囲むというものだ。

積み荷は扶桑からの軍需物資が大半と、リベリオン植民地フィリピンからの物資が若干だった。

 

船団は今、海南島(はいなんとう)南端からトンキン湾口へ入って100kmの地点を南南西に向けて進んでいた。

 

その進路の先で海面が盛り上がり、何かが浮上した。

姿を現したその黒い体には、ハニカム模様が描かれている。

背中には鯨が呼吸するときの鼻の盛り上がりを連想させるような大き目の(こぶ)がある。

そこにある目のような赤い光点が、船団の方を向いて一際明るく輝いた。

まるで獲物を見つけた喜びを表しているかのように。

 

 

 

 




またまたシィーニーちゃんの登場です。
(どうも主人公をどっかにやってしまうクセがあるようです。)

シィーニーちゃんがした直訴とは、12話「もう一人の推薦者」に書かれています。
団長さんは有言実行したようですね。おかげでノーマークのグラディエーターからMkⅡにグレードアップしました。ってどれほどアップしたんですかね?

しばらく輸送船団とシィーニーちゃんの話が続きます。



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